魔女と木彫りとパイロット 5
だが、そんな静寂は突然乱された。
ちょうど彼女と駆逐艦「ラーデベルガー」に戻った時だった。
この惑星より2億キロ離れたアステロイド帯に展開する艦隊主力より、突如艦隊への合流命令が飛んできた。
詳細は不明。しかし同時に、電波管制が行われた。
これは明らかに、敵艦隊接近による軍事行動だ。
すぐさま全員に帰艦命令が出る。予定より3時間ほど早いドック離脱となった。
エーテルさんはといえば、急に艦内の雰囲気が変わったので心配になったようだ。ちゃんと説明したいが、私にもどうなっているのかがわからない。
我々は軍隊ではあるが、実はこの遠征艦隊のほとんどの人員は戦闘未体験者だ。
宇宙には両陣営で735個の地球があるが、このうち遠征艦隊を持つ惑星は600ほど。
一方、宇宙での戦闘行動というのは1万4千光年と言えど、せいぜい年に10から20回ほど。
たいていは一個艦隊同士の撃ち合いなため、一度の戦闘に参加するのはせいぜい2艦隊。
ということは、年間で戦闘を経験するのは20から40艦隊。600あまりの地球に存在する艦隊数は連合・連盟合わせて1400艦隊以上。このうち外に出向くために編成された遠征艦隊だけでも800近い。
つまり、多いときでも年に800分の40、2.5%。
戦闘を体験することは、比較的稀なことなのだ。
実戦さながらの訓練を行ってはいるが、実戦経験はほとんどない。それが宇宙艦隊における常識だ。
そんなわけで、我々がこんなところで戦闘に遭遇するとはほとんど考えていなかった。しかし軍人である以上、敵艦隊に遭遇すれば戦う義務はある。
戦闘が始まれば訓練通りの戦闘を行うが、人の死と隣り合わせの戦闘という極限状態を、我々の多くは知らない。
艦長ですら、戦闘経験は1回のみ。一度とある場所で遭遇戦を経験しているが、その頃はまだ若く一兵卒だったそうだ。戦闘は実に10数年ぶりとなるとのこと。
ここからアステロイド帯に駐留する艦隊に合流するまでは、3日ほどかかる。
ともかく距離がありすぎるうえに、電波管制をしてるためほとんど情報が入ってこない。
この召集命令自体はレーザー通信で送られてきたそうだが、それは艦隊が我が小隊の軌道を把握していればこそ可能。発進した我々の位置を艦隊主力は把握できないため、今は通信不能に陥ってしまった。
この3日間は何が起こっているかわからない状況で過ごす他はなさそうだ。
やれやれ、いくら文明が進んでも、これでは大昔の戦闘となんら変わりがない。
そんな不安感の中で、我が小隊は艦隊合流をするまでの3日間ほどを過ごしたわけだが、我が艦だけはちょっと事情が違った。
電波管制な上に、艦橋に至っては灯火管制までしかれてて、緊張感と暗い雰囲気で覆われていた艦内。そんな中エーテルがせっせと作るこの駆逐艦の木彫りが、ちょっとしたブームになっていた。
なにせよくできた木彫りの模型。1日に5~6個ほどしか作れないが、なかなかの出来で、あちこちの課から引き合いが来た。
彼女自身、この艦に来て以来養ってもらうばかりで負い目を感じてたらしく、みんなの気持ちを少しでも紛らわすのならと、せっせとこの木彫りを作り続けた。
木から艦隊を生み出す魔法の姫ということで、艦内でも評判になった。
思えば、この技が地上では自らの命を危険にさらすきっかけとなり、宇宙では生きる希望へとなったわけだ。つくづく人の運命というのは面白い。
ちなみにこの「ラーデベルガー」の木彫りを個人所有しているのは私だけ。今や艦内のプレミアムグッズ。私の宝物だ。
そんなこんなで過ごした3日間。ようやく艦隊主力に合流。
そこでもたらされたのは、予想通り敵艦隊接近の報であった。
この惑星系外縁部よりこちらに接近中で、数はおよそ1万。標準的な一個艦隊だ。
現在電波管制をしきつつこちらに接近中、あと7時間ほどでこのアステロイド帯を通過する予定だという。
たまたまワームホール帯を監視していた偵察隊にキャッチされたため、敵艦隊を捕捉できた。現在は光学監視にて敵艦隊の位置把握を続けている。
連盟側のこの艦隊派遣の狙いは何か?
