ほうきと哨戒機と魔女のお仕事 4
ピピピピッ ピピピピッ…
目覚まし時計が鳴っている…
いつも艦隊標準時の7時にセットしてるので、もう朝になったらしい。現時刻 0700。
窓がほとんどないこの艦内では、時計以外に時刻を知るすべはない。
目覚ましを切ろうと手を伸ばすが、何者かに阻まれる。
隣で寝てる、マデリーンさんだ。彼女も、目覚ましの音で目が覚める。
ここで、昨夜は2人で「大人の最前線」を超えてしまったことを思い出す。
そこで目覚ましにもう一回と彼女に抱きついてみたが、思いきり引っ叩かれた。
0705、彼女が他人に知られることのなく自分の部屋に戻るため、私は周辺空域の偵察任務に就いた。
部屋周辺に艦影なし。進路クリア。マデリーンさん、発艦。時刻は0710。
これまで様々な任務についてきたが、この時ほど緊張感にあふれた「任務」は経験したことがない。
0730。まるで今日は初めて顔を合わせたかのように、私はマデリーンさんに食堂で挨拶する。
そして、時刻は0830。ようやく、本来の任務が始まった。
本日の任務は、地図データ作成用の写真撮影。
昨夜のうちにこの艦は惑星に降下、現在は王国の上空2万メートルにて待機中である。
私はパイロット、マデリーンさんがナビで、後席には撮影用の乗員1名が乗る。
「本日は、よろしくお願いします。」
その乗員とは、例の女性少尉だった。名前はモイラさん。ちょっと変わった名前だが、意外なことに彼女はデータ解析専門の技術武官だ。
早速乗り込んで、発艦準備に入る。
「タコヤキよりクレープ、地図データ作成任務のため発艦する。」
「クレープよりタコヤキへ、進路クリア!発艦許可!ロック解除!」
がちゃんという音とともに、機体がアームから切り離された。
「今回は、王都から隣国の首都まで撮影します。まずは王都に向かってもらえますか?」
女性少尉が指示してきた。私はまず王都を目指した。
「そうだ、少尉殿、マデリーン殿。」
女性少尉が話しかけてきた。
「朝帰りは経験上、自動掃除機の活動する0600から0630に撤退するのが一番安全ですよ。わざわざ掃除機がうろつく通路を歩こうと思う人は少ないですからね。次回から参考になさってください。」
私は操縦桿を引き倒しそうになった。マデリーンさんも顔が真っ赤だ。一体、どうやって我々の動向を察知したのか!?
しかし、この口ぶりからすると、このモイラ少尉も朝帰りの常習犯なのだろう。相手は誰だ?
いや、今はそれどころではない、任務中だ。
王国とその隣の国との間には、大きな川が流れている。
この川には橋がかかってはいるが、大雨が降るとその度に水没して使えなくなる。場合によっては流されてしまうこともあるようだ。
「それで、私が大雨のたびに隣の国に書状を頼まれるの。いつも橋の共同修理の依頼をしてるみたいね。」
川幅はおよそ1キロ。普段はそれほど深い川ではないようだ。でなければ、この星の技術では到底橋などかけられそうにない。
今は平時の川であるため、橋は健在。上を何台かの馬車が行き来している。
川を越えてしばらく飛ぶと、その隣国の首都が見えてきた。
ところでこの首都…王都に比べてすごく大きくないか?王都と違って、ぐるりと城壁で囲まれている。いかにも中世の城塞都市といった様相の街だ。
「大きいってそれはそうよ、何と言ってもここは、この周辺の国々を統べる帝国の首都、スリュムヘイムよ。」
隣国っていうのは、王国よりでかい国だったのか。話を聞けば、むしろ王国はこの帝国の属領扱いのようだ。
いかにも強大な帝国の帝都といったところで、城壁には見張りの兵士が多数存在し、その城壁の内側の街は、まるでお祭りでもしてるかのごとく賑わいだ。
「あれえ??帝都のことはこの間説明がありましたよぉ??パイロットのくせに知らなかったんですか??」
「パイロットだから飛び回ってるんだよ、そんな広報に目なんて通してる暇、あるわけないじゃないの。」
「マデリーンさんと一夜を過ごす暇はあったのに、ですか??」
ヴっ…痛いところを突いてくる…この少尉、油断できないぞ。
