魔女と木彫りとパイロット 4
我々の小隊の旗艦である戦艦「エルデ」は、衛星軌道上に待機していた。
我が駆逐艦 9804号艦、自称「ラーデベルガー」は補給のため、今夜宇宙に上がり、この戦艦と合流することとなった。
我々にとってはなんてことない出来事だが、エーテルにとっては大変なことだ。なにせ彼女は、この惑星の人類で初めて宇宙に出ることになる。
そんな重大な出来事が待ち受けてるというのに、相変わらず食堂の入り口にある模型にくびったけ、必ずハンバーグを食べる。よほどハンバーグが気に入ったらしい。
先のことを憂うよりは、何かに夢中なことはいいことだ。とは言え、そろそろ暇つぶしになる何かを見つけないといけないかな。
食事を食べながら、彼女に聞いてみた。
「何か欲しいものはない?」
ハンバーグの方を指差したので、食べ物ではなく、生活する上での何かで欲しいものないかと言い直した。
「・・・刃物が欲しい」
顔に似合わず物騒なものを要求してくるものだなぁ。しかし、何に使うかを聞いてみたら、木彫りを作るためだという。
そう、この娘は木彫り師だった。
そう言えば、ある人にそっくりの木の人形を作ってしまったことで魔女にされていたことを思い出した。
ただ、木彫りを作るにも、刃物はあるものの肝心の木材がない。
いろいろ探した結果、補給物資の緩衝材に使われてる木材があることがわかり、これを整備場にある工具でほどよい大きさにカットしてもらった。これを彼女の元に持って行った。
いきなり大量の素材を手に入れた彼女はまるで水を得た魚のように、早速何かを掘り始めた。
さて、そんな彼女をもう少し見ていたかったが、艦長から直々に呼び出された。
艦長室に入るや否や、艦長が言った。
「悪い知らせといい知らせがある。どちらから聞きたいか?」
私は美味しいものをあとで食べるタイプの人間だ。
「悪い方から、お願いいたします。」
「ハンス中尉、今回の地上での騒動により、訓戒処分を申し付ける。」
確かに悪い知らせだ。
「軍民としての責務をわきまえ、今後節度ある行動を求める!」
ああ、とうとう処罰が下った。しかし、これで彼女の命が助かったんだから、これで済んだとあきらめることにしよう。
「なお通常であれば民間人への防御装置の使用は重大な軍規違反だが、人命救助とリーダークラスとの初期接触の功により、減罪とする。」
確かにこの程度で済んだのは幸いだった。村長の人徳がなければより重罪となっていたことは間違いない。運が良かった。
「では、続いて良い知らせの方だが」
正直このとき、今の気分を癒してくれるようなものではないだろう、と思っていた。
「本日付で、大尉への昇進を任ずる。」
えっ!?昇進?今怒られたばかりだというのに、昇進??
予想外の展開で、言葉を失った。
なんでも、今回の村長との接触は我が艦隊の交渉官にとっては大きな一手だったらしく、既に国王との接触交渉、補給物資の供給に関する合意がなされたそうだ。
その功を鑑みての昇進とのこと。そんなにすごい人だったんだ、あの村長さん。
それにしても、同じ行動に対して同じ組織が賞と罰を与えるなど、1万4千光年の宇宙広しと言えどもここだけではないだろうか?
喜んでいいのか、悲しむべきか。しかしまあ、昇進して給料がアップすることは喜ばしいことに違いない。
さて、そうこうしているうちに我が艦は宇宙へ出るべく準備を着々と進めていた。
衛星軌道上に出るためには秒速8キロ前後の速度まで加速する必要がある。数万トンレベルの重さの駆逐艦をこの速度まで加速させるには、当然膨大なエンジン排気が発生する。
いくら排気の少ない重力子式エンジンとは言え、空気の濃いところでそんな加速をすればあまりよくない影響を大気に与えかねない。そんなわけでエンジンを高出力する際は高度4万メートル以上でと定められている。
ちょうど艦長室から出たあたりで、その4万メートルに達したようだった。
艦長も私のすぐあとに部屋を出てきて、艦橋に向かっていった。
艦内放送で、いよいよ宇宙に上がることが告げられる。
おっと、ではエーテルさんのところへ行かないと。
いくら慣性制御が効いてるとはいえ、離昇時の大出力エンジンからの音と振動は相当なもの。我々は慣れているからいいものの、艦内のあらゆるものに思ったより動じなかった彼女といえどもさすがに驚くだろう。
始末書と訓戒処分と引き換えに助けた命ということもあるんだろうが、なぜだか彼女のことが気になってしょうがない。
が、エーテルを見つける前に上昇を始めてしまった。通路で共鳴するエンジン音に、ビリビリという振動が通路を揺らす。
ところがエーテルの部屋にたどり着いてみると、手に入れた木材を小刀で削って、せっせと何かを作っていた。周りの轟音や振動にまるで動じる様子がない。肝っ玉太すぎないか?この娘。
