核と大都市と特例砲撃 3
10隻が地表に向けて降下を開始した。
向かうは大都市上空。ミサイルを追い越して都市の上空に降り立ち、ミサイル着弾寸前で主砲を発射、迎撃する。
都市にいる人々は我々駆逐艦の出現にびっくりするだろうが、これから起きる悲劇に比べれば大したことはない。とにかく、時間がない。
10隻は全速で降下。大都市が見えてきた。
ミサイルは追い越したが、それほど距離はない。
地上の街灯りが見えた。ビル街もあり、かなり大きな都市だ。
「180度回頭!全艦停止!」
そのビル街手前で艦を反転させ、メインエンジンを目一杯吹かして急ブレーキ。横一線に並び停止した。
ミサイルが見えた。大気圏再突入を開始しており、弾頭が赤く光っている。
「1バルブ装填!撃ち方始め!」
もうぎりぎりだ。すぐさま装填し砲撃準備。
この砲撃の瞬間、私の死刑が確定する。そう思ったためか、この砲撃の瞬間が私にとってものすごく長い時間に感じられた。
10隻がほぼ同時に砲撃を開始。ビームが大都市上空を青白く照らす。
なにせ空気のあるところでの砲撃だ。雷が大量に落ちたような音が、この都市中に鳴り響く。
すぐ前方で爆発を確認。
念のため、バリアを展開したものの、幸い1発も飛んでこなかった。迎撃成功だ。
数百万人の命は助かった。
だが、第2波が来るかもしれない。この度我々はこのまま上空で待機することとなった。
さて、迎撃直後に通信が入る。小隊の司令部からだ。
我々だけで独断専行したため、確認をしてきたのだ。
私は残存ミサイルの迎撃に成功したことを伝えた。
「なお、この艦隊行動は私の独断によるものです。責任は私にあることをご考慮いただきたい。」
こういうことは明言しておかないと、後々巻き添えを受けて連座せられる者が出ないとは限らない。
司令部からは、その場で待機せよとだけ言われた。あとのことは、協議して伝えるとのこと。
さて、この独断専行に驚いたのは小隊司令部だけではない。
この地上の人々こそ、もっとも驚いていることだろう。
見たことのない船に凄まじい音の武装。どう見ても、これは宇宙人の襲来だと思うはずだ。
どこの惑星でも、連合や連盟と接触する以前は「宇宙人脅威論」がはびこってることが多いため、我々を見て安穏とはしていられないはずだ。
我々の駆逐艦の周りに、何機か軍用ヘリや戦闘機が飛んでいる。こちらを警戒しているのは間違いない。
このままほっといてもいいんだが、ここは地上と接触しておいた方がいいだろう。私の艦である3800号艦は地上への降下を開始した。下にはちょうど公園があって、なんとか艦を着地できそうなスペースがある。
20階建ほどのビルが真横に見えてきた。中には人が何人かこちらを見ているのがわかる。
地表近くでギアダウン。そのままゆっくりと着地した。
さて、地表に降り立ったわが艦のもとに、おそらく誰か来るだろう。こういう時は軍関係者がくるのは間違いない。
こちらからも誰かが行かなきゃならないが、適任者は私だろう。
どうせこの後軍法会議で死刑確定だし、万一地上に出て狙撃されても惜しくはない命。私が出ておいた方が損害は少ない。
で、私だけで行こうとしたのだが、広報官殿もついてきた。
「艦長1人でいい役を独り占めとはずるいです。私にもお供させてください。」
この艦に同行した文官はこの広報官殿のみ。本来、文官には武官の暴走を止める義務と権利があるため、処刑とは行かなくても、今回の暴走行為を止められなかった責任が付きまとう。
巻き込んでしまったことは申し訳なく思うが、彼も当然、私の「暴走行為」には同意してくれた。彼には彼の覚悟があるようだ。
2人で艦の下のハッチから外に出た。
向こうから、いかにも軍用車両がこちらにやってきた。
1人、その車から降りてきた。
こちらに近づき、私の前で敬礼してきた。たまたまだが、敬礼は我々と同じ作法だ。
「私は連邦軍 陸軍 第2駐屯部隊のフラーレン少佐と申す。貴官らの所属と目的をお聞かせ願いたい。」
「私は地球266所属 遠征艦隊 第13小隊所属の駆逐艦 第3800号艦 艦長のアルティオです。」
こちらも敬礼して答えた。
「…アース…266?どこの国ですか?それは。」
「今は単に『宇宙人』とお考えいただきたいたい。我々の今の目的は、あなた方の大規模破壊行為の防止、および停戦勧告です。」
