1 始めの夢
馴染みのない木造校舎、幼馴染みに似た別人。幾度となく繰り返された夢のようだ、と一瀬春は思った。
ただいつもと違うのは、夢ではないと訴えかけるように、冴えている頭が物事を鮮明に捉えていることだ。ここは生徒昇降口の様だが、窓にも扉にも鍵は無く、びくともしない。おまけにその先は真っ暗闇ときて、奥に進むかこのままでいるかの二択しかない状況である。
こんな夢を見始めたのは一年前の中学三年生の春。卒業して間もない頃だった。
蛍光灯がチカチカと瞬いて、二宮凉季が聞いた。
「一瀬さんはどこまで覚えているの?」
「二宮くんと同じかな。学校から家に帰る途中だったことしか覚えてない」
「そっか……」
会話が途切れる。
二宮も一瀬も、話をするのは得意ではないらしい。
「……大丈夫?」
「大丈夫」
一瀬が二宮の目を見ながら言った。
「なんか、ボーッとしてるから」
その言葉を聞いて、本当に似ている、と一瀬は思った。
短い黒髪も、引き締まった目元も、目の付け所も、仕草も、一瀬の幼馴染みそのもののようである。違いを言うならば、おどおどした雰囲気だろうか。
とはいえ、今では一瀬とその幼馴染みはあまり話さない仲だ。中学に上がってグループができれば、次第に溝も深まっていく。奇跡的に高校が同じでも変わることはない。一瀬はそれを惜しくは思わなくなってきた。自分が邪魔をしても後悔するだけだと無意識に正当化させていた。
「ごめん。ちょっと考え事するとさ」
「ああ、わかる。謝ることじゃないよ」
二宮が笑みを浮かべながら言う。
いつからかこうなることを望んでいたのだろうか。昔みたいなただの友人に戻り、会話をするだけだというのに、一瀬にはどうにも難しい。まさか、と自分を疑った。これもまた夢なのではないだろうか。いつまでも子供のようにひねくれたままでいる、自分に対しての深層心理からの暗示。素直にならなければならないという忠告。
「どうする?このまま居ても何も起こらないと思うよ」
「そうだね。ちょっと探索……してみよっか」
「ホラゲみたい」
「フラグ建てるなー」
なんだか認めたくない。