まだ補給体制の整わないうちにこの惑星の取り込みを図るのか、威力偵察か、単なる示威行動か。
示威行動ならば電波管制などしかず高らかに艦隊の存在をアピールしてくるはずで、威力偵察ならば300?1000隻程度の小集団でくるはずだ。
一個艦隊で隠密行動を取る目的はただ1つ、どう考えてもこの惑星系の奪取だ。
ならば、我々連合側は迎え撃たなければならない。
戦闘は避けられない。しかも、タイムリミットはあと7時間。
私はエーテルの部屋に行き、このことを話した。
戦闘となれば、必ず生き残れるという保証はない。せっかく助かった命なのに、もしかしたら助けたことが無駄に終わるかもしれない。私は、申し訳なさそうに話していた。
「無駄じゃないですよ。」
彼女が口を開いた。
「私はとっくに死んでいた身。それが生き残り、ハンバーグ食べてアイス食べて、面白いものたくさん見せてもらって、これ以上何を望めというんですか?」
ああそうだ、この子は我々と違い、一度死の淵を体験してるんだ。
本来なら軍人である私が彼女を勇気付けるべき場面なんだろうが、逆に民間人である彼女に勇気付けられてしまった。
このまま死んでしまうのかもしれない。でも、生き残ったら…
生きる目的が強ければ強いほど、生き残れる気がする。そう思うと、私はふと思いつき、彼女に言った。
「じゃあ、生き残れたら…」
「ん?」
「生き残ったら、私と結婚してくれないか?」
思わず告白してしまった。
ここ数日一緒にいて、なぜだか私はこの人とこの先同じ人生を歩む気がしていた。
ただ単なる思い込みだろうが、命を助けた瞬間から、そう運命づけられているように感じていた。
なお、宇宙統一連合の軍隊の間には「戦場告白」という言葉がある。
滅多に体験することのない戦闘という極限状態を前に、同じ艦に同乗する男女が突然告白するという現象だ。
死ぬ前に後悔したくないという想いや、生きるための拠り所が欲しいなど心理状態は様々だが、ともかく戦闘前にはわりとよく見られる光景なんだそうだ。
そんなものとは無縁だと思って生きていたが、そんな自分がいざ戦闘前に戦場告白することになってしまった。
しばらく考えていた彼女が、ついに口を開く。
「私でよろしければ、お供いたします。」
なんだか変な答えだけど、私には十分な回答だった。
ただ、問題はこの二人が会話した場所が悪かった。
彼女と話しているこの場所、大勢の兵がごった返す食堂のただ中だった。
臨戦態勢時は、戦闘状況など外の情報は食堂のモニタに写されるため、非番や戦闘待機の兵はほとんどこの食堂に集まる。
当然のことながら、この会話は多くの人が知るところとなった。
次の瞬間、周りが騒ぎはじめた。
「おめでとうございます!大尉殿!」
「結婚式は地上でやらないと長続きしないらしいですよ。」
「こうなったら、絶対死んじゃダメですよ~」
「結婚式は当然、ラーデベルガーの全員が参加でよろしいですよね?」
皆好き放題にはやし立てる。
私の人生最大の黒歴史となりそうだ。でも私には忘れられない瞬間となった。
おそらく他の艦でも、もしかしたら敵艦隊でも、今まさにこんな感じで戦場告白があちこちで起こってるかもしれない。
そのうち、何組が生き残るのだろうか?
こうして、7時間が経過した。