「なるほど、やはり宇宙人ですか。が、我々が知っている宇宙人とは随分違いますな。」
周りを見ると、ぐるりと小銃を持った兵が囲んでいる。
「…宇宙人というのは慣れていないもので、この周囲の状況はご了承いただいたい。」
この少佐殿は申し訳なさそうに言った。まあ、我々だって同じ立場であれば、同じことをしただろう。特に気にはしていない。
「ところで、あなた方は我々を攻撃したミサイル群を、上空と地上とで迎撃なされた。感謝申し上げる。さすがというべきか、いともあっさり核ミサイル群を迎撃なされた。やはりすごい技術をお持ちのようだ。」
確かに、あんなビーム兵器はこの星にはまだない。だが、私はいとも簡単に撃ち落としたわけではない。
「…実は命がけなんですよ、先ほどの我々の攻撃。3発だけ大気圏外からの攻撃で撃ち漏らしたため、仕方なくこの都市上空から主砲斉射しました。」
「そうですか。しかし…それのどこが命がけなのです?あなた方にとっては、別に危険なことはなさそうですが。」
「ああ、つまりですね…銃殺刑ものなんですよ、大気圏内でビーム砲を撃つ行為自体が。あなた方に例えるなら『核ミサイルを政府の許可もなしに発射する』ような行為だと思えば、どれくらい重大な軍規違反に相当するか、お分りいただけると思う。」
「なるほど、我々の基準でも、極刑は免れませんな。しかし。」
急にこの少佐さん、帽子をとり、頭を下げた。
「おかげで我々は救われた。我々の力では、一度発射された弾道弾を迎撃することなど不可能だ。この首都に住む1300万人もの命が、一瞬にして消えてしまうところを我々はただ見ているしかなかった。」
「いやいや、我々にとっては地上の人々の生命を守ることは当然の行為。何も礼を言われるほどのことではありませんよ。」
「ただ、どうしても一つお聞きしたい。まさかあなた方はわざわざ我々の愚行を止めるためだけに、ここに来たわけではないでしょう。その目的を知りたい。」
やはり、聞かれてしまうな、この「宇宙人の目的」とやらは。そこで、横にいる広報官の出番だ。
ここでは、我々が属する連合と敵対する連盟側の存在、この宇宙にある700以上の星々が二つの陣営に分かれて戦闘状態にあるという現実を話した。
「…つまり、我々の目的は、我ら連合へあなた方が加わっていただくこと。同盟した暁には、交易、技術供与を通して、あなた方にとっても利益につながることとなるでしょう。」
「いや、分りました。宇宙ではそんなことになっていたんですね。想像すらしてませんでした。了解しました。今の話、まず軍の上層部にいたします。その後、どうするかは連邦政府とも協議して返答いたします。」
「我々は第2波に備え、ここで待機いたします。何かありましたら、ここにいるどれかの艦に向けて合図をいただければ、再び降りてきます。」
「おそらくすぐにでも接触することとなるでしょう。また、その時にでも。ところで…あなたは、どうなるんです?」
私は、短く答えた。
「お会いするのは、これが最後かもしれませんな。」
「そうですか…私としては、あなた個人を救国の英雄として、我々のところへご招待したかったところですな。それが実現できるよう、私は祈ってます。」
敬礼して、少佐殿は戻っていった。
我々も艦内に戻り、再び上昇させた。
高度600メートルで待機、そこで私は、上空の小隊に向けて、地上との接触の件を伝えた。
そろそろ私の処分が決まっても良さそうな頃だが、まだ待機命令のままだった。
こういってはなんだが、1週間前に出した特別措置の申請の回答がまだ来ていない。違反の処分も遅い。どうしてこう軍の上層部は決定が遅いのか?殺されるなら、さっさとやって欲しい。
今のところ第2波もなく、核ミサイルの応酬は止まっている。ただ相変わらずお互いの報道では勇ましい口調が繰り広げられているが、我々が核ミサイル阻止をしたことは一切報道されていない。何らかの報道管制がかかっているようだ。
しかし、この首都の人々は我々を目撃しており、現に今も空に浮かんで晒しているわけだし、いつまでも報道管制をしてられるものでもないだろう。
1時間ほど経ち、小隊から連絡が入った。
なんと、今さらながら特別砲撃措置命令が出た。
