南の島と包囲網と超音速少尉 5
そんなこんなで、4日が経った。
駆逐艦はアステロイドベルトというところに付いた。
展望室から外を見ると、時々大きな岩のようなものが見える。
あれが小惑星というやつか。大きさも、10メートルほどのものから、数百キロのサイズまであるそうだ。
我々の星系には、このアステロイドベルトのすぐ外側にワームホール帯と呼ばれるワープの通り道がある。
これを伝っていけば、他の星に行ける。その技術で今のところ直径1万4千光年もの宇宙を行き来してるそうだ。
なぜか、地球と呼ばれる人類が生存する惑星は、この1万4千光年の円型に領域中にしか存在しない。
その距離よりもさらに遠くへ行く人たちもいるにはいるが、そこを目指すのはいわゆる冒険家だけだ。商船や軍艦は、1万4千年光年のこの領域内を行き来するだけだ。そこより外には何の用事もないため、普通の船が出ることはめったにない。
艦隊主力に合流した。ここは1万隻もの艦艇が集まる場所だ。
周りは全て駆逐艦だらけだ。無数の駆逐艦があるのは、なんだか気味が悪い。
戦艦というものもここで初めて見た。長さは10倍と聞いていたが、幅も大きいため、駆逐艦と比べれば果てしなく大きい。まるで星そのものだ。
一体こいつにはどれくらいの大きさの核融合炉があるのだろうか?一度見せてもらいたいものだ。
それよりも、ここに来て気になるものがある。
小惑星だ。
聞けば、この駆逐艦もあの戦艦も、船体材料として小惑星を使ってると聞く。
小惑星を削り出し、形を変えて船を作ってるらしい。
我々の船のように普通の材料を使ったものもあるが、大型船だと小惑星を使うのが最も効率がよくて安上がりらしい。
そんなわけで、小惑星というのを一度じっくり見てみたい。
そう艦長に願い出たら、アンナ少尉が小惑星のそばまで飛んでくれることになった。
ただし、艦長から一言。
「彼女の操縦は乱暴で恐ろしいが、腕は確かだ、何があっても信用したまえ。」
脅されてるのか安堵させられているのか、この艦長の言葉はどうとらえて良いのかわからない。
早速格納庫に向かう。複座機とアンナ少尉は準備万端だ。
整備員からも一言。
「よりによってこいつの後ろに乗るとは…せいぜい気をつけるんだな。」
皆、彼女の後ろに乗るというだけで、忠告やら心配をしてくれる。
ということで、飛び立つ前から戦々恐々だ。まるでサーカスで危ない技をする道化師を見ているような気分だ。
アンナ少尉が前席に乗り込んだ。私は後ろだ。
初めて乗ったがこの機体、狭いが意外と座り心地はいい。
「ピッツァ1よりチーズバーガーへ。発艦準備完了。発艦許可願います。」
「チーズバーガーよりピッツァ1へ、進路クリア、発艦せよ。ハッチ解放。」
格納庫の扉が開く。同時に、機体を掴んだアームがこの機体を外へ出す。
「ロック解除!」
がしゃんという音とともに、艦の外に機体は放出された。
と同時に複座機のエンジン点火。前進を開始。
…って、ちょっとアンナさん?加速しすぎじゃありませんか?
慣性制御のおかげで加速度を感じない。これがなければ重力の10倍近い加速度がかかって、私などはすぐに失神してしまうらしい。
そんなに吹かさなくても近くの小惑星に行くというだけなのに、なぜか彼女は張り切ってる。張り切りすぎてる感じではあるが。
目の前に小さな小惑星が迫って来た。このまま行ったら、ぶつかりそうだ。
だがアンナさん、まるで避ける気がない。眼前に小惑星がどんどん広がっている!
危ない!と思った次の瞬間、ギリギリかわしたようで、何事もなく飛行を続けている。
あの、もうちょっと普通に飛べませんか…と言いたいところだが、声がかけられない。なんというか、すごい気迫を感じて何も言い出せない。
小惑星が見えるたびに、わざわざ近くを通過してる気がする。そんなにギリギリ飛ばなくても…
するとアンナ少尉が、突然声を出した。
「着きましたよ。」
外には大きな小惑星が見えた。大きさ的には、戦艦くらいはあるだろうか?
