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ほうきと哨戒機と魔女のお仕事 2

駆逐艦に戻り、地形調査以外に、地上での接触に関する報告をした。


そのときマデリーンさんとの間で決めた国王陛下への親書としてビデオレターを送る件は了承され、明日にも準備することとなった。


と言うわけで、私は地形調査から、地上への住人との接触が主任務となった。これは、地質調査が専門の少佐とのお別れを意味する。


「たった一回の調査でお別れとは、寂しいですね。でも少佐殿のおかげで、思わぬ任務に就くことになりました。なんと申し上げていいのやら。」

「まあ、俺のことなんて忘れて、せいぜいあの魔女さんとうまくやりな。じゃあな。」


意外とあっさりした別れとなった。考えたら、少佐はこの20年で10の惑星を渡り歩いている。つまり、既にこういう別れを何度も経験されてるんだよな。もはや、別れることは慣れっこのようだ。


翌日、私のところにやって来たのは交渉官だった。昨晩のうちに「親書」を作成して持ってきた。


この「親書」であるビデオレターというのを見せてもらったが…何だろうか、我々の目的や伝えたいことが分かりやすく表現されてはいるが、やや大げさで、ちょっとドラマ仕立てすぎる内容だった。


こんなもの国王陛下に出していいものなのかどうか悩ましいところだが、既に艦隊司令からこれを国王陛下へ届けるよう命令されている。まずは、マデリーンさんのところにこれを届けるのが私の任務だ。


で、私に同行するのが、ちょっと小太りのこの交渉官殿。名はシェリフさんという。


「少尉殿、よろしく頼みます。いやあ、哨戒機というのは初めてですねぇ。僕は後ろに乗ればいいですか?」


歳は私と同じ27歳。小太りのせいか、少し年上に見えるが、話してみると確かに同い年くらいだとわかる。


それにしても、何というかすごいマイペースな感じの人だ。何事にも動じないというか、そんなイメージの人だ。


昨晩着陸したところに再び降り立ち、交渉官殿と親書ビデオを持ってマデリーンさんの店に向かう。


「来たわね!そろそろくるんじゃないかと思ってたわ!」


マデリーンさんは今日もテンションが高い。


「あれっ?今日は豚のような人と一緒ですね。」


アリアンナさんも、相変わらず容赦ない。


「こちらはシェリフさんという、交渉が担当の方です。」

「シェリフです。よろしくお願いします。ここが魔女さんのお店ですか?すごいですね、わくわくします。」


豚呼ばわりされたことは全然気にしていない様子。やはり、マイペースだ。


「すごいですね、ダニエルさん。こんなデブな人でも運べるんですね。どんな魔法なんですか?今度私にも見せてください。」

「いやあ、最近これでも少し痩せたんですよ。私の以前の姿を見てみます?」


この交渉官殿、スマホ片手にアリアンナさんと喋り始めた。昔の太ってる時の写真を見せたようで、アリアンナさんは大喜びだ。


「何?この小さな黒曜石のような板は?人の姿が出せるなんて、どういう魔法なの?すごいです!」


「魔女」が「魔法」に驚いているのも滑稽だが、確かにこの世界では、スマホは珍しいだろう。


さて、親書を届けてもらう前に、料金の相談だ。


この国の通貨というものはないが、代わりに小さな金塊を持っている。


これで支払いができるかと聞くと、やっぱりだめらしい。ただ、金塊をお金に変えてくれる両替屋があるので、そこに連れて行ってもらうことになった。


店に交渉官殿とアリアンナさんを残して、両替屋に向かう。


そういえば今日のマデリーンさん、普通の服装だ。いかにも中世の街娘という格好だった。


「あれ?昨日みたいに魔女の格好はしないんですか?」

「そりゃ私だって、普通はこういう格好するわよ。昨日のは、夜に飛ぶ際に着る仕事着。いつもはこういう格好なの!」


私の指摘が癇に障ったのか、いちいち突っかかってくる。めんどくさい魔女だ。


「でも私はその格好、とってもいいと思ってるんだけどなぁ。」


と言ったら、


「お…お世辞言ったって、何にも出てこないわよ!」


ちょっと顔が赤くしながら、早歩きになった。案外いじると可愛いかもしれない。


両替屋に着くと、先ほどの金塊は銀貨40枚になるとのこと。金貨4枚にも変えられるのだが、金貨は受け取りを拒否される店が多くて使い勝手が悪いそうで、銀貨に変えてもらった。


