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南の島と包囲網と超音速少尉 4

私は駐屯地にて、軍属のままで待機させられていた。戦争への備えというより、宇宙からの事態に備えるためだ。


どう考えても、これから人が足りなくなる。すでに交易が開始されて、民間の宇宙との交流が始まっている。そうなると、軍に志願するものが少なくなる。このため、人材確保のために徴兵者を軍属のまま保留させたようだ。


私もとっとと除隊して、宇宙に関する知識を身につけたい。せっかくの機会だというのに、どうしてこんなところで軍のわがままに付き合っていなくては行けないのか?


保留状態は続くが、何もすることがないまま時間だけが過ぎていく。


ところがある日、ついに軍本部に呼び出された。


辞令が下った。私は「技術士官」として、宇宙艦隊に派遣されることとなった。


大学で物理学を学んでいたということで、技術専門の士官ということになってしまった。身分も2等兵から一気に「少尉」となった。軍大学卒業相当での待遇だ。


私の役割は、彼らの持つ技術の習得。まずは宇宙に出向いて、実際に使われる場面を体感せよ、とのことだ。


これは地球(アース)551の方からの提案だそうだ。技術習得は理論だけを学ぶのでは駄目で、実際に使ってみるのが一番早いそうだ。まずは実践というわけだ。


悪い話ではない。私も宇宙に行ける。しかも、その技術を学ぶことができる。


私は喜んでこの辞令を受けた。この無為な2ヶ月に比べれば、まるで天地の差だ。


出来たばかりの宇宙港に出向き、そこで駆逐艦に乗船せよとのこと。


乗船するのは、第12小隊所属の駆逐艦 3670号艦という船。明日にはこの星に寄港し、補給を受けて出発するそうだ。


これに伴い、私は宇宙港の側にある街に住む場所をもらった。頻繁に宇宙と地上との行き来が発生するため、特別に供与されたのだ。


で、今日中にそこへ引っ越しし、明日宇宙に出発せよ。これが軍からの命令だった。


随分とせっかちだ。せめてもう一日猶予をいただけなかったのだろうか?


私は一旦自宅に行き、家族に宇宙港の街に引っ越すことを告げた。といっても、宇宙港は私の住む首都から近いので、ちょっと行ってくるという程度の別れの挨拶だった。家族も特に心配することなく、気が向いたら遊びに行くから手紙ちょうだい、なんてノリだ。


でも本当は、ついこの間までいた島よりもはるかに遠い「宇宙」というところへ行くんですよ。だが、宇宙へ行くことまでは告げられなかった。ただでさえこの間の島の防衛戦では心配をかけてしまった。これ以上心配をかけるようなことは言えない。


家族と別れた後、そのまま荷物を持って、軍の用意してくれた車に乗り込む。


街の入り口に差し掛かると、今度はあちらの軍の人に案内された。私の住居まで送ってくれるという。


まず身分証を渡された。この街に居住するには、この身分証が必要なのだという。私も宇宙港の街の住人になった。


こちらの車に乗り換えて、用意された住居に向かう。それにしても、こっちの車は静かだ。ちっともエンジン音がしないし、ほとんど揺れない。こんなところにも技術の差を感じる。


街の中を見ると、すでに住居や大きな店があちらこちらに出来ていた。たった2ヶ月で、もうこんなに建物が建つとは、恐ろしい技術力だ。


ところで、私はこの2ヶ月間、暇だったので彼らの文字を勉強していた。


私の話す言語は「統一語」と呼ばれる言葉なので彼らと話は通じるのだが、文字は我々のものと違う「統一文字」が使われている。言葉は同じなので、文字だけ覚えてしまえば彼らの書籍を読んだり、手紙を書いたりすることができる。


この勉強のおかげで、街に溢れる看板などを読むことができる。暇つぶしがこんなところで役に立った。


ある住居の前で降ろされた。こじんまりとしてはいるが、2階建の立派な家。これが私の新しい住居のようだ。


明日朝8時には迎えに来ると告げて、迎えの車は帰っていった。


もらった鍵を開けて、中に入る。


ベッドに台所、基本的なものは揃っている。


だが、よくわからない機械が多い。ベッドの横にあるこの黒くて薄い、四角いものはなんだ?