表面は灰色で、砂のようなところと岩石がむき出しのところとがある。
ぐるりとこの小惑星を一周したアンナ少尉。
ちょっと平らなところを見つけて、機体を降下、着地させた。
がしゃんという音がした。どうやら、アンカーを撃ち込んだようだ。
「行きますよ。」
「えっ?行くってどこへ?」
「小惑星にですよ。決まってるじゃないですか。」
なんとここに降りるようだ。
今着ている飛行服はそのまま船外服になるため、ヘルメットを被れば小惑星に出られるそうだ。
ヘルメットをすると、アンナ少尉がヘルメットの首のあたりを指差す。
その辺りを探ると、突起物があった。これを押せと言ってるようだ。
で、押してみると、少尉の声が聞こえてきた。
「外は空気がないので、無線で会話しますね。これはそのスイッチです。もう機内の空気は抜いてしまったので、ヘルメット外さないでくださいね。」
慣性制御も切られた。急に体がふわっと浮いた。
大きな小惑星といっても、重力は小さい。ハシゴを伝って降りるが、ふわふわとしててまるで海に潜っているような感じだ。
地面に着いた。砂で覆われてるが、そんなに柔らかくはない。
歩いてみたが、全然前に進めない。一歩踏み出すと、足が地面につくまで時間がかかり、次の一歩が踏み出せない。早く歩こうとしても、空中で足をばたつかせるだけだ。
かといって、あまり力を入れて地面を蹴ると、この小惑星から離脱してしまいそうだ。宇宙の迷い人になってしまう。それは絶対に避けたい。
少し歩いたところで、岩肌がむき出しになっているところがあった。当たり前だが、触ると硬い。
砂の方はサラサラしている。手にとって舞上げてみると、地面に落ちることなく拡散していく。
微小な重力、空気のない環境。これが宇宙なんだ。
「アンナ少尉!すごい場所だよ、ここは!!」
思わず興奮してしまった。私はおそらくこの惑星では初めて小惑星を触った人間だ。少尉には感謝してもし足りない。
何の変哲もない小さな小惑星の上だが、地上では知り得ない宇宙に触れたことは、私にとっては貴重な体験だ。感謝せずにはいられない。
「お役に立てて、よかったですよ。」
少尉はこちらを向いて言った。
「でも私、そろそろ軍をやめようかなあって思ってるんです。」
急に驚くことを話す少尉。軍をやめる?それって、飛行機に乗るのをやめちゃうってこと?
「えっ!?なんで!?あれほどの腕があるのに?もったいない。」
「だけど私、あの艦でちょっと浮いてるんですよ。操縦が上手い女なんて、やっぱり奇妙なんですかね。」
「そうかな、それが少尉の持ってる才能でしょう?女だからって、飛行機の操縦が上手くなってはいけないなんて、ないと思うけどなぁ。」
「でもね、私もそろそろ男の人と一緒に街を歩いてみたいし…でもこんなドッグファイト好きの女じゃ、一生好かれないんじゃないかなあって、心配になってきたの。やっぱり複座機乗り回す女って、変かなあって。」
「どうしてアンナさんは、飛行機に乗ろうって思ったの?」
確かに女性で飛行士というのはちょっと変わっている。我々はともかく、彼らの星でもやっぱり特異なことのようだ。なぜなんだろう?純粋に気になった。
「そうね、私、空飛ぶことに憧れてたの。それで、高等部の時に適正検査受けたら、結構いい結果が出て、あれよあれよといううちに軍学校に進んで、速度の速い機体を望んだら複座機のパイロットになって…」
単なる憧れから始まった飛行士の道、無我夢中で道を極めてるうちに、自分でも恐ろしい存在になってしまった…そういう感じらしい。
「男の人として、私のことどう思います?」
「…そうですねぇ、やっぱり飛行士というのは、ちょっと印象悪いですかね…」
「やっぱりそうですか。」
「でも、私はそういう人、好きですよ。なにせ、私にとってはあなたは天使ですから。」
「えっ!?天使!?」
「あの島で最初にあなたが降りてきて、生死の境をさまよってるところに、あなたが現れた。そのあと私は救われた。2度と会えないと思っていた家族にも会えたし、あなたに救われたと思う人々はたくさんいると思うよ。」
「でもあれはただ島に中尉を下ろしただけで、私でなくても務まった任務。私だからというのはないでしょう。」
「そうかな、アンナさんとあの場でお話できて、私は生きる希望を与えられたわけだし。アンナさん出なかったら、果たしてそう思えたかどうか。」
アンナさんじゃなくて、例えばあの時のベテラン飛行士の大尉だったら、ああもあの場は和まなかっただろう。
「でもその次の日の模擬戦闘で私、ベテランの大尉さんを負かして得意になってたでしょ?ああいうのみてどう思う?」
「うーん、ざまあみろって思った。」
「えっ!?そうなの!?」
「いや、大尉さんではなく、あの連邦の奴らにだよ。艦船の間を超音速で飛んでったでしょう?」
「それは…とっさにあそこを飛べば後ろを取られないって思ったから…」
「でもその行動のおかげで、連邦もすぐに島への攻撃中止に合意して、我々エタリアーノとの戦争も集結した。決して無意味なことではなかったんだよ。」
