表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/144

野原の姫と空飛ぶ王子と魔法の城 2

空飛ぶ城にあるその扉の奥の道具箱に、吸い込まれるようにこのコウモリは入っていく。


真っ暗な闇夜の中から、とても明るい場所にたどり着いた。扉が閉まる。


しばらくして、コウモリのガラスの扉が開いた。すると、奥から白い服を着た人が現れた。


私と王子様が降りると、その白い服の人たちは、なにやら棒のついた布の上に私を乗せてどこかに運ぼうとする。


不安になって、私は王子様の方を見た。すると、


「あとで私もいくから、この人たちと一緒に行ってください。」


と言われた。仕方がないので、私はこの人たちが用意した「タンカ」とか言う棒付き布に乗せられて運ばれた。


それにしてもこのお城、どこもかしこも明るい。天井にある灯りは、今まで見たことがないほど明るく光る灯りだ。炎がないのにどうして光っているのか。不思議だ。


そんな明るい通路を通り、ある部屋にたどり着いた。


ベッドと机があり、その机の上にはいくつかものが置かれている。


先の尖ったものが多いけど、何か怖い儀式をするための道具なのかしら?ちょっと怖い。


その儀式が始まった。私の腕に針のようなものを刺さして血を抜いたり、胸や背中に金属でできた丸いものを押しつけたり、奇妙なもので体のあちこちを触ってくる。


その度に、白い服を着た女の人は「大丈夫ですよ~」って言うけど、このまま私は生け贄にでもされるんじゃないかと思うと、内心気が気でない。


王子様はあとでくるって言ってたけど、なかなか来ない。怖くてもう泣きそう、王子様!早く助けに来て!


そんな願いが通じたのか、やっと私の王子様が現れた。


私は思わず抱きついてしまった。優しい王子様は、私を抱き締めてくれる。


王子様は、白い服の人と話している。


「この方と何かあったんですか?」

「いや、特には…ただ長いこと何も食べてなかったみたいでして、携行食料を渡したらずっとこの調子なんですよ。よっぽど追い込まれていたんですね。」


そのまま、王子様は白服の人と話している。なんでも、空腹で栄養状態は悪いものの、体の方はいたって元気、何かちゃんとしたものを食べていれば大丈夫、なんてことを言ってた。


てことで、その部屋を出た。ここは医者のいる病室というところだと王子様に教えてもらった。


「ええとですね、私は王子様ではなくてですね、アルフレッドという、ただの中尉なんですよ。」


この王子様は、地球(アース)604というところからきた宇宙人で、ここは駆逐艦 4236号艦という船の中なんだそうだ。


なんでも、最近この星を見つけたらしく、今日はこの星のことを調べにきてたそうだ。


…などと言われたけれど、さっぱり分からない。要するに、アース604という国の王子様ってことですよね。そんな国、あったかしら?


夜も遅いし、明日朝には食堂でちゃんとしたものを食べましょうと言われて、部屋に案内された。


随分と綺麗な部屋だ。ベッドと小さな机がある。ここが私の部屋なんだとか。


このお城、じゃなくて船には200人分の部屋があるけど、100人しかいないので、こういう空き部屋がまだまだあるらしい。てことで、部屋をひとついただいてしまった。


私は王子様と同じ部屋でもいいんだけどなあ。でも王子様は、顔を赤くしてお断りになった。そんなところがとても可愛い。


部屋に入り、ベッドに横になったら、なんだかとっても眠くなってしまった。この布団、とっても気持ちいい。しかも部屋は寒くも暑くもない。過ごしやすいところだ。気がつけば、私は寝てしまった。


