野原の姫と空飛ぶ王子と魔法の城 1
私の名はマリア。野原の真ん中にある小屋で暮らしている、可哀想な少女。
以前はこれでも子爵家の娘で、それなりの暮らしをしてた。ところが、父が財産を使い切ってしまい、我が家は一気に没落。母とは幼くして死に別れていたが、父もどこかへ失踪してしまったために、私は一人、屋敷に取り残されてしまった。
その直後に屋敷も差し押さえられ、住処を追われた私は、領内の見廻りの際に休憩場所として使ってたこの小屋に住みついた。
といっても、収入のあてなどあるわけもなく、持ち込んだ食料も底をつき、もう3日も食べていない。
ああ、このまま可哀想な私は死んでしまうんだろうか?起きる気力もなく、私は小屋の中の椅子に横になっていた。
昔読んだおとぎ話では、可哀想な少女の元に魔法使いが現れて、その少女がお城の舞踏会に行けるよう、魔法でドレスや馬車を作り出して、そのままお城で王子様と知り合い恋に落ちる…という話があった。
そんな魔法使いや王子様が現れてほしいものだが、残念なことに今のところ、私の前には魔法使いも王子様も現れてはくれない。
小屋の窓から夜空を眺めて、空腹を紛らわしていたある夜のこと。
小屋の外が急に明るくなった。
灯りをつけた馬車でも通りかかったのだろうと思っていたが、それにしては明るい。私はゆっくりと体を持ち上げて、窓から外を覗いた。
すると…小屋の外に、大きな馬車が空から降りてくるところだった。だが、この馬車、馬が見当たらない。しかも、空を跳んでいる。
しかし、これを見て私は確信した。ついに私のところに魔法使いが現れたようだ。
それにしてもこの馬車、とても黒い。形もなんだか平べったくて、馬車というより巨大なコウモリだ。
コウモリを操るなんて、吸血鬼や悪い魔法使いくらいしか思いつかない。
どうしよう…中から悪魔のような奴が現れて、私をどこかの廃城に連れ去り、そのまま生贄にされたりするのかな?そんな恐怖が私を襲った。
だが、このコウモリのようなこの乗り物の先についてる透明な覆いが上に開いて、その中から男の人が出てきた。
パッと見ると、黒っぽくて変わった服装。顔は、白い兜のようなものを被っていて、よく分からない。
が、この人は兜を脱いだ。顔を見る限り男の人らしい。私と同じくらいの年齢に見える。
その男の人は、乗り物の横から何か出てきて、それを伝って降りてきた。
見たところ、悪魔の使いではなさそうだ。わりといい男だし、やっぱり悪い人には見えない。
でもこの男の人、なにやら地面をまさぐり出した。なにをしてるんだろうか?
しかし、空を飛んでやってきたからには、すごい魔法使いに違いない。おまけに気高い品の良い顔つき。間違いなく、この人は王子様だ。
魔法使いが王子様と会う機会を作ってくれる物語はあるが、なんと王子様と魔法使いがいっぺんにやってきてくれた。神様は空腹の私のために、気前よく手っ取り早い方法を選んでくださったのだ。
私はこの王子様に会うために小屋の外に出た。せっかく神様が与えてくれた機会、逃すわけにはいかない。
だけど3日もなにも食べていないので、ふらふらしながら私は王子様のもとに歩み寄った。
「あっ…」
その王子様が声をあげた。私に気づいたようだ。
私は何か言おうとしたのだが、体に力が入らない。その場に座り込んでしまった。
慌ててその王子様、私のもとに駆け寄ってくださった。そのまま私を抱えて、近くの木の根元に運んでくれた。
「申し訳ない、人がいるとは思わず降りてきてしまいましたが…ところで、大丈夫ですか?」
あまり大丈夫ではない。なんだかお腹が空いて、会話どころではない。
「お腹…空いた…」
私は渾身の力を振り絞って言った。
するとその王子、あのコウモリに何かを取りに戻る。手渡されたのは、白っぽくて四角いものだった。
食べ物だというが、何だろうか?見たことがない。しかし一口食べてみると、まるでクッキーのような味だ。
王子様が言うには、これはお菓子ではなく、栄養が詰まった非常用の食べ物だと言う。
「しばらくすれば空腹が落ち着くから、これ飲みながらゆっくり食べていてください。」
そう言って、今度は透明なものを渡された。
これは何だろう。透明で柔らかい。中に水のようなものが入ってる。先っぽから吸うと飲めるそうだ。
中は水だった。だがこの水を入れているこれは、まるで皮袋のように柔らかいのに、中が透けて見える不思議な容器だ。これも王子様の魔法のようだ。
それにしてもこの王子様。さっきから一体なにをしているんだろうか?地面の土を取って箱に入れたり、なにかを木に取り付けたりしている。
何かの魔術的な仕掛けでも施しているんだろうか?私はこの王子様の様子を、このクッキーのような食べ物を食べながらじっと見ていた。
でもこの王子様、なんだか真面目そう。なにをしてるのか分からないけど、一生懸命何かをしている姿が、とても凛々しくていらっしゃる。
どうやら終わったようだ。私のもとにいらっしゃる王子様。
私の胸がどきどきする。運命的な出会いを果たした私たち2人。一体この先、どこに連れて行かれるのだろう…
ところがこの王子様、こんなことを私に言った。
「お騒がせしてすいませんでした。私はここを去ります。どうかお元気で。」
そのままあのコウモリに乗ろうとしている。
えっ!?運命の出会いを果たしたばかりだと言うのに、ここでお別れ!?嘘でしょう!?
