豪華客船と星空ツアーと香辛料 4
結局、我々夫婦は、他の乗客が地上に戻った後もそこに居続けた。20日かけて、この艦内の料理店を行き尽くした。
中には残念なものもあったが、概ね我々夫婦を満足させる食べ物が多かった。アリシアにいたっては「スイーツ」なるものにはまってしまったようだ。
もちろん、食べ物ばかりではない。ラムさんに案内されて、外が見える展望室というところにも行った。
そこは、戦艦内でも外の景色が一望できる数少ない場所。
そこでみたものは「星空」だった。
ただ、青く丸いものが星空の下にぽっかり浮かんでいる。これが、我々の住む惑星であると教えられた。
そう、この船はいつの間にか宇宙に出ていたのだ。
我々夫婦は息を飲んだ。
宇宙に比べればちっぽけなこんな星を、たった一周して大旅行などと呼んでいたのだ。
我々の知らない味が、場所が、まだまだ無限にあることを、ここでは思い知らされた。
妻アリシアに言った。
「世界一周旅行は駄目になったが、今度は宇宙一周に出かけよう。」
で、それから、半年が経った。
私はチェン氏のいる商社と、取引をはじめた。
こちらからは、イルベニア国内で取れる鉱物に、艦隊向けの食料、物資の供給。
彼の商社からは、珍しい食べ物や香辛料などを買い付ける。
すでに通貨の交換レートも決まり、交易が始まっていた。我々はその交易の先陣を走っている。
なお、我々の星は先日、「地球748」と登録され、連合側の一員となった。
この前後に連盟側がこの空域に侵入しようと、我が恒星系外縁部で小競り合いがあったらしいが、無事排除できたそうだ。
我が商社も専用の宇宙船を手に入れて、交易が軌道に乗りはじめていた。
正確にはチェン氏の商社から一隻譲ってもらったのだ。彼らの荷物も運ぶし、格安に譲ってもらった。今は我々の雇った船員が、彼らの商社の船員について運用方法を学んでいる。
さて、そういえばあの豪華客船エジンバラだが、その後船会社が事故により発生した負債を抱えて倒産。
この船はそのまま曳航先の港で朽ち果てるところだったが、私がこれを格安で引き取った。
これを再びイルベニアの港に持ってきて、レストランに改造した。
イルベニアで唯一、いやこの地球748で唯一、宇宙で買い付けた選りすぐりの料理、香辛料を食べられるレストランだ。
元が豪華客船だけに、こういう転用は簡単だ。あの時の船員をそのまま雇い、給仕係として働いてもらっている。
なお一等客室は、食材や香辛料の商談場所として使っている。なにせ今イルベニア国内では宇宙料理ブーム。取引相手が後を経たない。
当然このレストランでは、あのスイーツが食べられる。妻のアリシアお勧めの最先端で多種多様なスイーツが食べられるのは、この地球748ではここだけだ。
宇宙中の食材や「アイスクリーム」というやつを扱うため、巨大な冷凍庫が必要になったので、あの忌々しい機関室からボイラーとエンジンを取っ払って、そこに冷凍庫を配置した。まさにわがレストラン「エジンバラ」の機関だ。
ところであの船長だが、今は私の商船に乗船してもらっている。あれでもベテラン船長で、我々の惑星の港の位置には詳しいため、地上降下場所の案内人にもなる。いずれ、私の商船の船長をやってもらおうと思っている。
で、私はというと、今はチェン氏の商社が本社を構える地球325に向かっているところだ。
ここに本当はアリシアも連れてきたかったが、残念ながら連れてこられなくなった。
彼女は妊娠した。来年には、私も親父になる。さすがに身重での旅行は心配なので、残すことにした。
とても悔しそうだったが、お土産をいっぱい買ってくると約束して、留守番をしてもらっている。
まあ、彼女には地上にて料理の情報収集という仕事がある。
大量の雑誌と、設置したテレビにつながったばかりのネットを駆使して、いろいろな星の料理に関する情報を集めている。気になるものがあれば、私にメールで知らせてくれることになっている。
豪華客船での旅行がふいになったことで開かれた新しい世界。
いつかは、アリシアと新しい家族とともに、宇宙一周旅行をしたいものだ。
(第9話 完)




