城と魔術と艦長補佐 2
辺りは真っ暗だった。この地上の時刻は、夜の9時ごろといったところ。
明日の朝にでも総攻撃が始まるかもしれないため、この夜のうちに決着しなければならない。
さて、城が見えてきた。中央に広場らしきものが見える。降りるとすればあそこしかなさそうだ。
パイロットにお願いして、広場らしき場所に着陸してもらうことにした。徐々に城の広場に向けて下降していく。
さて、城の様子だが、当然真っ暗な空から得体の知れない黒い機体が降りてきたので、城兵がどんどん集まってきた。だいぶ驚いているようだ。
ここの兵士の格好は…よくある中世風の格好とは違う。なんというか、地球001でいうところの「武士」のような格好だ。
着陸すると、ずらりと槍を構えて囲んできた。
1人だけ、明らかに甲冑の立派な武士がいた。おそらく指揮官クラスか、あるいは城主か?
その武士が叫んできた。
「何者か!」
ああ、統一語だ。言葉は通じるようだ。もっとも、あの起こりっぷりでは言葉は通じても、話が通じないかもしれない。キャノピーを開けて、私も叫んだ。
「えっとですね、あなた方に大事な話があって来たんですが、ここの城主の方はあなたですか?」
「わしではない!なんだ!用とは!?」
ずいぶんと迫力がある人だ。やはり、戦を戦うものは迫力が違う。
などと思っていたら、奥からもう1人現れた。
「何事じゃ。」
「はっ!怪しい奴が空から降りてきて話があると申しております。」
女の人の声だ。口調からすると、この人より身分が上の人か。
「聞こうか、この落城寸前の城に何用か?」
「姫様いけませぬ、危のうございます!お下がりください!」
「どうせ妾は明日には死ぬかもしれぬ身。今さら身の危険などどうとも思わぬ。それに、これは天の使いかもしれんではないか。」
なにやらさっきの指揮官男と話している。甲冑を身に着けてはいるが、確かに姫君のようだ。
「で、こんな空飛ぶ魔術を使ってわざわざこんな落城寸前の城に何の用じゃ?天の使いか?それとも、タケダ殿の使いか?」
「は?タケダ?いえいえ、天の使いでも、そのタケダ殿というものの使いでもありません。あなた方を助けるためにやってきたんです。」
なぜか、金の斧や銀の斧を女神さまに示されても、自分のは鉄の斧だと言い張った、あの話を思い出した。こんなところで変な嘘はつかない方がいい。
「こんな城を今さら救えるというのか?なかなか面白いことをいう。」
姫様と呼ばれるこのお方、どうやら私を受け入れてもらえたんだろうか?
「このものを城の間に通せ!」
「ははっ!」
とりあえず、城の中に通されることになった。
「おいお前!姫様のお言葉が聞こえなんだか?さっさと降りてこられよ。」
おっかないが、ここは行くしかない。艦長のためというより、ここの城兵の命がかかっていることだ。頑張るしかない。パイロットに頼んでハシゴを下ろしてもらい、私だけ下に降りた。
槍兵の隙間をおっかなびっくり通りながら、私はその奥にある部屋に通された。
灯篭だけの薄暗い部屋の中、先ほどの姫様と、指揮官クラスの男がいた。それにしてもこの部屋、椅子というのがないらしく、正座して座るほかなさそうだった。
「して、そなたの用向きとはなんじゃ?」
「はい、あなた方のこの城の包囲網を解くため、ぜひいただきたいものがありまして。」
「何?この周りの軍勢を追い払うというのか?本当にそんなことができるのか?」
「おい!おかしなことを申すとただでは済まんぞ!」
指揮官男が腰の刀に手をかけて怒鳴ってきた。
「いやいや、本当ですって!できもしないことをわざわざここまできて申し上げることはいたしません!」
「ではどうやって奴らを追い返すのか?」
「まず船を10隻、並べます。」
「船?」
怪訝そうな顔をしてきた。いきなり話が飛躍してるからなぁ、何言ってるかわからないんだと思う。
「周りに湖も川もないのに、どこに船など並べるのか!?」
「空です。うちの船は空を飛ぶんです。さっきの飛行機も、空を飛んできたでしょう?」
「ううん…だが船を並べたところで、それがどうなるというのか?」
「うちの船、大きいですからね。普通は見ただけで驚きます。」
「だが、相手は5000もの兵じゃぞ、たった10隻で驚くことなど…」
「だいたいこのお城くらいの大きさがありますから、うちの船。それが10隻。」
と話すと、唖然とした顔してる。この城ほどのものが空を飛んでくる。そりゃ信じられんだろう。
「そんな魔術があるとは思えないが、それで我々に何を希望するか?」
「あなた方に、救援要請をいただきたいのです。この船をここに並べるには、それがどうしても必要なんです。」
「なんだその救援要請というのは、つまりは助けてくれと言えと言ってるのか?」
「はあ、簡単に言うとそういうことになります。」
なんだか変な顔してるな。変なこと言ったか?
