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惑星パンドーラ01

 油と鉄の匂いが漂う格納庫。広々としたその中で、様々な人の声と機械の音が響く。


 怒鳴り散らす太い声。それに答える若い声。

 おどけて見せる硬い声。それを鼓舞する低い声。

 光に連なる短絡ショート音。高々と鳴く空転音。等間隔の装填音。

 様々な音と溢れる熱気。それらが混ざり力となって身体を震わす。


 その音を聞き、その力を感じながら、ヘルメットを被り首元で固定する。うなじに手を伸ばしヘルメットとスーツのケーブルを繋げる。するとヘルメットのHMDヘッドマウントディスプレイが起動して、ヘルメットのバイザーに直接情報が表示され、スーツのシステムチェックが始まる。

 スーツのパワーアシストと各種センサー、高機動用の跳躍装置スラストモジュール。どれも異常は無かった。

 HMDに青枠でハイライト表示され、仲間たちの名前が浮かぶ。それを何とは無しに眺めつつ手を開閉し、トントン、と踵を使って身体を上下させる。


『恐いのですか?』


 ヘルメットの無線から、機械合成の角付いたバリトンが流れる。


「それもある。分かるか?」


 ――頼もしい相棒の声だ。


『戦意高揚ですね』

「ムシャブルイだ、そっちの方が良い」

『そうでしたね』

「なんだ、覚えてたのか」

『もちろんです。再生しますか?』

「断る。自分の声なんか聞いても仕方ない」


 ――軽口を叩いて笑って居られるくらいが一番良い。ガチガチになると、それに足を掴まれて死ぬ。


「また漫才やってんのね、おたくらは」


 声を掛けられて見やれば、繫ぎを着た男が頑丈なタブレットを手に立っていた。


「なら震える方が良かったか? マシュー」

「んにゃ、今の方が良いね。こっちも不安になる」

『戦意は高い水準で安定しています』

「だろうね。じゃなきゃ困るよ」


 身体を固めて震えて見せれば、ひらひら手を振り否定をされる。続いて出てきた真面目な返答には、思わず頬を引き攣らせての苦笑い。

 喧噪の中にくっくっ、と小さな忍び笑いが紛れた。


『……ありがとうございます』

「ん? 何……ああ、調整? そりゃ整備班(おれたち)は天才だかんな」

「違うだろ。こいつが言ってんのは――」

『はい。緊張緩和の事です』

「あー、それ? そんな大層な事じゃねぇさ」

「案外、助かってる」

「案外ってなんだ。次からやんね――」


 へへ、と笑いながら頭を掻くマシュー。それをからかっていた時、格納庫内のスピーカーから高い音が響く。

 そこに続いて、男の声が響き渡る。


『――各員へ。政府共クソヤロウがある兵器を開発している。

 通称は〝シンクカノン〟 完成すれば星一つ軽々と破壊出来るふざけた代物だそうだ。しかし稼働させるためにはコアと言うものが必要となるらしい。

 本作戦の目標は、輸送前のコアの破壊または奪取。それによるシンクカノン発射の阻止だ。先に浸透した別動隊の攪乱に合わせ、基地を急襲する。

 作戦開始まで五分。総員、降下用意』


「じゃ、俺は行くぜ?」

「ああ」

『感謝します』

「良いさ」


 ――いよいよだ。


 手を振って小走りで駆ける背を見送ってから、ヘルメットを被っているのに、つい気を張るためにと両手で頬を張ってしまう。


『どうぞ』


 そう言って相棒はコックピットのハッチを開き、招く。


 ザックリとした見た目だが、頭の無い人型と言えば良いだろうか。

 元は作業用に開発された人型の重機だった。人命救助等にも使う事の出来る万能なもの。

 大きめの胴身体に太い手足に、灰緑色と白色で塗り分けられた装甲と備え、がっしりとした造形の九メートルの機体。


 パイロットシートを制御系や動力炉ごと、角付いた厚い装甲で包み込んだ、大きい胴身体。

 強力な火器を持ち障害を排除、味方や民間人を救うための、大きな手と指の手腕部。

 それらを支えるために、油圧シリンダー二本を爪先に備え、スムーズな姿勢変更を目的に鳥脚を模した、厚い装甲を纏う堅牢な脚部。

 各種センサーが纏められたやや無機質なカメラは、機体の頂上のやや前方に取り付けられている。

 これでも中量級で見た目に反して運動性は悪くない。


 強襲戦闘用外骨格。A.C.E.

