ほうきと哨戒機と魔女のお仕事 3
どうやら、交渉官殿の提案らしい。誰か信頼できる人物を、宇宙に常駐させてはどうかと言う話だ。
そこで、伯爵様の外交官殿とマデリーン殿の2人を選んだようだ。
外交官殿は分かるが、なぜマデリーンさんなのか?
「宇宙に暮らすものの庶民の暮らしというのを直に触れられる人を1人派遣したい。信頼できるものの中では、マデリーン殿しかおらん。」
「で…でも私には運び屋という仕事がありまして…」
「どうせこの一年、わしの仕事だけだっただろう?だったら、問題ないだろう。」
さらに1日に銀貨5枚で雇うと言われ、マデリーンさん、この話を受けてしまった。
あまり勘ぐってはなんだが、もしかして伯爵様、さっきのやり取りを聞いてたのではあるまいか?いささかマデリーンさんの派遣の話は飛躍がありすぎる気がする。
なお、アリアンナさんは別の仕事があるらしい。このため運び屋はしばらく閉店となるが、2人ともそれぞれ伯爵様より新たな業務を受けることとなった。
ということで、一旦あの店に戻ることになった。さすがに今日すぐに行くわけにいかず、明日迎えに上がることとなった。
で、面倒だったので、店の近くの広場に降り立った。もう夕方で人も少なかったし、伯爵様のお墨付きも与えられてたので、構わず降りた。
「じゃあ、また明日来ます。」
「おやすみなさい。」
私は、交渉官殿と共に駆逐艦に戻った。
本日のことを艦長に報告した。明日、外交官殿とマデリーン殿が我が艦に来ることを報告した。
交渉官殿の報告は強烈であった。宇宙港の建設場所、鉱山の採掘権に関する合意、駐在員の派遣とその後の交渉に関する日程を決めてきたようだ。
まだ我々がこの惑星に着いて5日目。それでこの進展。明らかに異常なペースだ。普通ならここまでに早くて3週間、一般的には1、2ヶ月は要する。
鉱山の目星もついたようだ。あの少佐殿が見つけたらしい。この王都にすぐそばにある山だそうだ。
こうもうまくいっていいものだろうか?ちょっと不安になってきた。
だが、交渉官殿に言わせれば、最初の接触が早かったこと、この国が戦乱状態になく、安定していることから、うまくことが進んでいるだけとの見解だ。確かにこの国は今のところ平和そのものだ。
交渉官殿が部屋に戻る際、彼は一言こう言ってきた。
「マデリーン殿を、支えてあげてください。」
なんとなくだが、あの派遣話の黒幕はこの交渉官殿のように思えてきた。いや多分、間違いないだろう。
さて、翌日になった。今日も交渉官殿と共に、地上に降下する。
交渉官殿はこれより先は別の駆逐艦預かりとなる。半分地上、半分宇宙という日々が続くためだ。
つまり、今日でお別れとなるわけだ。少佐殿に続き、たった6日間で2人目だ。
とはいえ、いずれ地上勤務となれば会うこともあるだろう。やや小太りのその体、次までにはもっと痩せておいてくださいね。
昨日降り立った広場に着地する。そこには交渉官殿の迎えの馬車が付いていた。
どうやら王宮に向かうらしい。いよいよ交渉も大詰めだ。
私だけでなく、他の艦からも交渉官、広報官が多数来ているようだ。郊外には哨戒機があちこちで降り立つのが見える。この先は文官殿の総力戦が行われるのだろう。
さて、今度はマデリーンさんだ。もう準備はできてるんだろうか?
店に入ると、アリアンナさんと手を握り話すマデリーンさんがいた。
「あらいらっしゃい、ダニエルさん。マデリーンさんのお迎えですか?」
「はい、準備できてます?」
「準備はいいんだけど、やっぱりここを離れるのがちょっぴり名残惜しくて…」
これまで一生懸命働いて来たんだもんな。気持ちはわかる。
「ところで、アリアンナさんも伯爵様よりお仕事を頂いたんですよね?」
「はい、私は明日からシェリフさんのお手伝いをすることになってます。」
「えっ!?交渉官殿の手伝い?」
「はい、なんでも、今日からしばらくこの王都に住むとか。住み込みで、料理や家事を手伝うよう言われております。」
これはマデリーンさんも初耳だったようだ。そんなところいって大丈夫か!?と聞いていた。
「大丈夫なわけないじゃないですか。どう考えても、あのシェリフさんの策ですよ?」
「じゃ…じゃあ、やめておいた方がいいんじゃないです?」
「何言ってるんですか、せっかくのいい機会です、策に乗られてやりますよ。」
もう意味がわからない。要するに、相思相愛ということだろうか?