翌朝、なのかどうか分からないが、目が覚めた。


ここは綺麗な部屋だけど、窓がない。おかげで今が昼間なのか夜なのかが全然分からない。まるで地下牢だ。空飛ぶ船に地下牢。変な感じ。


しばらくして、アルフレッド王子様がおいでになった。


「おはようございます。マリアさん、ちゃんと眠れました?」

「ええ、王子様、おかげさまでよく眠れました。」


で、早速「食堂」というところに連れて行ってもらうことになった。


ここはいろんな食べ物が食べられるらしい。好きなものを棚から取るか、作って欲しいものを言えば作ってくれるらしい。


10人くらいの人がいて、皆何かを食べている。


私はそこにあった、ハンバーグ、コーンスープ、パスタとかいう奴を取ってみた。


空腹だけど、貴族の娘としていかなる時も品格と作法を忘れてはならない。今日の食事が食べられることを感謝し、祈りを捧げてから頂く。


久しぶりにフォークとナイフ、スプーンで食べる食事に出会えた。まずはハンバーグから頂く。


とっても柔らかいお肉だ。しかも美味しい。このソースの味もとてもこのお肉にあう。これは、高い香辛料が使われてるようだ。こんなものが自由に食べられるとは、食堂というところはなんて贅沢な場所なのだろう。


コーンスープというのもほんのり甘くて美味しい。コーンという黄色いつぶつぶ、私の国では見たことがない。


パスタというのは、フォークに絡め取って頂く食べ物だそうだ。上にはハンバーグと同じつぶつぶのお肉が乗っていて、これがまた美味しい。


それにしてもこの王子様、いきなり手づかみで食事されている。なんでも、ハンバーガーとポテトという奴らしい。このお食事、あまり品格があるとはいえない。


「いや、これがなかなか美味しいんですよ。ひとつどうです?」


フライドポテトという奴をいただいた。手にとって食べてみる。


じゃがいもだというのはわかった。だが油で揚げてほんのり塩味を効かせただけの単純な料理なのに、とても美味しく感じる。さすがは王子様。おいしいものを分かっていらしゃる。


それにしても私、王子様の手から直接頂いたものを食べてしまった。ああ、なんだかとっても幸せな気分。


そういえば、私が王子様というたびに、ご自分は王子ではないと否定なさるけど、


「よお、王子。ちゃんと姫様の食器を片付けて差し上げろよ。」


などと周りの人も彼のことを王子と呼んでいる。やっぱり、この国の王子なんだ。


それにしても王子様、周りからはまるで友人のように慕われていらっしゃる。敢えて品のないお食事を頂くことで、周りの者が親しみを持って接してくれるようにしてたんですね。なんと庶民想いの素晴らしいお方なんでしょうか。


さて、お食事が終わったので、王子様はこれからご公務をなされるのかと思いきや、私にお付き合い頂くとのこと。


これからこの船は、宇宙というところに行って、戦艦で補給というものを受けられるんだとか。どういうところなのか分かりませんが、私はどこまでもお供いたします。


ところで、私の服が汚れてることを王子様は気にしていらっしゃった。確かに屋敷を追い出されてもう1週間近くこの服で過ごしていたため、随分と汚れている。


ということで、侍女だろうか?女性の方をお呼びになり、私の服の手配をしてくださった。


「少尉殿、申し訳ないが、このマリアさんに合う服を用意するのと、体の方も洗ってもらうようお願いしたい。こればかりは私ではどうにもならないので…」

「了解致しました、中尉殿。あ、今は王子様でしたね。承りました。」


少尉と呼ばれるこの女性に連れられて、まずはお風呂に入った。


ここの浴場は広い。男女で分かれているそうで、シャワーという、お湯が吹き出して体を洗い流してくれる仕掛けもある。


石鹸というもので体を洗うようだが、これがよく汚れを落としてくれる。肌がすべすべになった。


きれいになったところで、服をいただいた。


少尉さんと同じ服だが、ちゃんとした服は戦艦で王子様に買って貰うといいと教えられた。戦艦というところは、仕立て屋でもあるんでしょうか?


すっかりきれいになって、動きやすい服に着替えた私を、王子様はちょっと顔を赤くして見ていた。そんなにこの服装、私に似合わないだろうか?なんだか王子は、私を直視するのを避けてるようだ。


早く戦艦というところに行って、仕立て屋で新しい服に変えたいものだ。


そのまま私は「艦橋という場所に連れていかれた。


「艦長!マリアさんをお連れいたしました!」

「ご苦労!ようこそ我が駆逐艦へ、どうぞお席へ。」


私はこの艦長と呼ばれる人の前にある椅子に座った。王子様はその横で立っていらっしゃる。


さきほどのやりとりを見ていると、艦長というお方は王子様よりは偉いようだ。ということはこの方、国王陛下?


それにしてはこの2人、あまり親子には見えない。王子様って養子なのだろうか?


