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魔女と木彫りとパイロット 6

敵は我が艦隊から40万キロの距離まで迫っていた。


我々はまだ敵に気づかれていないようだった。


というのも、背後にあるアステロイド帯がカモフラージュとなっているためだ。50万キロまで接近すると、1万隻もの艦隊はたいてい捕捉されるものだが、近くにアステロイド帯があると小惑星か、艦船なのか区別が付かないため見つけるのは困難だ。


こういう状況は、実は極めて珍しい。通常の戦闘はお互いの存在がわかった状態で行われることが一般的だ。


この有利な条件を背景に、艦隊は3隊に分かれ鶴翼陣形による一斉砲撃を行うという作戦を採用した。


各隊は3層の展開。前2層は初弾は1バルブ砲撃、後ろ1層は3バルブ砲撃を行う。


距離30万キロまで接近したところでこと総旗艦より攻撃開始の合図、作戦開始となる。


初弾発射以降は各艦の判断で砲撃続行。以降は臨機応変に指示を出すとのこと。


これが作戦の概要だ。


さて、我々の武器だが、基本的には私が地上に降りた時に装備していたものと変わりない。「銃」と「バリア」だ。


ただし「銃」である主砲の口径は10メートル。有効射程30万キロ。


ところで「1バルブ」「3バルブ」とは、この砲身へのエネルギー装填量を示す単位で、昔はエネルギーの装填にバルブを使っていたため、こう呼ばれている。


1バルブ、2バルブ、3バルブ…と多い方が威力がます。3バルブなら1バルブの3倍だ。


だが1バルブなら装填から発射まで10秒で済むところ、3バルブは9倍の90秒かかる。単位時間当たりの攻撃能力と考えると、むしろ悪くなる。


なお最大出力は10バルブ、破壊力は10倍だが、発射時間は100倍の1000秒かかる。


このため、通常は1バルブ装填が一般的。2バルブ以上の装填は滅多に行われない。


戦艦には口径100メートルの主砲が付いているが、これは1バルブ装填でも発射まで100秒かかる。


おまけに発射時には軸線上の半径500メートルの味方艦を退避させなければならず、この空白により返って戦艦が狙い撃ちされる懸念がある。このため戦艦の主砲はほとんど使われず、もっぱら20~30門つけられた駆逐艦と同じ口径の10メートル砲を使用する。


今回は珍しく敵艦隊に位置を知られていない状態での戦闘開始。こちらに気づいて戦闘準備を整えるまでの時間的猶予があるため、艦隊の一部を大出力砲撃に振り分ける作戦をとった。


なお「バリア」だが、艦船につけられたバリアは2バルブ程度の直撃までなら十分跳ね返すことができる。


ただしこちらが砲撃する際はバリアを解除しなければならないため、この時に直撃弾を受けると駆逐艦ならひとたまりもない。


またバリアには若干指向性があり、側面より正面の方が防御力が高い。


この砲撃とバリアの使い分けこそが艦の命運を決めるといっても過言ではない。


単純だが、生き残るかどうかはこの砲とバリア使い分けのタイミングと運が左右する。


なお、3隊に分かれた鶴翼陣形は敵艦隊から見ればややずれた3方向からの砲撃が来ることになるため、指向性のあるバリアの弱い方向に攻撃されることがありうる。真正面同士の撃ち合いに比べると、鶴翼陣形は相手の防御力をやや低くしてくれる。


