お茶くみと貴族参謀と惑星代表者 2
差し出せと言っても、人質ではない。政府からの人材派遣要請だ。
宇宙から来る人の地上での案内役を募集してるそうだが、政府が空港に近いこの周辺から広く募集をかけてきた。さらに、希望すれば宇宙船にも乗せてもらえるらしい。
うちは一流商社なので海外の取引に慣れてるだろうからと、特に政府から期待されてるようだ。なので、各部1人出すよう上層部がいってきたらしい。
といっても、ここは海外の取引とはあまり関係ない総務部。そんなことで期待に応えられるんだろうか?心配だ。
もちろん、誰も行きたがらない。各課の押し付け合いが始まっていた。
前回の海外出向の話はうちが受けたから、今度はお前のところの課がやるべきだとか、いやうちは人数が少ないからとか、何かと理由をつけて押し付けあっていた。
「私が行きます!」
こんなやり取りを見てるとイライラする。しびれを切らして、私は叫んだ。
どうせここにいてもお茶くみ役だし、今を打開するには滅多にない機会かもしれない。そう思ったので、つい手を挙げてしまった。
ということで、私が総務部代表として、宇宙人のお相手をすることに決まった。
「ええ~メグミ、行っちゃうの~!」
他の庶務さんからは心配された。
「どうせここにいてもお茶くみでしょ?誰かが行かなきゃいけないなら、行ってもいいかなって。」
「でも、うちの部は誰も出なかったよ。なんでもそんな無茶な話を受けるなって、部長が怒鳴りこんだら部の1人枠は撤回されたんだって。」
「そうそう、うちでもそうだったよ~。断っちゃえばよかったのに~。」
「でも会社で1人志願者が出たからって、それでいいかって話になってるらしいよ。絶対メグミだよね~この志願者って。」
…しまった!はめられた!わざわざ出さなくてもよかったんだ…後悔したけど、もう遅かった。そんなにあっさり断れることなら、うちの部長もさっさと断わってくれればよかったのに…
しかし、夕方には早速お迎えがやってきた。会ったこともない役員に出迎えられて、私はその日のうちに送り出された。
大切に育てた牛を売りに出す悲しげな童謡があったけれども、私はその牛になった気分だ。
で、そのまま宇宙人のもとに送られるかと思ったら、政府の人と面接することになった。どれくらい志願した人がいるか分からないけど、ここでふるいにかけたらますます少なくなっちゃうよ?
ところが、面接の内容はたいしたことなくて、宇宙人の会見を見てどう思ったか?とか、この街で自慢できるような場所をご存知か?などという程度のことだった。
宇宙人については、肯定的な意見を述べておいた。きっと私たちの未来を明るくしてくれるはずだ、ってなことを言った。また、この街は行き尽くしてるから、いい場所の一つや二つ、簡単に答えられた。定時上がりで通い続けたことが、こんなところで役に立った。
てことで、晴れて合格!いやまて、これは喜ばしいことなのか?
今住んでるところから通ってもいいが、希望すれば、この辺りに住居を用意してくれるという。毎日電車で1時間かけて通ってるので、引っ越し希望で出しておいた。
…そうだ、今日は飲み会に行けないや。友人に電話して断っておいた。
「うん、いいよ~、メグミも大変だねぇ。宇宙人に知り合い出来たら紹介してね~。」
生きてたら、紹介してやるよ。生きてたらな。
翌日は土曜日で休みだったが、早速引っ越し業者がやってきた。さすがは政府の手配、やることが早い。それにしても、よほど早く人が欲しいようだ。
引っ越し先はすごく広い2部屋だった。一人暮らしにはもったいないくらい。今度、友達誘って飲もう。
なんて言ってる場合じゃなかった。明後日から私は宇宙人の相手だ。場合によっては、宇宙に連れて行かれるかもしれない。友人誘ってる場合じゃないか。
と言いながらも翌日、早速この部屋に友人を呼んだ。
「いいなぁ、私も志願すればよかった~。」