にしても、ここは王子様より偉い方が多いようだ。先ほどから王子様、艦長の周辺の人には敬語を使ってる。この王子様って、第4か第5王子くらいのようだ。


でもここはどちらかというと、艦長は国王陛下というより騎士団長といった風格で、その周りは騎士のようだ。騎士団長や騎士に敬語を使う王子様?どうなってるんだろうか?今度ちゃんと王子様に聞いてみよう。


ところで、この艦橋には大きな窓がある。


しかし、まだ朝だというのに妙に空が暗い。


下には青っぽいものが見えてる。どうなってるんでしょう?ここは。


「これより、大気圏離脱を開始する。両舷前進いっぱい!」

「機関最大出力!両舷前進いっぱ~い!」


艦長の掛け声に合わせて、急にこの艦橋内は緊張した空気に変わった。周りの人たちは皆一斉に自分の目の前にあるものを見ている。


と同時に、この艦橋内が急にうるさくなった。ごーっという音がして揺れ始めた上に、窓から見える風景が後ろに流れ出した。


しばらく騒音が続いたが、徐々に静かになってきた。


と同時に、窓の外には大きな青い球が浮かんでいた。


まるで、伯爵夫人が身につけてる大きなサファイアを、さらに大きくしたようなきれいな青色のこの球。


聞けば、これは私が住んでいる地面そのものの姿なんだそうだ。私の住んでるところは丸い球体の上だという話は聞いたことがあるが、離れてみると、こんなに大きな青い球だとは想像すらしていなかった…


この球の周りに広がるどこまでも広がる真っ暗闇の世界が「宇宙」なんだそうだ。


ここからずっと離れたところに、王子様の住む青い球体もあって、そこが地球(アース)604という星。ここはいずれ地球(アース)765と呼ばれる星になると、王子様はおっしゃる。


宇宙って、こういうところだったのね。私が住んでるところなんて、宇宙の中のほんの一部の地面に過ぎないってことなのね。


でも、そんな広い宇宙から、はるばる私と会うためにやってきた私の王子様。ますます運命的な何かを感じてしまう。


そんな青い星、漆黒の宇宙を眺めていたら、なにやら無数の灰色の物と、その真ん中に大きな岩のようなものが見えてきた。


たくさんある灰色の物は、この船と同じ駆逐艦だそうだ。何百隻いるのか?


でもその真ん中にある岩のようにゴツゴツしたものは異様だ。灰色に塗られた岩肌剥き出しのこの物体、聞けばこれが戦艦なんだそうだ。


見た目はとってもおどろおどろしい。おとぎ話では吸血鬼や巨人といった化け物が住む山城があるが、あんな雰囲気のところだ。


あんな場所に少尉さんの言ってた仕立て屋があるんだろうか?なんだか信じられない。


「今からこの駆逐艦はあそこに降りて、補給を受けます。その間、戦艦の中に行けるので、案内致します。」


王子様があの戦艦に連れてってくれると言った。王子様と一緒なら心強いが、しかし…いったい、なにがあるんだろう?


「王子様、いったいあそこにはなにがあるんでしょうか?」

「ああ、えっと…あそこには街があるんです。マリアさんの服を買わないといけませんし、こんな狭い艦内だけでは息苦しくなります。」


街!?そんなものがあるの?あの吸血鬼の山城に!?一体、どんなところなのだろうか?


それにしても、なぜか艦長やその他の人たちが必死に笑いをこらえてる様子だった。私、なにか変なこと言ったかしら?


「駆逐艦コッペパン、戦艦ノイエ・リオへのアプローチに入る。面舵10度!両舷減速!」

「面舵10度!両舷減速!赤10!」


艦長と、航海士と呼ばれてる人がなにやら掛け声を掛け合い始めた。この船はなにかを始める時にいちいち艦長と誰かが叫ぶ。呪文か何かだろうか?今度のは戦艦に降りるためのやり取りのようだ。


