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鉄と錫と森のクマザル 2

なんとか着陸したが、機体の羽根は着陸時の衝撃でズタズタになっている。


羽根が木々に引っかかりながら落ちたため、我々は少ない衝撃で降りられたようだ。


さて、なんとか一命はとりとめたものの、事態はあまり芳しくない。


まず、木々が深すぎて、駆逐艦まで無線が届かない。一旦森を抜けないとダメそうだ。


だが、もう1つ問題がある。エリコ少尉が、気絶してることだ。


いくら「鉄の女」でも、さすがに訓練なしできりもみ飛行と着陸時の衝撃には耐えられなかったようだ。すっかり気を失っている。


怪我はないようで、息もしている。ただ意識を失ってるだけのようだ。


仕方がないので、彼女を機内に残し、機体の横に入ってるサバイバルキットを取り出すことにした。


簡易テントと2人分の寝袋、5日分の食料などが入ったリュックだ。重さ30キロほど。


これを持って、この鬱蒼と茂る森の中を、連絡が取れる場所まで移動しなきゃいけない。


私は行軍訓練を受けているのでどうにか森を抜けられると思うが、彼女はどうだろうか?かといって、ここにおいておくわけにはいかない。どうしたものか?


だが、ここで彼女が起きた。


「ううん~」


どうやら、意識を取り戻したようだ。


「エリコ少尉、大丈夫か?」

「…大丈夫、問題ない。」


まだ虚ろな感じもするが、意識ははっきりとしてるようだ。


とりあえず、この場所の位置を割出さないといけない。


手元にスマホ型端末があるが、木々が邪魔してGPS情報が取得できない。


機体に残っている撮影データを手元の端末に吸い出した。写真だけでなく位置情報も記録されてるので、これを見ればおおよその位置を割り出せる。


不時着寸前に取得した位置情報が、今我々のいるおおよそ位置ということになる。


で、位置はだいたいわかったが、今度はどこに向かって歩けばいいかわからない。


手元にある限りの地図情報を使って、どこに向かうかをエリコ少尉と話し合った。


機内で小さな画面を2人で見てるから仕方ないが、エリコ少尉の顔が近い。そんなことを気にしている場合ではないのだが、でもやっぱり気になってしまう。


性格上、ピリッとした顔をしてるようだが、よく見るとやや童顔で丸っこい。笑えばもうちょっと優しい感じになるんじゃないのかなぁ…などと考えて見ていたら、突然少尉殿が発言。


「シン少尉殿。この場所に行くのがいいだろう。」


ここから北に3キロ行ったところに、小高い丘があって、そこから通信が使えそうだと言うのが彼女の提案である。


で、早速そこへ向かう…のだが、この森は足場が悪い。


道などというものはない。地面も起伏が激しく、平坦なところがほとんどない。太い幹の間を、シダのような植物が覆い尽くしている。そんな人を寄せ付けない森だ。


このため、高々3キロという距離だが、エリコ少尉にはちと辛い道のりとなった。


そこで、私が先行して歩き、歩けそうな場所を見つけたらエリコ少尉がついてくるということにした。


とはいえ、ほとんど向かいたい方向に向かって歩けない。


阻むのは、起伏のある地面と植物だけではない。木が倒れてたり、川があったり、大きなくぼみがあったりで、まっすぐ歩ける道などありはしない。


多少の障害は私が取り除く。枝を切ったり、時には見たこともないくらい巨大なクモの巣を焼き払ったり、なんとか道を作って前進する。


そうこうしてるうちに、だんだん日が暮れてきた。このままでは、ここで野営するほかない。


しばらくは頑張ってみたが、やはり前進を諦めて、ここにテントを張ることにした。


ある程度開けた場所でないと、テントを張ることができない。場所を探していたら、突然叫び声がした。


「きゃあ!」


エリコ少尉の声だ。今まで聞いたことのない声を出している。


立ちすくんだ彼女の視線の先には、まるで木に登った熊のような、見たことのない猛獣がいた。


だが、クマにしては腕が長い、体つきはどちらかというとサルだ。ここでは「クマザル」と呼称する。


今にもエリコ少尉に襲いかかろうとしていたクマザルの気をこっちに引くため、私は近くの木の枝を揺らして存在を知らせる。


あっさり挑発に乗ったそのクマザル、なんと木を伝ってものすごい速度でこっちに迫ってくる。やっぱりこいつはサルのようだ。


すかさず、私は携帯バリアを展開。凄まじい火花を散らして、そのクマザルを撃退した。


生身の動物相手にバリアを使ったため、即死してもおかしくはないが、まだピクピクと動いている。念のため、そのクマザルの頭を拳銃で撃った。これでようやく動きが止まった。