荷物を持って出発するマデリーンさんに向かって、明るく手を振るアリアンナさん。この先の人生に、幸あれ。
一方のマデリーンさん。こちらは不安でいっぱいだ。
そりゃそうだ。これから向かう先は「駆逐艦」としか聞かされてない。
地上に残るアリアンナさんに対し、こちらは船だ。どんな暮らしが待ってるのか?まるで見当がつかないようだ。
そんな不安を抱えたマデリーンさんを乗せて、我が哨戒機が飛ぶ。
「タコヤキよりクレープへ。マデリーンさんを乗せて、これより帰還する。」
「クレープよりタコヤキへ。了解した、直ちに帰投せよ。」
周りには人だかりができている。こいつが空飛ぶものだとすでに知られているため、一目見ようと集まって来たのだ。
私は機体をゆっくりと上昇させる。高度200まで上昇したところで、前進レバーを引いた。
これまでマデリーンさんを乗せたときは、せいぜい高度500、速力は200程度。それほど遠くに飛ばなかったためだ。
しかし今回は高度2万、50キロ先にいる駆逐艦へのアプローチだ。高度は一気に2万メートルまで上昇し、速力もこの機体で最大速力の時速1000キロを出す。
かつてない高度と速度で、さすがのマデリーンさん、かなりびびってる。
高度2万メートルにもなると、大気と宇宙の境目が見える。遠くの地表が少し丸く見え、そこはもう宇宙の入り口付近だと言ったところだ。
未だかつて見たことのない風景に、マデリーンさんは絶句している。空をどんどん登るとこんな世界が広がっていたとは、魔女のマデリーンさんでも知り得なかった事実だ。
「もうすぐ我が駆逐艦『クレープ』に到着しますよ。」
言葉を失ったままのマデリーンさんに声をかけた。ハッとして、こっちを向いた。
「ねぇ…すごく高くない?ここ…」
「いや、まだ宇宙にすら入っていませんよ。見えてきました。駆逐艦です。」
正面を指差す。その先に、灰色で長細い形の物体が見えてきた。
全長350メートル。やや大型の駆逐艦 6707号艦、我々が『クレープ』と呼んでる艦だ。
ちなみにクレープという名は誰がつけたのかわからない。すでに艦歴60年。草創の頃からこの名だったらしい。
「タコヤキよりクレープへ。アプローチに入る。着艦許可願います。」
「クレープよりタコヤキへ。着艦許可了承、着艦準備よし、2番格納庫へ着艦されたし。」
左側の格納庫扉が開く。ゆっくりと駆逐艦に接近した。
彼女はといえば、あまりに大きな艦に驚いてる。船と聞いていたが、想像とはあまりに違う形と大きさ。先端の細い部分でさえ30メートル、この幅だけで下手な貴族のお屋敷よりも大きい。
2番格納庫より出てきたロボットアームが哨戒機の背中のフックを掴んだ。あとは勝手に格納庫内に引き込まれる。
扉が閉じて、しばらくすると格納庫内気圧が上がったことを知らせるグリーンのランプがついた。
格納庫内には作業員のほかに、艦長や副長まで現れた。
「そろそろ降りましょうか。」
「は…はい!」
さすがに緊張している。
お出迎えには艦長、副長、および女性の少尉が来た。さすがに女性しか入れない場所があるため、その案内人としてこの少尉殿が任命された。
「ようこそ!我が艦へ!」
いきなり3人に敬礼されたマデリーンさん。思わず、見よう見まねで敬礼していた。でもマデリーンさん、敬礼は右手ですよ。
さて、そんな歓迎を受けて絶賛緊張中のマデリーンさんだが、まずは女性少尉に連れられて部屋に案内されて行った。
周りの整備員からは、早速からかわれた。
「少尉殿!どこからあんな姫を拾ってきたんですかい?」
姫どころではない、あのお方はこの地上の王国で最速の魔女様だ。言葉を慎めといいたい。