 形式番号 MFC-7738

 それが相棒。名前はBELLベルだ。


 名前に関しては数字を逆さにしただけで捻りは無いが、本人が気に入ってるから良いだろう。


「ああ。仕事だ。大仕事だ」


 ベルの顔は見えない。上下に開かれたコックピットハッチに遮られているし、そもそもベル達は小顔だ。

 上に跳ね上がる様に開いたハッチの縁を掴み、下に開いたハッチを足場にして乗り込む。やや窮屈なシートに腰を下ろすと、上下のハッチが閉じて光が締め出される。パイロットシートの肘掛け部分のスイッチを順々に倒していく。


『ハッチを閉鎖。システムを再起動。神経信号受信機ナーヴレシーバー接続。リアクターを始動』


 ベルの声と共に暗闇が晴れ、小さな振動と共に先程まで居た空間が、モニターに映し出される。

 その中央にはウィンドウが開かれ、その中では簡易的なCGで構成された機体が表示され、駆動系や制御系のチェックが始まる。


『《平衡センサー》――正常グリーン

 《関節モジュール》――正常。

 《火器管制装置《FCS》》――正常。

 《通信アレイ》――正――』


 機体の至る所につながったアイコンが順々に緑色に切り替わっていく。

 小さな振動が大きくなり駆動系や冷却装置が唸り出す。


『――《戦闘出力》――正常。システム異常なし(オールグリーン)。MFC-7738、オンライン』

「よし。MFC-7738、ジョージ。OKだ」


 ――不調は無い。いつも通りだ。落ち着いて。冷静に。


 自分に言い聞かせながら無線へ言葉を吹き込む。


『MSC-7――MFC-77――MVC-7656――MSC-7922――MFC-7903――MVC-781――』


 モニターに並ぶ識別番号のアイコンが、順々に赤から緑に切り替わっていき、それに合わせて無線から仲間の準備完了の声が重なっていく。

 偶然か、よく一緒になる仲間の声も交じってきて、以前の他愛無い記憶が浮上してくる。

 特に益の無い話ではあったが、飲料片手にゲラゲラと笑いながら話したのは楽しかった。

 願わくば、また同じメンバー、それ以上の人数でやりたい。次も。その次も。

 全てのアイコンが切り替わった頃『降下用意』の号令が掛かる。


『降下コンテナへ移動します』


 ゴン、という振動と同時に床の隔壁が解放され、機体が固定具ごと下方へゆっくりと滑る様に降りていく。

 カメラが黒く塗り潰された頃、振動と共に機体が止まり隔壁が閉じられる。固定具の構造部分がコンテナ内部に固定され、同時に外部カメラが繋がれる。


『固定完了。射出口へ装填』


 カメラの風景が横へと流れて、電磁投射機の四角いレールの中へ導かれる。船の隔壁が開かれて、遠くに見える四角い出口から、真っ暗な空間と青い繭で包まれた深緑の星が見える。


『装填完了』


 豊かな自然に動植物が溢れ、透明な清流が数多く流れている。降り立ってみれば清涼な空気と生物の心地よい生活音が響く、見ていて思わず惚けるような星。戦地で無ければ何度でも観光したい星だ。


 戦地と見れば大きな根を張る巨大な樹木類、至る所に尖塔の様な山が連なって滝が出来る起伏の激しい地形。

 その所為で足元のスペースが確保出来ないため、足場が安定せず大火力の戦車などは行動に支障が出る。

 そこに加えて遮蔽物が多く視界の通りが悪い上に、高低差が大きく奇襲も易い。上からの攻撃に弱い戦車はここでは使えない。だからこそ、パイロットが集まった。


 ――防衛でしか戦いたくない場所だ。まあ、だから敵は選んだのだろう。


 射出口の四辺から赤い筋が伸び、レールに光が灯る。出撃だ。射出の秒読みが始まる。


 ――作戦開始。


「っ」


 その号令と共にコンテナは弾かれ、強烈な加速が起こり宇宙空間に投げ出される。

 一瞬の空白の後に杭のように尖った縦長のコンテナは、すぐに星の大気圏に入り熱に包まれる。

 ガタガタと揺れるシートに必死に身体を押し付け、カメラには処理が掛かり、色彩が消え白と黒に変わる。そのカメラ越しに敵の基地が慌ただしく動いているのを認める。


『攪乱は成功のようですね』

「さすがだな」


 先行して潜入した味方が上手くやってくれているらしい。見ている限り対空機銃は動いていない。


「情報だと空輸だったな?」

『はい。地上のコンテナを探しましょう』

「了解だ」


 カメラに色が戻る。進路に入った雲に大穴を開けて消し飛ばしながら、コンテナ越しに渦巻く大気の音を聴く。改めて戦闘前に息を整える為、意識して呼吸をする。腕の操作盤のカバーを開き、スーツを戦闘状態に設定する。


