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60.聖獣の得意分野

 ちらりと視線を向けた先で、ヒジリが首をかしげる。聖獣のもつ能力が把握できていないので、どの聖獣に頼むのが最適か判断できなかった。彼らに任せられるだろうか。


 オレの発言にざわつく傭兵連中を放置して、腰を落としてしゃがみこんだ。黒いしっとりした毛皮を撫でてやる。擦り寄る姿は、本当に大型の猫そのものだった。


「塹壕作りたいんだけど、協力して。ヒジリは治癒、ブラウは風と直接攻撃、コウコは何ができるの?」


『今更ね~異世界人だから仕方ないのかしら』


 普通はもっと早く聞くものよ。契約しておいて、聖獣の能力に興味を示さなかった人間など知らないコウコは、笑いながら赤い身をくねらせる。


 首もとの蛇が腕に絡みつきながら降りてきた。肘の辺りで首を持ち上げて目を合わせる。爬虫類って、たしか瞬きしないんだっけ? じっと見つめ返すと、コウコは再び腕に絡み付いて首まで戻ってきた。


 コウコの居場所が首に定着しそうな気がして、ちょっと怖いんだが? 普段から蛇巻いて歩く子供って噂になっちゃいそう。


『あたくしは火が得意だけど、塹壕は作れないわよ。時間がかかりすぎるわ』


 先手を打って断られてしまった。そうか、外見どおり『赤い=炎』が間違ってないと分かっただけでも収穫だ。うーんと唸ったオレの手を、またヒジリが噛んだ。今回は骨まで達してないが、やはり牙は多少刺さってる。


「ヒジリ?」


 何してるの。そんな響きで眉をひそめると、ヒジリから意外な言葉が返ってきた。


『主殿は塹壕を作りたいのか? ならば我が土を操るゆえ、簡単に……』


「はああああ!? 土を操るって、何でいままで隠してたの!!」


『……伝えてなかったか?』


 拍子抜けするほど簡単に、塹壕作りの担い手が見つかった。驚いて目を見開いたオレの指がまた噛まれる。


「ちょ、何かあるたびに噛むの禁止っ!」


『塹壕を作ったら噛ませてくれ』


「いや、意味わからん! でもとりあえず許可する」


 地図を覗き込んでV字の場所を確認したヒジリが飛び出していく。後姿を見送りながら「なぜ噛みたがる」とぼやくオレの頭を、ジャックやノアが交互に撫でてくれる。


 慰めが身に沁みるぜ、本当。アイツが噛むとかなり痛いからな。オレ、M属性じゃないから。


「ヒジリが塹壕作るから、作戦に参加する奴だけ残ってくれ」


 各々武器を手にした傭兵に声をかける。少し待ったが全員残ってくれるらしい。離れる人影はなかった。正直、ほっとしている。ここまで作戦を暴露した後で、寝返られたらやりにくいもんな。


「ありがとう。じゃあ、左右の塹壕に分かれて合図を待ってて」


 地図をたたみながら告げると、ジークムンドが慣れた様子で傭兵達を二つに分け始めた。ところがジャック達と数人が別に集まっている。


「おれはお前と行くぞ」


「当然だな」


 ジャックもライアンも、当たり前のように言い切った。ノアはお茶のカップを手渡してくれる。当然一緒に来るつもりだろう。


 ライアンなんて狙撃手だから、本当は塹壕の方が活躍できるし安全だ。それでもオレと一緒に囮になると覚悟を決めてくれた彼に、感謝しかなかった。


「サシャは動けるのか?」


 コウコとの戦いの後で治癒魔法を限界まで使ってくれたサシャは、出来れば安全な塹壕側に回って欲しい。戦場に本当の意味で安全な場所なんてないが、囮より生き残れる確立が高いのは事実だった。


「おれもキヨと行くぞ」


 ぽんぽんと頭を叩くサシャの手は温かく、断りづらくて困ってしまう。表情を読んだのか、サシャが付け足した。


「置いていったら怨むぞ」


「わかってる」


 こう返事するしかない。苦笑いになるが、彼に肩を竦めて了承した。ブラウが影から出たり入ったり落ち着きなく動き回っていたが、突然話に割り込んでくる。


『塹壕の準備ができたよ』


「おう、ご苦労さん」


 元通り大きな化け猫サイズの青猫を撫でたオレが顔を上げると、ジークムンドが親指を立てた。


「組み分けは終わった。塹壕へ向かうぞ」


「任せるよ、ジーク」


 他の連中も移動するのを見送り、ふと思い出して振り返る。ジャック、ノア、ライアン、サシャの4人に加え、首にはコウコ、足元にブラウ。先に移動したヒジリが囮地点で待っている。