で、親書の運び賃は銀貨15枚。だが、私は銀貨20枚を渡した。


「5枚多いわよ。」

「いや、昨日からいろいろ教えてもらってるし、そのお代ということで。」

「えっ!?もらっていいの?じゃあ、せっかくだからもらっておくね。」


国王陛下のことや王都の場所といった、彼女にとっては大したことではない情報でも、我々にとっては重要な情報をマデリーンさんはもたらしてくれた。これだけの情報、5枚でも足りないくらいだ。


店に戻ると、まだあの2人はスマホの写真で盛り上がってた。アリアンナさんがツボにはまって笑い転げてる。この交渉官殿、いったい何を見せていたのだ?


親書は、マデリーンさんが運ぶそうで、さっそくその親書を手渡す。


「ああそうだ。この親書、文字ではなく映像になってるので、見るときはここを押してもらうようお願いできる?」


そう言って、10インチくらいのこの端末のボタンを押してみせた。


ちょっと派手な演出の動画が流れ始める。初めて見る動画に、マデリーンさんもアリアンナさんも釘付けだ。ついつい最後まで再生してしまった。


中身はずいぶんとわざとらしいしゃべり方をする動画だったが、この2人は感動したようだ。


「これすごい!国王陛下も驚くわ!私、こんなすごいものを届けられるなんて!とっても光栄ね!」


あの演出は、彼女の中二病をくすぐるのか?ひどく気に入っていったようだ。


ということで、意気揚々と国王陛下のもとに運んでもらうこととなった。


袋に「親書」の再生端末を入れて、ほうきにぶら下げた。


これにまたがったマデリーンさんの体が、ふわっと浮かんだ。


音がまるでしない。我々の慣性制御とは違う、神秘的な力だ。


あっという間に屋根の高さを飛び越えて、王宮のある方向に飛んで行った。


マデリーンさんの帰りを待つため、しばらくこの店に残ることにした。


交渉官殿とアリアンナさんはまたスマホに夢中だ。何を見てるんだろうか。アリアンナさん、今度はうっとりとした顔つきで眺めている。


そんな2人を眺めてたら、マデリーンさんが帰ってきた。


「ただいま!早速、あんたたちに知らせよ!」


交渉官殿とアリアンナさん、勢いよくドアを開けたマデリーンさんの方を見た。


「伯爵様がお会いになるそうよ!」

「伯爵様?」

「そうよ、あの親書、まず伯爵様がご覧になったの。」


動画そのものにも驚いたようだが、何よりもその中身についていろいろと聞きたいことがあるらしい。


コンラッド伯爵。この国の外交を担うのがこの伯爵様だそうで、我々にぜひ会いたいというのだ。


「で、あなたの空飛ぶベッドできて欲しいって。」

「空飛ぶベッドって…ああ、哨戒機。」

「場所は、伯爵家の中庭。その交渉官という人連れて、すぐに行くわよ!」


ということで、交渉の機会がすぐに巡ってきた。


「じゃあアリアンナさん、また来ますね。」

「シェリフさんもお元気で。」


この短時間ですっかり仲良くなってしまったようだ、この2人。


私とマデリーンさん、そして交渉官殿と哨戒機に向かう。


哨戒機のところに着くと、機体の周りには人だかりができている。妙なものがあるということで、人が集まって来たらしい。人混みをかき分けて中に乗り込み、エンジンをかける。


「タコヤキよりクレープへ。これより交渉のため、伯爵邸へ向かう。」


駆逐艦へ連絡して、哨戒機は離陸した。


周りにいた人達は驚いた様子だった。これがまさか空を飛ぶものとは思わなかっただろう。


「アリアンナさんも乗せてあげたかったですねぇ。」


後ろで交渉官殿が呟く。いや、あの毒舌娘を伯爵様に会わせるのはまずくないか?


