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農場と幽霊とスマートフォン 2

右肩のあたりに、妙な感覚を覚えた。


なんというんだろうか、お湯で濡らした薄いタオルをかけられたような、そんな感覚だ。


そこでふと、自分の右肩を見た。


そこにいたのは…女の人だ。


この暗い場所で、薄っすらと光っているこの女の人、音もなく私の横に立っていた。


私は凍りついた。こんなに至近距離に迫られるまで、存在に全く気づかなかった。


この人を見て私は確信した。間違いなく「幽霊」だ。


というのも、私の右肩と彼女の左肩が重なっている。彼女の体の一部が私に突き抜けているのだ。普通の人間ならば、こんなことは起こりえない。


まるで3D映像のような彼女だが、これほど広範囲の3D表示をこのスマホでは出せない。


彼女は、私よりも頭半分くらい背が低い。幽霊だけど、足までしっかりある。全身がはっきりと見えるのだが、触れることはできず突き抜けてしまう。現に今、私の方が突き抜けている。


服装はどうみてもこれは寝間着姿だ。なぜ寝間着姿なのか?わからない。


卒倒しそうなほど至近距離で現れた幽霊だが、この幽霊さん、なぜかずーっとスマホの画面を見ている。


指で操作することを知ったらしく、自分でもやろうとするのだが、私のスマートフォンは幽霊の指に反応してくれない。


そこで、私が指で動かしてみた。地図を少しズームしてみる。


ぱああっと明るい表情になった。変な幽霊だ。


「ええと、これは地図で、この青い点が今いる場所なんですよ。」


で、スライドして、街の方を指差した。


「で、ここに行こうとしてるんですよ。分かります?」


私の自宅も位置を示す。ちゃんと聞こえてるようで、なんだかうなずいてる。


ただ、この幽霊さんが何か言おうとしても、口をパクパクしてるだけでさっぱりわからない。声は出せないようだ。


そのまま逃げ出しても良かったのだが、なんだか放置するのが可哀想になってきて、その後もしばらく一緒に地図を眺めていた。


こんなものが面白いんだろうか?と思うが、ここの住人にスマホの画面を見せると似たような反応を示すことがある。珍しくて面白いと思う用だ。しかし相手は幽霊。どうしてこんなものに興味があるのか?気になる。


地図上で街の場所を示してたら、幽霊さんはある場所を指してきた。


なんだろうか?地図上では、あるお屋敷ということになっている。私が今住んでる場所から、わりと近所だ。ここはもしかして、この幽霊さんが生前いた場所なんだろうか?


しばらくこの幽霊さんの相手をしていたが、それにしてもこの幽霊さん、やっぱりどこか変だ。


幽霊なのに、目をこすってあくびをしている。随分と眠そうだ。


また明日も来ようかと言ったら、うなずいた。どうやら、こっちの声はちゃんと聞こえてるようだ。


幽霊の彼女は、こっちを向いて何か言っていた。


お・や・す・み


口の形からはそう読み取れた。


そして、すっと消えてしまった。


…なんだったんだろうか?今のは。


一応、地面を照らしてみた。もしかしたら、ホログラフィー装置を使ったいたずらじゃないかとも疑ったからだ。


しかし、そんなものはどこにも見当たらない。


やはり、あれは本物だった。今頃になって怖くなってきた。


でも、明日も来るって約束しちゃったしなあ…


生きていたら、多分彼女にしたくなるくらい可愛い彼女。しかし、相手は肉体がすでにこの世にないと思われる幽霊。でもまあ、もう一回くらいは来てみるか。


もしかしたら、何度か相手すれば消えてくれるかもしれない。幽霊って基本的にこの世に何かをやり残しているから出てくるものだし、満足したらきっと消えてなくなるだろう。


スマホに興味を持ってるようだし、地図以外にもいろいろ見せてみるか。


こうして、夜の幽霊さんとのデートの日々が始まった。


だいたい夜9時ごろに現われる。10時から11時には眠くなるようで、あくびをして目をこすりながらお帰りになる。


服装が妙だ。寝間着姿だが、毎日変わる。何着もってるんだ?この幽霊さん。


胸元が緩い服装なので、隙間から胸が…って、幽霊相手にどこみてるんだ!?私は。


ずっとスマホばかり見てるが、地図以外にも、動画配信アプリやゲームアプリなど、ちょっと子供が喜びそうなものを好んだ。ニュースアプリは字が読めず、ビジネスアプリはつまらない様子だった。


