ほうきと哨戒機と魔女のお仕事 5
そんな日々を過ごして、3週間が経った。
あれから2度、戦艦に寄港した。この2日前にも寄港、今度こそデートらしいところへ行こうと、事前にモイラ少尉殿に聞いてみた。
すると少尉殿からはおすすめのパスタのお店、パフェの美味しい店を伝授してもらった。さすがは恋愛の達人、我らが師匠だ。
と言うことで、また一段と食べ物のレパートリーの増えたマデリーンさん。
そんな我々は、今地上にいる。
作られたばかりの宇宙港の横に併設されてる街へやってきた。
私は地上勤務に転属となった。仕事内容は、哨戒機パイロット養成。
その養成学校の立ち上げに協力するため、地上にやってきた。
で、地上にきたからには住処が必要。
地上勤務者には、大抵2階建の家が供与される。私は今まさにもらったばかりの家に着いたところだ。
「なかなかいい感じの家ね。」
マデリーンさんは気に入ったようだ。
そう、もうここに2人で住むことに決めている。今日は2人でここに引っ越しだ。
周りの目を気にする駆逐艦の狭い部屋とはおさらば。これで、朝6時に起きる必要はないのだ。
ところで、ここの国王と我々が交易と技術供与に関する条約を締結して、まだ2週間しか経っていない。
にも関わらず、もう家が建っている。
マデリーンさんは奇妙に思っているようだが、要するにあらかじめ宇宙空間で建物を組んでおき、地上に下ろしただけだから、こんなに早く街の建物が建つのだ。
無重力下での組み立ては地上よりもスピーディーにできるため、街の初期の建設ではこの「無重力プレハブ工法」がよく使われている。
家に入れば、キッチンもあり、ベッドもあり、一通りの生活用品が揃っている。
食材や小道具を買おうとは思うのだが…ショッピングモールは来週開店で、今のところこの街では調達手段がない。
ということで、王都の街に出かけた。
王都も交易で栄えた街、いろいろなものが売られてる。
私がここにきた時にも使った両替所で、金塊を銀貨に変えてもらい、街に繰り出した。
すると、ちょうど目の前にサリアンナさんとロサさんが歩いている。
「なんだ、宇宙人の嫁がこんなところに何の用だ?」
「あんたこそ、里で草食ってたんじゃないの?」
サリアンナさんとマデリーンさん、2人が出会うといつもこの調子のようだ。
それにしても、なぜマデリーンさんは、サリアンナさんと会うといつも「草食ってる」というのだろうか?どんな植物を食べてるのか?気になる。
一方、ロサさんは落ち着かない様子。人混みが苦手なようだ。
「ロサさん、大丈夫ですか?」
「いやあ、私はやっぱり人混みが苦手で…」
サリアンナさんに無理矢理連れてこられたんだろうが、なんだか可哀想だ。
サリアンナさん、あの遊覧飛行以来、街に繰り出すようになったらしい。
マデリーンさんやアリアンナさんが、我々地球401の人とうまくやってるところを見て、自分にもチャンスがあると思ったようだ。
だが、宇宙港が開港したこの王都周辺でさえ、地球401出身の地上勤務の人は少ない。あとひと月くらい経つと増えるんだろうが、今はまだ時期尚早だ。
うーん、今ここにいる人で、サリアンナさんに合う人なんて、いるんだろうか?
そうだ。1人いる。
アリアンナさんの時のように、ちょっとMがかった、能天気な人物が、たった1人だけいる。
私の先輩で、整備課に所属するロレンソさんという人だ。
要領が悪くてよく上官に怒られていたが、動じることなくヘラヘラしている。
要領が悪いが、人に頼られる人だ。器用な人で、誰にでも優しい、いい人だ。
彼ならば、このサリアンナさんと釣り合うのではないか?
しかし、どうやって引き合わせたものかと思い悩んでいたが、この想いが天に通じたのか、ロレンソ少尉殿がやってきた。
「あれ?先輩じゃないですか。王都に何か用事でも?」
「おお、ダニエルか。地上にきたはいいが、街に買い物できるところが無くてここにきたんだよ。お前だってそうだろう?」
このロレンソ少尉殿、背は高いがヒョロっとしててちょっと頼りない外観が特徴だ。
そんなロレンソ少尉を見て、さっそくサリアンナさんが突っ込んできた。
「なんだい?このほうきみたいなひょろひょろな男は?」
「ああ、こちら私の先輩の、ロレンソ少尉です。私と同じ地上勤務になったばかりの人です。」
「その横の小さいのは誰だ?」
おっと、もう1人いた。ロレンソ先輩と同じ整備課に所属する、アルベルトだ。私の一つ後輩にあたる。階級は同じ少尉。
アルベルトについて知ってることといえば、彼がいわゆる「オタク」だということくらいだ。部屋にはアニメキャラのグッズが満載らしい。
この2人、揃って地上勤務となったようだ。どうせすることもなく、連れ立ってふらっと王都に買い物でもきたのだろう。
「ところで、マデリーンさんの前にいるこちらの2人はどなた?」
「ああ、魔女のサリアンナさんとロサさんですよ。」
さらっと紹介したが、一瞬サリアンナさんとロサさんがピクッとしていた。
多分「魔女」と言ったのが障ったのだろう。この星の常識では、できれば伏せておきたい事実だ。
「ええ!?魔女さんなの!?凄い!マデリーンさん以外にもいるんだ!いや嬉しいなぁ~。」
サリアンナさん、ロサさんは知らない。今我々の艦内では「魔女」がブームなことを。