『減速開始』


 ボフ、とくぐもった音を立てて、コンテナの耐熱装甲が切り離される。コンテナの後部は残っていて傘の様な小さい減速翼が、少し落下速度を下げる。それでも十分速いが。

 周りの味方のコンテナも表面を吹き飛ばし、開いた減速翼の先で白線を描いている。

 高度計の数値が流れるように減っていく。それに合わせて地形の構成物がどんどん明確化していく。

 対空砲火の光が上がり始めたがもう遅い。


「……ぐっ」


 腹に力を入れると共に、槍となったコンテナは、動き始めた対空機銃の上へ落ちる。他のコンテナも地面だったり、敵機の上だったり、色々だ。

 衝突と同時に外の映像は途切れ、構造身体が拉げて潰れていく音が響き、急激な慣性が働いて身体がシートへ押し付けられる。血が集まって手足の先が膨らむ不快感に身震いする。


 コンテナは杭の様になった先端から、わざと潰れていくことで減速を行い、内容物である機体とパイロットを高速かつ、比較的安全に降下させることを両立させている。

 金属の裂かれる音が止み、コンテナが着地に成功した事を知らせてくれる。


『――攻撃開始!!』


 誰かが叫んだ声と共にコンテナが開き、灰緑色と白色の二色で統一された戦闘兵器達が一斉に飛び出した。


 ――敵は身体制を立て直していない。好機チャンスだ。


 全員が思う事は同じだったようで、全機が前進しながら大小多数の火線が放たれる。


 四〇ミリの砲弾を、ドアを叩くように次々と撃ち放つ、手持ちの機関砲の砲撃。

 肩部に装備された展開式の多目的兵装ポッドから、無軌道に一息で吐き出された、ミサイルの炸裂。

 上下の構造身体の間から紫電を走らせ、他の火線とは一線を画す速度を以って一〇ミリの矢の如き砲弾が目標を穿つ、電磁投射砲レールガン

 八連の銃身を回すモーターの甲高い作動音と、電動鋸にも似た低い唸りで大瀑布の様に三〇ミリ砲弾を吹き出す、ガトリング砲。


 各々の砲弾が敵を打ち据えその場に釘付け、濃密な弾雨が敵と外壁の区別なく抉り、装甲を剥ぎ飛ばす。ミサイルが爆炎と破片を噴き上げ強力な殴打を繰り返し、たたらを踏んだ敵機を紫電が一撃を以って四肢を切り飛ばす。

 だが、敵も素人な訳が無いので、突撃の勢いはすぐに収まり乱戦に入る。それまでに二〇秒も無かった。


「……悪くないな」

『はい、こちらの損害は予想より少ないです』


 砲弾を時には機体を半身に捩って躱し、時には左腕のプラズマの熱で消し飛ばし、自分への損害を減らしつつ攻撃。

 乱戦の中で時に一機、時に三機。合流と散開で敵味方が増減するも、着実に損害を与え、敵を減らしていく。

 その時、背後から衝撃。一瞬視線を向ければ敵機が砲口を向けており、敵に挟まれた形だったがまだ距離はある。それをミサイルで牽制し目前の敵に向き直る。


 手持ちの機関砲を背に回しつつ、腕を前に構えて全速で突進。

 多少の被弾は見切りを付け、勢いそのままに身体当たり。すると、かち上げる形になり敵がのけ反って隙が生まれる。そこへ背から機関砲を取り、ねじ込むように敵に押し当て引き金を引いた。


 敵機が沈黙した頃には、後ろの敵機は近くまで迫っていたが、応戦しようにも弾が足りない。ならば、と振り向きながら機関砲を投げ付け、今しがた倒した敵から火器を奪う。投擲によって怯んだ敵へ、弾とミサイルをばら撒きつつ距離を詰める。


 距離を詰めた所で敵が突進し左拳を振り抜き迫る。

 それを半身で躱しつつ踏み込み左拳を叩き込む。それでよろけた所へ地を蹴って飛び込む。その速度で上身体を捻じり、更に加速した右腕を突き出す。

 敵機の足が僅かに浮く程の衝撃が響いて火花が散る。奪った機関砲は囲っている銃身が折れ、敵の装甲は歪んでいきみるみる速度が落ちていくが、力で勝った拳が装甲を破り中身を破壊し、敵は崩れ落ちた。


「ハッ、ハッ……損害は?」


 息を切らしつつベルに問う。


『戦闘に支障なし』

「よし。――次だ」


 息を整えつつ埋まったままの腕を引き抜き、折れた火器を捨て自分の機関砲を拾う。弾倉を交換しながら辺りの敵を探っていると通信が入る。陽動をしていた味方の歩兵部隊だ。


『――グレムリン2-4から全部隊へ!! 目標は地下マスドライバー! 地上部隊はシャトル打ち上げの時間稼ぎだ!! 繰り返――』

「くそっ! 囮か……!! 昇降機は!?」

『落ち着いて下さい、単機での突破は無理です。まずは合流を』

「……ああ、そうだな……すまない」


 ――昇降機を確保しなければ。


 逸る気持ちを抑えつつ、砲火の轟く戦場で歩を進め、左右に目を向け情報収集を始めた。

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