城と魔術と艦長補佐 3
交渉の素人で、しかも武官の身で交渉などありえない。散々抵抗してみたが、まるで聞く耳を持たない艦長。正論で言い負かされて、結局私が行くことになった。
仕方がない、流石に今度ばかりは殺されるかなぁ、一応マツ姫様にタケダ殿のこと、聞いておこうか。
さてそのタケダ軍だが、まだ動きはない。ちょっと前衛部隊が前進を始めたので、一隻が牽制するために地上近くに降りたくらいで、それ以外にこれといって動きは起こっていない。
まさに「城が一夜のうちに10個も建った」ようなものだから、この星の人にとっては驚くほかないだろう。
タケダ殿のもとに行くために、まず山城の方から訪問した。事前に、タケダ殿について聞けるだけ聞いておこうと思ったからだ。
私の機が降り立つと、あの指揮官男とマツ姫様が現れた。
「お主の言った通り、奴らは動かん。やはりこの船はすごい!この空飛ぶ魔術の使い手、この国にもぜひ欲しいところだ。」
魔術ではなく、科学の力で浮かんでるんですけどね、これは。
「なんとか今のところは思惑通りです。ところで、またひとつお願いがあるのですが。」
「なんじゃ?願いとは。妾ができることであれば、なんでもするぞ。」
今日の姫様は綺麗な着物で美しい。改めて見るとこの人すごい美人だな。あ、いや、今はそんなことを見てる場合じゃない。
「ええとですね…実はこれからタケダ殿のところに伺うのですが、あの方について知っている限りの事をお聞かせ願いたいのです。」
「なに!?タケダ殿に会われるというのか。また大変な役を引き受けたものだな。分かった。妾の知る限りのこと、お教えしよう。」
この姫様から「大変」という言葉が出てきた。やはり大変なんですよね。
で、マツ姫様から聞くタケダ殿というお方は、何というか聞けば聞くほど、できれば会いたくない相手であった。
一代でそれまで1国だった領土を5国に増やした実力者。温情に厚い政策をしいて領民からは慕われているものの、敵対するものには容赦しない冷徹な武将。先月に隣の城が落とされた時は、そこの城主の一族で生き残った者のうち、男は子供老人を問わず皆ことごとく斬首し、女は人売りに引き渡されたという。
彼の周りには忠臣と言うべき人物が全部で8名、うち4人が昨日聞いた魔術使いだが、残りの4人は軍師として活躍する者、金山開発、堤防作り、築城に長けた者がいるそうだ。このあたりではよき人材を集めた最強の武将として恐れられる存在だそうだ。
そんなすごい武将のところに、高々いち駆逐艦乗りの中尉が乗り込もうと言うのだ。無謀すぎる。だが、無茶とは言え艦長命令、逆らうわけにもいかず。やはり、死ぬ覚悟で行くよりほかはないのだろうか。
「タケダ殿は生半可な相手ではないぞ。それでも行くのか?」
心配そうに見つめる姫様。もちろん、私も行きたくはない。
「タケダ軍を止めることはできましたが、まだ引き返させてはおりません。誰かがタケダ殿を説得するしかないんですよ。それが私の役割と心得ております。」
せっかくだから、かっこいいことを言っておいた。もしかするとこれが、姫様に会える最後の機会になるかもしれないなぁ。そう思った。
別れ際に、マツ姫様はこう言ってくれた。
「タケダ殿は強敵だが、お主なら必ずやうまくいくと信じている。必ず、戻ってくるのじゃぞ!」
「はい、行ってまいります。では。」
姫様に敬礼し、複座機に乗り込んで飛び立つ。いよいよ次は、タケダ殿だ。
上空から見ると、5000もの軍勢というのはかなりの軍勢だ。それが整然と並んで、微動だにしないで待機している。この軍勢、本当に強そうだ。
さて、本陣と思われる場所を見つけて、そこに複座機を飛ばしてもらった。
本陣近くにつき、着陸態勢に入ろうとアプローチをかけたそのとき。
突如、無数の石が上から降ってきた。
「対空防御!」
ここはバリアでしのいだ。すると、今度は大きな火炎が横から飛んできた。
こっちは急上昇してかわした。続けて大きな岩と、多量の水による攻撃があった。これも難なくかわした。うちのパイロット、なかなか優秀だ。
しかし、これが「魔術」というやつだろうか。我々の複座機ですら翻弄させられるとは、なかなか大した技だ。
攻撃がやんだので、警戒しつつも複座機は本陣前に降り立った。
キャノピーを開き、ハシゴを降りると。そこには2人の武士が立っていた。
「我らの技をかわすとは、なかなかのやつ。何者だ!」
1人が大声で叫んできた。どうやら、この2人がさっきの「魔術」の使い手か?
