宇宙飛行士と駆逐艦と機械系女子 3
宇宙飛行局では、一つの問題を抱えていた。
私から見ればたいした問題ではないのだが、その問題は局長級の問題として話し合われるほどの案件となっていた。
それには、あの女性の作戦参謀殿が関わっている。
あの駆逐艦にはそれなりの地位と技術的知識を持った女性がいるというのに、この宇宙飛行局にはいないというのが、その問題というやつだ。
対する共和国にも女性士官というのは珍しくない。もちろん、我々の連邦も決して女性を受け入れていないわけではないが、国の慣習的に結婚したら仕事を辞めてしまう人が多い。私の妻もその1人だ。
だが、地球上での統一政府樹立に向けてうごいているこの時期に、我が政府は連邦という国に後進的なイメージがつくことを恐れているようだ。
ということで、急遽女性職員を募集することになった。
もちろん、宇宙飛行局にも女性職員は何人かいるが、清掃業務や食堂勤務などばかりで、技術員として働いているものはいない。
男性と同じ技量を持ち、活躍できる女性。これが今回政府が望んでいる女性職員だ。
しかし、いくらなんでもそんな専門職を急に募集したところで集まるわけもなく、局長は頭を抱えてるというわけだ。
そんな国家の威信などのために担ぎ出される女性もかわいそうだ。我々は我々の道を歩めばいいではないか?と私などは思う。
というわけで、この件はあまり関わらないようにしていたのだが、誰かの思いつきで急に表舞台に引きずり出されることとなった。
いや、正確には私の妻が、といったほうがいいか。
かつて私の妻はこの宇宙飛行局に技術員として勤務していた。
技術的な知識や意欲は豊富。なによりも機械好きだ。今でも息子と一緒に近所のジャンク屋に行っては何かを買ってくるほどだ。
その私の妻を現役復帰させればいいというのが、局長からの意見だ。
誰だ、私の妻のことを教えたやつは。おかげで厄介なことに巻き込まれた。とにかく、その場は本人の意思を確認してから返答すると言って家に帰った。
さて。
どうやって彼女から否定的な意見を引き出すか?
「サーリャ、ちょっと話があるんだが。」
「なに?今ちょっと手が離せないの。」
「いや、たいしたことではないから、そのまま聞いてくれ。実はうちの局長が、お前を現役復帰させたいというのだが…」
「えっ!ほんと!」
手が離せないんじゃなかったのか。妻はすっ飛んできた。
集中できない時にさりげなく話して、断らせようという作戦は失敗した。
「いや、今宇宙人が来てるだろう。あの宇宙人との交流に、女性職員が欲しいと局長が言ってるんだ。でも人が全く集まらなくて…」
「私が行くわ。久しぶりよね!飛行局!まだ8年前のままかしら?」
「今行けば、女性はお前だけだぞ?心細くはないのか?」
「あら、私は以前も女性1人でやってたわよ。あなたを12Gで振り回した時も。」
「だけど、相手は宇宙人だぞ?いいのか?」
「あなたが、思ったよりも友好的でいい人ばかりだと言ってたじゃないの。」
ああ、そんなこと言いましたね。こんなことならもう少し否定的に話しておけばよかった。
「だが…ルスランはどうする?まだ学校にも言ってないんだぞ?」
「そうねぇ…ルスランがいたわねぇ…」
息子のことを忘れてたようだ。大丈夫か?あやうく息子を置いて飛行局に行ってしまうところだった。
結局、子供が学校に上がるまでは無理だということで、局長に返答することになった。
翌日、局長室に出向くと、そこには駆逐艦2230号艦の副長殿がいた。
「おお!ちょうどよかった。今、副長に君の奥さんを駆逐艦にのせてもらおうという話をしてたところだったのだ。」
…勝手に話を進めないでくれ…まだ承諾したわけではないですよ。
局長には、子供のことで妻がここに復帰するわけにはいかないことを告げた。
だが、局長は引き下がらない。
「なんだ、そんなことなら子供ごとここに来ればいい。」
「はい?」
「保育施設を作ってしまえば、問題はなかろう。」
いや、問題だらけだろ。うちの子供はペットではない。適当に決定されてたまるか。
「でも今はちょうど夏季休暇の時期じゃないのか?ここに連れてきたって問題ないぞ。」
「いや、国家機密の塊でしょう?こんなところに子供連れてくるのは、いくらなんでもまずいでしょう!」
さすがの私も声を荒げてしまった。
「今やこの建物、国家機密でもなんでもないぞ。別に子供が入ってきても一向に困らないがなぁ。」
確かにその通りだ。もう共和国の人間を入れてしまったし、そうでなくても大型の宇宙船がすぐそこに停泊するような時代になりつつあるわけだし…
って、そんなこと言ってるんじゃない。うちの子は猫か何かか!?