「もう大丈夫だ。」


私は声をかけたが、鉄の女と言われたエリコ少尉、その場にすくんで立ち上がれない。


仕方ないので、背中におぶって、テントを張ろうとしてる場所まで連れて行った。


動物避けに焚き火をつけ、その横にテントを張った。かろうじて2人が寝られるスペースのそのテント。本来、年頃の男女が一緒に入っていいものではないが、この際仕方がない。


「…情けない…」


突然、エリコ少尉がつぶやく。


「誰にも頼らないつもりで、今まで頑張って生きてきたのに、ここでは少尉に頼りっぱなしだ。つくづく情けない…」

「人間なんでもできるわけではないのだから、別にいいんじゃないの?たまには。」


そういうと、急に不機嫌な顔で突っかかってきた。


「あんたみたいな軟弱な男に助けられたなんて、思われたくないのよ!」


随分な言われようだ。最近これと似たようなことを言われたが、今回はあまり凹まない。元々きつい相手だと知っていたからだろうか?


「私は軟弱な(スズ)の男って言われてますが、これでも役に立つときは立つんですよ。鉄は硬いけれど錆びやすい。そんな鉄の表面を錫でコーティングしてやると、鉄が錆びるのを防いでくれるブリキになり、缶詰のように液体を入れておく容器になれるんです。軟弱な男だからといって、頼るところがないというのはちょっと言い過ぎかなぁ。」


そう言って、ちょうどあったまった缶飯を手渡した。


彼女はしょんぼりして、うつむいてしまった。別に凹ませるようなことは言ってないつもりだが。


「…私、孤児だったの。」


缶飯を食べながら、突然自分のことを話し始めた。


「小さい頃に事故で両親が死んで、私だけ生き残ったらしいの。親戚にも引き取ってもらえなかったので、施設に入ったの。」


なるほど、だからあのとき出身の話をしたがらなかったのか。あまりいい過去をお持ちでないようだ。


「周りはみんな親がいて、幸せそうにしてたから、なぜか悔しくなって、絶対に他人には負けないって気を張って生きてきたの。別に強いわけでもなんでもないの。ただ、我慢してるだけ。」


おそらく我が艦で彼女からこんな話を聞いたのは、私が初めてではないだろうか?あまりこういう個人的なことを話すイメージがなかったので、なんだか彼女を見る目が変わった。


「私は両親がいるけど、3人兄弟の三男坊で、兄貴たちのスペアくらいの扱いで育てられた。親はいたけれど、あまり愛情を感じたことがなかったかなぁ。」


私もあまり家族のことを話したことがない。どちらかというと、いい思い出がないからだ。


「でも誰かに負けないとか、そういう生き方をしてこなかったなあ。ちょっと気になった娘に戦場告白をしてみたり、振られてすぐに落ち込んで軟弱者と言われたり。エリコ殿と違ってぐにゃぐにゃの甘えん坊なんですよ、私は。」


このとき、ちょっと彼女が笑った。初めて見る、彼女の笑顔だ。


「私でよければ、甘えさせてやるよ。ただ、どうやればいいの?」


彼女が甘えさせてくれるとは、あまり想像がつかない。


「う~ん、なんだろう、膝枕かな…」


あまり考えずに答えてしまったが、突然私の頭を引き寄せて、膝に置いてきた。


「これでいいか?さっきのお礼だ。」


なんだか、ももの部分がとても柔らかい。ここは右も左も分からない森の中だというのに、すごく安らぐ。


それから2人でテントに入り、寝るまでの間ずっと彼女と喋っていた。鉄の女と言われたこのエリコ少尉殿にも優しい側面があると知った夜だった。

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