惑星パンドーラ02
全体として情報よりも敵が少ない。戦闘での難易度が下がるからそれは良い。
何故、数が少ないのか。
その理由も、コアを載せたシャトルが飛ぶまでの時間稼ぎと見れば良いだろう。
事実、こちらはマスドライバーが地下に存在していることを今知った。
そしておそらくマスドライバーからシャトルが去るまでの猶予はほとんど無いだろう。
「グレムリン2-4! こちらMFC-7738、シャトルの行き先は!?」
『まだだ!! 今データベースを漁っているが見つからない!』
味方の援護をしつつ、散発的な銃声交じりの無線を聴く。
彼らがデータを吸い上げる事が出来ないなら、もう無いも同然だろうが念のための確認は行っておきたい。
「見つかる可能性は有るか?」
『――残念だが』
「了解だ。――っ!」
その返答と受けた時、味方の後ろに敵が近付いていた。味方は交戦中で気付いていない可能性が高い。
砲撃を加えて気を引こうとしたが、一瞬こちらを見ただけだった。
全ての機体に言えるが機体表面には粒子を整列させた装甲があり、多少の被弾はそれが軽減してくれる。しかも粒子は供給され続けていて、緩やかに装甲は回復する。
自分の時は頼もしいが、いざ相手取ると実に厄介な代物だ。
「――直接止める!」
『了解』
敵からターゲットを取られていない事を確認して、シートのスイッチを弾く。
パイロットシートの固定具が外れ、体が自由になると同時にコックピットから飛び出す。その先にはベルの大きな左手があり、両手を大きな親指に掛けて掌へ足を押し付ける。
ベルは左手を引きつつ右足を前に出す。砲丸投げの様な構えになる。
その手の上で彼は投擲方向に身体を回して正面を向く。
『投擲後、接近します』
上体を回しながら突き出される掌。その上で急な加速と風圧を垂直に受け、伸びきる直前に両足で蹴って飛び出す。さながらカタパルトに乗って発艦する戦闘機の様だ。
緩やかに放物線を描いて敵機の背面へと取り付く。衝突防止用のバーが各所に配置されている為、取り付くのは簡単だ。その衝撃で装甲を叩いた音が、敵のパイロットに伝わっていると思うが止まる気配は無い。
敵を止める方法はある。
強靭なフレームとはいえ直接爆破すれば無傷とは行かない。しかし、移動の為に忙しく動いている足の関節部へ、爆薬をしっかり密着させて設置しなければいけない。が、それは厳しい。腕も似た理由で却下だ。
――なら、腰だ。
そう判断を下すと、すぐさま敵機の背中から垂れる、対HEAT弾用のチェーンを掴んでぶら下がる。忙しく動いてはいるものの、機体の中心だから振れ幅は小さい。上半身の装甲の裏側を覗き込み、腰から遠隔操作式の爆薬を取り、構造部の隙間へと押し付ける。
その時、敵機が急にステップで前方に跳んだ。不意の事でチェーンから手が離れてしまう。
離れて分かったのは敵が殴り掛かろうとしていることだった。
「ゲンリフ、後ろだ!!」
半ば祈るような声で無線に叫び、跳躍装置で姿勢制御を掛ける。それと同時に胸の発信機に手を掛けて、ボタンを三回押す。
爆轟が内側から吹き出し、バランスを崩した敵機は地面に膝を付く。
『あん――がと――よっ!!』
声を掛けた味方機は返答を返しながら、両手に持っていたガトリング砲の砲身で、前に倒れ始めた敵機の横面を殴り飛ばして横転させる。そこへすぐに砲口を押し付けると、至近距離で砲弾の大瀑布を浴びせる。
瞬く間にハチの巣にされた敵機は、残骸となった。
――フレームで囲われてるとは言え、無茶な使い方をする。
毎度、主武装たるガトリング砲を鈍器の様に扱うゲンリフに、呆れともつかない溜息を零す。
『警告助かったぜ、ジョージ』
「お互い様だよ」
『まあな』
『お待たせしました』
振り返りつつ親指を立てる彼に、こちらも親指を立てて見せる。すると、声を掛けられて、後ろから胴体を掴まれ持ち上げられる。ベルが追い付いたのだ。そのままコックピットへ誘われ、シートへ腰を下ろす。
「ゲンリフ、みんなを――」
『分かってる。地下だろ?』
「ああ、止められるか分からないけど」
『違うよー』
ぶん、ぶん、と手に持った鉄塊を振り回し、間延びした声を無線に乗せて、軽量級の機体が近付いて来た。ニッカだ。
『出来るかじゃなくってさー』
「やる、か」
『そゆことー』
そう言って鼻歌交じりにニッカは走って行く。
軽量機に大振りな籠手と高連射の機関砲を持たせるという少々尖った女だ。わざわざ特注で作っている籠手は、殴り付けた時に内蔵のHEAT弾カートリッジが起爆して零距離で敵機を吹き飛ばすらしい。
「……相変わらずだな」
『狂っただけだろ』
俺たちは政府のクソ野郎が気に入らない。
それで集まっている集団だが、個々人の理由には色々ある。ゲンリフのように高尚な人もいれば、俺みたいに俗な奴もいる。ニッカは……もう理由なんて覚えていないだろう。
『さ、早いとこ地下に行こうぜ』
「……ああ」
この話はやめだ、という声色のゲンリフに同調して感傷を頭の隅へ追いやる。
ハッチの開いた昇降機は、削られた岩盤の中を斜めに降りる斜行昇降機で、分厚い床面に人用の柵が設けられたものだった。
警戒として味方の数機が昇降機前に残る。突入組の仲間と纏って乗り込むと多少の余裕があった。
