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鉄と錫と森のクマザル 3

翌朝、再び森の中を歩き出す。


昨日と比べて、歩きやすいところが増えてきた。どうやら森の深いところを抜けたようだ。


ようやく目的の小高い丘が見えてきた。昼頃にはその頂上にたどり着き、無線を使ってみた。


「こちらデルタ1乗員2名、カシスオレンジへ救難要請。複座機は不時着で大破し、連絡可能なポイントまで移動。聞こえていたら、応答願います。」


すると、我が艦から応答があった。


「こちらカシスオレンジ、デルタ1乗員へ、救助に向かう。現在位置を連絡されたし。」


手元にある端末のGPS座標を読み上げ、こちらの場所を知らせた。直ちに救援に向かうと返答があった。


まだすぐには来そうにないし、ここで昼食をとることにした。


のんびりと非常食を食べながら、彼女と会話した。


「なあ、シン少尉…」

「なんです?エリコ少尉。」

「今度の戦艦に寄港した際に…一緒に、街に行ってみないか…」

「いいよ。一緒に行こうか。」


なんと、さりげなく彼女の方からデートの誘いだ。軽くOKしたら、ちょっと嬉しそうな顔をした。


だが、お迎えの哨戒機が到着すると、いつものピリッとした顔に戻ってしまった。いい顔だったのに…


さて、あの鬱蒼とした森をさまようこと2日、ようやく艦に戻った。心配した艦長が、わざわざ格納庫まで出迎えてくれた。


この2日間、我が小隊も捜索してくれてたようだが、全く手がかりがなくて困ってたらしい。今朝の無線を受けて、


我々は墜落時の状況を報告した。突然核融合炉が停止したためコントロールを失ったことと、森の深いところに不時着したため無線が使えなかったことなどを話す。また、不時着時に記録した墜落場所を知らせた。


技術的にはもう成熟しており、あまり事故を起こさない機体だというのに、今回墜落したというのが我々の艦隊の中で問題になっているらしく、直ちに機体回収に向かうようだ。


私も回収班に同行し、機体の墜落現場までついて行った。


さて、そこから数日の間、エリコ少尉とは接点がなくなった。


あちらは艦橋勤務で、こっちはパイロット。元々仕事上は全く繋がることがない2人なのでしょうがない。今回の任務が特殊すぎたのだ。


なので、補給の為に戦艦に寄港する時には、もうあの時の約束なんて忘れてるものだと思ってた。


が、戦艦に到着するや否や、突然彼女が部屋にやって来た。


「少尉殿!いよいよ寄港だ。約束を果たしてもらう!」


顔を真っ赤にして、まるで果し合いでもするようなセリフを吐いて興奮気味に登場。ちゃんと覚えていたようで何よりだった。


さて、艦内の街についたものの、実は私もあんまり街に詳しくはない。


行きつけの店が決まってて、食事はいつもファーストフード。味気ないところしか知らない。


なので、デートと言われてもどこにいけばいいのか、実はよくわかっていないのだ。


女性が喜びそうな店といえば、やっぱり食べ物だろうか?そう考えて、それっぽい店に行ってみたが、彼女は食事という行為を「補給」くらいにしか考えていないようだ。特に関心を示さない。