一体何を一生懸命作っているのかと思い、覗き込んでみた。
なんとこの”駆逐艦”だった。
そういえば、食堂入り口にあるあの模型をまじまじと見てたが、あれを作っているようだ。
それにしてもうまく作るものだ。長さや幅の比、先端の主砲身の溝の数なども正確に再現している。今はエンジンの噴出口付近をせっせと作っているところ。これができれば完成のようだ。
なるほど、この彫り物の正確さは確かに「魔法」のようだ。魔女扱いされてしまった理由もよくわかる。
何も言わず横からじーっと見ていたが、ふと気配を感じたのか、彼女はこちらを見上げてきた。
眼があったので、にこっと笑いかけてくれたが、その後またせっせと削り始めた。
その笑顔を見ると、なんだかちょっと心の奥が…なんだろう?この気持ち。
「できた!」
おっと。完成したらしい。
「みてくださいこれ。食べ物屋の前にあったあれ、作ってみたの。」
なんだか嬉しそうだ。だが、おそらくこれが何なのかを知らないで作っているようだ。
「へえ、うまくできたね、うちの船。」
「えっ?これこの船だったの?」
そりゃまだ外観を見たことがないから、知らなくて当然か。
ここにきた時に一度見ているかもしれないが、あの時は意識が飛びかかった状態で、おまけに真っ暗闇でほとんど見えなかったから、この艦の姿など見えるはずもない。
そんな会話をしているうちに宇宙に出たようだ。轟音が止み振動もおさまっていた。
戦艦のドック到着は艦隊標準時で16:00。今が14時ちょっとだからあと2時間で着く。
せっかくだから、外の様子を見てもらおうと、数少ない窓のある休憩所に行くことにした。
ちょうど彼女が作った我が艦の木彫りがあるので、今の場所と、これから向かうところを指し示した。
休憩所に着くと、数人が外を眺めていた。
「おお?ハンス殿、姫と艦内デートですか?」
よく見たら整備課のランスだった。同じ戦闘機つながりで、名前もよく似てるせいか、なんだかんだとよく絡んでしまうやつだ。
はたから見たら、やっぱりデートなんだろうか?不思議と、悪い気分ではないかなぁ。
そこは適当にごまかしたのちに、窓の方に連れて行った。
ちょうど我々の真下方向にこの惑星が見えていた。真っ青で真ん丸な、典型的な地球型惑星だ。
「わっ!?何この青いものは?」
「これはあなたの星ですよ。この上にあなた方は住んでるんです。きれいでしょう。」
自分の住んでいるところがまさかこんなに青くて丸いところだなんて知らなかったので、驚くのも無理はない。ましてやこういう珍しいものにおそらく興味津々な彼女。すぐに虜になった。
が、残念なことに艦が方向転換したため、この窓から見えなくなってしまった。
艦橋だったら多分見えるんだろうけど、さすがに民間人をほいほいと連れて行けるところではないし、ちょっとがっかりした彼女をなだめるほかなかった。
とその時、携帯にメッセージが入った。艦長より、エーテルを連れて艦橋に来い、というものだった。
なぜ突然、彼女を艦橋に?まあ艦長の気まぐれだろうが、ともかくご厚意はありがたく受け取ろうということで、彼女を連れて艦橋に向かった。
細い通路とエレベーターを経由して艦橋に到着。戦艦へのアプローチ中ということもあり、いつも以上に慌ただしい様子だった。
「ハンス中…大尉、入ります!」
まだ新しい階級には慣れていない。
「ようこそ、我がラーデベルガー艦橋へ。」
今日の艦長は上機嫌のようだ。
窓の外には、先ほどまで見ていた青い星が見える。
だがそれ以上に彼女の興味を惹いていたのは、同行する他の艦だったようだ。
自分の惑星より、他の駆逐艦の方が気になるらしい。先行する2隻の駆逐艦の方ばかり見ていた。なぜこういう四角くて硬そうなものが好きなのか…そこは個人の主観ゆえに、よくわかりません。
やがて、その先にさらに別の船が見えてきた。
しかしこいつはだんだんと大きくなる。
これでもかというくらい大きいのに、まだ大きくなる。
ついに眼下一面がこの船で覆いつくされた。
これは我々の小隊の旗艦であり補給艦である、戦艦エルベだった。
他の駆逐艦とは比べ物にならない大きさ、さすがの彼女も驚いた様子だった。
全長3200メートル、100メートル級主砲1門、10メートル級30門、艦艇収容数は最大30隻。戦艦としては平均サイズな艦だ。
もっとも、彼女の住む世界では我々の駆逐艦ですら大きな乗り物。そこに島のような大きさの船が現れた。ちょっと怖くなっているのではあるまいか。
そんな彼女の事情とは無関係に、わが艦は戦艦へのアプローチに入った。
今回は補給のみのため、戦艦表面にある簡易ドッグに降りることとなった。艦のほとんどは外にむきだし、艦底部のみ戦艦に刺さった状態で係留されるドックだ。