そんな交渉官殿はおいておき、私はマデリーンさんの指示に従って、伯爵邸へ向かう。大きなお屋敷なのですぐにわかると言われたが、なるほど、指し示す方角にひときわ大きな庭と建物が見えてきた。


庭の真ん中に降り立つ。建物の方から、誰かがこっちに向かってきた。


「おお!これが雷光の魔女と言われてマデリーンをも驚かせた、空飛ぶベッドか!」


どうやらこの人が伯爵様のようだ。


さて、ここからは交渉ごとであるため、文官である交渉官にお任せ。私とマデリーンさんは庭で待つことになった。


ここの庭は随分と手入れが行き届いてて、こうしてる間も2人ほど庭師が働いていた。


ふと横にいるマデリーンさんの方を見た。


長くて黒い髪にすらりとした体。腕や胸元に少し見える肌は白く透き通って見える。美人というより、可愛らしいと言った表現が似合う人だ。改めて見ると、私の好みにジャストフィットしており、ドキドキする。


ホイマン少佐が、私とマデリーンさんの相性はいいと言ってたが、そうかもしれない。あちらはどう思ってるかわからないが、私にはそう思えてならない。


この惑星の未来を左右するかも知れない重要な話し合いが、この屋敷の奥で行われてるというのに、私は随分と卑猥なことを考えてる。自己嫌悪を感じつつも、出会ってわずか2日目のこの魔女さんの姿をついつい見入ってしまった。


