宇宙飛行士と駆逐艦と機械系女子 1
「打ち上げ60秒前!1段目、2段目、液体水素系準備完了!」
私の名はフルシェンコ。階級は中佐。わが国初、いや、世界初の有人宇宙飛行の宇宙船に乗っている。あと1分で宇宙に旅立つ。
選抜された7人のうち、私が世界で最初の宇宙飛行を行うこととなった。大変栄誉ある機会を私はいただいた。
「58、57、56…」
「ウォーターカーテン散水開始!」
秒読みは続く。ここまでの道のりが走馬灯のように蘇る。
「35、34、33…」
「内部電源切り替え!全制御系準備完了!」
私が成功する保証はない。初めて人間が宇宙に出る。何が起こるかなど、誰も経験したことはない場所だ。
ところで、宇宙に出た途端、人間は正気でいられなくなると主張する科学者もいる。そんなことは起こりえないと私などは思うが、絶対に起こらないと誰も断言できない。
「6、5、4…」
「1段目エンジン点火!」
もう引き返せない。宇宙がどんなところかわからないが、私は今から、その宇宙に行く。
エンジンが点火されて、宇宙船本体がガタガタと揺れる。
「3、2、1、リフトオフ!」
固体燃料ロケットにも点火された。窓の外の景色が流れ始め、打ち上げられたことを実感する。
大きく揺れながら、私の宇宙船は上がっていく。だが、固体燃料ロケットというやつは、力はあるがガサツなロケットだ。
人間が乗ってるというのに、御構いなしに私を力の限り持ち上げようとする。おかげで、宇宙船内の加速度は5、6Gまで達する。
だが私は、専用の服と訓練によって、このふざけたロケットの生み出す加速度に対抗する。このロケットの生み出す瞬発力無くして宇宙船のような重い乗り物を宇宙に打ち出すことはできない。
ガタガタと大きく揺れる我が宇宙船。打ち上げから2分と少し。そろそろ補助エンジンである固体燃料ロケットの切り離しだ。
「補助エンジン燃焼終了!切り離しを確認!」
管制塔からの無線が固体燃料ロケットとの別れを告げる。ありがとう、お前は雑なやつだったが、ここまで私を力強く引っ張ってくれた。いいやつだった。
しばらくすると、1段目の切り離しに入る。
このロケットで最も重い部品。切り離しの衝撃は最も大きい。
「1段目切り離し!2段目点火!」
がしゃんという音とともに、この1段目ともお別れになったことを知る。一瞬、私の体は軽くなる。
しかし2段目が点火されて、私の体が再び座席に押し付けられる。また加速度との戦いだ。
「2段目燃焼終了!」
やがて2段目も燃焼を終えて切り離しに入る。
「宇宙船1号、予定通りの軌道速度に達していることを確認、打ち上げ成功だ!」
地上はもう喜んでいる様子だ。無線の口調でもわかる。
だが、2段目切り離しの際に、問題が起きた。
宇宙船が回転し始めたのだ。
思ったより早く回る。まるで遊園地の乗り物のようだ。窓の外がくるくる動く。
「こちら宇宙船1号!船体が大きく回転している!」
「地上でも確認した!姿勢制御モーターを噴射し立て直す!」
この宇宙船1号、先の「宇宙は人間を狂わせる」説のおかげで、私自身が操縦できない仕掛けになっている。いちいち地上に言って直してもらわないといけない。
回っている方向、速度を聞かれる。すぐに答えたが、なかなか回転が止まらない。早くしてくれ、気が変になりそうだ。
しばらくして、ようやく姿勢制御モーターが噴射され、回転が止まった。
やっと窓の外を見られる。
そこにあったのは、青くて大きな球体だった。
私は人類で初めてこの地球を外から見た人間だ。
その初めて見る地球は、青くて大きい。
青いのは海の部分だ。そこに白い絵の具でさっと描いたように雲がたなびいている。
陸地は緑や茶色で見える。高い山はうっすら白くなっている。
太陽光による温度上昇が宇宙船の一方だけに偏らないよう、この宇宙船はゆっくりと回転している。この船唯一の窓は、地球とは反対の方向を向いてしまった。
残念ながら、2分ほどは暗い宇宙を見なくてはならない、はずだった。
だが、そこには信じられないものが見えていた。
大きくて四角い灰色の物体。どう見ても人工物だ。
私の乗る宇宙船の2、30倍の長さはあるその物体は、この船のすぐそばを飛んでいた。
「こちら宇宙船1号!窓の外に巨大な宇宙船らしきものを視認!」
地上に連絡したが、返答はない。
ここはちょうど本国の裏側、敵対する共和国の上空、無線の届かない領域だった。
だが、今の無線が届いたところで、私が正気を失ったと判断されるだけだろう。
いや、本当に私はおかしくなったのか?
