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07.本性あらわる(1)

 怒りで赤く染まった視界、ここまで感情が沸き立ったのは初めてだった。温い環境で生きてきて、戦争ごっこを楽しんだ過去のオレじゃ考えられないほどの、心の底からの激情だ。


 踏みにじられる右手の痛みが熱となって全身を廻る。


 悲鳴を上げる手首の枷が、じわりと熱を帯びた。


 強く握りこんだ左拳が滑るのは、爪が食い込んだ傷から滴る血が原因だろう。冷静に判断する部分は、頭の僅か1割程度だ。残りはひどく熱く、目が眩むほどの怒りに理性は焼き尽くされた。




 ああ……そうだ、このオレが、こんな風に扱われていい筈、ない。


 この程度の奴に、従う必要があるか?


 こいつは罪を犯した、オレに対して。


 ならば――殺せ、殺さなければならない。


 この罪を贖わせる対価は、命だけ。




 閃くように思う。


 傲慢すぎる意識が頭をもたげ、代わりに日本人としての過去の常識が沈んだ。


 外見に釣られた子供じみた言動がそのまま、すんなり入り込んで融合するような……味わったことのない感覚が全身をめぐる。


 全身の毛穴が開き肌が粟立つ感覚に身を委ね、口元を歪めた。子供の外見に似合わぬ歪な笑みは、見る者を凍りつかせる凄まじさがある。


 地に伏せたオレの表情を知る者は誰もいない……不幸なことに。




 ―――殺す。


 絶対に許さない、引き裂いて血の中で這い蹲らせる。


 残酷な誰かがオレの中で舌舐めずりするのを感じた。




 ミシッ……。


 悲鳴じみた軋みの後、グシャとトマトが潰れたような濡れた音が耳に届く。


 両手は自由になっていた。引き千切られた手枷が乾いた音を立てて、地に落ちる。その上に叩き付けた真っ赤な球体は、先ほどまでオレの手を踏みつけていた男の頭だった。


 青い髪も白い肌もすべて赤一色に染まり、濡れててらてら光る。



「くく……あはははっ」


 おかしくなって笑い出した。さっきまでオレを拘束して踏みつけ、偉そうに何か言っていた()()が地に伏している。


 身体から千切った頭を放り出し、噴水のように吹き出す血に笑みを深めた。


 横たわった身体から流れる血がオレを濡らす。踏まれていた右手は痛みを忘れ、転がる頭を再び掴んで……いとも簡単に潰した。まるで骨などないかのように、豆腐より簡単に潰れて砕ける。


 さきほど潰れたトマトを思い浮かべたが、今はトマトより柔らかく感じた。


 転がり出た目玉を拾い上げ、青い目を視線の高さに合わせる。


 こうしてみると、なかなかキレイな色をしているじゃないか。眼球についた赤が邪魔で、ぺろりと舐めて拭った。赤を甘く感じる。



 ああ……気分がいい。


 最高だ。



「ひっ……」


 背後で聞こえた悲鳴に小首を傾げ、すぐに2人ほど見物人がいたことに思い至る。


 そうだ、オレと同じように囚われた子供達がいた。手枷と鎖に繋がれ、さぞや不自由だろう。


 真っ赤に濡れた己の姿を考えずに振り向き、手にしていた目玉を捨てると足で踏み潰す。


「こ、ない……で」


 恐怖に震えながら後退る彼らを無感動に見つめた。壊してもいいが、放置しても害はない。少なくともオレに危害を加えた奴は()()()()のだから、無視しても構わない。


 目を細めたオレに「ごめ……なさ、い」と掠れた悲鳴交じりの謝罪をしつつ、蹲って必死に身を守ろうとする子供達に近づいた。


「いや、だっ……やぁ」


 手枷ごと持ち上げた両手でオレの手を払おうとする子供の所作に、くすっと笑みが漏れる。


 無駄な抵抗って、こういうのを言うのか。オレがお前らを害する意図はなくても、こうして強者に怯えて震えるのだ。ならば弱者でいる理由が見当たらなかった。



 やばい……何だか愉しい。


 ラリってる状況って、こういう精神状態なのかも。


 鼻歌を歌いだしそうな気分のよさで、鎖の先を掴んで引き寄せた。怯える子供を引き摺り、手枷を掴む。仕組みは分からないが外してやれる。鍵穴付近に指をかけ、力任せに引っ張った。


 ギシャ……、そんな耳障りな音を立てた手枷が外れて落ちる。


 驚いた顔で目を見開く少年を放り出し、隣の子供の鎖を引いた。さきほどと違い大した抵抗がないのは、危害を加えるのではなく拘束を解いていると気付いたから。


 最初の少年同様、手枷を強引に引き裂いた。



「……行け」


 吐き捨ててひとつ深呼吸する。


 オレのことを喋るな。そんな無駄な強要はしない。話したければ話すだろうし、口止めしたところで大した影響はないのだから。



 ああ、本当にいい気分だ。



 自由になった子供が走り去る足音を背で聞きながら、鼻歌が零れた。


 目の前に転がった男の死体を蹴飛ばして転がす。大きな身体から金貨の入った袋が零れ落ちた。


 これは何の対価か? オレ達を売ろうとしていた男が持つ金がひどく汚く思え、摘んで拾い上げるが顔を顰めてしまう。


 まるで汚物に触れたみたいだ。


 潰してしまった首の残骸をまたいで、死体の上に袋をひっくり返して金貨をばら撒いた。全部で6枚、乾いた音を立てて金貨が赤く染まる。


 生臭く鉄さびた臭いが鼻をつくが、吐き気はなかった。




 真っ赤な血の海となった路上で、ぼんやりと立ち竦む。


「えっと……帰らない、と」


 呟いたのはごく普通の言葉だった。




 帰らないと…どこへ? 


 どうやって? 


 誰のところへ? 




 湧き上がった疑問に、右手でシャツを掴む。


 帰る場所はない、帰る人もいない。ここはどこで、どうしたらいい?


 苦しくなる気持ちのままに右手が握り締められ、ずきんと鋭い痛みに視線を落とした。シャツの一部を握る右手は赤黒く腫れ、小指はすこし変形している。もしかして折れたのだろうか。



 ――傷、つけられた、このオレが!



 再び怒りがよみがえる。八つ当たりする相手はもういない。人攫いは殺してしまったし、一緒にいた子供はとっくに逃げた。


 誰もいない裏路地で、オレの怒りは空転する。


 そして。


 思考はそこで途切れた。

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