「私はあの駆逐艦から来た使者。タケダ殿にお話があってまいりました。」
「なんだ、あの空の一夜城からの使いのものと申すか。」
腰の刀に手をかけたが、もう一人が制止した。
「使者であるか。わかった、しばし待たれよ。」
2人とも、陣幕の奥に入っていった。見張りがこちらを警戒気味に見ている。
おそらく、あの2人は例の「四天王」ではないだろうか。かなりの大技使い、多分間違いないだろう。
それにしても、昨日と違って今回は明らかにこの軍の進軍を止めた、いわば敵対行為をしている張本人として参上している。それでいて、相手は冷徹で残忍で大物の武将。交渉の難易度は、昨日の比ではない。
しばらくすると、別の人物が現れてこう言った。
「親方様が会われるそうだ。参られよ。」
ああ、ついにラスボスのお出まし。もう引き下がれない。
パイロットは外で待ってもらうことにしたが、もし私が1時間以上戻らず、あるいは兵士が遅いかかってきたなら、直ちに離脱せよ。そう言い残して、私は陣に向かう。
陣の中に入り、ずらりと並ぶ武将の奥に、ちょっと小柄な武将が座っていた。
「お主、あの奇妙な空飛ぶ城から参られたと聞いた。何故に我らのもとにきたのか?」
おそらくタケダ殿と思われる人物が、単刀直入に聞いてきた。
「はい、我々の目的は地上の争いごとをなくし人々の生命を保証すること。そして、交易や同盟に関する交渉に応じていただくこと。この二つです。」
「うーん、生命の保証に交易。わからんのぉ。」
まあ、いきなり交易などといわれてわかるわけがない。
「お主らの要求とやらに応じると、わしらに何の利益があるというのだ?」
彼の口から「利益」と出た。突破口はこれだ。
「わしらがこの城にこだわるのは、ここが都への通り道であり、上洛への足がかりとなる。我らの領民だけでなく、この国の乱れをなくすためにわしは都を目指している。これを捨てて引き下がるほどの何かが手に入るのであれば、お主の要望とやらを聞いてやろう。」
「交易と技術供与で、あなた方は様々なものが得られるのですが、例えば…」
ゆっくりと、駆逐艦の方を指差した。
「あの船を作り、動かせるようになります。」
「ほほう、あれが手に入ると申すか。なかなかに面白い話だ。」
「他にも色々な珍しいものが手に入ります。後日お持ちいたしますが、いかがですか?」
そう言った途端、タケダ殿は立ち上がり、剣を抜き刃先を私の首に当ててこう言った。
「何処の馬の骨と知らぬこやつの言うことなど、どうすれば信じられるというのか。空を浮かぶ船の作り方は、お主の国の大事ではないのか?そんな出まかせ、わしに通用するとでも思ったか。」
私の人生はここで終わると悟った。タケダ殿との交渉、城の人々、姫様の行方、気になることはいっぱいだが、そろそろ幕引きのようだ。ああ、そういえば、艦長の無理難題にも付き合わなくてよくなるなぁ。
刀を向けられて、そんなことを考えていた。なぜだかわからないが、そう思った途端、急に強気になった。
「その馬の骨の首がここで落ちれば、あなたは何も得られません。手に入るのは、私の首一つです。しかし、ここで私の首を斬らず私を信じてくだされば、どうなります?話が本当であれば、あなたは莫大な利益を得るでしょう。嘘であれば得られるものはない。」
続けて、こう言い放った。
「斬れば私の首、斬らなければ莫大な利益か、何も得られないか。つまり私を斬らない方が、利益を得る可能性が残ります。それでもこの首、お斬りになりますか?」
よく大物相手にしゃあしゃあと言ったものだ。しかし、これを聞いたタケダ殿、突然大笑いした。
「剛胆なやつだ!なるほど、今は信じておいた方が得だということじゃな。分かった。ならば、明日までにわしを驚かせるなにかをここに持って来れば、兵を収めること、考えてやろう。」
ということで、明日朝まで土産を持ってくることで、その場は返された。
この星にとって珍しいものは、我々の戦艦内にもたくさんある。これらを見繕い、さらに交渉官にもきてもらって、この宇宙のことを話すことにしよう。下手な土産よりよほど刺激的だ。
で、帰ってからは早速文官殿と打ち合わせ。手土産とプレゼン準備にてんやわんやした。