局長の無神経な発言に、副長が気を遣って、こんなことを言った。
「ええと、息子さんが心配なら、うちの駆逐艦で預かってもいいですよ。」
副長殿のお心遣いはありがたいのだが、この発言がとどめを刺してしまった。局長はもう乗り気である。
とうとう局長命令で、明日うちの妻を連れてくるよう言い渡された。息子同伴で。
「すいません…なんか、余計なこと言っちゃいましたね。」
副長殿が申し訳なさそうに謝ってきた。
「いえ、副長殿はなにも悪くないですから、気にしないでください。」
地上のわがままな上司と、すまなさそうに謝る宇宙人。なにか、違うような気がする。1か月前なら、こんな宇宙人があらわれるなどとは、夢にも思わなかっただろう。
「それよりも副長殿。うちの妻のことですが…ちょっと変なところがありまして。」
「はあ。」
「何というか、無類の機械好きなんですよ。かつてこの宇宙飛行局に勤めてましたが、計器類を見るのが大好きという変わり者なんです。予め、ご承知おきください。」
「なるほど、ですがそういう人物うちにもいますから、大丈夫ですよ。」
「あっ!」
そうだった、そういえば駆逐艦の動力部を、興奮気味に語る少尉殿がいましたね、この船には。
少しだけ、妻を引き合わせたら面白いことになりそうだと思ってしまった自分を愚かだと思った。むしろこの二人、会わせることはなんだかとても危ないことのように思えた。
で、家に帰って局長の言葉を伝えた。
妻はもちろん大喜びである。
古巣に行けるばかりではなく、あの宇宙船にも乗れると聞いて、妻が喜ばないはずがない。
息子も喜んでる。こいつも所詮は妻の遺伝子を受け継いでいる。ジャンク屋で買ったバイクのピストンを握りしめ、明日乗り込むであろう宇宙船のことを楽しみにしているようだった。
憂鬱なのは私ばかりだ。直感だが、これはやばい、絶対にやばい。
翌朝、私は出勤する。妻と息子同伴で。
宇宙飛行局に着くと、もう2人は興奮状態だ。
「パパ!あれなに!?あのでっかいの!」
「見てあなた!あれが先日来た宇宙人の乗り物なのね!」
そう、ここの空港にはあの艦がどんと居座ってる。
宇宙飛行局の建物の前には、間が悪いことに例の少尉殿がいた。
「あ、大佐殿、おはようございます。」
「おはようございます、少尉殿。今日はまたどちらへ?」
「ええ、ここの遠心装置を見せていただけるということで来たんですよ!遠心装置ですよ、なにその魅力的な名前は!ってことで、すごく楽しみなんですよ!」
この少尉殿、今日もうちの飛行局の見学に来ていた。なんでも、ここの装置がいたくお気に入りらしい。
だが今日はよりによって私の妻がいる。こんな話を聞いて、黙ってるはずがない。
「ええ?あの遠心装置、まだあるの!?もうとっくになくなったかと思ってたわ。」
「ええと…こちらはどちら様ですか?」
「ああ、私の妻、サーリャだ。」
「はじめまして。私は駆逐艦2230号艦所属の作戦参謀をしてます、ベアトリーチェと申します。」
「はじめまして、サーリャです。」
最初の接触は平穏だった。が、「混ぜるな危険!」な2人はここから暴走する。
遠心装置についた途端、少尉殿は興奮気味だ。
「ええ?あれに人が乗るんですか?信じられないです、なんて大きな装置なんですか?これで1人用!すごく贅沢ですよね!この装置!」
「これで私は以前、隣にいる旦那を12Gまで振り回しちゃったのよ。」
「ええっ!?よく怒りませんでしたね、旦那様。」
「いや、それがすごい剣幕で制御室にやってきていきなり怒鳴られたのよ。ところがそこにいたのがか弱い女で、振り上げた拳のやり場に困ってたわ。それが彼との出会いなのよ。」
「うわ、羨ましいですね。私もだれか振り回してやりましょうかね?」
当たり前だが、お付き合いしている人をこれで振り回せば、その恋は実らなくなる。私と妻の場合は特別だ。
「息子さん可愛いですね!旦那さんそっくり!」
「ほんと、この装置に入れて振り回してやりたいほど可愛いわ!」