台所も、コンロ以外は何に使うのかわからないものが多い。白くて四角い、前面に扉のついた機械があるが、これは一体何をするものなのか?想像もつかない。


その下もよく見れば扉が付いている。開けるとなんだか冷やっとする空気が出てきた。これの用途は何と無く想像がつく。食べ物などを冷やして保管するものなのだろう。


これらの機器の使い方が書いた冊子がどんとテーブルの上に置いてあるが、今日は読む気にもならない。どうせ明日からは、宇宙だ。


もう夜になっていた。今日のところは寝るとしよう。


で、朝になった。時計を見ると、7時だ。


急いで着替えて、昨日持ってきた缶詰を頬張り、8時の迎えに備える。


時間通りに迎えがやってきた。荷物を持って乗り込む。


街を抜けて、宇宙港に入った。


ここは軍民両用の港で、民間の船に混じって、灰色の軍艦もいくつか停泊している。


私の乗り込む3670号艦が目の前に現れた。船体の側面前側には統一文字で「551-2-3670」と書かれてる。


多分、地球(アース)551所属の2番目の艦隊の3760号艦という意味なのだろう。


彼らの長さの単位も覚えたが、その単位でいうと、この船は350メートルの長さだそうだ。この共和国にあるどの戦艦よりも大きい。しかし、この大きさで駆逐艦なのだ。


船の下にたどり着いた。今度は、駆逐艦の乗員に案内される。


が、その案内人を見て驚いた。なんとアンナ少尉殿だった。


「あれ!?ナタルさんじゃないですか?今日ここに来る少尉さんって、ナタルさんのことだったんですか!」


もう2度と会えないと思っていた「鬼神の天使」に、また会うことができた。


この3760号艦は、彼女の所属する駆逐艦だったのだ。1万隻の艦船の中でこの艦に巡り会えるとは、すごい偶然だ。


アンナ少尉とは何か運命を感じずにはいられない。私の考えすぎだろうか?


アンナ少尉によって、早速船内を案内された。


私の部屋へ行った。なんと、個室だ。てっきり相部屋になるだろうと思っていたので、驚いた。


聞けばこの船、たった100人で運用してるそうだ。今は文官や技術武官も乗り込んでいるため110人くらいになってるそうだが、部屋は200人分あるそうなので全然余裕だそうだ。


そんな少ない人数で大丈夫か?こんな大きな船で100人ではとても足りないのではないか?掃除や洗濯、調理だってする人もいるし、200人でも少ないくらいだ。


ところがこの船、掃除や洗濯、調理は全て自動化されてるらしい。他にも機械がやってくれる仕事が多いので、100人でも回せるそうだ。


機械が作る料理なんて大丈夫なのか?洗濯や掃除をする機械ってなんだ?ちょっと不安になってきた。


「それにしてもアンナ少尉、飛行士としての仕事があるでしょうに、私なんか案内して大丈夫ですか?」

「いえ、この駆逐艦ではパイロットが一番暇なんです。航空機というのは、ほとんど出番がないですからね。」


そうなのか。我々の感覚では飛行士が一番忙しい気がするが、そういうものなのか。


食堂や格納庫、機関室などを回った後に、艦橋へ向かった。艦長も出迎えてくれた。


いよいよ宇宙へ出発だ。


「抜錨!駆逐艦 チーズバーガー!発進!」

「抜錨!チーズバーガー、発進します。両舷微速上昇!出力3パーセント!」


艦長に号令がかかる。航海士の復唱と共に艦が動き出す…って、ちょっと待て!?「チーズバーガー」ってなんだ!?


「チーズバーガー上昇!高度1300!機関正常!」

「両舷半速!出力上昇!」


艦は垂直に上昇している。全く加速度を感じないが、これは慣性制御というやつのおかげらしい。


高度4万メートルまで上昇し、そこから急加速して大気圏外に出る。


現在は高度3万メートル。すでに大気の境界が見えていて、上の方が暗くなってきた。


そして高度4万メートルの到達。


「レーダー上に障害物なし。前方よし!」

「これより駆逐艦 チーズバーガー!大気圏を離脱する!両舷前進強速!」

「機関出力最大!両舷前進強速!」


艦橋内の皆は真剣だ。「チーズバーガー」という違和感のある言葉を除けば。


艦の中は加速を感じないが、周りを見るとすごい速度で飛んでいるのが分かる。機関を目いっぱいまわしているのか、エンジンの噴射音はうるさい。船体も小刻みにガタガタと揺れている。