なんて言ってるけど、宇宙人の相手と言ったらお前は耐えられるのか?明日からのことで、私は不安でいっぱいだ。
そして、とうとう来てほしくない月曜日がやって来た。
朝8時に空港のロビーに集合するように言われている。
通勤時間は15分、電車で一駅。いつも満員電車で揺られて1時間かけて通勤していたのが嘘のようだ。
ロビーに着くと、私を含め10人集まった。
私同様、20代の人ばかりだ。話してみると、希望して来た人、業務命令で来させられた人、くじで負けた人、様々だ。
予定時間になった。誰かがやってくる。女の人だ。
てっきり政府関係者が来るのかと思ってたら、来たのは宇宙人。地球576 第3小隊 駆逐艦890号艦所属の少尉さんだった。
で、彼女の案内で駆逐艦に乗ることになった。
ロビーを出て、空港の格納庫付近に来た。上には、その駆逐艦890号艦というのがいた。
ビルを見上げたことはあるが、まるで横倒しになった高層ビルを見ているようだ。大きい。
でもビルのような窓がなく、灰色の巨大な倉庫が浮かんでるような、そんな感じだった。
後ろ側が3倍くらいの幅に広がっていて、その下部が地面に接地している。そこに昇降口があって、そこから乗り込めるようだ。
少尉さんに連れて行かれたのは、まさにその昇降口だった。つまり、この駆逐艦に乗れってことのようだ。このまま宇宙に連れて行かれたりしないよね…
中に入り、階段を登って通路を歩き、会議室に通された。
会議室には、5人ほどの人が待っていた。私たちが入るや、敬礼して来た。
「ようこそ、我が駆逐艦へ。艦長のレーベンブロイです。」
艦長さん自らお出ましだ。他の人も紹介された。副長、作戦参謀など、この艦の主要メンバーのようだ。
そこで、私たちの仕事に関する説明を受けた。
まずは、この空港周辺の街を案内して欲しいとのこと。
私たち1人に駆逐艦乗員1人がついて、この街のことを知りたいらしい。
というのも、この空港内に宇宙港が併設されることになっているらしく、隊員が訪れる機会が増えるそうだ。だから、街を案内できる人を募集してたんだ。
説明が一通り終わったところで、10人それぞれが担当する人の割り当てが告げられた。
私の担当はエルディンガーさん。作戦参謀の1人だそうで、階級は中尉。
背が高くてイケメンな人だった。てっきりすごい宇宙人を相手するものだと思っていたのに、これは大当たりだ。
「ええと、エルディンガーって言います。よろしくお願いします。」
ただこの人、ちょっと頼りない話し方をする。ちょっと緊張してるのかな?見た目はいいのに、大丈夫か?
いよいよ業務開始だ。
「業務」といっても、各担当者を連れだして、各自好きなように街を案内すること。平日の真っ昼間から、街を練り歩くのが仕事!しかも、イケメンと2人きりで!なんかすごくない?
というわけで、駆逐艦をでて街に行くことになった。エルディンガーさんを連れてどこへ行こうか?
「エルディンガーさんは、どこか行ってみたいところ、あります?」
「そうですねぇ、私はいつも街へは本屋とハンバーガー屋しか行かないので…メグミさんはいつもどこに行ってます?」
「そうですね、私はだいたい服屋回って飲み屋に行って友人と騒いで…ああ、今日は飲み屋には行かないですよ、さすがに。」
「いいですね、行きましょうか、メグミさんのおすすめコース。」
なんと、服屋と飲み屋を回ることになった。行くといっても、場所を把握するのが目的のようだ。
最初にたどり着いた店の前で、何やら携帯のようなものを取り出して写真を撮っていた。
その携帯を覗くと、写真の下に文字が出て来た。私には読めない文字だけど、ずらずらっと文章が書かれていくのがわかる。全然ボタン押してないのに、どうやって文字を打ち込んでるのかと聞いたら、この人の携帯って頭で考えるだけで文字化されるらしい。
店の中もみたいというので、入ってみた。でも中尉殿、ここは女性用下着のお店、ちょっと真っ昼間からまずくありません?