「戦艦ノイエ・リオより着艦許可でました!15番ドックに入港されたし、です!」

「取舵3度!さらに減速!入港準備!」

「取舵3度!両舷減速!赤15!」

「ガイドレーザー捕捉!エアロックに要員配置完了!入港準備よし!」


いろんな人たちが叫び始める。やはり魔法で飛ぶこの船を動かすための呪文のようだ。


徐々に戦艦に迫り、ついにはがしゃんという音がした。戦艦とやらに着いたようだ。


「ドック内各部結合よし!通路接続よし!入港、完了しました!」

「各員に告ぐ。これより10時間の補給作業に入る。非番の者は、現時刻1030より、1930まで戦艦内への立ち入りを許可する。」


艦長の声が響き渡る。これを聞いた艦橋内の人は、出口の方に動き出した。


「さ、参りましょうか?」


王子様が声をかけてくださる。


「はい、喜んで。王子様。」


また艦長さんが笑いをこらえてるようだったが、まあいいか。王子様とその街とやらに行ける。


駆逐艦の下の方に降りていき、そこから戦艦内へ通づる狭い通路を通ると、急に広い場所に出た。


さらに奥に入る。他の人も同じ方に向かって歩いてる。


急に人の流れが止まった。その人混みの先には大きな扉のようなものがある。


「ああ、少尉殿、あの街で彼女の服を調達したいのだが、どこかいいところを知らないか?」

「それなら私の行きつけの店があるので教えますよ。ええと、場所を転送しますね。」


昨日私をお風呂に連れて行ってくれた少尉さんに、王子様がこれから行く仕立て屋の場所を聞いてるようだ。


お互い、なにやら薄い四角いものを取り出して喋ってる。また魔法の道具だろうか?ここは私の知らないものが多すぎる。


と、そこに何か四角いものが音を立てて走ってきた。またこれも魔法の乗り物か?とても大きい。その箱が止まると、人混みの先にあるあの扉が横に開いた。


どうやらこれに乗って移動するようだ。中に王子様と乗り込んだ。


この電車という乗り物は、何度か動いては止まるを繰り返し、その度に人が乗り込んできた。もうぎゅうぎゅう詰めだ。


やっと降りるところについたようで、王子様が手を引いてくれた。ああ、王子様の優しさも嬉しいが、ここはあの息苦しい人混みから解放されることの方がありがたい。


電車を降りると、そこは確かに街だった。


私の知ってる街よりはずっと押し込められていて、ずっときらびやかなところだった。お店の前にある看板には動く絵が流れ、その中には見たことのないものが売られてるところもある。


食べ物屋もたくさんある。食堂と同じようなものを扱ってるところもあれば、見たことのない食べ物を売ってる店もある。なんだろうか?あの青や緑に彩られた不思議な食べ物は?あれ本当に食べ物なんだろうか?


右も左も珍しいものばかりで、ついつい横を向いて歩いてしまう。誰かにぶつかりそうになるので、王子様が必死に私を導いてくださる。


その王子様に連れていかれたのが、あの少尉さんに教えてもらった仕立て屋だった。


赤やピンク、青などのいろいろな服がたくさんかかっている。見たことのない布、形の服ばかり。


ここからちょうどいい服を見つけて買うんだとか。わざわざ作ってもらうのではなく、その場で持ち帰れるんだ。やっぱりこの街はすごい。


2、3着選ぶと、奥にある試着室というところで着るらしい。


あれ、持ち込んだものの、着方がわからない服がある。どうしよう?


「王子様!!」


私はカーテンの隙間から顔を出して、王子様を呼んだ。


慌てて王子様がやってくる。ちょっと店員が変な顔をしている。


「服の着方が分からないんですが…」


と言ったら、女の店員さんを連れて来た。その店員さん、親切にその服の着方を教えてくれる。こうやって着るのね。


で、大きさもぴったりだったので、この3着を買ってもらうことになり、そのうち1着をその場で着て行くことにした。先に少尉さんから借りた服は他の服と一緒に袋に入れてもらった。


王子様、服を着替えたらますます私の方を避けるようになってしまった。顔も赤いし、どうしたのかした?もしかしてこの服、ちょっと地味すぎ?


さて、そうこうしているうちに昼食の時間だということで、食べ物屋を巡ることになった。


ステーキが食べられるお店にいった。相変わらずここの人たちは香辛料を惜しげも無く使う料理をよく食べる。我々貴族でも、コショウは高くてほとんど口にしたことがないのに…


「ここの魔法の力ってすごいですね、王子様。こんな大きなお船を空に飛ばし、コショウを惜しげもなく使うなんて、まるで夢の世界のようです。」

「は?魔法??」


なんだか王子様、きょとんとしてる。


「この船やあのコウモリのような乗り物、あれは魔法ではないのですか?王子様。」

「ああ、なるほど。この星の人々には、魔法に見えてしまいますよね。あれは『技術』の力によって動いてるんですよ。」


技術。なんだろう?魔術とは違うのかしら?