艦長より、マデリーンさんの今後の業務について提案された。このまま艦内にいるだけでもいいが、せっかくだから、私と共に地図用データの収集任務や、地上の他の都市への交渉官の随行任務に同行させてはどうかというものだった。彼女なら土地勘があり、伯爵様とも繋がりがあるため、我々だけで行くよりもずっといいだろうというものだった。
そのかわり我々の軍からも伯爵様とは別に給金が出る。1日で100ユニバーサルドル。これに食事と寝床がただでついてくる。まあ、それほど安い金額ではない。
これまで我々に協力してくれたこの3日分も遡って支払われた。計300ユニドル、これをあとでマデリーンさんに渡して欲しいと渡された。それは、300ユニドルの入った電子マネーのカードだった。
ちょうど明日、この艦は補給の為に戦艦に寄港するので、その電子マネーの使い方を教えておけとも言われた。つまり、艦長命令で明日はマデリーンさんと戦艦内の街でデートせよとの仰せだ。
さて、部屋の中やトイレやお風呂の説明を一通り受けて頭が混乱中のマデリーンさんを食堂に連れて行くことにした。
「さすがにお腹すいたでしょう?」
「ええ…でも今度は何が出てくるのか…」
あまりにいろいろ詰め込まれたので、ちょっとうんざりしてるようだ。この上食べることでも何か覚えなきゃいけないんじゃないかと憂鬱気味だ。
ところが食堂では、見たことのない食べ物が並んでる。うんざり顔から、急にやる気が出てきたようだ。
そこでは、デミグラスソースのハンバーグと、コーンサラダを頼んだ。これが彼女のツボにはまったようだ。柔らかいお肉に新鮮な野菜、ソースやドレッシングには王国ではおそらく貴重品である香辛料もふんだんに使われており、たかが食堂の料理に満足した様子だ。
さて、食事をしながら、先ほどの艦長が提案した仕事のことを伝えた。彼女もやはり何か仕事をこなした方がいいと思ってたようで、その提案を受けた。
「そうそう、この3日分のお金をもらってきた。はい、これ。」
と、電子マネーのカードを渡した。
もっとも、これがなんなのか彼女はわからない。明日には使える場所に行くから、その時にでも説明すると話した。
「使えるところって…どこかへ行くの?」
「明日、この艦ごと宇宙に出る。そこで戦艦に寄港して補給するんだ。」
「ええ…またどこかへ行くの?」
「大丈夫、きっと気にいると思うよ。」
食堂ごときであのはしゃぎようなら、明日の戦艦では間違いなく大喜びするだろう。
いろいろありすぎた1日が終わり、翌日になった。
ただこの艦内にいると、いったいいつが昼で、いつが夜なのか分からない。自身で管理するほかない。ちょっとこれは彼女には酷な環境だろうか。何せ太陽を基準にして暮らしてたわけで、急に時計しか基準がない暮らしに変われるわけがない。
案の定、地上の時刻で10時過ぎになっても部屋の中から出てこない。まだ寝てるようだ。
ようやく出てきたのは11時近く。時計のことを教えておいた。
さて、時計の読み方まで覚えさせられて、かなりうんざりしている彼女と私のもとに、艦橋へ来るように連絡があった。
ちょうど補給の為に宇宙空間へ出ようとしていたところだった。
艦橋の窓の外には、マデリーンさんが見たことのない風景が見えていた。
そこは高度4万メートル。さらに高いところにいる。
補給に向かう駆逐艦が集結中で、まもなく大気圏離脱を行うところだ。
「リーダー艦より連絡!全艦、離昇開始せよとのことです!」
「両舷前進強速!これより大気圏離脱を開始する! 」
駆逐艦のエンジンが目一杯吹かされる。この時ばかりは艦内にエンジン音と振動が響き渡る。
徐々に高度が上昇、この惑星の姿が見えてきた。
どこの地球でもそうだが、宇宙から見た地球は、青くて丸い表面に、白い雲の筋が浮かぶ。
陸地の部分が茶色と緑に彩られ、その上から白い絵の具で描いたように雲がかぶさっている。陸地と海とが後ろにどんどん流れて行く。
