4 柊ツカサの生活
柊ツカサ(ひいらぎつかさ)
男子
石鍋垣高校一年生
小さい頃は春にべったりだった。
昨晩遅くに叩き起こされ、一瀬春が帰ってきていない、という話を母親伝いに聞いた柊ツカサは何か悪い予感がした。真夜中になっても連絡が取れない状態が続いているのだそうだ。ツカサが電話をかけたところで春が返事をしてくれるとは到底思えない。それでも、と少しの希望を抱いてかけてみたところ、運の悪いことに、春の電話番号はとうの昔に変えられていたことに今更気がついた。
春がいないことにはもう慣れていたと思っていたのに、そうでもなかったらしい。ボーッと宙のただ一点を見つめていたツカサは今日の部活で、後片付けを賭けた勝負で負けてしまった。
部活帰りですっかり暗くなった冬の寒空の中、マフラーを巻きながら校門を抜けようとしたツカサは視線に気づいた。今校内に残っているのは残業中の教職員くらいである。生徒がいるのはあまり好ましくない時間帯といえる。
その正体が暗闇からぬっと出てきた。確かに見覚えのある女子高生だが、制服に見覚えがない。
「春、何やってたんだよ。おばさんたち心配してたぞ」
笑いよりも安堵、呆れよりも怒りが勝るようで、つい強めな言い方でツカサは春を責めた。
ところが首をかしげた春はため息を吐いた。白い息が上って消える。
「違う。見てわからない?」
「わけわかんねーこと言ってないで、早く帰るぞ」
「一方的な思いは伝わりづらいってか。こっちの相手も頑固そうね」
一人ぶつぶつ呟いて、春はもう一度、見てわからないか、と聞いた。最初はわざと受け流したツカサも今度は答えた。
「わからないか、って……」
街灯に照らされた黒髪は高い位置で結わえられ、冷たい風になびいている。肩幅に開いている足、腰に当てている手、豊潤な胸、挑戦的な眼、豊潤な胸。上から下に一往復分見て、ツカサは眼が春のものではないことを見抜いた。
色や形がまるっきり違うというわけではなく、眼は口ほどにものを言うという言葉のように、その奥に潜んでいる気持ちが違うのだ。ツカサの記憶のなかにいる春は全くつかみどころが無かったのに対し、目の前にいる女子高生は勇敢そうである。
「わかってくれたみたいで安心したよ」
何かがわかったのを何故わかったのかがツカサはよくわからなかったが、この人はわかったらしい。すると女子高生は、ここじゃなんだから、と近くのファストフード店へツカサを促した。
そろそろ親が心配する時間だから、ツカサは電話で連絡を入れてから入店した。幸か不幸か注文カウンターには誰も並んでおらず、店員が無料のスマイルを全力で二人へ送っている。
「ドッぺルゲンガーって本当に居るんだな」
「当たり前でしょ。大量にいるよ。あ、私桜木実福ね。貴方は?」
冗談の通じない見ず知らずの変人に名前を教える義理はない。ツカサは無視して、笑顔の店員に注文を出した。
「じゃあ本題にうつるけど、原則としてドッぺルゲンガーについて知ってもらわないとね」
「本人同士が会うと死ぬってやつだろ。それぐらい知ってるさ」
Sサイズのフライドポテトを受けとり、端の席に移動しようとすると、桜木が止めた。
「ちょっと待ってよ。そんな狭いとこよりこっちの広い方にしようよ」
「ああ、すまん。アイツに似てたからつい」
「一緒にしないで。私は私以外ではないし以下でも以上でもないの」
「はいはいさーせん」
店内中央の席に座り、部活の鞄やリュックを下ろす。重い荷物から解放され、肩に羽でも生えたかのように体が軽くなる。
腕を組んでプイとそっぽを向く桜木に、ツカサはポテトを勧めたが、特に反応はなかった。
「昨日、貴方の幼馴染みの子が行方不明になったでしょう」
「……何のことだかな」
「認めなくてもいいよ。独り言だから。信じてくれないなら一人でやるし」
桜木の話を半分聞き流しながら、ポテトにケチャップを浸けては口に運び、ケチャップを浸けては口に運びを繰り返していた。ツカサがだんだんと飽きてきた頃、はっと気づくとポテトは無くなっていた。
「明日の部活は休んで、真っ直ぐに祠まで来てね」
「ん?あ、ああ」
テーブルに備え付けられているウェットティッシュで塩と油の付いた手を拭き、ツカサは生返事をした。
「それじゃあ私は行くから。来てくれることを願ってるよ」
桜木はそう言ってひらひらと手を振り、ツカサを置いて店を後にした。
我に返ったツカサは、桜木が何を言っていたのかを思い出そうとしたが、上の空だったので具体的なことは思い出せない。とにかく頭に残っているのは、明日、学校が終わったらすぐに双子様の祠に向かえとのことだったはずだ。そうすれば春は帰ってくるらしい。わけわからん。
双子様とは、この地域では有名な神様のことだ。幼い男女の双子の神様。本当の名前や御利益は誰も知らないが、勉学、健康、恋愛、些細な願い事なら叶ってしまう。
ツカサもそれで高校合格を勝ち取ったが、どうにも桜木の言うことは信用できない。バカらしい、そう一蹴して次の日はちゃんと部活に行った。




