お茶くみと貴族参謀と惑星代表者 4
あっという間に、戦艦内の楽しい時間が終わってしまった。
駆逐艦に戻ると、もう夜の8時だ。と言っても、ここは宇宙で、しかも窓がないので、全く時間がわからない。
時計がないと、今が昼なのか夜なのかわからなくなるそうだ。
私はとにかく、この艦内や宇宙のことを知るのが仕事。エルディンガーさんと一緒に食堂に向かう。
今度はハンバーグを頼んでみた。柔らかくて美味しいけれど、最初に戦艦内の街に行ったのが悪かった。やっぱりあっちの方がいい。
この後はやっと部屋に入る。お風呂や洗濯について、女性少尉さんに教えてもらった。お風呂はさすがにエルディンガーさんに聞くわけにはいかないよね。
共同のお風呂があるので、そこの行き方を教えてもらった。ここには女性は6人しかいないから、たいてい広いお風呂に1人ということが多い。
掃除は決まった時間に機械がやってくるので、放っておけば勝手にやってくれるらしい。洗濯物が出たら、部屋の端にあるカゴに放り込んでおけば、翌日までに綺麗になって帰ってくるそうだ。
ここでも2週間も暮らすのか。その間にダメ人間になりそう。帰ってから洗濯しなくなりそうだ。
こうして、私の宇宙生活が始まった。
毎日、誰かが相手してくれた。あるときはパイロット、あるときは整備士さん。外を飛んでくれたり、核融合炉っていうのを見せてくれて、語ってくれたりした。全然分かんないけどね。
しかし、同じ艦にいるのに、エルディンガーさんにはなかなか会えない。ここ最近、忙しそうだ。
それでも、2日に一度は食堂に誘ってくれる。やっぱりこの人が一番関わってたから、安心するなあ。
こうして、1週間で艦隊主力に合流した。
艦橋からみたけど、もう周りが駆逐艦だらけ。どこまで行っても駆逐艦。全部で1万隻もあるんだって。
あの地上に来た10隻は、艦隊のごく一部だったんだ。こんなにいるのなら、有効や同盟なんて結ばないで、攻めた方が早くない?
でも彼らには彼らのルールがあるようだ。連盟という強大な敵がいるので、私んとこの地球をなんとか仲間にしたいらしい。そんなにすごい敵なのかなぁ、連盟って。
そんなことを考えていたら、本当に来ちゃった、連盟軍。
艦内は緊張した放送が何度も流れる。
なんでも、あと10時間くらいで1万隻の敵がやってくるらしい。
そんなこと、平和な商社に勤めるお茶くみ社員に言ったって、分かるわけがない。何が起こってるの?
不安の中、自室にこもる私のもとに、あの人がやって来た。エルディンガーさんだ。もう何が起きてるのか全くわからないので、つい彼に泣きついてしまった。
エルディンガーさん、まずは船外服をくれた。これに着替えて、食堂に来て欲しいということだ。
早速この船外服に着替える。なんとも着にくい服だ。
やっと着替えて、食堂に向かう。そこには他の乗員も20人くらい集まっていた。
戦闘中に非番や、やることのない乗員はここに集まるとのこと。ここは艦内で一番奥の場所。着弾しても、もっとも助かる確率が高い場所だということだ。
そこへ、エルディンガーさんが現れた。なぜだか、彼が今は眩しく見える。
だが、彼の話すことは、平和な商社の一社員には酷すぎる話だった。
まず宇宙での戦闘というのは、お互い駆逐艦の先端にあるあの大きな砲から強力なビームを撃ち合う。直撃すれば一撃で駆逐艦くらいなら吹き飛んでしまうほどの威力のある砲だ。
だけど、たいていはバリアっていうので弾き返せるらしい。ビーム砲よりはバリアの方が強い。
ただ、こっちが撃つ瞬間はバリアを解除するから、このとき運悪く直撃すると助からない。タイミングが勝負なんだと。
だいたい、一回の戦闘で駆逐艦は普通2、3パーセントくらいの確率で沈むそうだ。結構低いけれども、ゼロではない。負け戦となればもう少し増える。
そこで、私には選択肢が2つある。
1つは、他の乗員同様にこの食堂で待機すること。
もう1つは、惑星の代表者して、艦橋にて戦闘を監視すること。
たいして役に立たない次長のお茶くみ社員が惑星の代表だなんてと思ったが、これは政治的・戦略的には非常に効果があるんだそうだ。
連盟軍の目的は、連合側に加わる惑星を連盟側に引き込むこと。
だから、この惑星の代表者を撃つということは、彼らの目的に反する行為ということになる。
それをなるべく早い段階で知らせれば、戦闘が早く終わる場合がある。
「でも、これは我々があなたを盾に使うような行為だ。許されることではない。それに代表者がいたからといって、敵は欺瞞工作だと考えて攻撃の手を緩めないこともある。だから、ここはあなたの意思で決めて欲しい。」
