農場と幽霊とスマートフォン 3
私は、あのお屋敷の前に立っていた。
「ようこそお越しくださいました。ご案内いたします。」
執事が現れて、屋敷の奥に案内された。
大きくて綺麗なお屋敷だ。まだ新しい。とても幽霊と縁があるところには見えない。
男爵様が現れた。「シュヴァイク・フォン ・ノイエガーテン」さんとおっしゃるそうだ。
「私がここを治めるシュヴァイクだ。貴殿の活躍、大変なものだと聞いている。改めてお礼申し上げる。」
「そのようなお言葉をいただけるとは、身に余る光栄です。これからも男爵様、街の皆さまのため、尽力致します。」
社交辞令的な会話のあと、男爵様からは農地改革についていろいろ聞かれた。
宇宙港が近くにできたため、やはりあそこで食べられる食品が作れる農産物を作りたいと考えてるようだ。街の住人にももっといい食べ物を提供したい、とか、我々が大豆から香辛料のようなものを作ってるらしいが、そういう技術はどうすれば学べるのか、など、随分と好奇心旺盛で熱心なお方だった。我々のこともよく調べている。
とても隠し子を闇に葬る感じの人には見えないなぁ。職業柄、農産物を愛する人を疑えない。
最後に、男爵様からこんなお願いをされた。
「貴殿がよろしければ、実は会わせたい者がいるのだ。」
「はい、どなたでしょう?」
「うちの次女なんだが、おっとりとした性格ゆえに、部屋に引きこもりがちなんじゃ。貴殿なら歳も近いし、うまく連れ出せるのではないかと思ってな。」
「はい、男爵様のお願いでしたら、是非。」
などと答えてしまったが、部屋に引きこもりがちということは、もやしのようになっていないか?いかんいかん、ついつい農産物に例えてしまう。
その次女の名は「エリザベート・フォン・ノイエガーテン」。3人兄弟の末っ子だそうだ。兄と姉がいるが、兄は最近王都に留学してしまい、姉は嫁いでしまったため、今は屋敷で独りきりだそうだ。
で、その次女が現れたのだが…
そこで、私は心臓が止まりそうになった。
どうみてもこのお方、あの幽霊だ。
だが、当然生きている。別に病気がちというわけでもない。健康体そのものだ。
「初めまして、エリザベートと申します。」
幽霊の時と違って、こっちはちゃんと話し言葉が聞き取れる。初めて聞いた幽霊さんの声だ。
「…初めまして、クレメンツと言います。以後、お見知り置きを。」
この挨拶を見届けた男爵様は私によろしくと言い残して、その場を去られた。
で、2人残ってしまった。何故だか、気まずい空気が流れる。
エリザベートさんが切り出す。
「あなた…スマートフォンの人でしょ?」
間違いない。この人が幽霊の本体だ。私は胸ポケットからスマホを取り出した。
ぱああっとエリザベートさんの表情が明るくなった。早速そのスマホを手にとって見ていた。
幽霊ではないから操作可能だ。この2週間の間、ずっと私の操作を見てるから、使い方は分かっている。
で、エリザベートさんに聞いてみた。
「なんで、あの街はずれにいたの?」
「知らないわよ、私もよくわからないうちに、あそこに現れちゃうんだから。」
スマホをいじりながら、答えたエリザベートさん。
聞けば、今まではずっと兄か姉に連れられて外に出ていたそうだ。小さい頃は、街はずれにある原っぱでよく遊んでたそうだ。
それが、2年前に兄が王都に行ってしまい、姉もその半年後に嫁いでしまった。
一人で街に行ってもつまらない。以前は友人もいたが、引っ越してからは周囲に知り合いもなく、結局引きこもってしまったという。
気がつくと、夜寝る時にだけ意識が街はずれに飛んでしまうようになったそうだ。
街の人を見かけては声をかけたが、皆血相を変えて逃げてしまう。そのうち、誰とも会わなくなってしまった。
ところがある日、私が現れた。手には不思議なものを持っている。覗いてたら、いろいろ説明してくれた。そんな人は初めてだったらしい。
これで謎が解けた。要するに生霊ってやつだ。
一人になってつまらない生活がストレスとなって、意識だけが抜け出してしまったようだ。
毎日着ているものが変わってたのは当然だ。男爵家のご令嬢なら、寝間着が何着かあってもなんら不思議ではない。
妙に人間臭い行動もつじつまが合う。生きてりゃあくびもするし、目をこする。胸元がすごくリアルだったのもつまりは…
さてようやく会話できるようになったエリザベートさん。早速私に要求を突きつける。
「クレメンツさん。このスマートフォン、私も欲しい。」
「あ、いいですけど、それをあげるわけには…宇宙港の街に売ってますけど、一緒に買いに行きます?」
「行きたい!スマートフォンも欲しいけど、あの街もすごく気になる。でも、おっかなくて一人じゃ行けないのよ。是非行ってみたい。」
というわけで、明日の休日、私の車で街に行くことになった。
その日の夜、いつものように夜9時に例の場所に行ってみたが、もう彼女は現れなかった。
翌日、朝10時ごろに男爵家のお屋敷前に到着。
エリザベートさんを乗せて、そのまま車で20分ほどの場所にある宇宙港の街に行った。
まずはスマートフォンだ。最新機種が並ぶ専用コーナーを、彼女はまじまじと眺めていた。
それにしても、生身の彼女はやっぱり生き生きしてる。ただし、胸元は緩くないな、そこだけが残念。
結局、わりと大型画面の機種を選択。値段もそれなりだったが、さすが男爵様ご令嬢。なんのためらいもなくお支払いになられた。
自宅はすでに電化されてるため、充電にも困らないようだ。先進的な男爵様だけに、こういうところはちゃっかり取り入れておられる。
さて、そんなことをしてるうちに昼食の時間になったので、どこかで食べることにした。
エリザベートさん、どうやらファーストフードにご興味があるらしい。ジャンクフードですよ?いいんですか?