中を見て慌てて出て来たエルディンガーさん、この店のことを記録し、次に行くことになった。
次は普通の服屋。安くてちょっとおしゃれな感じのブランドのお店で、ここならエルディンガーさんでも大丈夫だ。早速ここも携帯端末に記録していた。
何軒か回って、昼食を食べることにした。
「おすすめのお店ってあります?」
「そうですねぇ…ここなら、おすすめのパスタのお店がありますよ。」
イケメン宇宙人とお茶くみ社員は、平日の真っ昼間から2人でパスタを食べることにした。
エルディンガーさんにはこのメニューの文字は読めない。言葉は同じでも、文字は違う。しかしこの中尉さん、さっきの携帯をかざした。
「私はこのミートソースでいいかな。」
画面の方を見ながら選んでいた。見せてもらうと、メニューの文字が彼らの文字に変換されてる。すごい技術だ。
この際だから、いろいろ聞いてみた。
「エルディンガー中尉殿は、宇宙では何をされてるんですか?」
「普段はあまりやることがないですよ。訓練か、海賊の取り締まりや民間船の護衛。ただ、この星にきてからは忙しいですね。地上の調査や接触、交渉のための作戦を練ってました。」
「じゃあ、地上に降りたら、一息つかれたのではないです?」
「いやあ、今度は街の調査を担当することになったので、その作戦を考えてました。」
街の調査が作戦だという。なんとも大げさな話だ。やっぱり軍人さんっておかしい。いや、宇宙人だからか?
「それにしても、この星は進んでますね。」
どう考えても、あなた方宇宙人の方が進んでるでしょうが。皮肉なのかしら。
「いえいえ、あなた方のほうがずっとすごいじゃありませんか。」
「ところが、我々はつい50年前までは剣と弓で戦ってるような、未開の惑星だったんですよ。」
「ええっ!?そうなんですか?信じられない。」
「遠征艦隊を持つようになって10年。ここまで来るのに結構時間がかかったんですよ。まだ身分制度が残っててですね、星に帰ると公爵や男爵なんて身分があるんですよ。」
「じゃあ、エルディンガーさんも、貴族か何かなんですか?」
「私の家は子爵家、そこの次男だったので、宇宙に行って我が地球576に尽くせ、って勢いで放り出されてしまいました。」
なんとこの宇宙人さん、貴族だった。子爵家というのは、一番上の国王から数えて3番目の位だそうだ。
「うわ、そんなにすごい人とは知らず、ごめんなさい、こんなお店で。」
「いえ、すごくいいお店ですよ。この街も上から見てると複雑なところだなあと思ってましたが、こうして歩いてみると歴史を感じるといいますか、面白い街ですよね。」
「えっ?歴史?そんな場所、案内しました?」
「ほら、例えばこんなところ。」
エルディンガーさんの携帯に写っていたのは、お寺だった。数百年前に建てられたその建物だが、私はよく知らない。
だがこの人、そういうものもチェックしてたんだ。目の付け所が貴族だ、油断できない。
ただ、こういう歴史的な建物にエルディンガーさん自身は興味あるものの、今回の調査対象ではないため、あくまでも「目印」として記録しているようだ。他にも、看板や信号など、目立つものを目印として登録してるそうだ。
そこからまた夕方まで歩き回った。楽しい仕事だと思っていたが、案外疲れる。
空港のロビーを通って、再び駆逐艦内に入る。会議室でチェックして終了。
午後5時、今日の業務が終わった。
これをあと4日間繰り返すらしい。来週から別の仕事があるようだ。
新たな住居に帰っていく。自宅付近で友人からメールがついた。生きてるか?だって。
すぐに電話すると、生還祝いに一杯飲もうってことになり、そのまま飲み屋に行ってしまった。
「でさぁメグミ!どんなやつだったの?宇宙人。」
「普通だよ、子爵様だったけど。」
「えっ?ひしゃく?」
身分が低く愚かな我々は、こんな会話しかできない。
会社では、私1人を送り込んだことを心配してるらしい。とりあえず今のところは心配ないから、安心してと言っておいた。
帰ったのは9時ごろ、ほろ酔い状態で玄関に着いた。
窓の外の駆逐艦を眺めて思った。今日はあそこにいたんだ、私。
宇宙人っていうから、てっきりすごいのが出てくるかと思ったのに、普通にイケメンだった。貴族だったけど、ミートソーススパ食べて古いお寺に興味がある、そんな人、この地上でもいそうな人だった。
本当に宇宙から来たのかな?私も宇宙に行ってみないと、実感わかないなぁ。
そんなこと思いながら、寝てしまった。