私は考えた。今まで生きてきて、こんなに重要なポジションに立ったことなんてあったかなあって。
ほぼ一商社の次長のお抱え雑用係が、今や一万隻の艦隊の運命を握るだなんて言われても、そんな壮大な話、テレビドラマでも見たことがない。
だけどちょっと考えた。もし敵が攻撃の手を緩めなかったとしても、結局は今と同じ。食堂にいたら外の様子は見えないし、同じ戦闘なら艦橋にいた方がまし。だったら、私が代表者ってやつになった方が、どちらかというと戦闘が早く終わるかもしれないってことになる。
ならば、私は得な方を選ぶだけだ。
「私、艦橋に行きます!」
「本当?…だけど、こっちの方がまだ助かるかも…」
「私、これでもここぞというときに運がいいんです。大学もヤマ張ったところが試験に出て合格できたし、就職もうまく一流の商社に入り込めたし。いざという時に強いんですよ。」
だが、その就職先でお茶くみなどというどうでもいい仕事ばかりをやっていたことは、内緒だ。
「分かった。ありがとう。早速、艦橋へ!」
食堂の人たちが、エールを送ってくれた。もっとも、私のやることはただいるだけ、なんだけどね。
艦橋についた。敵の艦隊が射程に入るまで、あと20分ほどとなった。
「距離33万キロ!敵艦隊、依然接近中!」
レーダーをにらんでる人が叫ぶ。半球型のモニターに緑の点がびっしりと表示されてる。
通信担当っぽい人が、頻繁に連絡を取り合っているし、艦長はずっと正面のモニターをにらんだままだ。
緊迫感なんてものじゃない。ここは本当に戦場なんだ。
「艦長、彼女が惑星の代表者として名乗り出ていただきました!」
「そうか!ありがとうございます!メグミ殿!」
艦長にまで感謝された。早速艦長がこのことを旗艦に知らせていたようだ。
しばらく経っても相変わらず敵は接近してくる。効果なかったのかな?
エルディンガーさんが話しかける。
「申し訳ない。本当なら我々軍人はあなた方民間人を命をかけて守らなければいけないというのに、ここではあなたに頼ることになってしまった。」
「いいんですよ。エルディンガーさん。周りが見えない食堂より、ここの方が見やすくていいですし。」
「ここから先の私の役目は、あなたを必ず生還させることです。どんなことがあっても、あなたを守ります。」
イケメンが言うとかっこいいなぁ~このセリフ。もうすぐ戦争が始まるって言うのに、ついうっとりしてしまう。
「じゃあ、生きて帰れたら、今度はもうちょっといい飲み屋に連れていってあげますよ。」
「いいですね、行きましょうか。」
明るく振る舞うエルディンガーさん。だが、どうもさっきからそわそわしている。
「あの…メグミ殿?」
「はい?」
「生き残ったら、その、もう1つやりたいことがあるんです。」
「何でしょう?」
戦闘開始まで、あと5分というところだった。
「生き残ったらですねぇ…私と、お付き合いして欲しいなあって。」
「ほわっ!?」
変な声が出てしまった。エルディンガーさんに告白された。お茶くみ社員の私に、異星の貴族様が告白!?
「あ、いや、ごめんなさい、つまらないこと言って。こんな時に申し訳ない。ただ、もしかしたらこれが最後の機会じゃないかと思うと…」
ああそうだ、ここは戦場だった。もしかしたらあと5分後に始まる戦闘で、いきなり死んじゃうかもしれないしね。
それにしても、こういうテレビドラマは見たことあるなぁ、あのとき主人公はどう回答していたか…って、そんなことを考えている暇はない。もう敵がそこまで迫っている。返事は素早く、ストレートに。
「いいですよ。でも、私なんかでいいんですか?」
というと、エルディンガーさんは一呼吸してこう返してきた。
「あなたと一緒に空港の街を歩いている時、私は124光年向こうからはるばるあなたに会いにきたような気がしたんです。それくらい、あなたは私にとって、衝撃的な女性だった。」
ずきゅーんって音が、私の心の中に響いた気がした。そんなに遠くから私たち、出会ってしまったんだ。
これまで運命という言葉を信じたことはない。私はそんなにロマンティストではない。だが、そんな私が運命というものの存在を認めざるを得ない瞬間だった。
私が駆逐艦への派遣に志願しちゃって、しかも駆逐艦に乗ってしまって、随分と無茶な選択をしていたけれど、あれって運命ってやつに操られていたのかな。
思えば、お茶くみじゃなくて、ばりばりの一線で仕事する社員だったら、私はきっとここにはいなかった。これももしかして、こうなる運命のための伏線だったの?
