核と大都市と特例砲撃 5
全面核戦争の危機が去ってから1週間ほど経過した。
地上では、以前よりも明るい雰囲気になってきたような気がする。私がここに最初に降り立った時は、この公園は人気もなくもっとひっそりしていた。
それが今では着陸するのも大変なくらいの人混みだ。そろそろ新たな着陸ポイントを作ってほしいものだ。
もっとも、それだけ戦乱の匂いが消えたということなのだろう。喜ばしいことだ。
我々は再びこの星の連邦の首都に降り立つ。今回も何人かを乗せて、宇宙周回旅行だ。
かれこれ4回目となる。駆逐艦を使っての短期宇宙旅行。しかも、あの核ミサイルを迎撃した駆逐艦。この首都の住人なら、一度は乗ってみたいと思うのだろう。
今回は早めに着いたので、ちょっと近所の街に出かけてみた。
ここの通貨は多少はもらっている。あの宇宙旅行に見合うほどかどうかはわからないが、これまで使う機会もなかったので、今日はちょっと早めにきて買い物してみることにした次第だ。
以前のここの様子を知らないからなんとも言えないが、多分あの迎撃当日は営業どころではなかったのではないか?いつ核戦争になるか分からない状況だったので、多分多くは疎開か、シェルターなどの施設に退避していたのではなかろうか。
ところで、我々のことは1週間前にメディアで一斉に流された。核戦争の連鎖を食い止めてくれた宇宙人と、やや持ち上げすぎな報道内容だったが、これは戦争回避派の意図も組まれていたようだ。
要するに、核ミサイルすら我々には通用しないため、これ以上の戦闘は無意味と言いたいようである。市民の中に一部いる強硬派をけん制する狙いもあるようだ。
内心、街に出た私を強硬派が襲いかかってこないか心配したが、市民のほとんどは今の戦争回避を支持しているようだ。
街も活気を取り戻しつつあるようで、あるアーケード街の店の多くが開いていた。
戦艦内の街よりは古い雰囲気の街だが、地上だけに広いのがいい。レトロな街だと思えばこの雰囲気も悪くない。
なんとなく、目に留まった雑貨屋に入った。雰囲気が気になったのか、自分でもよく分からないが、時間もたっぷりあるし特に腹も減ってないし、なんとなく時間も潰せてお土産も買えるかなあという程度の動機だった。
「いらっしゃいませ。」
若い店員さんが出迎えてくれた。他にお客は見当たらない。
私の軍服と、この店のなんとものどかな雰囲気の間にギャップを感じる。
そこでは置物を眺めていた。艦橋に何か飾りものでも置いてみようかなんて考えながらみていたのだが、店員さんから声をかけられた。
「あのー、もしかして宇宙から来た方ですか?」
「そうですよ。」
「では、今あの公園に着陸している船の方なんですよね?」
「はい、そうです。」
「じゃあ、街を救ったというのはあなたなんですね!」
急にテンション上がってきた。そうか、ここでは我々は英雄扱いされてたんだった。
「私は命令しただけです。実際に救ったのは私の部下ですよ。」
「でも、指揮された方がすごい決断したって聞いてます。本当は街の上で撃っちゃいけない大砲を、処罰覚悟で撃たせたって。」
そんな話まで出回ってるんだ。個人的にはあまり思い出したくない黒歴史みたいなものだから、広めないで欲しかったが。
「地上の人を守るのは、我々の仕事ですから、当然のことをしただけです。それにしても、ここはいい街ですよね。」
「そうですか?最近は寂れてきてますね。もうすぐ戦争が始まるってことで、私も最近まで田舎に疎開してたんです。」
「え?そうなんですか。でもまたなんで、戻ってこられたんですか?」
「宇宙人が来てもう戦争どころじゃない!ってテレビで言ってたので…ああ、すいません、変な意味じゃないですよ。停戦に向けて宇宙から来た方が動いてくれてるって言ってたんです。だったら、もう一度お店に戻れるかなあって思って、帰ってきたんです。」
「ということは、ここがあなたの故郷?」
「そうです、ここで生まれて育ちました。」
それから、この街のことや彼女のことをいろいろ聞いた。
この国、数年前にも戦争をやってたらしい。その時はもう少し小規模だったが、通常弾頭による都市攻撃が行われ、あるときの空襲で1000人くらいの人が死んだそうだ。
その犠牲者には彼女の両親も入ってたそうで、一瞬にして家族を失ったという。たまたま家で留守番をしていた彼女は助かったそうだが、その時はどうしようかと思ったそうだ。
「親はこの店しか残してくれなかったので、それをそのまま引き継いだんです。でもまた戦争が始まるって聞いて、疎開命令が出てそのお店も続けられなくなって、またどうしようかと思ってたら、宇宙からやってきた人が地上から争いごとを無くしに来たって聞いたんです。だから、またお店に戻ろうかって。」
しかし、まだ最盛期の半分くらいしかお客が来ないらしく、今ちょうど宇宙船が来てるからみんなそっちに行ってるらしいとのこと。あらら、私は営業妨害してたのか?
