鉄と錫と森のクマザル 1
我が艦には、「鉄」と呼ばれる女性武官がいる。
レーダー手をやっているが、正直、何を楽しんで生きてるのか分からない。そんな感じの人だ。
彼女の名はエリコ。階級は少尉。すらっとしたストレートヘアをたなびかせ、顔はどちらかというと美人の方だが、性格はきつい。
レーダー手をやらせたらピカイチだったそうだ。先日、この発見されたばかりの惑星近傍で連盟軍と艦隊戦をやったばかりだが、4時間にも及ぶ戦闘で全く疲れ知らずだったようだ。
だが、元々無口で強気で無表情な彼女、この戦闘のおかげでますますロボットのような印象が強くなってしまい、なんだかさらに艦内で浮いてしまった感のある。
ところで、私はこの艦のパイロットをやってる者で、名前はシン、階級は少尉。
現在、我が地球345の遠征艦隊は、いずれ地球754となるこの新惑星へ連合参入に向けて交渉中だ。
まだこの地上の政府との交渉も始まる前に、敵との戦闘があって混乱していたが、損耗した艦艇分を防衛艦隊から回してもらって、なんとか体制を立て直しつつある。
ところで、先の戦闘で私は「戦場告白」というやつをやった。ずっと気になってた整備課の女の子に告白したのだが、返事は
「あなたと一緒になるくらいなら、死んだ方がまし!」
だった。
それ以来かなり凹んで、戦闘後もしばらくやる気が出ない。
おかげで、先の「鉄の女」と比較されて「錫の男」と言われるようになった。手で簡単に曲がる錫のようにふにゃふにゃな男だってことだ。なんとまあ、酷いいわれようだ。
一世一代の賭けに出て、ああもあっさりとフラれてしまえば、どんな屈強の男でもしばらく立ち直れなくなるんじゃないか?私だって、自分がそれほど弱いわけではないと思ってるが、この時のダメージは想像以上に大きい。
この「錫の男」という名称を広げているのがあの整備課の女の子だと聞いてさらに落ち込んだ。表向きは明るい性格のようで、裏ではかなり陰湿な性格らしい。なんで、あんなのに声かけちゃったんだろう?
そんな言われようで、この艦を降りようかと思い始めた矢先、艦長より任務があると言われて艦橋に赴いた。
任務とは、上空からこの周辺の写真を撮影しろというもの。これまで地図に使用している衛星写真では不便になってきたため、より詳細な航空写真に置き換えたいとのことだ。
おそらく、凹み気味の私のために、艦長が気を利かせて気晴らしの任務を与えてくれたのだろう。
だが、この任務には単身では遂行できない。位置をトレースしてくれる補佐が必要だ。
そのトレース係となったのが、先の「鉄の女」エリコ少尉だ。
確かに、こういう仕事には向いていそうだ。戦闘時も全く焦ることなく、冷静に仕事をこなしていたと聞く。
だが、正直こういう人は苦手だ。つい最近女性問題にぶち当たったばかりだというのに、此の期に及んで「艦内最恐」の女の人と組まされるわけだ。気が重い。
鉄と錫、さしずめブリキコンビといったところか。
そんなくだらないことを考えてるうちに、この2人を載せた複座機は発艦準備が整った。
「デルタ1よりカシスオレンジへ、発艦準備よし!離陸許可願います!」
「カシスオレンジ」とは、この1113号艦のローカル艦名だ。
「カシスオレンジよりデルタ1へ、発艦許可でました。ロック解除。」
よく見れば、格納庫の向こうにはあの整備課の女の子がいる。にやにやしてたから、この鉄と錫のコンビを面白おかしく揶揄してやろうと思ってるに違いない。嫌な女と関わってしまったものだ。
「シン少尉殿、1113号艦より南南西方向に300進んでください。そこから撮影を開始します。」
後ろの鉄のエリコ殿が指示してきた。指示に従い、機体を向ける。
それにしてもこのエリコさん、絶対に勝手艦名を使わないと聞いてたが、本当に使わないんだな。今も1113号艦っていってたし。
さて、任務が始まり、いくらか飛んだところで、あまりに静かすぎる機内に嫌気がさしてきて、つい世間話をふってみた。
「エリコ少尉殿はどちらの出身ですか?」
答えは、こうだ。
「現在の任務遂行には不要な質問です。お答えできません。」
…まるで時代遅れのAIが返す言葉のように機械的だ…鉄の女と言われるわけだ。
こんな調子で、背後に機械式の人間を抱えたまま、任務を遂行していた。
が、ここで問題が発生。突然、核融合炉が停止。当然、重力子エンジンも止まる。
何が起きたかわからないが、エリコ少尉に叫ぶ。
「不時着する!衝撃に備え!なんとか着陸する!」
慣性装置が使えない機体を操るのは至難の技だ。
失速状態で、枯葉のように落ちる機体。非常時に10秒だけ使える予備の慣性制御があるが、あれは着陸時に残して起きたい。
なんとかきりもみ状態を立て直した。下に広がる深い森に向かってゆっくりと降下していった。
木々に突入する手前で慣性制御作動。10秒で着陸しなくてはならない。
ちょうどいい平地が見つけられない。というか、ここの木々は思ったより高い。
地面に降りる手前で慣性制御が切れる。バタンと音を立ててその場に落ちた。
場所もよくわからない深い森の中に、鉄の女と錫の男は不時着してしまった。