しかもこの措置は、1日遡って適用されるとのこと。つまり、この瞬間に私の行為は軍規違反ではなくなった。
一体どういうやりとりのもとでこうなったかは分からないが、なぜ1日前にくれなかったのか?こっちがどういう覚悟で臨んだと思ってるんだと、上層部に少し腹を立てていた。命は助かったが、かえって命がけの抗議をしたくなる。
そんなこんなで、我々が都市の上空に来て、10時間が経過していた。
来た時は夕方だったが、今はすっかり朝だ。
我々の艦隊標準時では午後6時ごろ、時間的に半日ずれている。私の当直時間がちょうど終わったので、部屋に戻ろうとするところだった。
「艦長。駆逐艦『マルゲリータ』より連絡。地上より、何やら旗を掲げたヘリが右舷を飛行中との連絡です。なんでしょう?」
「ああ、わかった。多分こちらに出向くようにとの合図だ。」
ちなみに「マルゲリータ」とは駆逐艦 3796号艦のこと。要するにピッツァの名前だ。なお、このチームには「ナットウ」というおそるべきコールサインの駆逐艦もいる。なお、この艦の勝手名前は「チキンカレー」。ここの人々は、まさかそんな緊張感のない船に救われたなどとは思ってもいないだろう。
再び、我が艦があの公園に降下した。あそこしか手頃な場所がない。その場には大型のバスが来ており、前回よりもたくさんの人が来ていた。
降り立つと、そこにはあのフラーレン少佐殿もいた。こちらを見て真っ先に声をかけてくれた。
「おお、艦長殿!まだ解任されてはないようですね!よかった!」
「実は特例措置命令が出されまして、一応軍規違反という扱いではなくなったようです。」
そんな会話をしつつ、他の人物の紹介を頂いた。
まず彼らから、この地上では一時停戦になったことが告げられた。
もう一方の陣営である「共和国」側と電話会談し、ミサイルを全弾迎撃されたことを伝えた上で、72時間の間、軍の行動を停止させることで合意した。その間に両者は「宇宙人」と接触し、今後の対応を決めるというものだ。
この星の住人にとって、切り札とも言える核ミサイルが全く効かない相手が現れたとなると、互いに戦闘続行よりも、まず我々に関する情報収集を優先すべきだと考えたのだろう。
共和国側との接触場所について、彼らから伝えられた。直ちにその地点へ我々の小隊を派遣することになった。
さて、以前広報官が話してくれた宇宙に関する内容を、この星の全人類に公表しても良いかと聞かれた。
まあ、秘密にするような話ではないし、どうぞ公開してくださいと言った。必要ならば、映像の引き渡し、広報官の派遣も行うと伝えた。
少し我々に対して、不必要に警戒しすぎだ。そこで、こう付け加えた。
「よろしければ、駆逐艦内も公開致します。なんなら、宇宙空間にある艦隊主力を取材されることも可能ですよ。」
たいていどこの惑星でも、軍艦というのは最高軍事機密の塊だ。ゆえに、核ミサイルでさえ迎撃可能なこの駆逐艦の中を、艦長権限で公開するなどということは、彼らの常識ではありえない。
しかし、我々からすればこの駆逐艦などはもう200年以上も前の技術。大した秘匿事項もなく、艦長権限で公開することができる。
強いていうなら、艦橋のみ出入りに制限があるが、あそこはあまり人がいると業務に支障が出て、安全な航行ができなくなる恐れがあるので制限がかかっているだけで、別に艦長が許せば誰でも立ち入ることが可能だ。
だがその提案を、この場にいるこの星の誰もが信じられない様子だった。
「アルティオ艦長殿…単刀直入に聞くが、この艦は軍事機密ではないのか?」
「我が軍も機密事項を持たないわけではありませんが、この駆逐艦に関しては機密となるものはありません。敵も持ってる技術ですし、いずれあなた方も保有する技術です。」
まだ信じられない様子だったが、私は嘘はつかない。ついても仕方がない。
フラーレン少佐殿が、口を開く。
「では、今から乗せていただくことはできますか?私はぜひ乗ってみたい!」
「どうぞ、歓迎いたしますよ。」
ということで、手始めに2人乗ることとなった。
1人は少佐殿だが、もう1人は政府高官の1人だ。
彼らは私の艦に乗り込み、一度宇宙に出て再びここに戻ることになった。所要時間は6時間ほど。
「ではご案内いたしましょう。我が艦『チキンカレー』へようこそ!」
つい勝手艦名で名乗ってしまった。まあ、いいか。