「いや、でも船がいなくなると逆にお客が増えるんです。帰りにこの商店街に立ち寄るんで、むしろ助かってるんですよ。そこでこんなの作ったら結構評判なんですよ。」
なんと、駆駆逐艦型の置物がたくさん並んでた。私の艦の形だ。そういえば、よく来るからな、うちの艦。いつのまにかお土産にされてた。
「ごめんなさい、勝手にお土産品にしちゃって。」
「いえいえ、別に悪いことなんてないので、いいですよ。私も一つもらおうかな?」
ちょうどいい、これを艦橋に飾っておこう、そう思って一つ買った。
なんとなく意気投合していろんな話をしてたら、もう約束の時間になってしまった。名残惜しいが、艦に戻ることにした。
「また来ます。」
「どうぞまた来てください、ありがとうございました。」
のどかなひと時が終わって、要人の宇宙旅行というこれまた能天気な任務に戻る。
艦に着くと、フラーレン少佐がいた。この人、すっかりここの専属になってしまった。
「いつも同じ用件で申し訳ありません。他の艦だと嫌がるものですから。どうしてもあの首都上空で砲撃を指揮した艦に乗りたいと言われるもので。」
「いいですよ、これも任務。戦争やるよりはずっとましな仕事ですから。」
先端側面に「266-3800」って数字が書いてある以外は、他の艦とさして変わらないのだが。こんな狭い船にどこがいいのか?それも、たった1、2周この星を回るだけ。なんとも平和な話だ。本当に最近まで戦争やろうとしてたんだろうか?この国は。
で、お客さんがいらっしゃったので、彼らを乗せて再び宇宙に戻る。
正直あまり乗り気な任務ではなかったが、この艦が地上では多少役に立ってることを知ったので、今は少しやる気が出ている。
いつものツアーを終えて、地上でお客さんを下ろし、再び宇宙に戻る。本日の遊覧船任務は終了。
うんざり顔の艦橋内皆に、早速さっきの陶器製の置物を見せた。
こんなお土産があることに皆びっくり。なんの変哲も無い駆逐艦だというのに、こんな艦がお土産になるなんて発想が我々にはなかった。
次回は、他の乗員もその店に行くことになった。私の地上での任務が、一つ増えてしまった。
その時から、3時間ほど早めに行って乗員の何人かが商店街に行くということが日常となった。せっかく地上に降りたというのに、何もなしでは物足りない。
艦が降りてる間は皆いなくなってるので、商店街としてもありがたいだろう。我々がいなくなれば、今度は艦を見物している人々が押し寄せてくる。
だが、さらに1週間ほど経つと、我々がいる時間帯でも人混みが見られるようになって来た。人々がこの首都に戻りつつあるようだ。
そんな移り変わりを見せる街だが、私はあの店に入り浸りだ。ほとんどこの店で過ごして、そのまま艦に戻る。
居心地がいいというのが理由だ。他に行きたいところもないし、なんとなく心が和むこの店の雰囲気が、普段の殺伐とした艦橋でのストレスを中和してくれる。
そういえば、あの公園、とうとう宇宙港にしてしまうことになった。都心部にしては広い公園だが、そこを全部宇宙船専用の着陸場に変える。公園は郊外に作るそうだ。
民間の船舶までここにくるようになったため、結局そのまま港にしたほうがいいだろうということになったようだ。
なんだか、我々が最初に降り立ったばかりに、公園がなくなってしまったようで申し訳ない気がするが、周囲はそうでもなさそうだった。
急に宇宙からのものが入り始めて、地上の物流が増加。人は集まるから、周囲の商店街は客が増えて収入が増加する。
元々都会なので、人の往来が増加することに文句を言う人もおらず、結果さらに増えていった。
静かな雰囲気だったあの店も、最近は慌ただしくなって、あまりあの店員さんと会話できてない。ちょっと寂しくなってきた。
が、私は艦ごとこの宇宙港付の勤務が決まり、地上にいることが増えてきた。うちの艦の乗員も同じだ。
もっとも、地上にいるときは郊外にできたもう一つの宇宙港に3800号艦を駐留させることが増えた。公園跡の港は主に人・物の行き来がある場合のみに使われる。長時間止まるときは郊外の広い方に追い出されてしまった。