「…そうかな、えへへ!そう言ってくれると、ちょっとうぬぼれちゃおうかな?私。」
「自分に自信を持った方がいいよ。アンナさん。あ、いや、アンナ少尉殿。」
気がつくと少しタメ口になってた。
「ナタルさんって、変わった人ね。」
「そ…そう?私は普通だと思ってるけど。」
「私の飛ぶところを見て、しかも一緒に飛んで、それでも私のことすごいと言ってくれる人、初めてだなぁ。」
「そうなの?みんなすごいって思わないの?」
「私の操縦、ちょっとぎりぎり過ぎて怖いとよく言われるの。もう二度と乗りたくないって人が多いわ。」
…これはちょっと同意する。怖いのは間違いない。
「やっぱり、普通はそうなのよね、ここ一月くらいは、そう気づいて落ち込んでたの。ごめんなさいね。せっかく小惑星まで来たのに、変な話しちゃって。」
「いや、ちっとも変な話じゃないよ。本音を聞けて安心したかな。」
「安心?」
いやあ、アンナさんほどの人でも、悩むことがあるんだなあって。」
「それどういう意味!?」
ありゃ、ちょっと怒らせたかな。
「だってアンナさん、私がここにきた初日に、私が落ち込んでるのを見て、楽しく生きないと勿体無いって言ってたじゃん。」
「うん、まあ、そんなこと言ったかな…」
「そんなアンナさんが今度は落ち込んでるんだもん。やっぱりアンナさんも普通の人間なんだなぁって思ったんだよ。」
「そりゃあ私だって落ち込んだりすることくらいありますよ!」
船外服のヘルメットは直射日光を避けるために少し黒くなってるが、その奥に広がる笑顔がチラリと見えた。
これの笑顔を見て、私は決心した。
「ねぇ、アンナさん。」
「はい。」
「私と付き合ってみませんか?」
「はい?」
こんな2人きりでいられる場所は滅多にないし、思ったことはちゃんと伝えようと思った。
「ああ、私なんかと到底釣り合わないって、自分でも分かってますよ!でも…なんていうか…このままアンナさんとお別れするのは嫌だなぁと思ってですね…」
「…いいわよ。」
あっさりとOKの返事が返ってきた。
「私みたいな暴れ馬のようなパイロットでよければ、いいよ。」
了解がもらえた。喜びのあまり、私は小惑星の重力圏を振り切って宇宙に飛び出してしまうんじゃないかと思った。
つい嬉しくて、アンナさんに船外服のまま思い切り抱きついた。ここなら人目を気にしなくていい。
さて、小惑星を離れて、帰還することにした。
せっかく告白した場所だが、この小惑星、ここを離れてしまうと、もう分からなくなるんだろうな。少しさみしい気がしたが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
アンナさんもなんだか浮かれてるようだ。行きよりも帰りの方が飛び方が激しい。だけど、不思議と彼女を信じている。このままぶつかることなく、駆逐艦に帰れる。そう思うようになれた。
予想通り、無事に駆逐艦「チーズバーガー」に到着した。
お互い船外服を脱いで、格納庫入り口でばったり会うと、なぜだか急に恥ずかしくなってきた。さっきは船外服を着ていたから、もしかして強気になれたんだろうか?生身の人間通しだとちょっと恥ずかしくなる。
その2日後、補給の為に戦艦に寄港した。その戦艦にある街で、アンナさんと初デートをした。
いや、最初のデートは小惑星の上だったけれど、ちゃんとした場所ではこの街が最初だ。
なんだか、寄港前から落ち着かない。よく考えたら、戦艦に行くのは初めてだ。そんなところに街があると言われたものの、どういうところだか想像がつかない。
ましてや、アンナさんに告白してから初のデートだ。こんなに「初めて」が重なると、当然のことながら緊張する。
戦艦に着いたようで、艦内に艦長の声で放送はあった。寄港は10時間。その1時間前には艦内に全員戻るよう知らされた。つまり、滞在時間は9時間。
部屋のチャイムが鳴る。アンナさんがやってきたようだ。
外に出ると、いつもと違う格好のアンナさんが立っていた。
「では少尉…じゃない、ナタルさん、参りましょうか。」
「はい、少尉…ではなくて、アンナさん。」
すでに2人の関係は艦内にばればれだ。だから、今さら遠慮は要らない。
通路をくぐって、戦艦内に入った。そこで、鉄道に乗り換える。
大きい船だとは思っていたが、中に鉄道が張り巡らせされてるとは驚きだ。暗いトンネルを走るこの鉄道、3駅ほどで街のある駅に到着した。
駅を出ると、確かにそこには街があった。たくさんの人がいる。
ここは駆逐艦の補給の際に立ち寄る、いわば息抜きのための施設。何ヶ月も宇宙空間に滞在すると、駆逐艦だけでは気が滅入ってくる。
このため、隊員の心の健康と、経済的な思惑もあり、戦艦内に街が作られるようになったそうだ。
隊員を満足させるためというだけあって、気になるお店が多い。特に飲食店が気になる。
私もこの艦隊に派遣されて、ここでも使えるお金を手にした。
が、渡されたのは、この薄っぺらくて四角い木片。電子マネーだと言ってたが、こんなものどう使うんだ?