一方で、味方を3隊に分ける鶴翼陣形は、何れか一隊に攻撃を集中されると、分散している分不利になる。どんな陣形でもそうだが、一長一短あるものだ。


大体の戦闘は5時間ほどで集結。お互いのエネルギーがほぼ尽きてしまう。


この戦闘、我々の艦隊はこの5時間をひたすら耐えて敵を突破させなければよいが、敵は我々を突破し惑星に肉薄しなければ勝機はない。どう考えても我々の方が有利だ。


ましてやこちらが先に敵を発見している。こちらの勝利は間違いない。


しかし勝てるとわかっている戦でも、死ぬ時は死ぬ。確率が高いか低いかだけで、無血勝利はありえない。


だから、勝てるからといって油断はできない。これが戦争というものだ。


いよいよ敵艦隊は30万キロまで迫ってきた。


ついに、砲撃準備の命令が下った。


我々は3隊の中央側、3層目に位置する。つまり3バルブ装填組だ。


「砲撃戦用意!」


艦橋では、艦長の声が響く。


1万隻が一斉にエネルギー充填開始。この時点で敵艦隊に察知されてしまう。この先、隠密行動は不可能だ。


このため電波管制、灯火管制も同時に解除。一気に情報が飛び交う。


「1、2段、斉射!!」


旗艦からの下令で、1、2層目が砲撃開始。


が、我が艦はまだ70秒ほど撃てない。装填途上だ。


すでに前の艦船は第2、第3射を始めている我々は…あと30秒!


体制を整えた敵艦隊も撃ち返してきた。無数のビームの帯が我が艦の横をすり抜ける。


ここでようやく装填完了!いよいよ砲撃だ。


旗艦から第3層目の斉射合図が下った。


「バリア解除!撃ち方はじめ!!」


凄まじい轟音と振動が艦内を襲う。3バルブ砲撃の威力はやはり凄まじい。


1バルブではせいぜいグラグラと揺れるくらいだが、3バルブ砲撃は室内のものが落ちるくらいの揺れが起こる。


また、直撃すればバリアでは防げない。それが3バルブ砲撃の威力だ。


実際、かなり多くの敵艦がこの砲撃で沈んだようだった。


しかし敵はまだ怯まない。我々も砲撃を続ける。


ところで、私はというと、このとき彼女のそばにいた。


というのも、この戦闘では航空機など役に立たない。


30万キロ、光の速さで1秒かかる距離を航空機で飛んでいっても、ゆうに6時間はかかる。


その間に主砲を撃ち尽くすため、もはや意味がない。


ましてや航空機など、近づいただけでも艦表面にたくさんある対空機銃で自動迎撃されてしまう。


それでも5万キロ前後の近接戦闘で航空機が使われることがあるものの、ほとんどは20~30万キロのロングレンジ攻撃が現代戦の主流だ。


航空機の役目は、戦闘より新惑星発見時の調査・派遣くらいしか役に立たないことが多いのが現状だ。


同じ理由でミサイル兵器もほとんど使われない。高価な重力子エンジンが使えないミサイルでは、30万キロを飛行するのに3日はかかる。もはやミサイルを搭載しない艦もあるくらい使われない存在だ。


ただ、砲撃により発生するノイズでレーダーが使い物にならない時があり、この時航空機が哨戒任務に駆り出されることがある。我々の出番があるとすれば、そんなところか。


だが、その哨戒任務をすることになった。


先の3バルブ砲撃は大きな負の置き土産を残していた。


この空域にものすごい電波障害を発生させたようで、レーダーがまるで役に立たない。このため航空隊でやや離れた空域に赴き、敵艦隊の位置、艦数を把握せよという命令だ。


「ちょっといって来る。」


彼女にそういうと、格納庫に向かった。


すでに電子戦装備が施された機体に乗り込み発艦準備に入る。後部席には索敵課の電子戦専門の中尉が乗り込んだ。


発艦命令が下り、直ちに発艦。


発艦のため一時バリアを解除していたラーデベルガーは、バリアがないのを幸いに突然砲撃。まだ艦を離れてないのに、いきなり撃ってきやがった。


しかし、バリアがはれないこの瞬間に撃たれたらこちらが沈んでしまう。この時は、攻撃による防御をする他ない。


他の艦の航空機とも合流し、目的の空域に向かう。


30分ほど飛んだところで情報収集開始。敵の残存艦艇数を記録。


敵艦隊で動ける艦はすでに8000隻を切っており、後退を開始しているようだった。最初の3バルブ砲撃は予想以上に効果があったようだ。


さて情報収集を終えて、帰還の途についていた。


砲撃は続いているため、ビームを縫うように飛ぶしかない。


そう滅多に当たることはないから大丈夫だが、それでも駆逐艦ほどの太さのビームがビュンビュン飛んで来るのは正直生きた心地がしない。


こんなビームの嵐の中、我がラーデベルガーは大丈夫だろうか?