ちなみにこの幽霊さん、スマホのカメラにくっきり映る。一緒に自撮りしたら、嬉しそうな表情で写ってた。多分、生きてる人と写した写真だと言っても通用するくらい鮮明だ。


他の人にもちゃんと見えるようで、私がいつものように幽霊さんとデートしてると、同僚が通りかかったことがあったのだが。


「おい、暗いところで彼女連れ回してるんじゃねえよ。」


とからかわれた。というくらいだから、ちゃんと他人にも見えるんだろう。


そんな日々が、2週間ほど続いた。


ところで、一度昼間に彼女が指差した場所に行ってみた。


大きなお屋敷がそこにはあった。


すでに人は住んでおらずおどろおどろしい雰囲気のその館は…というわけでもなく、ばりばり現役のお屋敷。むしろ新しい。聞けば、ここを治める男爵家のお屋敷だそうだ。


特にこれといって怪しいところはない。中には使用人が生け垣の手入れをしている。


その夜に、彼女に屋敷のことを聞いてみた。


といっても、返答は口パク。大半はなにいってるかわからない。


読唇術ってやつが使えれば、ある程度はわかるんだろうけど、そんな器用なことできるわけがない。


ただ、どうやらここの娘のようだ。口元が「む・す・め」といってるようだったし。


もしかして、男爵様の娘さんが亡くなったんだろうか?それともずっと昔にそのお屋敷で亡くなって、今ここに現れているんだろうか?


だが、聞くところによると、この男爵のお屋敷は最近建てられたものだそうだ。元々はもっと街の奥にあったのを、10年ほど前にここに移設したらしい。どおりで新しいわけだ。


ということは、ここ10年のうちに現れた幽霊ということになる。


そういえば、街の人も幽霊が現れたのはここ1、2年だといってた。


この間に亡くなった娘さんの幽霊?


だが、男爵家で葬儀が行われたという話はないそうだ。ますます謎である。


これらの情報を整理すると、考えられるのは以下の通りである。


男爵には娘がいた。ただし、隠し子か何かで、表に出せない子だ。


その子は屋敷の奥で亡くなった。推定年齢20歳。葬儀は行われず、ひっそりと葬られた。


だが、表に世界に未練を残した彼女は、こうして街のはずれで漂っている…


だが、この仮説にはちょっと自信がない。どうも彼女はこの屋敷に恨みを抱いてるような節が見られないからだ。


隠し子で葬られたにしては、自分の屋敷の位置を嬉しそうに示してたし、別に街のことを嫌ってる様子もない。


よほど純粋で、男爵様のことを信じたままなくなったのだろうか?そう思うと、ちょっと不憫である。


スマホの画面を食い入るように見る彼女の、その緩い胸元をチラ見しながら、そんなことを考えていた。


さて、そんな私が男爵様と会う機会が到来した。


私がこの近くに大規模な農場を作り、しかも領内にもその新しい作物を普及させてくれてるということで、ぜひ私に会いたいということだった。


この男爵様、農地改革に熱心なお方らしい。荒地に過ぎなかったこのあたりの土地を開墾して、大きな農場を築いて街の発展につなげたお方だと聞いた。


私もこの男爵様に一度お会いしたかった。なにせ、今では私にとっても決して無関係ではなくなってしまった男爵様だ。


まさか本人に最近隠し子を亡くしませんでしたか?などと聞くわけにもいかないだろうが、何か片鱗だけでも掴んでみたい…


そう思って臨んだ、男爵家訪問。


だが、ここで私は思いもよらない事実を知った。

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