念のため、私はこの窓の外の光景をカメラで撮影した。
もしここで私が幻覚を見たのなら、写真には何も写っていないはずだ。地上に降りれば、検証できる。
だが、突然無線が入った。
「こちら地球098 遠征艦隊所属の駆逐艦 2230号艦。宇宙船1号、応答願います。」
いよいよ幻聴まで聞こえ始めたか。無視してもよかったのだが、本物かもしれない。ともかく答えてみよう。
「こちら宇宙船1号、あなた方はいったい何者だ?」
「我々は、ええとなんて言いますか、あなた方からすれば宇宙人ということになります。」
宇宙人。さりげなく凄いことをいう。事実ならとんでもないことだが、幻覚ならかなり重症だ。
「その宇宙人が何故、この宇宙船1号に接近しているのか?理由をお聞きしたい。」
あれだけの宇宙船があるのなら、我々などよりはるかに優れた技術を持っているはずだ。
ならば、普通は存在など明かさず撃ち落とすはずだ。彼らが我々の地球を攻めるならば、私の宇宙船による目撃は彼らにとっては非常に不都合なはずだ。
だがこうして交信を試みるなど、一体どういうことか?
「我々はあなたの宇宙船が異常回転しているとの無線を聞きつけて急行した。見たところ正常な模様、現在の状況を確認したい。」
「現在宇宙船1号は姿勢制御に成功した。現在、異常なし。」
「了解した。では我々はこの空域を離脱する。貴官の無事と宇宙飛行の成功を願う。」
「了解、ありがとう。」
こうしてその奇妙な宇宙船は離れていった。
多分、間違いなくあれは幻だ。
高々宇宙船が回転したくらいで、あんな大きな船が来るわけがない。
それにあれほどの宇宙船を有する文明が、この宇宙船を攻撃しないはずがない。
第一、どうして彼らは私と同じ言葉を話しているのか?
地球のすぐ隣同士の国で言葉が通じないことがあるというのに、宇宙からやってきた宇宙人が同じ言葉を話すはずがない。
どう考えても、私の脳内で作り上げられた幻だろう。そう結論づけるのが合理的だ。
地上から無線が入る。
「こちら宇宙飛行局 管制基地、宇宙船1号から無線交信を確認したが、何か起こったのか?」
「こちら宇宙船1号。ああ、多分幻覚というやつだ。詳細は地上にて報告する。」
「了解した。このまま飛行を続けてくれ。」
おかしな交信が行われたことを、地上もある程度察知したようだ。
私の一方的な声だけが残っているはずだろうから、状況をきちんと報告せねばなるまい。
しかし、こんなものが見えてしまうようなら、2号目以降の宇宙船計画は延期せざるを得ないだろう。
ともかく私は、地上に無事に帰る。それだけだ。
私は地球を予定通り2週し、大気圏に再突入した。
無事地上に戻ることができ、皆成功に湧き上がっている。共和国に勝ったと国を挙げて大喜びだ。
だが、私は到底浮かれてなどいられない。あの幻覚の原因を突き止めねばならない。宇宙進出そのものの根幹を揺るがしかねない事態だ。
やっぱり、人類は宇宙では正気ではいられないのか?
だが私が地上に持ち帰った写真と交信記録からは、驚くべき事実が判明した。
なんと、あれは私の幻覚ではなかったのだ。




