64.異国の食文化、万歳
「料理できる奴は?」
声を張り上げると、数人が寄って来た。魔法で手洗いをさせてから、食材を彼らの前にわける。
「肉は一口サイズに切って鍋に投入。ここに積んだ野菜もすべて同じようにして鍋に入れて」
『主、僕だけ仕事ない』
仕事したがらない青猫の癖に、なんとなく頼られてないと気付いたらしい。珍しくやる気を出している猫に何をやらせたものか……こいつは風の魔法を使うって言ったな。
「じゃあ、ブラウは肉を薄く切って。この厚さぐらい。終わったらこっちの皿に乗せて」
仕事を頼んで、鍋をのぞく。大量の野菜と肉がはいった鍋は、ぶくぶくと白い泡が浮かんでいた。これは鍋料理のときに見たことがあった……確かアクだっけ。美味しくない原因程度の曖昧な知識しかないが、これは掬っておくか。
取り出したスプーンを、近くにいたノアに渡す。
「この白い泡だけ外へ捨ててくれる?」
頷いたノアに任せ、調味料の確認だ。確かハーブや塩を大量に受け取ったはずだ。リストの文字を確認しながら塩とハーブを適当に組み合わせて放り込む。薄味にしておけば、あとで調整できるはず。すくなくとも鍋料理はそうだった。
そう、オレの料理知識は「食べたことある、聞いたことある」程度の考えに基づいている。当然だが、引き篭もり寸前の20代の男が料理チートなんて無理だ。見様見真似なので、お菓子は爆発したり炭を大量に作ったりと大変だった。
好き勝手させてくれた厨房の料理人達や、命令して材料をふんだんに用意してくれたリアムがいなければ、今頃クッキーも存在しなかっただろう。片づけの手間を考えると、オレなら許可は出さないな。
「ああ、味噌が欲しい」
豆を醗酵する考えがないらしく、味噌も醤油もなかった。いずれ他の国で見つかるといいな。文化がかなり違うというから、もしかしたら他所の国では普通に使ってる可能性に賭けている。
だって小説の食べ物チートなら自分で作れるだろうけど、オレの味噌に対する知識は『しょっぱい、美味い、味噌汁に使う、大豆が原料の発酵食品』程度だ。
見たことも経験したこともない作り方なんて知らない。知らないものを魔法で作ることは出来なかった。試したんだけどね、やっぱり無理だった。そこまで万能じゃない。
「キヨ、いい匂いがする」
テントを張って野営の準備を終えた傭兵に、いつの間にか取り囲まれている。
「食べたかったら手伝ってね。各自お皿とスープ用の器を用意! あと配給係を決めないと」
「分配なら、おれがやる」
「おれも手伝う」
ノアとサシャが立候補。彼らなら脅されたからって、1人に沢山盛る心配もなさそうだ。何しろ二つ名持ちだから、他の傭兵に睨みがきく立場だった。
「任せる」
『主、すべて切ったよ』
得意げにお座りして報告するブラウは、いつの間にやら巨大猫サイズに戻っていた。魔力を使うと戻る設定でもあるんだろうか。近づいて首に手を回して抱きつくと、ごろごろ鳴らす喉や眉間など猫が喜ぶところを徹底的に撫で回した。
『僕もあとで食べる』
「猫舌だよな~、たぶんヒジリも。コウコは……わからないけど」
呟きながら鍋におたまを入れて少量掬う。味を見るとちょっと薄い気がした。ハーブを混ぜた塩を放り込んでかき回してもう一度味を確認する。
「こんなもんかな?」
不安が残るが、まあいい。前世界で職人さんが家を直しに来たことがあって、その時は彼らの「塩分補給」に驚いた経験があった。だから少し濃い目に塩味をつける。傭兵だって、職人と同じ肉体労働者だから薄味はないだろう。
4つの鍋をすべて同じ濃度くらいに味付けする。
「一応、塩も用意しとくか」
ハーブ塩を山盛りにしたボールもテーブルに置いた。手早く薄切り肉を鉄板の上に並べて、鍋を下ろしたかまどの上に用意する。簡単焼肉だ。でも醤油やタレはないので、鍋用のハーブ塩を振り掛けるだけ。いつかタレを開発してやる!! リンゴと蜂蜜のCMはカレーか? あ、カレーも食べたい。