すでに王国を通じて、帝国とも交渉が始まってるようだ。よく見れば、帝都内より哨戒機の識別信号をキャッチしている。どこかの艦の哨戒機が着陸してるらしい。
帝都の上空は念入りに撮影しておいた。いずれここの街の地図が必要になりそうだ。
今日はほとんど雲のない日で、絶好の空撮日和だ。でもどうせなら、地上でのんびり過ごしたい気分だ。
そんな調子で4時間ほど飛行。王都と帝都周辺の予定空域を飛び終えて、帰路に着いた。
食堂で昼食をとりながら、マデリーンさんに周囲の他の街について聞いてみた。今日の飛行で、あまりにこの辺りを知らなさすぎるのもよくないと感じたためだ。
いくつかの王国の王都や、交易都市、港町の存在を聞いたが、ここで「魔女の里」なるものがあることを知った。
その名の通り、魔女が集まる場所だ。
どこの国や街でも、魔女に対する差別があるため、一部の魔女は人里離れたこの「魔女の里」と呼ばれる場所に暮らしてるんだとか。
王国の北方に位置するこの集落は、周りからほぼ隔絶された環境であり、おそらく我々の存在など知る由もないだろうとのこと。
マデリーンさんも年に一回くらいは挨拶で訪れることがあるくらいで、滅多に行かないそうだ。
「マデリーンさんはそこで暮らそうとか思わなかったの?」
「嫌よ!あんな草ばっかり食べて暮らすようなところ、何が楽しくて生きてるのかわからない場所よ!」
自給自足となれば、そういう暮らしになってしまうのだろうか。ともかく、すべての魔女が人里離れて暮らしたいと願ってるわけではないことは確かだ。
午後からの撮影範囲から近いので、その里にたちよろうかという話になった。
マデリーンさんはあまり乗り気ではないようだが、魔女ほどの能力者と接触がないというのも、我々にはもったいない気がする。
艦長の許可も取り、撮影後に向かうことになった。
で、任務を終えて、この「魔女の里」に着いたのは夕方のこと。
少し離れた場所に着陸して、歩いて里に向かったのだが。
さすがは魔女の里だ!黒服でとんがり帽子をかぶった魔女がびゅんびゅんほうきに乗って飛んでいる!
…などということはなく、いたって普通の集落といったところ。
この星ではごく普通の格好の女の子が歩いていた。
が、私がくるなり、慌てて走ってきた。
「だ…ダメですよ、男の人は入っちゃ!」
そうか、魔女の里というくらいだから、ここは男子禁制の場所なんだ。
「そんなに悪い人じゃないわよ、この人。」
いい人でもないようなニュアンスで私のことを言うのは、マデリーンさんだ。
「マデリーン!どうしたの急にくるなんて。」
その女の子はマデリーンさんを知ってるようだ。タメ口だが、付き合いが長いんだろうか?
「おや、伯爵の犬が、こんな時間に何のようだい?」
おっと、もう1人物騒な物言いの魔女が現れた。少し年上で、少し高慢そうな態度の人だ。
「相変わらず、草ばかり食べててご機嫌のようね。今日は王国で起こってることを知らせにきたの。あんたたち、どうせここにこもってて、何も知らないんでしょ?」
「ふん、どうせ知ったところで、我々魔女には何の関わりもないよ。」
「今度ばかりはそうも言えないわよ。魔女以外に、空を飛べる者が現れた、と言ったら、どう思う?」
「何!?魔女でもない者が空を飛ぶ?」
「そうよ、しかも、私も乗っけて、雲よりも遥か上を、私でさえ追いつけないほどの速さで飛ぶの。」
「…信じられない…マデリーン、前からイカれたやつだと思ってたが、とうとう頭がおかしくなったか?」
やはり、おかしな娘だと思われてるらしい。
「そんなことが言えるのも今のうちよ!実際にこの男が飛ぶところを見れば、あなた間違いなくビビるわよ!なんなら、あなたごと雲の上へご招待しましょうか?」
あまり焚きつけるように話を振らないで欲しい…この2人、いつもこの調子なんだろうか?
「ふーん?分かった。じゃあ、今すぐ飛んでみな!そのすごい力とやらをみせてもらおうじゃないの!」
「あのぉ、飛ぶために必要なものがここにはないんですけど…」
「はぁ!?このほうきじゃダメなんか!男だろうが!ごちゃごちゃ言うんじゃないよ!」
男とか関係ないでしょう。第一、この星では男は飛べないんじゃないの?