夕方には、マツ姫様のところに向かった。
「おお!カール殿!!無事だったか!!」
えらい歓迎ぶりだ。てっきりタケダ殿との交渉がうまくいったのかと喜んでいたが、残念ながらまだやるべきことがあると伝えた。
ところでこのお城、落城寸前ということで怪我人は多数、兵糧は底を尽きかけてたため、医療班の派遣と食料の提供をお願いした。お陰で城内は、今ではずいぶん明るい雰囲気を取り戻していた。
さて、マツ姫様にタケダ殿の好みについて聞いてみた。会ったこともない相手の好みなんて知るわけないだろうと思ったのだが、なかなかいい情報をもらった。
彼女曰く、なんでも珍しいお酒と器が好みらしい。器というのはいわゆる茶器だが、陶器の類であればなんでもいいらしい。とにかく、見たこともないようなものがいいとのこと。この周辺の国では有名なことらしい。
そうだ、タケダ殿のことばかり聞いていてはいけない。姫様のことも聞かねば。
「姫様はなにがご所望ですか?姫様にはなにもないというのはあまりにも礼がなさすぎるというもの。ぜひ教えていただきたい。」
「いやあ、すでに城内の兵がお世話になってるし、これ以上何かをしていただくというのはあまりに贅沢というもの。お心だけで十分じゃ。」
なんだか顔を赤らめていらっしゃる。別に変なことを聞いたつもりはないのだが。
とは言ったものの突っ込んで聞いた結果、出てきたのはある食べ物だった。
ずっと以前に都で食べた、白くてなんとも言えない食べ物を食べたことがずっと忘れられないらしい。その味は、蒸かした芋の味をさらに濃くしたような味だという。
ははーん、これは多分「スイーツ」のことだろうと直感した。似たようなものをいくつかお持ちいたしますと約束し、艦に戻った。
さて翌日、再びタケダ殿のもとに行った。
「なんじゃ?馬の骨、どうだ、今日は何かわしを驚かせるなにかを持ってきたか?」
ひどい名前で呼んでくれるものだ…はいはい、ちゃんと持ってまいりましたよ。
持ってきたのは、年代物のワインやウィスキーの類、とりあえず戦艦内で売られてる高級なお酒を何本か持ってきた。
派手なお酒もあったほうがいいだろうということで、赤や紫、緑にきらきら光るお酒というのも持っていった。
さらに「器」には、光の加減で七色に光る陶磁器を持ち込んだ。
かれの想定以上のものを持ち込んだようで、タケダ殿はかなり上機嫌だ。早速お酒のいくつかを口にしていた。
しかし、その後に広報官が行った宇宙に関するプレゼンに、衝撃を受けたようだ。
このタケダ殿は統治者ということで、宇宙にある二つの陣営の話といった基本的な話だけでなく、政治形態に関する話を中心にしてみた。我々の星でもそうだが、大抵はどの惑星も連邦制を敷いており、一つの統一機関を設立してその星を統治している実態を、映像なども使って話した。
この政治形態に衝撃を受けたようだ。広報官への質問が続く。
「おい、馬の骨。」
帰り際に、私はタケダ殿に呼び止められた。
「わしゃ、天下が取りたいと思っている。民が争いごとの心配をせず生きていけるようにするため、ひたすら領土を広げてきた。お主らと手を組んだ後の時代には、どうするのがええんじゃ?」
この方の本音というものを見せられた気がする。
「領地の中に、宇宙港を作られてはいかがでしょう。」
「港か、交易を始めよというか。」
「この国で真っ先に交易を始めれば、間違いなくこの国、この惑星上で随一の存在になれます。そうすれば、戦などしなくても自ずとあなたを頼ってくる人々が増え、国をまとめることができるかもしれません。」
「なるほど、分かった。やはりお主の首、斬らんでよかったようじゃの。ええと、カール殿か、これからも頼む。」
ようやく名前で呼んでいただけた。
そのあとはマツ姫様のところに寄って、約束のスイーツをお持ちした。ケーキにアイスを持ち込んだが、どれもやはり大当たりだった。女性がスイーツには目がないという宇宙の法則は、ここでも有効らしい。
そんな多忙な1日を終えて、今日もなんとか生きて帰ってきた。
艦長の無茶振りを命からがらこなしたこの2日間、私はいつの間にかベッドの上で寝落ちしていた。