普段が豪華すぎる食事のため、他に目がいかないそうだ。どうせなら食べたことのないものがいい。
というわけで、ホットドッグのセットを頼んだ。なんだかこんなものでも幸せそうに食べてると、とても美味しそうに見えるな。私もホットドッグにかぶりつく。
「そうだ、クレメンツさん。」
「はい。」
「前から一度聞いてみたかったんだけど。」
「何でしょう?」
「あなた、私の胸ばっかり見てたでしょう?」
「ヴっ…」
ばれてた。ちゃっかりチェックしてたんだ、私のこと。
「まあいいわ、減るもんじゃないし。今度じっくり見せてあげる。」
案外エリザベートさんは油断できないな。今度から気をつけよう。
その後ショッピングモールに行って買い物したり、宇宙港を出入りする宇宙船を見たり、なにかと楽しいひと時を過ごした。
帰りに、エリザベートさんがいつも現れていた場所に行ってみた。
もう薄暗い時間になりつつあったが、もう人影はない。まだ幽霊の噂が生きてるから、暗い時間になる前に、街の人はここを通らなくなる。
「なんで、この場所だったんだろうか?」
「さあ、私にもわからないわ。どうせならもっと街の中に出ればよかったのに。」
現場に来てみたが、最後の謎はついに解明できなかった。
だが、我々はワープの際は、ワームホール帯というものを利用している。
何十光年も離れた空間を短い距離で結ぶトンネルのようなものだが、もしかしたらそういうものがあって、彼女の意識をここまで運んでくれたのかもしれない。
だが、そんなものを調べる術はない。謎解きは、ここで終了だ。
「そういえば私ね、もう昨夜からここに現れなくなったの。」
「ああ、そうみたいだね。昨日もきてみたけどいなかったよね。」
「多分、もう現れないと思うから、来なくていいよ。」
「うん。わかった。」
ここで彼女と会うと、ちょっとタメ口になってしまう。付き合い長いからな、ここでは。
すると、いきなり彼女が私の前に来た。
なんだ?と思う間も無く、突然キスされてしまった。
-------------
5ヶ月がたった。
エリザベートさんとは、毎週欠かさずデートしている。
宇宙港の街が多いが、最近は私の職場である農場だったり、ちょっと遠くにあるお城に行ったりした。
もう私の住居にも何度かお泊りしている。あの胸元のさらに奥も、何度か拝ませていただいた。
男爵様は最初から我々を引っ付けるつもりだったようで、思惑通りにいって喜んでるようだ。
だが、2人があの屋敷出会う前に、すでに出会っていたことは知らない。
幽霊の噂だが、あの辺りにも明かりが設置され夜でも歩きやすくなったこともあって、すっかり消えてしまった。今では夜でも人の行き来がある。
ところで、私はついに結婚することになった。いや、すでに2ヶ月には正式決定している。
当たり前だが、お相手は当然エリザベートさんだ。
最近ちょっとスマホ依存症気味だが、週末にはどこかに出かけるのが楽しくて仕方のない、可愛い奥さんになりそうだ。
ちょっと幽体離脱してた頃もあったけれど、今は元気だ。
式は男爵家であげることになっている。すでにエリザベートさんの兄と姉にもお会いした。お兄さん、次女にも先を越されて悔しがってた様子。まあ、男爵家を継ぐお方だから、いずれいいお嫁さんが来るでしょう。
街はずれの暗い夜道で出会った幽霊と、スマホでつながってついに結婚。おそらく1万4千光年のこの広い宇宙でも類を見ない出会いをした我々夫婦は、未来に向けて動き出した。
(第18話 完)