マデリーンさんと少尉を残して、私だけで哨戒機を取りに戻る。こんなことなら、最初から里の前に降りておけばよかった。
さて、私が哨戒機で降り立つ。
あの高慢な魔女さん、唖然とした顔でこの哨戒機を見上げていた。まさかこんなに大きいものが来るとは思ってなかったようだ。
「…なんだい、この牛小屋みたいなものは…どうやったらこんなに大きいものを飛ばせるのか?」
この哨戒機、ベッドと言われたり、タコヤキと呼ばれたり、そして今度は牛小屋と呼ばれ、散々な扱いだ。いい機体なんだけどね。
ちょっと意地悪っぽい顔したマデリーンさん、早速この高慢魔女さんを哨戒機に乗せていた。
ついでに横にいた小さな魔女さんも道連れにすることになった。彼女、泣きそうな顔してるが、大丈夫か?
マデリーンさんと話して、ここから帝都、王都の順に飛んで戻って来ることにした。
「タコヤキよりクレープへ。これより現地住人を乗せて周回飛行を行う。航路は…」
駆逐艦とのやりとりの最中、この魔女さんたち、機内のいろいろなものを物色していた。シートや窓ガラス、何もかもが見たことのないものばかりだからだ。
「じゃあ、離陸します。」
「思い切り行っていいわよ!どーんといってちょうだい!」
マデリーンさん、嬉しそうだなぁ。よほどこの魔女さんの驚く姿を見るのが楽しいらしい。といってもこの哨戒機、重いからどーんとは飛べないんだが。
エンジン始動、キィーンという音を出して、機体はゆっくり上昇する。
徐々に高度を上げて、5000メートルのところで前進開始。
2人の魔女さん、窓ガラスにへばりついている。マデリーンさんによれば、我々でいう2000メートル程度が魔女の限界高度のようだから、この機体はすでにその高度の2倍以上のところにいる。
さて、高慢な魔女さんは、名前をサリアンナさんという。どこかで聞いた名だと思ったら、アリアンナさんのお姉さんだそうだ。姉妹で魔女というのは、非常に珍しいらしい。
だがこのサリアンナさん、いろいろあって人里離れて暮らす道を選んだ。
もう1人の小さい魔女さん。ロサさんというそうだが、小さいながらもマデリーンさんと同い年だという。
彼女は世間が嫌になったというより、単に静かな場所が好みだということでここにいるそうだ。
他にも4人の魔女があそこにはいるそうだが、この4人は王都に行ってるそうだ。半分は王都、もう半分を里で過ごしてるらしい。
そんな話をしてるうちに、帝都上空にたどり着く。
「ちょ…ちょっと待て!まだ里を出たばかりだぞ!歩けば3日、私が飛んでも半日近くはかかる帝都にもう着いたのか!?」
すでに日は暮れており、街灯りが帝都の姿を闇の中に浮かび上がらせている。
帝都上空を一周したあと、今度は王都に向かう。
「信じられない…一体、お前は何者だ!?こんな力を持った奴など、聞いたことがない!」
「そりゃそうよ、彼は星の世界からやって来た宇宙人?って奴なんだから。すごいのよ!」
覚えたての知識をサリアンナさんに披露するマデリーンさん。今のところ、間違ってはいない。
我々がどこからきたのか、その目的、この先のこの惑星で起こること、などなど、モイラ少尉が一通り話してくれた。そうこうしているうちに、王都上空に着いた。
王都は帝都ほどではないが、それなりに大きな街だ。城壁で囲まれておらず、しかも私が最初に訪れた街だということもあって、こっちの方が個人的には好きだ。
「そういえば、アリアンナさん、元気にしてるかな?」
「お前、アリアンナを知ってるのか?」
「そりゃマデリーンさんと同じ店にいましたし、知ってますよ。」
「今は、別々に働いてるけどね。」
「何?じゃあ、アリアンナは今どこに?」
「あの小太りの交渉官、シェリフさんだっけ?そこで家事手伝いやってるらしいよ。」
このマデリーンさんの一言を聞いたサリアンナさん、妹のことが急に心配になったらしい。
「お前に預けてれば安心だと思ってたのに、なんでそんなところにアリアンナを送り込むのよ!」