地上勤務となったため、オフの時間にあの店員さんと会うことになり、再び会話する機会ができた。
「最近は忙しい?」
「ええ、おかげさまで。」
本当に物が売れるらしく、潤ってるのはいいが、1人で回すのは大変だと言う。そりゃそうだろうな。
てことで、休日の昼間の忙しい時間帯だけは、私も手伝うようになった。艦長が休日は店員をやってると言うことで、艦の乗員が冷やかしによくやってきた。ちなみに変な話だが、軍は副業を禁止はしていない。
そんな感じでこの店員さんと仲良くなってきた。名前はローラという。
こんなことを1ヶ月続けてたら、いつの間にか2人でデートに行って、告白までされてしまった。
「いやいや、30後半だよ?私。しかも軍艦乗りで宇宙人。多分、後悔するよ。」
と言ったが、彼女はもう考え直すつもりもないらしい。
さらに3ヶ月後、こうして、私達は結婚することになった。
こんなにあっさりと結婚などしてもいいのか?
私は立場も立場だし、このまま式も挙げずに…と思ってたのだが、艦内の乗員が許してくれなかった。
「艦長ともあろうお方が、ちゃんと式をあげないでどうするんですか!我々「チキンカレー」乗員全員はあの攻撃阻止の作戦にもお供したではありませんか!是非今回もお供させて下さい!」
…単に奥さんにでれでれする艦長を見たいだけだろうが、しかしローラも式を挙げる派に乗ってしまったため、100対1、式を挙げることとなった。
さて、その式であるが、場所は宇宙港からほど近い教会を使う。
問題はそのあとだ。
なんと、そのまま我々の駆逐艦「チキンカレー」に乗艦して、宇宙に新婚旅行に出るということに決まった。
艦長抜きで艦の運行方針が決まるなど前代未聞。もちろん、これは小隊司令部も絡んでいた。でなければ、艦長抜きでそんな話、決まるわけがない。
なんで司令部がそんなことに口を出すのか?などと思うが、どうやらこの惑星における「イメージアップ」のために活用しようという思惑があるようだ。
司令部から、結婚式後の宇宙旅行に関する「命令書」が届いた。なんだ、新婚旅行の命令書って。
もっとも、家族の乗艦は特例として認められているため、軍規には違反しない。
嬉しいやら恥ずかしいやら…ローラは宇宙船に乗れるとあって、大喜びだ。まあ、いいか。
そして。
式の当日が来てしまった。
近くの式場で、盛大に式を挙げた。そのあと車で宇宙港に向かう。
港に近づくと、そこにはまるで進宙式でもやるんじゃないかと思えるほどのリボンをぶら下げた駆逐艦がそこにいた。
この星の報道陣まで集まってた。一応私は、この国の英雄ってことにされていて、しかもこの惑星の人と星系外結婚したとあって、格好のネタにされた。たくさんのカメラの横を、我々の車が通り過ぎる。
妻ローラも恥ずかしがったが、もう後には引けない。こういう時は堂々とした方がかえっていい。
「それでは参りますか。ローラ姫。」
「はい、アルティオ王子。」
半分ヤケになった2人は手を取り合って、そこから駆逐艦までの間を堂々と歩いてやった。
乗員はにやにやしながら手を叩き、報道陣は遠くからカメラを向けて、何やらアナウンサーがカメラに向かいしゃべっている。まるで王室の結婚式だ。
私は正装として軍服を着ているが、花嫁は白のウエディングドレス。この格好でこの艦内に入るものは、多分これが最初で最後だろう。
このばか騒ぎが終わったら、静かな暮らしをしたいものだ。もっとも、家はあの店であるため、来客で静かに過ごせないだろうが。
そんな我々夫婦の門出に、駆逐艦が宇宙に向けて発進する。
乗員は配置につく。私は艦長席、妻は横に設けられた席に座った。
私はいつも通り、号令をかける。
「機関始動!微速上昇!」
我が駆逐艦 3800号艦「チキンカレー」は宇宙に向けて発進した。新たな生活をスタートさせたばかりの、我々夫婦を乗せて。
(第12話 完)