勢いに任せてなんてこというんだ、この妻は。息子よ、よくぞ今までこの妻に無事に育てられたものだ。
もはや、普通の女性の会話ではない。遠心装置の前で男を振り回し自慢をする妻に、羨ましがる少尉殿。やはりどう見ても異常だ。
この勢いを保ったまま、我々は管制センターにも行った。職員が何人かいたが、この2人の会話の異常さに呆れ果てた様子だ。女性が2人、ロケット追跡用のモニターを見て嬉しそうに語り合っている。
で、今度は駆逐艦に乗り込むことになったのだが…なんでもこの駆逐艦、補給のため一度宇宙に行かなくてはいけないようだ。これから出発するという。
そんなタイミングでこの少尉殿、なんと妻を駆逐艦に誘った。
局長はもちろんOKだ。誰かを随行者としてつけたいところだったため、ちょうどいいと言うわけだ。
「どうせなら宇宙に連れてってもらいましょうよ。副長には頼んでおきますね~。」
というノリで少尉殿が連絡すると、艦長の許可もおりた。ということで、双方から駆逐艦乗艦の許可が下りてしまった。おかげで我々家族は突如、宇宙に行くこととなった。
我々の星でつい1週間前までは、宇宙というところは1万人の志願者から選抜され、10年の間訓練を重ね、恐怖と加速度に耐えなければ到達できない、そういう場所だった。
それがこの1週間で、女性が気軽に誘って行ける場所になってしまった。いいのか、そんなことで。
我々は艦橋に招かれた。艦長の心遣いだ。なにせこの船には、ここくらいしか大きな窓がない。
実のところ、私もこの船がどうやって宇宙に出るのか知りたいところだったので、むしろこの状況は好都合だ。妻同伴であることを除けばだが。
艦長が叫ぶ。
「これより、駆逐艦2230号艦は補給のため旗艦に向かう。機関始動!両舷微速上昇!」
駆逐艦はゆっくりと浮き上がり始める。それにしても、これほど重い船体がいとも簡単に浮かぶものだ。
このまま上空4万メルティの高さまで上昇し、そこでエンジン出力を全開にして宇宙に出るんだそうだ。
どんどん高度は上がり、空気の薄いところへ来たため、空が暗くなってきていた。
ここはもう宇宙の境界線上。大気圏の薄さが実感できる場所だ。
私がここにくるのは初めてではない。だが、こんなに静かな船の中で、しかも家族でくるなどということは初めてだ。
だが、その妻は外の風景より目の前にあるレーダーサイトが気になるらしい。息子は窓にへばりついて、興奮気味に外を眺めている。
「駆逐艦 タコライス、高度3万8千!周囲に障害物なし!」
あれ?今何か変なこと言ったぞ?この人。タコ何とかって言わなかったか?
「高度4万メートル!進路クリア!機関良好!」
「両舷前進強速!機関最大出力!駆逐艦タコライス!大気圏離脱を開始!」
「機関出力100パーセント!大気圏離脱を開始します!」
次の瞬間、ゴーっという音がこの艦橋内に鳴り響く。あちこちがビリビリと揺れ始めた。さすがにこの駆逐艦でも、エンジン全開時には揺れるんだ。この音に驚いて、息子は妻のところに駆け寄ってきた。
周りの風景がすごい速さで流れていく。大気圏離脱だ、秒速8千メルティまで加速する必要があるから、当然だ。
…って、私はここに突っ立ったままだが、いいのか?これで。すごい加速度だぞ。周りの速度から見て、5、6Gはかかってもおかしくないほどの加速をしてるはずだ。
だが、この艦橋内は揺れは感じるものの、立っていられないほどのものではない。書類を持って歩いてる人もいる。
少尉殿に聞くと、慣性制御という装置が強烈な加速度を打ち消してくれるので、このように立っていられるし、訓練もなしに宇宙にくることもできる。
徐々に轟音と揺れが小さくなっていった。数分もすると静かになった。
そこはもう宇宙だった。
私にとっては2度目の宇宙。もちろん、妻と子供にとっては初めて見る光景だ。
青くて丸い地球、その周りに広がる漆黒の闇。こんな大きな船が、いともあっさりと宇宙に来てしまった。何という強力なエンジンなのか?