ここで王子様に置いていかれたら私、もう死んでしまうほかないのよ?お願い!置いていかないで!!
泣きじゃくりながら、私は王子様の足にしがみつく。
もう王子様が悪魔の使いだったとしても、置いていかれるよりマシだ。生け贄でもなんでもするから、置いていかないで~!というようなことを叫んだ。
これを見た心優しい王子様、思い直してくださったようだ。
私を連れていくための許可を取るからちょっと待って欲しいと言われた。
あのコウモリの先の透明な扉のところに連れていってくれた。王子様の後ろの椅子に私は座った。
このコウモリ、とてもしっかりとした椅子が付いている。でもその周りのはちかちかと光ってるものが並んでる。なんだろうか?魔術的な何かのようだ。
先ほどからいろいろなものを見せていただいてるが、なにもかも不思議な王子様の持ち物。その王子様、私の前の椅子に座り、黒い小さな箱を握りしめて何かをしゃべり始めた。
「ピッツァ1よりコッペパンへ。任務完了、帰還する。ただし現在、地上にて生活困窮者と遭遇。衰弱しているため、保護要と判断。乗艦許可を願う。」
…呪文だろうか?それにしても、変な呪文だ。空を飛ぶために必要な呪文なのだろうが、あまり呪文らしくない。
すると突然、別の声が聞こえてきた。
「コッペパンよりピッツァ1へ。了解した。艦長に許可をもらう。しばらく待機せよ。」
なにこのコウモリ、しゃべれるの!?本当にこの王子様の周りは不思議なものばかりだ。
そんな王子様は、後ろを振り向き、私の顔を柔らかい布で拭ってくれた。
この布、とても柔らかい。私の汚れた顔なんかを拭うのに使うのはもったいないくらい白くて柔らかい布だ。でも優しい王子様はそんなことお構いなく、私の顔を拭いてくれた。
「もうちょっとだけ待ってくださいね。」
ああ、優しい王子様。やはり私はこの方と会うために、今まで生きてきたんだわ。
優しく大きな手に頬ずりすると、王子様はちょっと微笑んでくれた。笑顔も素敵。私は、あなたと共にどこまでもついていきます。
しばらくすると、またコウモリが喋り始めた。
「コッペパンよりピッツァ1へ。艦長より乗艦許可が下りた、直ちに帰還されたし。」
「ピッツァ1、了解!直ちに離陸する。」
王子様は何かをコウモリに喋った後、椅子の前にあるものをいじり始めた。
するとこのコウモリ、急に低い音を出した。やっぱり生きてるんだ!このコウモリ!
透明なガラスのようなものでできた扉が閉じたあと、私を乗せたままコウモリがふわっと飛び立った。徐々に空高く舞い上がる。
周りはすっかり闇夜のため、どこを飛んでるのか分からないけど、下の方にちょっと明かりが見えた。
あれは私が住んでいた、かつて私の父の治める領地の街の灯りだ。
その灯りが、みるみる小さくなっていく。なんだかこのコウモリ、すごい高さを飛んでるみたいだ。
しばらく黙っていた王子様、急にコウモリに向かって喋り始めた。
「ピッツァ1よりコッペパンへ、アプローチに入った。着艦許可願います。」
「コッペパンよりピッツァ1へ。2番ハッチへ着艦せよ。格納庫開放。」
コウモリと不思議な会話をしている王子様。すると、すぐそばに灯りが見えた。
その灯の辺りで大きな扉が開いているようだが、こんな空高くに扉?
よく見るとこの扉のあたりには、道具箱のようにいろいろなものが入っている。
ずっと下にはさっきの街灯りが見えるので、ここはどうやら地面ではないみたいだ。
私は、空飛ぶお城についたようだった。