過去の好物を思い出して涎を堪えていると、声がかかった。
「キヨ、もう配っていいか?」
「暴動がおきそうだぞ」
笑いながらノアとサシャに言われて顔を上げると、驚くほど傭兵達が食い気味に鍋を覗いていた。ひとつの鍋で30人分はあるから、お代わりしても足りる……はず。頭の中で計算しながら、収納のリストを確認して大量のパンを引っ張り出した。
テーブルに白いパンを山盛りにする。実は前回大騒ぎしたせいか、リアムが大量に持たせてくれたのだ。そして一部にカビが生えたので……あまり長期間の保存には適さないと判明したんだが。いずれ収納魔法は改良しよう。
「パンもあるから! 順番にね! 味が薄い人は塩を足して加減してね。割り込みしたらスープもパンも没収しま~す!!」
しっかり釘を刺した。実力行使できるだけのメンバーが揃っているので、実際に割り込みしたら殴る気でいる。器を手に待っている彼らは、大人しく頷いた。
うん、荒くれ者を纏めるには胃袋を掴むのが一番の早道で、一番確実だ。
「ノア、サシャ、配っていいよ」
許可が出るなり、きちんと行列するのは意外だった。配給みたいな経験があるんだろうか。オレが没収と口にした所為かも知れないが、一列に並ぶゴツイおっちゃん集団は微笑ましい。
オレがパンを配り始めたので、スープをもらった奴からこっちに流れてきた。合間を見て、聖獣用に器をだしてスープを確保する。肉と野菜の出汁にハーブの香りが漂う皿を、そっと後ろに置いた。
『こっち僕の!』
『主殿、もう食べてもよいか?』
『スープなのね』
コウコもヒジリの上に飛び降りて、そこからするすると地面に下りていた。いつの間に……。
「食べていいけど、熱いから火傷に気をつけろ」
一声かけて、そのままパンの配給係に戻る。いつのまにやら、隣でジークムンドが手伝っていた。
一通り回ったのか、皆が食べ始める。各々好き勝手に集団を作って食べている姿を見回し、特に問題なさそうなのを確かめた。誰か一人だけ『ぼっちメシ』になってたら、オレが行こうかと思ったけど、そんなこともない。
「こっちの焼肉も食えよ!!」
「「「おお!!」」」
食べかけのスープに焼けた肉を放り込む傭兵を見ながら、ちょっと遠い目になる。わざわざ薄切りにして分けたのに、一緒に食べるのか。スープにそのまま薄切り放り込んでも同じだったな。味付けもハーブ塩一択だし。
なくなる前に白パンを裂いて、真ん中に焼肉を挟んで5つくらい手元に残す。
「お疲れさん、ほら」
レイルがオレの分を確保してくれたらしい。まだ手付かずの鍋がひとつ残っているが、2つの鍋は半分しか残っていないし、ひとつはすでに空だった。
「ありがとう、一緒に食おうぜ」
レイルを誘って、聖獣の隣に座る。椅子やテーブルを収納魔法から取り出し、肉挟み白パンを齧りながらスープを口に運んだ。
「お前、料理なんて出来たのか」
「本当に器用だな」
寄って来たジークとノアがマイ椅子持参で隣に座る。いつの間にやらジャックとサシャ、ライアンも机についていた。
「この世界に来るまで、料理なんてしたことないぞ」
けろりと白状すれば、レイルが不思議そうに尋ねる。
「なら、どうやって作った?」
「見様見真似だよ。オレのいた世界だと、鍋料理ってのがあるんだ。目の前に小さなコンロ……かまどを置いて調理するの。出来たそばから皆で食べるんだよ。だから作ってるのを目の前で見たことがあっただけ」
思ったより肉が硬い。もぐもぐしながら、次は一口サイズじゃなくて豚汁を参考に薄切りにしようと決めた。そう考えると、焼肉をスープに入れた傭兵は正しかったのか。
こういう参考にする料理を知ってることが、すでにチートなのかも知れない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
感想やコメント、評価をいただけると飛び上がって喜びます!
☆・゜:*(人´ω`*)。。☆