我々には見慣れた光景、しかしマデリーンさんには初めて見る光景。ついに地球の全貌を捉えた。
さて、我々は戦艦「ニューフォーレイカー」に向かう。高度2000キロの軌道上にいるこの戦艦。全長は4000メートル。補給向けの大型戦艦だ。
青い惑星が見えたかと思ったら、30分ほど飛んだら今度は呆れるほどでかい宇宙船が眼下に見えてきた。マデリーンさんには、この艦での毎日は刺激の連続だ。
前方のドックに入港。ドッキングを完了した。
「接舷完了。ロックよし!エンジン停止よし!連絡通路、接続します。」
がしゃんという音とともに、ドックに固定された。艦の下部側面へ通路が繋がる。
で、マデリーンさんを連れて艦の下に降りる。
「どこに行くの?」
「戦艦内の街に行くんだよ。」
「はあ?街?街って、こんなところに街なんてあるの?」
「あるよ。駆逐艦乗りには息抜きの場。マデリーンさんなら絶対に気にいると思うよ。」
と言われてもピンとこないようだ。まあいい、百聞は一見にしかず、実際に見せた方が早い。
街よりも先に、鉄道に驚いていた。金属でできた四角い乗り物が、たくさんの人を乗せて真っ暗なトンネルの中を走って行く。奇妙な光景だろう。現れるもの全てが、彼女にとって見たことのないものばかりだ。
やがてトンネルを抜けて、街のある駅についた。降りて駅を抜けると、街並みが見えてきた。
王都と同じような街だが、建物そのものや、そこにある店の中に売られてるものが全く王都のそれとは異なる。一面ガラス張りの建物に、派手な服やカバンが飾られている。
しばらく行くと、飲食店街が見えてくる。肉料理に炒め物、麺類、野菜サラダなどなど、食堂なんて比べ物にならないほど豊富な食材に、彼女は圧倒されていた。
「何か食べて行こうか。どこがいい?」
そこで、マデリーンさんが指をさした先にある店に行った。
そこはピザ屋だった。丸い生地に肉や野菜などを乗せたこの食べ物、食堂では見かけない料理だけに、気になったようだ。
そこで適当に選んでみた。マデリーンさんのところに来たのは、きのことオニオン、ピーマンが載った野菜中心のピザ。私のはベーコンにソーセージ、ビーフにタンドリーチキンが載った肉中心のやつがきた。
カットして、私のとマデリーンさんのを半分づつ交換しあえば、ちょうどバランスがいい。味もいろいろ楽しめて、マデリーンさんは満足だったようだ。
「そうだ、マデリーンさんも持ってるこのカードの使い方、教えておくよ。」
私の電子マネーカードを取り出した。
会計で、これをピッと当てると、それで勘定は完了。
「ここは私の奢り。こうやって金額が出てくるから、残高に注意しつつ使えば、簡単に買い物ができるというわけ。」
とりあえず、数字の読み方だけでも覚えてもらうことにした。
さて、食事だけで驚くのはまだ早い。服に雑貨、家電にスポーツ用品。映画館やアミューズメント施設なんてものも含め、いろいろある。
スポーツ用品の店では、なぜかラケットやゴルフクラブのような長いものばかりに興味を持っていた。
ああそうか、魔女だし、ほうきのようなものが気になるんだろうか。
ふとここで、思うことがあった。
「ねえ、ここで魔法って使える?」
「え?魔法?なんで急にそんなこと聞くの?」
「いや、他の惑星での話だけど、魔法が使える人が宇宙に出ると、途端に魔法が使えなくなるんだって。マデリーンさんはどうかなと思って。」
「そうなの!?それは困るわ。宇宙じゃただの人になっちゃうってこと?」
そこで、その場にあったテニスラケットを握り、魔法をかけてみた。
するとマデリーンさん、その場で浮き始めた。そのまま、天井近くまで浮かびあがる。
驚いたことに、マデリーンさんは宇宙でも魔法が使える。この宇宙で初めてではなかろうか?