とりあえず、アンナさんと店を見て回る。アンナさんは、1人の時はいつもファーストフード店ばかり行ってたそうだ。つまり、ハンバーガーとポテトばかり食べてたらしい。そういえばアンナさん、食堂でも好きだよな、フライドポテトとハンバーガー。
で、結局選んだお店は、ステーキ屋だった。こういう店は1人で入りづらくて、かといって他の女性と一緒の時でもここには来たがらないらしくて、ずっと気になってたらしい。
じゃあってことで、早速入った。
私の星ではあまり見たことのない厚さの肉が置かれている。値段は…500ユニバーサルドル、私が今持ってるのは700ユニバーサルドルだから、これだけで飛んでしまう。第一、こんなに分厚いのは食べられない。
結局50ユニバーサルドル程度のステーキを頼んだ。アンナさんも同じだ。
ただ、ここではステーキにかけるソースがいろいろあるらしい。ガーリック、しょうゆ、マスタード、オニオン…見ただけでは分からないものがある。私は無難にガーリックを選んだ。アンナさんはしょうゆとかいうのを選んでいた。
しばらくすると、ステーキが来た。なんだかとても柔らかい。私のところのステーキはもう少し硬い気がする。ソースの味も絶妙で、肉の脂身のくどさをうまく消しつつ、それでいて肉本来の味を引き出している。
アンナさんのステーキソースも気になったので、少し肉と一緒にもらった。こっちのソースは、塩味だ。だが、ただの塩味とは違う、うまく臭みや脂身の味を和らげて、さっぱりした味に変えてくれる。
お返しに、アンナさんにも私のステーキをあげた。こんな感じにお互いのステーキを交換。たったこれだけのことに、小さな幸せを感じてしまった。
あとは服屋に雑貨、本屋もある。スマートフォンという情報端末も売っていた。ただこの端末、便利だが使えるのはこの戦艦と地上の宇宙港周辺だけ。駆逐艦では一部の機能しか使えないらしい。
だが、カメラが使えるそうだ。写真が撮れる。それは便利だというわけで、買ってみることにした。
アンナさんはすでに持っていた。アプリとかいうのを入れるといろいろできるらしい。そこで、この情報端末の使い方を教えてもらった。
そんなことをしているうちに、駆逐艦に戻る時間が来てしまった。楽しい時間というのは過ぎるのが早い。
駆逐艦内に戻るとしばらくして艦は戦艦から離脱、再び宇宙の中へと戻る。
この駆逐艦、すぐに我々の地球760に戻るそうだ。元々この船は地球760の地上勤務用の艦らしく、今回私のためにこの艦隊主力に合流しただけのようだ。
ということは、あの戦艦の街には当分行けないのか…もう少し堪能できればよかったかな?
でも地上の街にも似たようなものがあったから、そこでまたアンナさんとデートしたいなあ。
などと考えてると、私の部屋のチャイムが鳴った。開けるとそこにはアンナさんがいた。
「ごめんなさいね、もう寝てた?」
なんでも1人でいると急に寂しくなったらしくて、私の部屋に来ちゃったようだ。
私の部屋に招き入れて、二人でおしゃべりしていた。さっき買ったスマホの使い方もついでに聞いてみた。
だが、大人の男女が夜の部屋に2人っきりでいて、健全な夜を過ごせるはずもない。
そのまま大人のドッグファイトにもつれ込んでしまった。彼女はここでも最強だった。




