宇宙戦艦と駆逐艦と第53条 7
我々は訓練生を伴って、この恒星系の外縁部にいた。
ワープ航法の訓練のためだ。ここの恒星系からもっとも近距離のワープをした先がこの外縁部になる。
訓練艦600隻、我々は400隻。合計1000隻の艦隊で航行していた。
なお、訓練艦の内訳は、「火星」「地球」共に300隻づつ。
さて、訓練も終わり、まさに帰還の途についていた矢先。我が艦のオペレーターが叫んだ。
「レーダーに感!艦艇多数!数、およそ1千隻!」
「味方艦隊がこの空域に展開しているのではないか?」
「そのような報告はありません。」
念のため艦色を確認することにした。
「艦色視認!赤褐色!敵の艦隊です!」
なんと、ここに来て敵艦隊のお出ましだ。すぐさまレーザー通信で、この情報を各艦に伝達する。さらに電波管制をしいた。
幸い我々の位置は知られていないようだ。こんな空域に艦隊がいるとは考えなかったのだろう。敵の領内に入り込んだにしては迂闊すぎる。
数は同数。だが、我々は大半が訓練生の運用する艦艇。つまり素人集団だ。
だが、敵艦隊に感づかれずに肉薄できるチャンスというものはそうそうあるものではない。
どうするか?
そこで、我々が決めたのは、訓練生自身に決めてもらうということだった。
攻撃に賛成ならば、艦上部に黄色い布を張れ、という内容のレーザー通信を送った。
これなら一目で賛成か反対かがわかる。
2つの対立する勢力の訓練生を抱えての戦闘など、どう考えても無謀だ。
彼らもそう感じてることだろう。反対が多いに違いない。
ところが、予想に反して、全艦「賛成」の黄旗を立ててきた。
どういうことだろうか?ともかく、これで敵艦隊攻撃が決定した。
まずは、艦隊の命令系統の伝達を行う。
訓練艦隊という編成のため、旗艦などを明確に定義していないで航行していたが、こと戦闘を行うには、命令系統を明確に指示する必要がある。
旗艦はもちろん我々の9980号艦だが、連絡途絶時にはどの艦の指示に従うかを指示した。
こういうのは、通常の艦隊では事前に行っておくものだが、こういう事態だ、仕方がない。
続いて、作戦指示だ。
敵艦隊に気づかれていないのをいいことに、敵の後ろに回り込む。
初弾は特に戦艦の後部エンジンに集中砲火を浴びせる。同時に艦隊主力に敵艦隊侵入の報を連絡。
しかるのちに我々はワームホール帯に向かって後退。
最後に、目眩し弾を放ってワープアウト、戦線を離脱する。
訓練生ではこの程度の作戦が精一杯だろう。なるべく死なせるわけにはいかない。
いよいよ作戦開始。まず敵艦隊後方に接近する。
だが、我々が攻撃体制をとる寸前に、敵艦隊に察知された。
奇襲は失敗。すぐさま敵艦隊も攻撃体制をとる。
訓練生とはいえ、元々は宇宙戦艦を操っていた乗員も多い。並の訓練生ではない。
だが、遠距離攻撃での戦闘は今回が初めて。
そういう意味では、練度の低さが気がかりだ。
実戦経験は我々よりも上。つい最近まで、戦争をしていた人達だ。
ただし、今回は以前撃ち合っていた相手との共同戦線。うまくいくのだろうか?
不安しか感じないこの戦闘。
しかし、もはや戦闘は回避できない。
「距離30万キロ!有効射程内に入りました!」
「全艦に伝達!砲撃戦用意!」
艦長兼分艦隊長の指示が飛ぶ。
「戦列標準!撃ち方始め!!」
敵もエネルギー装填に入った。
我々の方がわずかに早く砲撃を開始した。
だがこの状況ではあまり有利とは言えない。
作戦の修正が必要だ。
ワームホール帯を目指して撤退するのは変わりないが、戦艦に集中砲火を浴びせるという作戦はすでに失敗している。
単なる撃ち合いになってしまったが、こうなると我々の方が練度が低い分不利だ。
次の一手を考えなければいけない。
そこで提案されたのは、一旦前進して攻勢に出たと見せかけて、一気に後退するという作戦だ。
すると敵は追いかけてくるので、再び前進する。
これを2、3回繰り返すと、敵艦隊には攻勢が来るタイミングで守備を固めるため、後退し始める。
これに呼応して全力で後退するという戦術だ。
我々の提案ではない。これは火星側の参謀からに提案だ。
さすがに実戦を重ねただけのことはある。早速、各艦に伝達した。
まず、全速前進。ビーム砲火が飛び交う中、たじろぐことなく突っ込んでいく。
敵も驚いたのだろう。前進をやめて、後退に転じた。
今度は我々が後退。我々もあまり経験のない艦隊運動だ。
すると、思惑通り、敵艦隊もつられて前進してきた。
この後退時に、訓練艦が奇妙な動きをとった。
10隻あまりが一箇所に集まったかと思えば、急に広がるという動きをとる。
我々も狙撃されないようランダムな動きをとるが、それをダイナミックにした感じだ。
これを行なったのは地球側の訓練艦。
艦が集中するとそこに一斉に砲撃が集中する。それを今度は急に分散して避けるというわけだ。
彼らのこれまでの戦闘によって編み出された戦法なのだろう。意外に理にかなっており、予想外に敵を翻弄している。
だが、練度の低さは如何ともしがたい。
命中率は敵の8割程度。こればかりは、訓練の差が出る。
だが、この艦隊は地球113所属というのが幸いした。
我々の艦隊では、駆逐艦を旗艦としている。つまり、戦艦に頼らない体制を敷いている。
今回の戦闘でも、戦艦は射程外に退避させている。
戦艦は確かに砲塔が多く、攻撃力が高い。単なる撃ち合いならば、頼り甲斐のある兵器である。
ところが駆逐艦と比べて動きが遅い。このため、機動力を重視したい場合には正直足手まといだ。
このため我々の艦隊では、はなから戦艦に頼らない戦術をとることを伝統としている。
火星側の前後運動作戦、地球側のダイナミックな艦船の動きが取れるのは、まさに戦艦を戦列から排除した結果可能となる戦術だ。
だが我々も艦隊運動による戦術を一つ持っている。
この訓練艦ならばできるのではないか?我々は、あえてその戦術を実行してみることにした。