だが、洋服屋や雑貨屋ではちょっと嬉しそうだった。着てみたい服、買ってみたいものがあったらしい。


だが、こういうものは1人で買ってもつまらない。見せびらかす相手がいて、初めてこういうものは買う意味が出てくる。私はまさに、その格好の相手ということのようだ。


で、その後は服屋と雑貨屋巡りになった。


私にはよくわからない世界だが、彼女の笑顔が見られるなら、こういうのもいいかと。


最後に、夕食のため、とあるファーストフードの店に入った。


栄養補給が目的ならこういう店の方がいいと彼女が主張したので、ここにした。


で、ハンバーガーを頬張りながら彼女の顔を眺めてたら、突然彼女が言いだした。


「付き合わないか!」


思わず食べてるハンバーガーを吐き出すところだった。


前置きもない、突然の告白である。


「エ…エリコさん?どうしたの急に。」

「あれからいろいろ考えたが、鉄には(スズ)が合うということがよく分かった、だからその…なんというか…」


急にもじもじし始めた。


多分、最初の一言目は思い余って出た言葉のようだったが、急に我に返ってしまったのだろう。そこで照れ隠しのために、一生懸命自身の行動に論理付けを試みたようだ。


このままでは、彼女だけが恥ずかしい思いをするだけだ。私もはっきり返答した。


「もちろん、OKだよ。私もあの森のサバイバル以来、あなたのことが気になっていたし。」


本心でそう思った。なにせ、生死と隣り合わせの二日間を一緒に過ごした仲だ。


緊張が解けたのか、ちょっと下向きで恥ずかしがりながら、笑顔になった。今までで1番の笑顔だ。


もっとも、場所があまり良くなかった。ファーストフード店の雰囲気がどうこうではなく、ここには同じ艦の乗員が多い場所だったことが問題だった。


おかげで、我々が艦に戻る頃までに、艦内ではこの告白の噂が広まっていた。このことは、この時点で我々はまだ知らない。


駆逐艦に帰還した直後、艦長から2人は呼び出しを受けた。


先の複座機墜落原因についてだった。調査結果が出たということで、2人が呼び出されたのだ。


墜落の原因は、単なる整備不良だった。


交換時期を迎えていた配管をそのままにしていたため、配管が破れて燃料供給が止まり、核融合炉が停止してしまったそうだ。


この配管チェックの担当は、あの私の戦場告白を断った整備課の彼女とのこと。


整備課には再発防止を徹底させたと、艦長より説明を受けた。


もっとも、今となってはこの一件、どうでもいいことだ。


これのおかげで、こうしてエリコさんと一緒になれたわけだし、むしろ感謝するべきかもしれない。もっとも、同じことをもう一度やられるのはごめんだが…


話が終わって帰ろうとする我々を、艦長が呼び止めた。


「ちょっと待った…ええっと…なんというか。2人ともおめでとう。」


ここで、あの告白のことが艦長にまで広がってることを悟った。どう答えていいかわからず、2人揃って艦長に敬礼して退出した。


さてそれからが大変である。艦長が知るくらいだ、当然艦内ではもう噂で持ちきりだ。


最近派手に振られたダメ男と、色恋話には縁のない鉄の女が、森の中の劇的なサバイバルを経てついにゴールイン。そんな話で広まっているようだった。


そんな単純な話ではないのだが、他人にとってはセンセーショナルで面白い内容であれば、真実なんてどうでもいいらしい。


エリコ少尉も特に隠そうともせず、淡々と質問に答えていた。私が彼女を猛獣から助けた話、それが男らしくて惚れたと話してるようだ。


もっとも、本当に惚れた原因は、きっと本音を出せたことなんだろう。自分で言うのもなんだが、よく彼女の本音を引き出させたものだ。


あれも一種の戦場告白なんだろうか?生死の境で見せた本心が、彼女を動かしたように思う。


ところで、こういう話にもっとも過敏なはずの整備課のあの娘は、今回絡んでこない。


墜落原因を作ったのが自分のミスで、しかも一度は振った相手。首を突っ込むのが辛いんだろう。


こちらとしては好都合だ。正直、彼女は相手にしたくない心境だった。


-------------------


さて、あれから1年経った。


結局二人は結婚、私とエリコさん、意外と気が合うことがわかり、あれよあれよという間に行き着くところまで行きついた。数か月前に式を挙げたところだ。


正直、籍を入れるだけでもよかったのだが、女性武官連中が、彼女をけしかけた。


あの「告白」事件以来、彼女は他の女性武官とも話すようになったらしい。いい傾向だ。


で、女性陣の口車に乗った彼女、以前から結婚式であれこれといろいろなドレスを着てみたかったと、急に私に言い出した。


まあ、そういう願いを叶えるのも悪くないと、式を挙げることになったのだ。


その式での彼女の姿は、「鉄の女」のイメージから程遠くて綺麗な姿、もう2度とみられないだろう。ギャップの大きさが返って感動させてしまったのか、式に参加した女性武官は一同涙を流していた。


その後、新婚旅行でこの惑星の街を巡ることになった。その時にある動物園に立ち寄った。


そうそう、実はこの星の文化レベルは3。機関車が走っていて、動物園もあるくらいの発展度の惑星だ。


ちょっとノスタルジックな風景の場所を、誰かと見て回るのが彼女の以前からの願望だったということで決まった旅行先だ。


で、その動物園であの「クマザル」と再会する。


これを見た時のエリコさんは、いい思い出がない動物なのでやや警戒気味。


もっとも、動物園のこいつは人に飼いならされた大人しい奴で、木の上で果物を食べていた。私がやりあったやつとは全然印象が違う。


一応、サルの一種で、クマ並みに大きいが、木に登るのが得意な大型のサルだそうだ。あの深い森に合わせて進化したサルらしい。そういう説明を飼育員がしてくれた。


また、縄張りに入ってきたものを容赦なく襲う性格らしく、それ以外は大人しいサルのようだ。あの時、我々も奴の縄張りに入っていたのだろう。今思えば気の毒なことをした。


で、旅行から帰ってきて数か月経ったが、一つわかったことがある。


彼女が何かをしたいと思う時は「一度誰かと◯◯したかった」と言うのが口癖だということだ。


以前からの願望のように言うが、どちらかといえばその場の思いつきで言ってることが多そうだ。


ついこの間まで食べることにあまり興味がなかったのに、誰かとレストランへ行って見たかったと急に言いだして、ステーキを食べに行ったこともある。


どうやら、自分1人では実現できないことを見い出しては、一つ一つ実行しているようだ。一人の殻に閉じこもっていた頃には、叶わなかったことだ。


だから、多分明日もまた何かやりたいことを思いつくだろう。


これからの長い人生、しばらくは尽きることのない彼女の「一度やりたかったこと」に付き合ってみようかと思う。その度に、彼女の笑顔が見られるのだから。

(第13話 完)

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