妻の方を見ると…泣いている。
「あなた、私ね、宇宙飛行局の入ったのは宇宙に行きたかったからなの。でも飛行士資格がなかったから、地上局担当になった。そんな私が今、宇宙に来られたんですよ。」
妻の肩に手をかけた。そうだったんだ、そんな夢があったのか。私は妻のことをよく知ってるつもりで、実はまだ知らないところがあったことを悟った。眼下に見える壮大な地球が、我々夫婦の宇宙到達をお祝いするかのように、サファイアのように青く光っていた。
だが、しおらしかったのはここまで、そこからはまた少尉殿との機械系トークが始まった。
全力で動いている核融合炉を見ようということになり、少尉殿と我々家族は機関室に向かった。
そこにあったのは、以前見た時よりもけたたましく動く機関だった。宇宙にいるときは、こんなにも勢いよく動いてるんだ。
「あなた!あれすごいわ!何か光ってる!これがこの船を動かしてるなんて、ちょっと凄過ぎない!?」
「奥さん!こっちの重力子エンジンもすごいですよ!」
「ほんとだ!これうちに持って帰りたいわ!」
うちは発電所じゃないんだから、こんなに大きなものは持ち込めないだろう。
「さすがにこれは無理ですよね~。」
少尉殿が珍しく常識的な返答をした。
「でも格納庫にある複座機についている核融合炉と重力子エンジンなら、うちに持っていけるサイズですよ~!」
…前言撤回。少尉殿はやはり暴走中だった。
その流れで今度は格納庫に向かう。複座機の側面を開けて、その小型の核融合炉というのを見せてもらう。
妻と子供は大興奮。私も驚いた。この大きさで核融合反応を起こせるなんて、やはり我々より進んだ技術を持っている。
我々の星でも、核融合炉の構想はある。だが、太陽の中心並みの温度を狭い空間内に封じ込めなければ核融合エネルギーを取り出すことができない。実用化にはあと100年はかかると言われている。
それがこの宇宙では、この核融合炉はすでに200年以上も前からあるというのだ。
私は機械そのものよりも、その技術力の格差に驚く。そんな技術を惜しげもなく我々に供与してくれるというのだ。
我々ならば、その技術力の差を活かしてこの惑星を軍事的支配下に置こうと考えるだろう。だが、彼らはそれをやらない。
かつて、そういう時代があったそうだ。この技術の元を作り上げた星、地球001が170年ほど前まで、多くの星を軍事力を使って従えていたとのことだ。
それが今の2つの勢力を生むきっかけになってしまったようだ。相手陣営に負けないため、同盟惑星を増やし、技術を提供し、艦隊を結成してもらい、自陣営の強化を図る。
故にこれだけの技術力がありながら、彼らは友好的なのだ。違和感はあるものの、この状況は我々にとっては幸いだった。
しっかり機関室と複座機を堪能した妻と子供、そして少尉殿は、再び艦橋に戻ることになった。私もついていく。
艦橋に戻ると外の光景に驚いた。駆逐艦がずらりと並んでいる。
ここには現在、300隻ほどいるそうだ。そしてその中には「戦艦」がいた。
ゴツゴツした岩肌を灰色に塗っただけの巨大な船、いや、船と呼ぶには大きすぎる。まるで島だ。
「戦艦ベン・ネヴィスより入電。入港許可承諾、第19番ドックに入港せよとのことです。」
「面舵10度!両舷減速!」
「面舵10度!両舷減速、赤18!」
艦橋内は既に戦艦にドッキングするための行動に移っていた。
ゆっくりと戦艦に接近する。もう眼下一面、あの灰色の岩肌だ。
「入港準備よし!降下開始!」
しばらくすると、何かに接合されたような大きな音がした。
「これより駆逐艦タコライスは補給を開始、非番のものは艦隊標準時2030から0530まで、戦艦内行動を許可する。」
さっきから「タコライス」というのが気になるが、ともかく9時間はこの戦艦内にいなきゃいけないようだ。どうしようか。
すると少尉殿が思わぬことを言った。
「街に参りましょうか。案内しますよ。」
街!?なんだ街って?
聞けばこの戦艦、街があるそうだ。
これだけの大きさだ、街があってもおかしくはない。だが、なぜ軍艦の中に街!?