あの艦長が、そう簡単にやられるとは思えないし、大丈夫だ…


などと考えてた矢先、目の前の駆逐艦に砲撃が着弾した。


しかも砲撃のためバリア解除していた瞬間のようで、なすすべもなく船体が破壊されていった。


この光景、なぜかスローモーションのように記憶に残っている。


艦体上側に着弾したビームにより、みるみる艦の表面が赤くなり、やがて削れ始めた。中の通路が一瞬見えたかと思ったら、そこを歩く人は瞬く間に蒸発、大きく削れ取られた艦体はしまいには真っ二つに折れて崩壊した。


ものの1秒程度で起こった出来事だろうが、なぜか細かいところまで鮮明に覚えている。


あれ?もしかして…今のは9804番艦、ラーデベルガーではなかったか?


急に不安になってきた。


エーテルと、彼女の作った木彫り、艦長、仲間、皆吹き飛んでしまったのか?


そう思った矢先、目の前に「9804」と白文字で書かれた駆逐艦を発見。


ラーデベルガーは、まだ健在だった。


目の前で沈んだ駆逐艦がいた手前、あまり喜んでもいられないが、それにしても安心した。まだ戦闘は続いているが、この船がそう簡単に沈まない気がしてきた。


そう、この船には「魔女」が乗ってる。


「女神」とでもいった方がいいかもしれない。


彼女が乗っている限り、不思議と艦砲は当たらないんじゃないか。そんな気がした。


無論、そんな非科学的なことがあろうはずもなく、単に運と艦長の判断が良かっただけなんだろうが、結果から言えば生き残った。


私が帰還した頃には敵艦隊は戦意喪失して大きく後退。最後に撤退前の一斉砲撃を行い射程圏外に後退していった。ほどなくしてこちらの砲撃も止んだ。


まだ警戒体制のままだが、砲撃が止んでくれたおかげで私は着艦できた。


着艦してエアロックを通過したのち、すぐに彼女のところに向かった。部屋にはいなかったため心配になったが、非番の女性士官らが食堂に彼女を連れていったと聞いた。早速食堂に向かう。


食堂に彼女はいた。戦闘態勢は解除されていないものの、砲撃が止み、敵艦隊が撤退したと聞いて女性陣は安堵しているところだった。


彼女もその中にいて談笑していたが、私の姿を見て急に涙目になって飛びついてきた。


内心不安だったようで、私の姿を見て急に泣けてきたらしい。


どうもこの食堂は人が多くていけねえ…これではまた艦内の噂のタネになってしまう。まあ、今更ではあるが。


その3時間後に敵艦隊の撤退を確認、戦闘態勢は解除された。


敵艦隊の損害は、撃沈1500隻。航行不能艦 300隻。なお、航行不能艦からは生存者を救出、通例では捕虜は事実上中立の地球075を経由して返還されることになっている。


一方、味方の艦隊は撃沈112隻、被弾336隻。戦艦も一隻直撃により砲塔破壊。死者・行方不明者は約2万3千人。


敵に比べたら損害は10分の1ほど。数値上は被害軽微、大勝利と言える戦果だ。


が、味方だけでも2万人以上が亡くなった。敵艦隊の損害が10倍ということは、死者も10倍の20万人はいるのだろう。


「戦場告白」して生き残ったのは、一体どれくらいいるんだろうか?そういう統計はないが、おそらく片方あるいは両方が死んだケースもたくさんあるに違いない。


そう考えると、無事生き残った私と彼女は運が良かった。死んでいった人たちの分も、幸せにならないと。

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