「すごい!マデリーンさん、宇宙に出ても魔法が使えるよ!こんな人は初めてじゃないかな?」
「そうなの?やっぱり私ってば、すごい魔女!?」
ちょっと嬉しそうだ。この2日間は我々の技術に圧倒されていたマデリーンさんが、ようやく自分らしさを出せたわけだ。
店内は騒然としている。てっきり、スポーツ用品の販促イベントでも始まったのかと思われたらしい。
マデリーンさんに手招きして降りてもらった。流石に目立つ。降り立つと、なぜか周りから拍手が起きる。
マジックでも行われたと思ったようだ。客が大喜び。
そこへこの店の店主らしき人が現れる。
「ちょっとあなた!今のなんです!?」
やばいな…お怒りモードか?とりあえず謝っておこうか。
「すいません、急に。実は彼女…」
「いやあ見事な技だった!これでも飛べるかね?」
と言ってバットを手渡して来た。
マデリーンさんは、ほうきでなくても長いものならなんでもいけるらしい。バットでも簡単に飛んでみせた。
「こっちの方がさっきより飛びやすいかな?」
次々と店主に長いものを渡される。ゴルフクラブ、登山用ステッキ、ヨガポール…長さが50センチ以上で棒状のものであれば、彼女はなんでも乗りこなした。
店内は盛況。突然始まった妙なマジックショーで急にこの店に客が増え始めた。
マデリーンさんが手にとって飛んだものが、文字通り飛ぶように売れていく。別にそれを買ったからといって、マデリーンさんのように飛べるわけではないのだが、商品イメージがいいのだろう、つい買ってしまうようだ。
それにしても、マデリーンさん。これでは客寄せパンダだ。まあ、本人は注目を浴びて大喜びなようだが。
結局、彼女が最も飛びやすかった野球のバットをもらってその店を出た。あれだけ店の売り上げに貢献したのに、バット一本でも割に合わない。
だがここで重大な事実がわかった。少なくともマデリーンさんは、高度2000キロの宇宙でも魔法が使える。もっと地表から離れた場所でも使えるのか?この星にいる魔女は皆同じなのだろうか?興味は尽きない。
飛ぶという行為はそれなりにエネルギーを使うようで、もう彼女はお腹が空いてしまったようだ。そこで、近くにあったスイーツ屋に寄った。
そこでマデリーンさん、みたことのないものを見つけて指をさす。
「ねえ、これってなんなの?」
「ああ、クレープだよ。」
「クレープ?うちの船の名前じゃない!」
ついに我が艦の名前の由来を見つけてしまった。
せっかくなので、一つ買ってみることにした。
マデリーンさんが選んだのは、ブルーベリーとホワイトクリームの挟まったやつだ。早速頬張っていた。
食べてる時の顔の表情から、このクレープがひどく気に入ったことが分かる。宇宙の法則の一つである、女性スイーツ引力理論は、この星でも有効だったことが確認された。
結局、食べ物屋とスポーツ店しか行っていないが、5時間も経ってしまった。そろそろ戻らないといけない時間だ。「交際宣言」をしたわりに、それらしい場所にほとんど行っていない。
どのみち1週間後にはまた補給で立ち寄ることになるだろうから、今度こそもう少しデートっぽいところを目指そう。
一方のマデリーンさんはといえば、野球のバットを片手に大変上機嫌でいらっしゃる。
どちらかといえば人生の障害となっていた「魔女」であることが、まさかこんなところで絶賛されるとは思わなかったのだろう。
しかし、よく考えると駆逐艦内ではこの魔女さんの能力を活かせる場所が少ない。
魔女が空を飛べるほど天井が高い場所というのは、ほとんどないからだ。
考えてみると、慣性制御を切ってしまえば、慣性航行時ならこの船のどこでも無重力状態にできてしまう。やはり、地上でこそ役立つ能力のようだ。
艦内では、マデリーンさんがスポーツ用品店で飛んだことがすでに広まっていた。
それを知ったマデリーンさん、喜ぶかと思いきや、不安になってしまった。それはそうだろう。魔女であると知られて、今まであまりいい思いをしたことがない。ここでも、白い目で見られるのだろうか?そういう不安があるのだろう。