聞けば、遠征艦隊特有の事情がある。1万隻の艦隊となると200万人近い人が働く。
それが数百光年もの距離を1、2週間かけて航行し、今回のように数ヶ月間は宇宙に滞在することもある。
駆逐艦の狭い艦内では気が滅入ってしまう。そのため気晴らしのための施設、それが戦艦内の街だ。
経済も活性化するし、乗員も本星や宇宙の流行を知ることができる。まさに一石三鳥なアイデア、それが戦艦の街というわけだ。
戦艦内に入って、まず電車に乗る。
全長が4千メルティあるそうだが、その中を徒歩で移動するのは苦痛だ。しかし、これだけ技術が進んでいて、電車というのはなんだか…
しかし乗ってみると、この電車も我々よりずっと進んでいることがわかる。慣性制御のおかげで、ほとんど揺れない。しかもこの電車、車輪ではなく重力子による浮遊型車両だ。
そして街に着く。この街もどこか我々のそれとは違っている。
看板の絵は動いてるし、服などはどこか未来を感じさせるデザインだ。飲食店だけは我々の街で見かけるような雰囲気だ。
だがその飲食店も、ところどころ見たことのない食べ物がある。中でもスイーツはおかしい。赤や青、7色のものまである。どうしてあんな色のスイーツが作れるのか?
最初に向かったのはステーキ屋だった。そういえばもう我々にとってはお昼時だ。
ここのステーキ屋の肉は柔らかくて、うちの子供でも食べやすい。ちょっとしたところで、さりげなく技術力に差を見せつけられるあたりはさすが宇宙人だ。
こうしてのんびりと昼食を食べてると、ここが宇宙であることを忘れてしまう。まるで地上にいるのと同じ環境を、これだけ大規模に作り上げる技術、こんなものがあと10年もすると我々にも当たり前のものとなる。そのことがどうにも信じられない。
昼食が終わり、少尉殿が次に案内してくれたのは家電屋。
といっても駆逐艦内で使えるようなものしか売っていないため、小さな機器類しかない。洗濯機や調理用機器などはここにはない。
にもかかわらず、品数は多い。小さな音楽・動画プレーヤーや、そして、少尉殿が以前から無線通信機として使ってる「スマートフォン」というやつもある。
こいつは一種のコンピューターのようだ。無線通話だけでなく、情報検索に写真撮影、その他色々な機能を実装できる。
私の乗った宇宙船1号にも我々の世界では最新鋭のコンピューターが載っていた。が、それよりもはるかに小さく、高性能で、誰もが所有できる。
値段を聞いてもわからないが、先程のステーキの価格から推測するに、我々がテレビを買うよりも安いようだ。
当然、妻は欲しがる。しかし、まだ回線が地上にひかれていないため、我々が購入してもほとんどの機能は使えないそうだ。
残念そうな妻。だが、あと3ヶ月もすれば宇宙港ができて、街も併設されるだろうから、その時には使えるようになると少尉殿は言う。
その前に、まずここの文字が読めないといけない。言葉が同じでも、文字は違う。これを使うにはまず文字の習得が必要だ。
他にも雑貨屋に服屋、映画館などに行った。スイーツ店で子供と妻があの7色のパフェというものを食べてる時に、私は少尉殿に言った。
「少尉殿には感謝している。私の妻はあの通りの機械好きな変わり者だ。普段の生活ではここまで妻の嗜好についていける人がいなくて、ちょっと寂しい思いをしていたようだから、少尉殿に会えたことは妻にとっては幸福だと思う。」
「いえいえ、私も自身の趣味を貫いているだけですから、そんなに感謝されるようなことをしてるわけではありませんよ。気にしないでください。それに。」
少尉殿はスマートフォンを取り出して、こう言った。
「機械好きの女性は、ちっとも珍しくないですよ。」
その画面には、小型の機械を取り囲む女性の集合写真が映されていた。
機械系女子会、彼女はそう語った。そういう集団が、この艦隊にあるそうだ。
「多分、何人か寄港してると思うので、連絡してみますね。」
どうやらこのスマートフォンを使ってその機械系女子会の人々にメッセージを送ったようだ。
このスマートフォンというやつは、キーボードというものがない。本体横を親指で押さえて頭の中で念じるだけで、文字が入力されるのだ。
だから、あっという間にその女子会メンバーにメッセージが送られてしまった。すぐさま2、3人から返信があった。
やがてこのお店に何人か現れた。
混ぜると危険な人物がさらに増えてしまった。こうなるともう機械系トークが止まらない。妻も参戦して、私には理解できない世界に突入してしまった。
結局、残りの2時間を、臨時の機械系女子会で使い果たしてしまった。
さすがに少尉は済まなそうな顔をしていたが、妻がここまで喜ぶ顔をしてるところを見れば、悪い気はしない。
こうして、戦艦内の街訪問と、機械系女子会の存在を知る旅は終わった。