「何よ!こっちじろじろ見て!」


あまり見入ってたので、ついにマデリーンさんが気づいてしまった。


「あ、いや、その~…」

「変なこと考えてたんじゃないでしょうね?」

「いや、なんていうか…髪が綺麗だなあって思って。」

「髪が綺麗?そう?別に普通だけど。」


さすがに胸元見てましたとは、とてもいえない。ここはごまかすことにする。


「ええと…なかなか終わりませんね、伯爵様と交渉官殿との話し合い。」

「まだ始まったばかりじゃない。」


時計を見た。確かにまだ10分しか経っていない。


「…待つのが苦手なんですよ。じっとしてるのがダメな性格なので。」

「ふーん…そう。」


落ち着きがない性格だということにしておいた。マデリーンさんを意識していましたなどと言うのは恥ずかしいし。


「じゃあ、私からあなたのこと、聞いていい?」


突然、マデリーンさんがそんなことを言ってきた。


「いいですよ。何でしょう?」

「あんた、どうして兵隊に入ろうって思ったの?」


そうか、一応「兵隊」だという話はしたよな。


「家があまり裕福ではなかったので、奨学金の出る軍大学に進んだんです。そこからパイロットになって、遠征艦隊に配属されまして。」

「へえ、よく殺し合いをやろうって思うわね。」


軍人イコール殺し合いをする人。まあ、私にはそういう意識はないが、この星ではそうなのだろう。


「いや、この軍隊、そう言うのをほとんどやらないんです。うちの艦隊が戦闘をやったのは、かれこれ20年前だそうですよ。」

「じゃあ、普段は何してるの?」

「訓練が大半ですね。宇宙海賊の取り締まりや民間船の護衛任務、そして今回のような惑星調査や交渉のお手伝い。いろいろです。」

「あまり軍隊らしくないわね。そう言うものなの?」

「多分しばらくはこの惑星に駐留して、この星の人たちがあの哨戒機を操縦できるよう指導したりすることになりそうですけどね。」

「ええっ!?そうなの?てことは、あの哨戒機ってやつがたくさん飛ぶことになるじゃない!そうなったら、魔女はいよいよ失業ね。どうしようかしら。」

「それなんですけど、失業することはないと思いますよ。宇宙から珍しい品物やサービスが入ってきて、一気に経済が活性化して、どこも人手不足になるって言いますよ。」

「それじゃあ、どの星の魔女も何かちゃんと仕事につけてるの?」

「うーん、魔女がいる星自体がほとんどないですからね。どうなんでしょう?」


魔法を生かせる職業につけるかどうかはわからない。聞いたことがない。でも、多分マデリーンさんほどの人なら大丈夫だろうと思う。


「ねえ、マデリーンさん、お仕事は大変?」

「大変というより、書状が少ないのよ、最近。」

「つまり、商売あがったりってこと?」

「腹がたつ言い方ね!」

「すいません。」

「でも、その通りね。空飛んで運ばないといけないものが、だんだんなくなってきたの。」


ここ数年は戦が起きなくなって、それほど急ぎの用事というものがないらしくて、書状も普通の馬車や人手で間に合うことが多いらしい。


魔女の運搬は料金が高いうえに、元々魔女のことを快く思う人は少ない。それでだんだんと仕事が減ってきているようだ。


「で、最盛期には魔女が4人いた私の店も、私とアリアンナだけになってしまった。」

「他に仕事はないの?」

「うーん、そうねぇ。ないわね。でも私、本当はお嫁さんになりたいの。」

「ええっ!?相手は誰なんです!?」


思わず声を上げてしまった。意外な回答に、さっきまでの気分が吹っ飛んだ。


「いないわよ!いたら、とっくに結婚してるわよ!急になに興奮してんのよ!」


ああ、よかった…いや、なにがよかったんだ?それはともかく、マデリーンさんの意外な願望が聞けた。


「でもどうして、お嫁さんになりたいなんて考えるの?」

「いや、普通でしょ?そんなの。女手ひとつでこの先暮らそうだなんて、無理でしょう。私だって若いから運び屋やってられるけど、いつかは続けられなくなるわ。そろそろ次のこと考えないとだめね。だから、手っ取り早くお嫁さんになって、安定した生活を手に入れたいの!」


…ここは中世風の世界だよな。まるで、我々の星のOLの結婚願望を聞いてるようだ。


「魔女じゃなければ、勝手に親が結婚相手決めてきて、いやが上にもお嫁さんになれるるんだけどさ。魔女だというだけで、そういう話が全くなくてね。」

「えっ?そうなの?こんなに可愛いのに。」

「い…いや、可愛い可愛くないは関係なくて、気味が悪いみたいよ。」

「でも、マデリーンさんの親も魔女なんじゃないの?」

「私の親は普通の人よ。別に魔女から魔女が生まれるわけじゃないの。」


ああ、そういうものなんだ、突然変異みたいなものなんだろうか。


「そういうわけで、うちの親にも会えなくなっちゃって…」

「なんで!?親でしょう!」

「魔女が娘っていうのは、やっぱりいいことじゃないのよ。私が家を出た途端に、家に入れてもらえなくなっちゃった。」


ずいぶん暗い過去を聞いてしまった。思えばここはまだ科学や社会倫理が未発達な世界。そんなところに空を飛べる娘が生まれてくれば、我々以上に気味が悪いと思うものなのだろう。


我々にとっても魔女というのは得体に知れない存在だが、科学によってその謎を解明することができる。あるいは、教育カリキュラムで普通の人と同じ存在にすることもできる。魔女に関する正しい知識を広めて、差別を和らげることだってできる。


そんな手段がない世界で魔女として暮らすことは、私の想像以上に辛いことだったんだろう。


マデリーンさんやアリアンナさんに性格が変わってるのも、そんな生活環境の裏返しなのかもしれない。


そう思うと、なんだか不憫になってきた。


「マデリーンさん!」

「なに?」

「私とお付き合いしません?」

「はぁ?」

「何というか、その…お嫁さんになりたいって言ってたじゃないですか。」

「あなた、私の胸元見ながら言ってない?下心丸出しよ!」


ばれてた。


「いや、見てないといえば嘘になりますが、そこだけを見て付き合ってくださいとは、私は言いませんよ。これでも真面目に考えてるんです!」

「ふーん、そうなんだ。でも男ってやつはどうだか…」


マデリーンさん、ややあきれた様子だが、私の方を向いて言った。


「分かった、あなたと付き合ってあげる。」

「本当!ああ、でもどうせなら…」

「なによ!」

「最初にあったときみたいに言ってくれた方がいいかな。ほら、この国一の魔女とか、ああいう感じで。」

「え!?ああ、そうね。」


手に持ったほうきを私に向けて、彼女は言った。


「この国最速の『雷光の魔女』マデリーン様が、あなたと付き合ってさしあげるわ!」

「あはは、やっぱりこの方がマデリーンさんらしい。」


思わず笑ってしまった。マデリーンさんもつられ笑いしてた。


そんなことをしているうちに、交渉が終わったらしい。交渉官殿と、上機嫌な伯爵様が一緒に歩いてきた。


この交渉官殿、さっきのアリアンナさんといい、どうも相手を自分のペースに持ち込むことが得意のようだ。しかし一体、どうやって!?


交渉官殿が言うには、次はより本格的な交渉になるとのこと。交渉官殿は近々地上に駐在することになり、交渉と条約の履行を監視することになるそうだ。


で、伯爵様から提案があった。


「我が王国の代表者として、マデリーン殿には、宇宙に行ってもらいたいのだが。」


突然、この魔女さんと一緒に宇宙へ上がることとなった。

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