ニッカは他の味方と居残り。軽量機は構内戦に向かない。
一人が降りて昇降機のスイッチを叩くと、ハッチが閉まってから大きな洞穴の中をゆっくりと降りていく。
昇降機はA.C.E.やその他の大きな重量物を運ぶ為に広く作られていて、ゆっくりとなら機体の配置を入れ替える事が出来る。
『おい、壁役だ』
『ですよね』
ゲンリフとセレンが俺達の前に立つ。
ゆっくりと動いていた昇降機がその速度を落として止まる。各々が身構える前で、ハッチが開くとボトルネック状になっている通路へ繋がっていた。通路は直線になっていて、兵士用の通用口と移動用の通路が所々に点在している。
『敵影無シ』
掠れた声が無線に乗る。余り一緒になったことの無い味方。プロフィールを確認してみれば、名をカンガと言うらしい。彼は探査系を多く積んで、援護を主眼にしているようだ。見通しが悪い中で遠くまで探査出来るのはありがたい。聞けば喉をやられているそうで余り話したく無いとの事。
各機が昇降機から降り、罠などの可能性を考えてゆっくりと進む。
幅二〇メートルほどの狭い通路を各機が探査機能を最大に使いつつ慎重に動いているが、通用口からの攻撃の雰囲気は薄く、静かなことがやや不気味だった。構造部にも爆薬が仕掛けられているような様子は無く、赤外線探知等にも引っ掛かるものは無い。
『……掛カらなイな』
『実は敵さん、何も仕掛けてないんじゃないすか?』
やや能天気な声を上げたのはセレンだ。だが、言動は軽いが行動にそれは反映されていない。
「だとしても万が一って奴さ」
『余裕こいて地雷踏み抜きました、何て阿保になりたくは無いだろ?』
『んまあ、そうすけど……逃げられたらヤバいっすよ』
『なラば、急げ』
ぼやいているその間も探査と前進は続けているので、息抜きの会話くらいは許して貰いたい。ずっと気を張っているのは疲れる。だから、多少の息抜きも必要だろう。
『不服を申請』
「すまない」
『謝罪を受理』
「ありがと」
実際、主に探査をしているのは機体だ。もっと細かく言えばAI、ベルだが。不服を申し立てられれば、こちらは平伏せざるを得ない。そもそもはAIが居なければ十全に機体を動かせない。とはいえ、拗ねて仕事をしなくなる事は無いが。
『コの先ノ様だ』
そうこうしている内に終着点が見えてくる。
そこは行き止まりの壁になっているが、側面が大きく切り取られており、その先には大きな空洞が存在している様だった。
そこを先頭の二人が覗き込んだ時、向こう側から飽和するほどの弾雨が殺到する。
しかし、それは透明な壁に阻まれこちらには届かない。彼らのお陰だ。先行した機体は肩の兵装の片方を防御に割り振っていて、そこには粒子装甲技術を応用した大盾が配置されている。
盾を前面に押し出すと同時に砲身も突き出し応戦をするが、すぐに敵の圧力が大きく盾の耐久量も限界になりすぐに隠れることになった。
『多すぎだろ! 馬鹿か!!』
『つか、自律砲台っぽいの見えたんすけど!』
飛び込んで来るなり悪態を吐く二人。その機体から取得できた視界の解析を始める。ベル達が。
『解析完了』
小さめのウィンドウがモニターの片隅に開かれる。
静止画には盾に堰き止められた砲弾の爆炎越しに、構内に積まれたコンテナの陰から覗くレールとシャトル、数機のA.C.E.で厳重な警護が施されたコンテナが見受けられる。シャトルには大きな自律砲台が積まれており、展開式の四門一組の機関砲がこちらを向いている。
『――グレムリン2-4からパイロット、聞こえるか』
『ああ、聞こえる。どうした』
『――今、目標を捉えた』
『こっちもだ』
通信は歩兵隊から。
繋がるという事は近い所に居るのかもしれない。いいタイミングだ。通信の中で歩兵隊から映像が送信されてくる。俯瞰図の様になっているから天井にキャットウォークがあるのだろう。
映像には技術者とそれに従うように動く機械歩兵、それを背にして扇状に立つ機体が四機。マスドライバー上のシャトルは、機体下部に大型推進装置を抱え、上部装甲を開いて、そこに自律砲台一基が搭載されているようだ。
目標と思われるコンテナは、何重もの強固な保護容器に梱包されていく。あれを積み込んだら出ていってしまうだろう。
『――時間が無い。突入する。攪乱を頼む』
『無茶を……具体的には?』
『――今、仕掛けている最中だが、こちらの誘導でミサイルを自律砲台に』
初めに最大火力を抑える腹積もりの様だ。確かにあれがあると、こちらは動くことが難しい。
「他には」
『――奴らの気を引いてくれ』
『お誘い受けた事も無いんすけどねぇ』
その一言に複数の笑い声が無線に乗る。聞いていれば誘った事が無い奴も多いらしい。
「ダンスの誘いは妹以来だ」
『既婚者ってゲンリフさんだけっすよね』
『……俺もそんな洒落た事してねぇよ』
『――なら、下手な踊りに付き合ってもらおう。パーティーの準備は出来た。いつでも』
『おし……始めるぞ』
ここで皆ピタリと黙る。タイミング合わせのカウントダウンがスルスルと減っていく中で各々が兵装を構える。
『突撃!!』
号令と共に肩部のポッドからミサイルが爆炎を吹き出し直進。ゲートへ差し掛かった途端に風見鶏を思わせる様な急転換を果たし、ゲートの向こうへ消えていく。
それを追いかける様に全員がゲートへと飛び込んだ。