「ところで……レイルはどうするの?」


「おれの仕事は、お前へ本国の指示を伝えること。そこからは自由行動だな」


 もう仕事は終わったと告げる彼は、オレ達を他所にどこかへ通信をしていた。イヤーカフから聞こえる声に返答し、何かを指示したようだ。


「オレが指揮官だって吹聴してくれる?」


「出世払いが高くつくな」


 くつくつ喉を震わせて笑うレイルだが、無造作に収納口からナイフを取り出した。鞘を抜いて刃の状態を確認し、ベルトのホルダーに収める。続いて銃を点検してから右手に残す。


「もう噂は流し終えた。ほら行くぞ」


 塹壕の両端が合流する地点を指し示し、彼は先に歩き出した。血を浴びたような真っ赤な短髪を無造作に掻いて、あっさり背を向ける。後ろを走って追いつき、隣に並んで顔を覗いた。


「……照れてる?」


「照れてない」


「らしくない自覚はある?」


「うるさい」


 白金の髪をぐしゃぐしゃに乱された。手荒な所作にノアが顔を強張らせるが、文句を言う前にオレの表情に気付いて口を噤む。笑いながらレイルの手を受け止め、掴んで強引に手を繋いだ。


「なんだかんだ、レイルって優しいよな」


 身内認定が厳しい人だと思う。かなり選んで、試して、気に入るととことん甘やかすのだ。一度身内だと認めてしまえば、どこまでも助けてくれるタイプだった。面倒見がいいのだろう。同時に敵に対しては一切容赦しない怖い一面もあった。


 すごく付き合いやすかった。オレにとって、裏表がはっきりした人は相性がいい。しかもオレは面倒を見るより、見てもらう方が向いているというか……面倒をかけてフォローされる種類の人間なのだ。


 自分勝手に思いつきで動いて、尻拭いしてくれる人を周囲に配置している。無意識なんだろうけど、この世界に来てからオレの側に残ってる人って、みんな面倒見がいい連中だった。


「生意気なんだよ」


 ぐしゃっとまた頭を手荒に撫でられる。文句を言いながらも繋いだ手を振り解かないあたり、本当に身内に甘い奴だ。子供の外見を上手に利用してる自覚はあるが、それに騙されるほどレイルもバカじゃない。オレを認めてくれる奴が多い世界は、かつてなく幸せだと感じた。


「うわぁ……ぐしゃぐしゃじゃん。折角の美貌が台無し」


「自分で言うな」


 気軽に言い合える関係は兄弟みたいで、居心地がいい。乱れた髪を手櫛で直し、コウコが絡みついた首より高い位置で結び直した。そういや、コウコはレイルが手を伸ばしても噛んだりしないな。


 様子を窺うと、どうやら半分寝ているらしい。爬虫類は詳しくないが、寝るときも目を開けている。ただじっと動かないから、寝てるのかな? と判断するだけ。猫もそうだが、基本的に動物は睡眠時間長いと聞くから蛇も同じだろうか。


「この辺か」


 ぐるりと見回した少し小高い丘は、身を隠す場所がないので目立つ。先に来ていたヒジリの耳の間を撫でながら塹壕の様子を確認した。左右に広がる塹壕は一辺がこちらに向いているので、上から真っ直ぐに状態が確認できる。


 すでにスタンバイした連中が、武器の手入れや準備を始めていた。


「ヒジリ、お疲れさん。あのさ……ちょっと小さな土山作れる?」


 拾った木の枝でがりがりと絵を描いてみせる。


『他愛ないことぞ』


 ヒジリが見つめる先で、ぽこっと土が盛り上がる。あっという間に、丘と呼べる土のドームが出来上がった。広さは20坪くらい? まあ、2階家の面積くらいかな。


 出来上がった丘の上に、ちょこちょこっと細工を施す。最後に塹壕の上と丘の手前に結界を張れば、準備は終わりだった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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☆・゜:*(人´ω`*)。。☆


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