数分ほど経つと、エンジン音も小さくなった。宇宙に出たらしい。


すると、外には青くて丸いものが見えた。あれが、我々の地球だ。


艦橋の左側に見えるこの球体は、まるで宇宙空間という何もない漆黒の闇に浮かぶ、青い宝石のようだ。地球が丸いとは聞いていたが、宇宙から見るとこんなにも美しいとは思わなかった。


陸地の部分は緑や茶色で、そこに薄く白い雲がたなびいている。夜の領域に入ると時々、チカチカと光ってるところがある。アンナ少尉に聞くと、あれは雷だそうだ。上から見ると、あんなにもしょっちゅう光るものなのか?雷なんて身近な存在なのに、宇宙から見ると全く違う顔を見せる。不思議な光景だ。


街が見えてきた。灯りで街の形が浮かんでいる。戦争が始まった時に「灯火管制」を行なったが、なるほど、灯りがあるとこんなにもくっきり街が見えてしまうのか。


再び昼間の領域に戻る。ぐるっと一周したようで、真下には我が祖国エタリアーノの形が見える。


駆逐艦はしばらく周回軌道にいたが、再び加速して、アステロイドベルト付近にいる艦隊主力に合流する。


「アステロイドベルト」というのはなんなのか?聞けば、小惑星と呼ばれる比較的小さな天体が無数にある空域のことらしい。


話だけ聞いてもわからない。実際に見てみれば分かるだろう。


駆逐艦はさらに加速。みるみるうちに、我が地球は小さくなった。地球(アース)760と呼ばれる我が地球。しばしの別れだ。


で、早速食堂に行く。見せてもらおうか!機械が作る料理とやらを!


…これが悔しいくらい美味かった。なんだこれ、本当に機械が作ってるのか?


食堂の裏を覗くと、確かに機械しかいない。食材を取り出し、包丁を使い、フライパンを握りしめたその機械、今はハンバーグを作っていた。まるで人のようだ。皿洗いをしている機械もいる。


こんなものができるなら、洗濯や掃除をする機械なんて楽勝だろう。改めてここの技術力の高さを思い知らされた。


本当に私は彼らの技術を習得できるんだろうか?なんだか自信がなくなってきた。


「何しょんぼりしてるんですか?ポテト冷めちゃいますよ。」


2人揃って、ハンバーガーとポテトという組み合わせを頼んだのだが、アンナ少尉はボリボリと美味そうにポテトを食べてる。


「いやあ、改めてすごいところに来ちゃったなあって、ちょっと自信なくしてまして…」

「あまり思いつめてもしょうがないですよ、人生楽しく生きないと勿体無いですよ~。」


ポテトをもぐもぐしてまるで人生を達観したかのようなセリフを言う少尉殿。しゃべりながら食べると、こぼれますよ。


でも少尉のいうとおり、楽しく生きないと意味がない。だいたい、ここは私が夢にまで見た宇宙空間の真っ只中。来たいと思っていた場所に念願かなってやっと来られたのだ。


別に私1人が国家惑星の運命を支えているわけではない。気楽にいこう。少尉の一言で、何か肩の荷が降りた感じだ。


「ありがとう、少尉殿。気が楽になりましたよ。」


そんなにたいしたことを言ったつもりはないのだろうが、感謝されてしまった少尉殿。ちょっと変な顔をしながらもにこりと笑いかけてくれた。


食後は早速機関室に行った。出発前にも行ったが、あの時は出発前で動いていなかった。今なら動いてるところが見られる。


部屋に入ると、巨大な球状の物体が音をたてて動いていた。聞くと、これは「核融合炉」というらしい。艦内の動力から電力まで、全てのエネルギーはこれが生み出してくれる。


艦内にはこの核融合炉が2つある。一機が故障するとたちまち動けなくなるのは困るため、2台構成にしているということだ。


宇宙というところは、ちょっとしたことが致命傷になる。食べ物となるものも水すらもない、それどころか空気もない。エンジンが止まって動力も電源も失ってしまえば、即座に死を意味する。


核融合炉の後ろには「重力子エンジン」というものが付いている。動力源であり、慣性制御を行う機関でもある。通常時に核融合炉のエネルギーを最も使うのは、このエンジンらしい。


これだけ大きな艦を動かすのだ。当然膨大なエネルギーが必要なのは間違いない。


さらに前側に向かって一本の太い管が核融合炉から伸びている。


これは、高エネルギー砲へ伸びる管だそうだ。


この駆逐艦最大の武器、その武器にエネルギーを供給する管だそうだ。


駆逐艦とは、早い話が艦全体が砲台となった船だ。


たった一門の砲を動かすためだけの艦艇、それが駆逐艦なのだ。


たくさんの砲を持つ戦艦というものもあるが、一隻の船に砲をたくさん搭載するよりも、1つの砲を維持できるだけの船をたくさん作った方が、機動性の高さ、被弾のしにくさから望ましいということになったようだ。