王子様曰く、技術とは誰でも不思議な力を使うことができるからくりだという。だから、使い方さえ覚えれば、私にも使うことができる。


でも中にはとても強い力もあるので、使うために決まり事があったり、許可されたものしか使えなかったりするものもあるそうだ。


王子様はあのコウモリのような「複座機」というものが扱える数少ない人なんだそうだ。魔法使いではなかったみたいだけど、やっぱり私の王子様はすごい。


そのあといろいろなお店に行った。珍しい置物や道具などを売ってるお店、大きな幕に動く絵を映してくれる映画とかいうものを見せてくれる劇場、スイーツとかいうものを食べられるお店、本がたくさん売られてるお店など。


そして、少し人混みを避けようということで、街の端にある花園に行くことにした。


ここは静かな庭園だった。人もあまりおらず、どこも騒がしい街の中で静寂さを保てる場所となっていた。


不思議な仕掛けばかりの街で、ここだけは私にも馴染みのある場所だ。こういう場所はとても落ち着く。


椅子があったので、2人で座った。すると王子様、やっぱりどこかよそよそしい。


「王子様?私って、どこか変ですか?」

「あ、はい?いやええとですねぇ…なんというか…」


王子様は真っ赤になって下を向いた。が、こちらを向いて私に語りかけた。


「マリアさん。」

「はい。」

「私はあなたの言うような王子様ではないんです。」

「はい?」


王子様、急に何をおっしゃるのだろうか?


「私はただの一介の軍人に過ぎません。あなたは、この星のある国の子爵様のご令嬢だとうかがった。あなたの方がずっと私などよりも高貴な方なのです。だから…」

「でも王子様。」


私は思わず王子様の言葉を遮ってしまった。


「私はあなたが現れたときに、遠いところから私に会いに来てくださった運命の人だと思ったんです。あの時あなたに会わなければ、私はきっと今頃この世にはいなかったかもしれません。私にとっては、あなたはやはり王子様なんです。」


そう言って、私は王子様の手を握った。


王子様は言った。


「あなたは私にとって、とても眩しすぎる存在です。そんな私があなたの王子様でいいんですか?」

「もちろんです。あまりに眩しいようでしたら、もう一度土にまみれましょうか?」


王子様は笑った。それを見た私もつられて笑う。


「マリアさんばかりが自分の気持ちを素直に打ち明けてくれてるのに、男の私が遠慮していてはかえって申し訳ない。だから、私もちゃんと自分の気持ちをいいます。」


王子様は私の手を握って、こう話してくれた。


「最初会った時は、正直変な人だなあって思ってました。でも、なんと言うんだろう?マリアさんの言う運命というやつかな。そういうものをちょっと感じるようになったんです。」


王子様、私の目をじっと見つめた。


「だから、私とお付き合いしていただけませんか?」


どきっとした。こういう場面はおとぎ話で何度も見ているが、いざ自分が直面すると、体の芯までぞくぞくしてしまう。心臓も飛び出しそうだ。


「なんだか、私があなたの窮状を救ったことで、あなたは私のことをとても高貴な人物としてお考えでいらっしゃる。それを利用してあなたを私のものにしているようで申し訳ないが、私としっかり付き合ってくだされば、きっとどんな人間かわかっていただける。そのうえで本当に私などについて言ってよいものかどうか、見極めていただきたい。王子様ではなく、一人の人間、アルフレッドとして。」

「はい、アルフレッド様。私はどこまでもついてまいります。」


ちょうどここで帰還する時間になった。駆逐艦に戻らないといけない。


王子様、いや、アルフレッド様は私に手を差し伸べてくださった。その手を握ると、私を力強く引っ張ってくださった。


電車に乗って再び駆逐艦に戻る。私はアルフレッド様と手を組み、艦内に入った。


周りの人たちは唖然としているようだが、もうアルフレッド様は恥じらうことなく堂々と私を導いてくださった。頼もしいお方だ。


部屋の前で、アルフレッド様は、


「部屋で着替えてから、またお迎えにあがります。」


と言って部屋に戻られた。


夕食の時は、私の方をちゃんと見てくださった。もしかしてアルフレッド様、先ほどよそよそしかったのは、私を見て恥ずかしかったからなの?