そういうわけで、帰ってくるなり部屋にこもっていたが、夕食の時間になり、恐る恐る食堂に来た。さすがに食事は取らないわけにはいかない。
「あ!魔女さんだ!」
私の同僚が声をかける。
いきなり「魔女」と呼ばれてどきっとするマデリーンさん。
ずかずかと近づいてくる。見ていた私も身構えた。
「いやあ、すごいね!スポーツ店で見てたよ。本当に飛べるんだね!」
「ほうきじゃなくても飛べるんだ。バットやラケットでも飛んでたよね?」
「うらやましい…俺も空飛んでみたい…」
あの時うちの艦の乗員も何人かいたようだ。彼女の飛ぶ姿を目撃していたみたいだな。
実はうちの艦内の誰もが、彼女のことを魔女だと知っていた。だが、実際に飛んでるところを見て実感したようで、急に興味が出て来たらしい。
「あー、あまりいっぺんにマデリーンさんに話しかけると、彼女が混乱するだろうが。」
「お前はいいよな。毎日べったりだから、いろいろ知ってるんだろうが、我々だって彼女としゃべりたいんだよ。少しは譲れ!」
「ねえ、今度は俺と街に行きません?いいお店、知ってますよ。」
「こら!!男ども!!何をどさくさに紛れてデートに誘ってるんだ!」
女性陣まで参戦してきた。
当のマデリーンさんは、なんだか予想していた反応と違うため、ぽかんとしている。
魔女という存在は、彼女の星ではどちらかというと疎まれる存在だ。
だが、我々には「異質の能力」を賞賛する文化がある。
具体的に言えば、魔法が使える人を見て「すごい」と賞賛できる社会なのだ。
もちろんそういうものを拒絶する人々もいるが、一方で賞賛する人も大勢出てくる。否定も肯定も自由な世界、それが我々の文化。
我々には、空飛ぶ魔女も、100メートルを8秒以下で走れるものも、同じなのだ。どちらも、すごい人には違いない。それを忌み嫌うものだとは思わない。
技術というのは10~20年あれば追いつけるが、この惑星がこの文化レベルまで到達するには、おそらく一世代は要するだろう。
これからもこの惑星では、魔女が生まれ続けるだろう。彼女らが自分の星の上で普通に暮らせる時代になるのはいつの日か?
などと考えてる場合ではなさそうだ。まずは彼女が食事を取れるようにしないといけない。
「マデリーンさん、こんな奴らほっといて、夕食にしましょうか。」
「うう…、お腹空いた…ハンバーグ食べたい…」
マデリーンさん、すっかりハンバーグが気に入ってるらしい。
「じゃあ、俺持ってきます!ハンバーグ!」
「バカ!それは私の役割だ。」
「なんだお前、普段からべったりだけど、まさか彼女と付き合ってるのかよ!」
「そうだよ!!」
次の瞬間、しまったと思った。思わず、付き合っていることを言ってしまった。
「ちょ…ちょっと、こんな大勢の前で言わなくても…」
マデリーンさん、顔を真っ赤にして私に詰め寄る。
「えーっ!こんな男のどこがいいの!?」
私の胸にぐさっとくるような女性陣の酷い一言が投げかけられた。
「いや、そんなことないよ。こんなのでも、私にちゃんと気にかけてくれてるし…」
褒めてるんだろうか、けなされてるんだろうか、マデリーンさん、微妙な返答だ。
「少尉は優しいですよ~、マデリーンさんの前では。」
あまりフォローになってない一言を放ったのは、ここにきた時に彼女に艦内の設備を説明してくれた女性少尉だ。
こうなると、もう収集がつかない。根掘り葉掘り聞かれた。どこで交際宣言したのか、一体相手のどこが気に入ったのか、結婚はするつもりなのか、などなど。
1時間以上の「査問会」の後、ようやく食事を終えて食堂を出た。
私のたった一言の失言で、ずいぶん酷い目にあってしまった。彼女が幻滅してなければいいが…
ところが彼女、これをきっかけにむしろ吹っ切れた。その日の夜は私の部屋に押しかけくる始末。
その夜、この魔女さんと、一夜を共にする。以前からずっと気になっていた、胸元のその奥を垣間見ることとなった。