距離にして30万キロ、光の速さで1秒かかる距離が、この砲の射程らしい。


これより大きければより長い射程距離となるが、装填時間もそのぶん伸びる。結局、口径10メートルのこの大きさの砲が、運用上最も良いということで落ち着いたようだ。


戦術思想が全然違う。長いこと宇宙で戦い続けて、今の姿に行き着いたらしい。


しかし、30万キロもの射程の砲撃では、複座機はどうするんだろうか?30万キロも離れてしまった敵に接近しようとすると、さすがにあの飛行機でも何時間もかかるだろう。


アンナ少尉に聞くと、やはり戦闘時に複座機の活躍の場はほとんどないとのこと。戦闘はほぼ射程ぎりぎりで行なわれ、最大5時間で終わる。5時間も撃つと主砲のエネルギーが尽きるため、それ以上は戦闘できない。


30万キロもの距離を複座機で飛んでいっても5時間以上かかる。たどり着く頃にはもう戦闘が終わってしまう。確かに、これでは役に立たない。


そういうわけで、複座機を始め、駆逐艦に搭載される飛行機は、伝令や調査・探索任務、レーダーの補助的な役割しかないようだ。


「だから、ドッグファイトがいくら上手くても、役に立たないんですよ。困っちゃいますね。」


そういうアンナ少尉。ちょっと寂しそうだ。


いくら技量があっても、戦略上必要視されなければ活かせない。あれだけの腕を持ってるのに、勿体無い。


だが、先日のあの模擬戦闘は役に立ったようだ。あの複座機の性能をいかんなく発揮して、特に連邦の艦船の間を超音速で駆け抜けたことが、連邦に危機感を与えてくれたようだ。その後の交渉が早く運んだのは、少尉のおかげでもある。


「ところで少尉、どこか他にみたい場所、ありますか?」

「は?少尉?ああ、すいません。他の見たいところですよね…」


私はつい昨日「少尉」になったばかりなので、全く自覚がない。まだ少尉と呼ばれてもピンと来ていない。


「…艦橋以外で宇宙が見られる場所が知りたいですね。窓が全くなくて、外の様子が分からないんです。」

「ああ、それなら…」


彼女が連れていってくれたのは、展望室というところだった。


艦内に2箇所あるそうだが、そこには小さな窓が付いている。


宇宙船なので、あまり窓を作るわけにはいかない。窓があるのは、艦橋と展望室だけだそうだ。


行くと、確かに小さな丸い窓がある。だが、1人がやっと見られる大きさ。本当に小さい。おまけに分厚いガラスでできてるようで、なんだか端の方が歪んでる。


部屋にあるテレビで、今の外の様子を見られるチャンネルというのがあるらしい。ところで、テレビってなんですか?


というわけで、私の部屋でそのテレビってやつの使い方を教えてもらうことになった。


部屋に行くと、壁に黒い四角い物体がひっついてる。私の供与されたばかりの家にもあった物体だが、これがテレビというそうだ。


リモコンと呼ばれる小さな箱についているボタンを押すと、そこに画像が現れた。


そこには、何やらどこかの街が映ってる。


どうやらこの映像、戦艦や地上の港に寄港するたびに映像を受け取って、それを繰り返し流してるそうだ。


で、そのリモコンの数字の書かれたボタンを押すと、映像が切り替わる。


5のボタンを押すと、宇宙の映像に切り替わった。


このチャンネルだけ、駆逐艦の外のカメラからの今の映像が流れてるんだそうだ。


なるほど、これなら外の様子をいつでも見られる。


それにしてもこの黒い物体。こうやって使うものだったんだ。地上に戻ったら、早速使ってみよう。


そんな調子で、アンナ少尉に毎日艦内を案内してもらった。日が経つにつれてちょっとづつ慣れてきた。


そこで私は機関室に興味を持った。艦内の全てを維持するこの核融合炉というやつの動作原理、構造がとても気になる。


これは間違いなく我々の星でも必要な技術だろう。私の専攻も役に立つ。


私は核融合炉の技術習得を目指そう。私は機関室に立ち、そう誓った。

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