「そんなこと言ったって、伯爵様の推薦だし、何よりも本人が希望してたんだよ!願ったり叶ったりじゃないの!」
しかし今頃この妹は、得体の知れない宇宙人のところで働くことにきっと後悔しているに違いないと主張するので、このまま王都の交渉官殿のところに寄ってみることになった。
無線で、王都に寄ること、交渉官殿のいる場所を聞き出し、王都に降下した。
マデリーンさんの店からちょっと北に行くと、交渉官殿の住まいがあると聞いたので、そこへ向かう。
決して大きくはないが、まあまあの屋敷が交渉官殿の住みかになっている。
「ああ…アリアンナ、デブの宇宙人とやらに弄ばれて、きっと今頃はげっそりしてるんだわ…」
小太りの交渉官というだけで、結構な言われようだ。
ところが、出てきたアリアンナさんは、満面の笑みだ。
「あら、お姉ちゃん、どうしたの急に。魔女の里でも追われたの?」
この娘の冗談は、ちょっと辛辣すぎる。
あまりの血色のよい妹の姿に、サリアンナさん、戸惑いを隠しきれない。
「いや…あんたがデブの交渉官なんてやつのもとで働いてるって聞いたから、もしかしてめちゃくちゃにされてるんじゃないかって…」
「やだな、お姉ちゃん。私がめちゃくちゃにしてるんだよ。」
やけに嬉しそうに話すアリアンナさん。交渉官殿が心配になってきた。
と、その時、交渉官殿が奥から出てきた。こちらもやけに血色がよい。
「やあ、少尉殿、お久しぶりですね。元気にしてますか?」
見たところ、特にめちゃくちゃやられてる風には見えない。アリアンナさんの冗談なのだろうか?
「交渉官殿もお元気で何よりです。」
「いやあ、アリアンナさんが毎日美味しい料理を作ってくれるんで、私も仕事に精が出ます。」
うん、少なくとも今の生活には満足してるらしい。
ただ、ちょっと気になったので、こっそり聞いてみた。
「ところで交渉官殿、アリアンナさんの言動でお悩みではありませんか?」
返答はこうだ。
「すごい毒舌ですよ。しびれますねぇ。ここだけの話、夜もすごいんです。」
…どうやら交渉官殿、ドのつくMなのではあるまいか?気が合いすぎる理由がわかる気がする。
多分この2人は結ばれるのではないか。200光年もの距離を超えた超光速の赤い糸というやつが引き寄せたとしか思えないこのカップル。この先も、幸あれ。
1時間ほど話した後、屋敷をあとにした。
あまりに幸せそうなアリアンナさんを見たサリアンナさん。ボソッと一言。
「私も、王都に戻ろうかな…」
それを聞いたマデリーンさん。
「やめたほうがいいわよ。王都にはあんなのはいないわよ。」
「ここにいるじゃないか、空を飛べるこの男が。」
「ああ、これはもう私んだから。」
期間限定の商品のように人を扱わないで欲しい。まあ、事実ではあるが。
サリアンナさん、ちょっとがっかりしている。一方のロサさんはホッとした様子。サリアンナさんがいなくなると、普段は1人になってしまう。いくら静かなところが好きなロサさんでも、孤独なのは困るようだ。
「近々宇宙港ができて、交渉官殿や私みたいなのはいっぱいきますよ。いい人がいるかどうかはわかりませんが…」
「えっ!?そうなの?お前みたいなのが来るんか?」
急に嬉しそうになったサリアンナさん。いくら宇宙人だからといって、そうそう気の合う人間など見つかるはずもないが、生きる希望が出たということはいいことだ。
魔女の里に立ち寄ったのち、駆逐艦への帰路に着いた3人。モイラ少尉殿は今日撮影した写真を整理している。
「サリアンナにも、ロサにも、いい人が見つかるといいわね…」
ボソッと呟くマデリーンさん。口では罵り合ってる2人だが、やはり魔女の結束があるのだろうか。
艦に着いて部屋に戻ると、マデリーンさんがやって来た。入るや否や、マデリーンさんが私に言った。
「…目覚ましの時間は、6時に鳴るようにしておいてよね!」
早速、モイラ少尉殿の忠告を活かす時が来た。