夕食が終わり、それぞれの部屋に戻る。が、すぐに私はアルフレッド様の部屋に行った。


私は貴族の娘、王族の男性から求められたらどう振る舞えばいいか、その時の多少の心得は教えられてきた。


まさかその心得を、こうして私が心から愛した人のために使うことになろうとは、夢にも思わなかった。


その夜、私はアルフレッド様と男女の契りを交わした。私たち2人は、まるで静寂な漆黒の宇宙の中で小さくも激しく燃え上がる炎のようだった。


------------


5ヶ月が経った。


王都の近くには宇宙港が開かれた。その港にはひっきりなしに宇宙船が出入りしている。


その宇宙港のそばには大きな街が作られた。


アルフレッド様は、その街の2階建の小さな家に住み、私の星の騎士に複座機の操縦法を教える先生となられた。


自分は一介の軍人だとおっしゃっているが、騎士を相手に教練されるとは、やはりアルフレッド様は素晴らしいお方だ。貴族の息子にも、これほど凛々しい方はそうはいらっしゃらないだろう。


毎日朝8時には教練場に行き、騎士たちを相手に新しい乗り物の乗り方を教えておられるようだ。


私、マリアは、そんなアルフレッド様の妻となった。


つい1ヶ月前に、王都にあるこじんまりとした教会で、式を挙げた。


駆逐艦の方々も何人か出席くださった。皆私たちを祝福してくださいました。


女性の少尉さんも、私を見て心を決められたようで、好きだったある中尉さんに告白されたそうだ。願い叶って、今は同じく地上勤務で仲良く歩いてる姿を見かける。


アルフレッド様は週末の休みになると、いろいろなところへ連れて行ってくださる。


近所のショッピングモールが多いが、車という遠くに出かけるための乗り物を使って、王都にある劇場に行ったり、遠くのお城や街へ出かけることもある。


そういえば先日、アルフレッド様と出会ったあの小屋に行ってみた。


すでに主人を失ったその小屋は壊れ、宇宙港の場所を示す標識が道の脇に新たに建てられていた。人々の往来も多い。


その先には湖がある。王国で最も大きな湖だ。


湖に向かって沈む夕日を眺めながら、私は自分の運命を感じていた。


ほんの少しだけ、アルフレッド様が違う場所に降りていらっしゃったなら、例えば、この湖の方を目指そうと思ってしまっていたら、私はもうこの世にはいないのだ。


これだけたくさん降りる場所がありながら、私のいた小屋を目指して降りて来てくれたこと、当のアルフレッド様は自覚がないようですけど、私はとても感謝しています。


そういえば、私の父が最近、この近くに現れたそうだ。


私を放り投げて一体どこに行っていたのかと思えば、船に乗り海を渡ってひと商売しかけるつもりだったらしい。


ところが、今や宇宙港が開かれ、宇宙を相手に商売するのが一番いいということで、この街の近くに出没しているとのこと。


子爵の領地も取り戻して、今はあの屋敷に住んでいるという話だ。


私が生きていると誰かから聞いたらしく、私が帰ってくることを望んでいると語ってるとのこと。


でも私は父に会わない。あの子爵の娘は、あの夜に死んだのだ。ここにいるのは子爵の娘ではなく、アルフレッド様の優しさを一人独占する幸せな妻なのだ。


ところで多くのおとぎ話では、王子様と結ばれると、その後は「末永く幸せに暮らしましたとさ。」と結び、その先が語られていない。


でも、実際に王子様と一緒になってわかったが、ここからが本当の始まりなんだと感じている。


これからどういう人生が待っているのだろうか?


じきに子供が生まれて、大きくなって宇宙に行くと親に告げて、アルフレッド様とはらはらしながら見送る、そんな人生が待ってるかもしれない。


私は今、運命の出会いをした王子様と一緒に、おとぎ話では語られないこの先の物語を、精一杯過ごそうと思う。

(第19話 完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