今まで生きてきた全てのことが、なにか意味あるものに思えてきた。遥か宇宙の彼方の運命の人に出会うため、私は生きてきたんだと。
そう思うと、急にエルディンガーさんが愛おしくなってしまった。泣きそうになりながら、思わず抱きつきそうになった。
「え…エルディンガーさぁん…私も…」
「あー、すまないが、続きは生き残ってからにしてくれないか!」
冷静な艦長に怒られてしまった。そうだ、ここは20人が働く艦橋の中だった。急に我に返った。
敵艦隊はすでに目の前だった。
「射程圏内まであと10秒!」
というレーダー手の掛け声が、この艦橋内の空気を一気に緊迫状態に引き上げた。
「敵艦隊!射程内に入ります!」
「砲撃戦用意!」
艦長が号令をかける。じりりりりっとベルがけたたましく鳴った。砲撃開始の合図だ。
「砲撃始め!」
キィィィィンという音が艦内に10秒ほど響いたあとに、雷のような音が鳴り響いた。目の前には視界いっぱいに青白いビームが広がっていた。
船体がビリビリと揺れる。この船全部が砲台だって機関室の人が言ってたけど、本当に主砲ってやつはこの大きな船の全身で撃ってるんだって感じた。
しかし、相手からも同じようなビームが飛んでくる。すぐ横を太い青白いビームが通り過ぎた。
オペレーターの人が必死になって敵の砲撃予測をマイクに向かって叫んでいる。
私はただ座ってるのが精一杯。自艦の砲撃音でも恐ろしいのに、敵がこっちを狙って撃ってくるビームってやつにもビビる。
今飛んできたやつ!すぐ脇をかすめたよ!!やばい!やばいって!!
艦橋で周りが見やすくていいだなんて言ってたけど撤回します!見えない方がいい!
私は怖くてたまらないけど、周りの人たちはいつも通りの表情で黙々と自身の役目を果たしている。女性士官もいるけれど、全く動じていない。やっぱり軍人さんって、みんなしっかり訓練受けてるのね。
でも私はこの惑星の代表者!こんなことくらいでビビってたら…
と思ったその時、目の前が真っ白になり、ギィィィーンていう列車が急ブレーキをかけたような音、あれを何十倍にもしたような音が鳴り響いた。
ビームが直撃したらしい。幸いバリアが防いでくれた。でも、ほんのちょっとバリアの展開が遅れていたら一巻の終わりだった。
今のはちょっと衝撃的過ぎた。もう足がすくんで立てない。この戦闘、長いと5時間に及ぶそうだが、まだ15分しか経っていない。ヒェ~ッ!
さっきの直撃にもめげずに皆さんせっせとお仕事していらっしゃる。どうしてそう平気でいられるの?やっぱり軍人さんて、すごいわ。
その後も、まるでシャワーのように降り注ぐ青白いビームをかいくぐりながら、こっちもビームを撃つという「業務」が続く。
もう一回直撃が来たら、もう失神してしまうかもしれない。
ところが戦闘開始から30分が経過した時、急に敵が引き始めた。
何が起こったのか?よくわからないが、とにかく敵艦隊が後退し始めたようだ。
最初は中央部分だけが後退したため、何かの作戦行動かと思われたが、敵艦隊の左右両翼も後退を始めた。
通常だと味方の艦隊は追尾するそうだが、敵がまだ健在な状態で後退を始めたため、その場にとどまって敵の出方を見ることになった。
砲撃はやんだが、いつ敵艦隊が前進に転じて、砲撃戦が再開するかもしれない。そういう状態が10分ほど続いた。
だが、敵艦隊はそのまま反転・後退し、ついに姿を消した。
さらに30分後、艦内放送にて船外服着用命令解除を艦長が告げていた。
その放送後、急に艦長他、艦橋内の一同が起立、私に向かって敬礼してきた。
「惑星代表者のお役目、ありがとうございます!艦隊一同を代表して、お礼申し上げる!」
艦長からのお言葉だ。
まるで極道の映画の主人公にでもなった気分だ。えっ!?私何かしましたっけ?
どうやら30分経って「惑星代表者」の存在が効いたらしい。少なくとも、ここの艦隊はそのおかげで戦闘が早く終結したようだと考えてるようだ。
戦闘が早く終わったため、撃沈した艦艇も少ないようだ。1万隻中、たったの35隻。といっても、それでも4千人近くが亡くなった。少ない損害といっても、それだけ亡くなったんだ。無血勝利とはいかなかった。
しかし通常ならばこれが2、300隻、ひどい時は1千隻以上沈みため、少なくとも2万人が死ぬというのが艦隊戦の常識だということだ。つまり、私が代表者を引き受けたことで、少なくとも1万6千人が救われた。そういう計算になる。
ところで、私の他にも同じ惑星から来た人が少なくともあと2人いるはずなのに、彼らはどうしたのだろうかと尋ねると、彼らは食堂に待機していたようだ。
彼らには代表者の話はなかったそうだ。たまたまこの船は作戦参謀が乗艦する駆逐艦だったため、惑星代表者のことを知っていた人物がいたからできたことのようだ。
ともかく、地上ではただのお茶くみ社員が、艦隊戦を早く終わらせることに貢献してしまった。