5 ある冬の日
あけおめます。
ツカサが今朝聞いた話によると、春はまだ家に帰っていないらしい。あの桜木とかいう奴によればツカサの行動次第で決まるそうだが、真剣に捜索をしている春のご両親を前に、そんなふざけたことが言えるものか。少し速足で帰宅しながら、もし言ってみたらどうなるかを想像してみた。身震いしたのは寒さのせいではない。
本当に桜木は春ではないのだろうか。今でこそ春は根暗なイメージがあるが、小さい頃からそうだったわけではない。きっと今でも桜木みたいな気の強い場所はあるはずだ。例えば、昨日のはそう、二重人格が出てしまっただけとか?そんなわけないか。
警察は事件性も考えているようで、部活も次の試合のミーティングだけで終わり、まだ明るいうちに解散ということになっていた。西の空と東の空の交わっているところがえも言われぬ色で滲んでいる。桜木の言っていることは正直理解できないし、信じたくない、覚えていない。ただツカサは、また春に会いたいだけだ。そしてもう二度と消えないでほしい。
気持ちの良い音が鳴り、目の前に金のコインが転がってきた。自然と双子様の祠まで来てしまっていたようで、コインの持ち主が祠に寄りかかってツカサを見ている。目で『拾って』と言われた気がして、ツカサは反射的にそれを拾ってしまった。
「心配して来てくれた?」
「家がこっち方面なんだよ。お前がいることなんて忘れてたわ」
「お前じゃない、桜木実福」
ムスッとしたまま桜木はコインをわしづかみにし、祠の前へ置いた。代わりに握られたのはお供え物の饅頭のようだ。
「腹壊しても知らねえぞ」
「さっきおばあちゃんが置いて行ってたものだから大丈夫でしょ」
「まさかずっとここに居たのか!?」
普段は小路だ。突然のツカサのすっとんきょうな声に驚いたのか、烏が数羽飛び上がった。
桜木はそれを見上げながら饅頭を数口で平らげる。
「そりゃあ、帰ろうと思って帰られるわけじゃないし」
「なんでさ」
「昨日も言ったでしょ。私は異世界から来たんだから__」
「ん?」
「うん?」
ツカサは桜木の顔から感情が抜け落ちていくのを見た。途端に自分も変な汗が流れてきて、脳が多数の言い訳を作り始めた。
聞いてなかったわけじゃないんです、部活で疲れていて眠かったんです、などなど。
「やっぱアンタ聞いてなかったんじゃん」
「いや、そういうわけじゃ……そのぉ……」
「もういいよ、行きながら話す」
呆れにも似た表情で言った桜木は、双子様の祠の前にしゃがみこんだ。何をしようとしているのかがまるでわからないツカサは申し訳なさそうに頭をかく他仕事を見つけられなかった。
双子様の祠は言うほど大きくはない。高さはツカサの身長よりもあるから2m弱というところだろう。殿舎に色は塗られておらず、特にそれといった装飾も無い。正直なところ地味である。いつも閉まっているはずの扉は桜木によって抉じ開けられ、中が丸見えになっている。
「話はどこまで聞いてたの?」
「全く」
「あっそ」
作業中、こんな会話をしたが、桜木はプリプリしたままだった。
確かに、話を聞き流していた自分は悪い。だが、訳のわからない話など誰が真面目に聞くだろうか。こんなことで怒るなんて迷惑な話だ、とツカサは悪態をついた。
「双子様は願いを叶えてくれる神様、っていうのはこの街じゃあ有名な話みたいね」
「ああ。年寄りは全員信じてる。でも些細な願い事だぞ。たまに宝くじ当たったりする人もいるけど」
「そう、そのとおり。願いを叶える双子の神様。でも神様って全ての人を助けてくれるわけじゃないじゃない?双子様の場合、子供の神様だから願い方っていうのも叶う叶わないに関係してくるんだけど、やっぱり一番は印象なのよ、印象。楽しそうだなっていうことにだけ力を使うの」
ツカサは、桜木が不思議ちゃんであることを改めて確信した。昨日と同様に桜木は熱弁しているが、どうも内容が馬鹿らしくて右から左へスルッとスムーズに出ていってしまう。
「で、それが何だって言いたいんだ」
帰ってアニメでも見よう、と思ってツカサは桜木の話を遮った。すると意外なことに、彼女は待ってましたと言わんばかりに身を近づけて説明し出した。余計話に拍車をかけてしまったらしい。
「あなたの友達の春、ちゃん?が願い事をしたって言いたいの。うちの馬鹿とほぼ同時刻、同座標で。その願い事がなんなのかはわからないけど、宝くじなんかとは違って、もっともっと大規模なものであることに違いはないはず。だってこんなに帰りが遅いんだもの。私がこっちの世界に来た時点で1日だったから、既に2、3日経ってる」
「ま、待った待った」
話がわからないまま大きくなっていっている。ツカサは慌てて桜木を止めた。
「こっちの世界とか帰りとか、まさか魔界か何か、ここからじゃ行けないような場所に春がいるって?」
「そう。正確に言えば狭間の世界。私の元いた世界とこの世界の狭間に作られた心象世界」
「作られたって誰に!?」
「それは、こっちの世界で言うところの双子様よ。それ以外はとてもじゃないけど無理なはずだから」
桜木は祠から、御神体とされる石を引き出し、二人から見えやすいところに置いた。目立った特徴のない灰色の石は、双子様の御神体と言う割には1つしかない。ツカサはてっきり2つあるものだと思っていたから不思議に感じた。
「狭間の世界へは普通、私たちが入ろうとして入れるものじゃない。だから、これは神様とのゲーム」
桜木が石の前に片膝を付き、両手の指を組んで言った。
「願いを叶えて二人を取り戻すの」