マデリーンさんがきっかけだが、この星に来たらどこでも会えるというものではない。さすがにこの星でも魔女は珍しい存在だ。ましてや「私は魔女です」という格好で歩く人などいない。魔女と知り合いになるなど、この星でも珍しいことなのだ。
そんな魔女に、2人も会えたのだ。ロレンソ先輩が喜ぶのは当然だ。
「…ええっと、あんた、魔女と聞いて怖くないのか?」
「どうしてです?かっこいいじゃないですか、魔女。サリアンナさんでしたっけ?空飛べますよね?」
「当たり前だろう!あんたみたいなのにまたがってよく飛んでるよ!今日だってこの近くまで飛んで来たんだから。」
「そうなんですか?見たいなあ、サリアンナさんが飛ぶところ。」
結構口調がきついサリアンナさんだが、構わず浮かれている。先輩がこんなに魔女萌えだったとは知らなかった。
ほうきを持ち歩くと奇異な目で見られるので、郊外の草むらに隠してあるらしい。そこでこの2人、ほうきのところまで行ってしまった。
さて問題は残されたロサさんである。もう頼れる人がいなくなってどぎまぎしている。
するとアルベルトが、ロサさんに話しかけていた。その後、いつの間にかこの2人もそのままどこかに行ってしまった。
「大丈夫だろうか?あの2組。」
「大丈夫じゃない?大人なんだし、なんとかするでしょう。」
マデリーンさんはあまり気に留めてはいない様子だった。
王都では、フライパンと野菜、肉を買ってきた。とりあえず今夜食べるものを調達できた。
そのまま宇宙港の街に戻って、できたばかりの料理店で昼食を取る。
「やっぱり、日の光の下で生活するのが一番ね。駆逐艦の中だと昼なのか夜なのかわからなくて不便だったわ。」
そりゃどこの星の人間でも太陽のもとで暮らすよう進化してきたわけだし、私ほど文明に染まった人間でも、太陽があるとほっとする。
昼食を食べながらふと目を外に向けると、ほうきを抱えたロサさんと、アルベルトが一緒に歩いてるのが見えた。あれ?あの2人、ここまできちゃったのか?サリアンナさんはどうなったんだろう?
家に帰ると、まずは荷物の整理。お互いの部屋を決めて、玄関に投げ込んだままの荷物を運ぶ。
今度はキッチンだ。マデリーンさん、ここのキッチンの使い方を知らない。
なにせまだガスが来ていないため、使えるのはIHコンロと電子レンジのみ。火を使わない調理器具など、彼女は使ったことがない。
IHコンロは簡単だ。火がつかないというだけで、普通のコンロと同じ使い方をすればいい。
問題は電子レンジだ。これも慣れれば楽な機器だが、やはり文明の落差を感じさせてくれる機器だ。マデリーンさんには一体何ができる機器なのか、見当もつかないらしい。
とりあえず、コップに水を入れてレンジにかける。1分あっためると、当たり前だがお湯になった。だがマデリーンさんには不思議でしょうがない。そもそもIHコンロも、火がないのにあったまることが奇妙だったのに、この電子レンジとやらはさらに奇妙な存在だ。
しかし、駆逐艦の生活すら慣れたマデリーンさんだ、これくらいのものはすぐに慣れるだろう。
ちょっと外の空気を吸いに外へ出た。
まだこの街はあちこちが工事中。建物は並んでいるものの、まだ中身まで完成してるところは3分の1もない。このため、あちらこちらで作業が行われている。
マデリーンさんも出てきた。ほうきを持っている。
「ほうきに乗せてあげる。いつもあんたに乗せられてばかりだったから、たまにはお返し。」
なんと、マデリーンさんのほうきに乗せてもらうことになった。
ほうきにまたがったマデリーンさん。
「私の後ろに乗って、私につかまってちょうだい。」
言われた通り、ほうきにまたがり後ろから抱きついた。
「ちょ…ちょっとどこ触ってるの!肩持って!肩!」
つれない魔女さんだ。仕方なく肩に手をやる。
マデリーンさんの肩を持ってると、急にふわっとした感じの襲われる。
ジェットコースターで下りにさしかかった時のあの感覚というのだろうか、無重力になったような感触だ。
そのまま浮き始めた。徐々に高度が上がっていく。凄い。重力子エンジンもなしに、空中に浮いている。これが魔女の力か!?
だがマデリーンさん、なんだか随分としんどそうだ。2メートルほど浮き上がって、地上に降りた。
「はぁ~やっぱり重いわ、人間は。」
まるで重い荷物を抱えていたような口ぶりだが、実際そうらしい。マデリーンさんに言わせると、私を抱えて坂道を登るような感覚だという。
しかし、思わず魔女の飛んでる感覚を知ることとなった。これを機械も使わずに実現できるあたりは、やはりすごいとしか言いようがない。
夕飯を食べながら、マデリーンさんに言った。
「結婚しようか?」
驚いた顔をして、彼女は言う。
「えっ!?もうしてるじゃん。」
「いや、ちゃんと籍入れて、式も挙げてだねぇ…」
「式なんて、貴族じゃあるまいし、わざわざやるものなの!?」
聞けば、この星では結婚式は身分の高い人くらいしかやらないものらしい。
「でも、マデリーンさんはそういうのやりたくない?」
「いいよ、そんなの。面倒だし。」
あっさり返された。この星の女子には、ドレスへの憧れとか、そういうものはないらしい。
ただ、戸籍だけは入れないと、何かと不便なので、翌日できたばかりの街の役所に行って、手続きをしてきた。
こうして我々は、正式に夫婦となった。