「どうも腑に落ちぬ。そんなことはお主らが勝手にすればいいことではないか。何故我らの懇願など必要なのじゃ?」
「政治的なことがあるんで私にもうまく言えませんが、後々のことを考えるとちゃんと了解を得ていないとだめなんです、我々の決まりでは。」
「よく分からぬが、分かった。」
姫様が急に立ち上がった。
「そなたの言を信じて、その策にかけてみよう!その救援要請とやらをだそう。」
「姫様!」
「もしこの城に籠る500の兵全てが助かるというなら、妾の身を差し出しても良い。だが、もし約束を違えて裏切ったなら、我らは最後の一兵まで戦い抜くつもりだ!」
このお城、よほど切羽詰まっているのがわかる。でもこの姫様、ぜひ私の上司にしたい人だなあ。みんなのために、自らの命差し出す覚悟。どこかの艦長にも見せてやりたいものだ。
早速、この姫様は書状を書き始めた。字は読めないが、内容は「落城寸前の我が城、是非ご助勢つかまつる」て書いてあるそうだ。姫君の名前付きで。
それを受け取った私は、早速駆逐艦を呼び寄せることにした。
「後のことは我々におまかせください。」
「よろしく頼む。」
「で、今から10隻並べちゃってもいいですかね。夜襲の心配もありますし、早い方がいいですよね。」
「もう私はお主に任せた、お主の好きにすればよかろう。」
私は外の複座機のところに戻り、無線ですぐに駆逐艦10隻をこの城に向かうようお願いした。
ものの10分もすると、10隻の駆逐艦隊はやってきた。
低い音を立てながら迫ってくる艦を見て、姫様が叫んだ。
「なんじゃこれは!?これが船と申すか!?」
灰色の全長300メートルの艦が10隻。この城を防衛するにはちょっと過剰すぎるほどの艦艇が、上空に集結しつつあった。
で、これを見た姫様、真顔でこっちに駆け寄ってきた。
「城を飛ばせる魔術が使えるなどという話、聞いたことがない。タケダの家臣にもそのような大技使いはおらぬ。お主らは一体どこの国のものじゃ!?」
「ええと、信じていただけないかもしれませんが…」
我々が宇宙から来たこと、あなた方の星に同盟を結んでもらうのが目的であること、見返りに交易などが行われることを伝えた。
だが、当然「宇宙」や「星」と行った概念がないため、一つ一つ説明するのにスマホの動画やホログラ映像なども駆使して説明した。
かれこれ2時間くらいかかっただろうか。ようやくある程度の理解をいただけた。
「…なるほど、ではそのためにまず我らのところへ来たと言うわけか。」
「そうです。」
「だが、それなら我らよりも、まずはこの麓に居座ったあのタケダ殿に声をかけるべきではなかったのか?あちらの方が我らより強大。交易相手には、もっとも適した相手であろう。」
「我々は強大な相手だから交易をする、ということはいたしません。この星にいる全ての人が、我々の同盟者なのです。」
「しかし、ここで我らをかばい、タケダに対することは、その後の交渉の妨げとならぬか?」
「我ら武官の役目は、地上のいかなる人の生命も守ることです。今後の交渉に不利になるからといって、人が死ぬのを黙って見ていることはいたしません。」
などと格好のいいこと言ってますけど、どうせこの先は文官殿のお仕事。そのタケダ殿との会話、大変なことになりそうだよなぁ。
それにしてもこの姫様、随分と飲み込みが早い。そういう人が相手で助かった。
「そうか、では後のことはそなたにお任せしよう。ええと…名はなんと申す。」
「カールと申します。あの船の艦長の補佐をしているものです。」
「宇宙とやらからきただけあって、変わった名だな。カール殿か。私の名はマツ。城主は病で亡くなり、妾がこの城の主人ということになっている。頼りない城主だが、よろしくお願い申し上げる。」
やはりこの方は城主だったんだ。先日の戦って、多分この城攻めで亡くなられたのだろうな。
聞けばこのお城、持ってあと1日だったらしい。城内で魔術を使えるものは全て殺され、明日突撃を受ければ持ちこたえないところだったようだ。
それにしても、やはり魔術というものがあるようだ。相手は昨日までに外側の廓を魔術で一気に破壊し、あとはこの本丸のみとなったようだ。
相手は5000の軍勢で、魔術師は20人ほどいるようだ。ここでも200人に1人くらいの割合で魔術師がいるようだ。
その中でも、すごい魔術師が4人いるらしい。「タケダの四天王」と呼ばれているとのこと。なんだかすごいネーミングだ。
その四天王の魔術というのは、大きな岩をも持ち上げるほどの力らしい。他を知らないので、それがどれくらいすごいことなのかがわからないが、それほどの力ゆえに石垣を壊してくることが可能なようだ。
まあ、さすがにあの馬鹿でかい10隻は動かせないでしょう。10万トンを超える艦艇が10隻。悪いがこの惑星の魔術師では、相手にならない。
ということで、私は一旦艦に戻ることにした。姫様にもお休みいただき、明日に備えてもらうことにした。
で、艦に戻り、一連の経緯を艦長に報告。奴めは上機嫌だ。相手の救援要請を取り付けて、こうして城の皆を救うことができるわけだ。普段あまり手柄を立てることができないため、この功績は大きい。
なんだか手柄を取られたようでちょっと腹がたつが、あの無茶苦茶な艦長のおかげで私は動き、結果、城兵は救われた。まあいいかとその時は思った。
それが甘い考えだったと思い知らされたのは、翌日の朝のことだった。
さすがに、タケダの5000の軍は動かない。駆逐艦を見て警戒しているようだ。
そこまでは目論見通りだが、いつまでもほっておくわけにはいかない。誰かがそのタケダ殿と交渉しなければ、ずっとにらみ合いになる。
ということで、交渉官の派遣を要請するよう具申したところ、この艦長、とうとうこんなこと言ってきやがった。
「中尉!お前がそのタケダとやらのところに行って、停戦協議をしてくるんだ!」
今日ほど、この艦長に殺意を感じたことはなかった。