「戦艦接舷用意!両舷前進微速!ふ角3度!」
「両舷前進微速!ふ角3度!相対距離1200!」
艦長の指示の声と操縦士の復唱が艦橋内に響く。
「3番ドッグよりガイドレーザー放射確認!相対速度50!距離800!」
いよいよドッキング開始だ。自動航法装置が勝手にやってくれるとはいえ、数万トンの物体が行うドッキング作業、緊張が走る。
「距離、300…200…100…着底!係留アームとの結合完了!重力子エンジン停止!」
「エンジン停止よし!ロックよし!各部センサー異常なし!固定確認!!」
しばらくすると、戦艦との連絡通路の結合完了。戦艦への移乗許可が下りた。
彼女を連れて、早速戦艦内の「街」へ行くことにした。
揶揄されるのは気になるものの、彼女の命を救った手前、最後まで責任を果たす義務がある。ここは私がつれていくべきだろう。
とはいえ、女子向きの店など行ったことがない。後輩の女性少尉にメールで、おすすめの店を聞いてみた。
しばらくして少尉から返信、洋服の店、女性に人気の料理屋・スイーツの店、そして今おすすめの映画まで書かれていた。
これはまさにデートコースだ。これはきっと艦内の女性陣で練られたプランなんだろうと推測された。この調子だと、ここに書かれた店で待ち伏せされてるかもしれない。そういうものだと覚悟して行く必要がありそうだ。
さて戦艦内に入り、最寄りの駅に向かう。
全長3キロもの艦内には、移動用のリニア鉄道が引かれている。歩いて移動するのはさすがに広すぎる。
大体10分おきに無人の電車がやってくるので、これで街まで移動する。
この電車というやつも彼女の関心をひいた。見るもの全てが珍しいはずだが、駆逐艦といい電車といい、四角くて大きいものが特に好みなのか。
電車は3分ほどで街のある駅に到着。ここはもっとも人の多い場所だけに、駅には大勢の人でごった返していた。
この艦にある街は400メートル四方の空間にひしめくように作られている。
居住エリアは艦内の別の場所にあるため、ほぼ全て商業地。戦艦内だけでなく、寄港中の駆逐艦船員の多くが訪れる。
普段は狭い艦内での任務を強いられてるため、こういう地上っぽいところを訪れることは息抜きになる。
道路は歩行者のみ。輸送車、タクシーの類いは街の上を飛んで移動する。まずは腹ごしらえということで、少尉おすすめの料理店へ行く。
さすがおすすめというだけあって、小洒落た店だ。いまどきは注文も給仕もAI搭載ロボットがやるのが普通だが、ここは人が運んでくれる。
言葉は通じるが文字は読めないため、何が書いてあるかわからないメニューとにらめっこしていたが、ハンバーグ風のものを見つけて嬉しそうに指差してきた。好きだな、ハンバーグ。
「リュードリヒ牛の煮込みハンバーグ」てのを注文した。我が地球163では有名なブランド牛だ。
私は…何だろう、なんだか小洒落過ぎててかえって探しづらい。とりあえず、目に付いたビーフシチューのランチセットを頼んだ。
艦隊標準時は19時をまわっていたが、ここは24時間真昼間。彼女の住んでいた村の時間で言えばちょうどお昼時くらいなため、ランチタイムということになる。
大体、宇宙勤務となると時間感覚は皆バラバラ。艦隊ごとに標準時刻は定められてるものの、3交代勤務だったりして必ずしもその時計にあった生活が歩めるわけではない。
パイロットという職業は交代制ではなく、比較的時間通りに生活できる職種だが、成り行き上彼女の時間に合わせて生活してたおかげで、今はすっかり不規則組に仲間入りだ。
運ばれてきたハンバーグを満喫する彼女。よほど美味しかったのか、すごく嬉しそうだ。そりゃそうだろう。艦内の小さな食堂のハンバーグと、味を追求した料理屋のそれとでは比べるだけ無駄だ。
で続いて服を調達に服屋にきた。正直、この店は私の専門外だ。店員さんにお任せで2、3着選んでもらった。
これでエーテルさんも一張羅の生活にピリオドが打てる。服もその場で着替えさせてもらい、この一張羅の服は別の袋に入れてもらった。
さて女性陣プランではこのあと映画ということになっているが、映画館のあるショッピングモールの入り口付近にある小さなDIYコーナーに彼女の目が留まった。
駆逐艦勤務で、遠征艦隊勤務となると比較的することがないため、読書や動画、部屋でもできるエクササイズなどが人気だが、最近はこのDIYが流行りらしい。
といっても、そんなに大きなものは駆逐艦内には持ち込めないため、30~50センチ程度の木材やプラスチック、金属材料、そして工具が売られていた。
もちろん、木彫り師の彼女が興味を持たないはずもなく、特に工具コーナーは興味津々だ。
刃物の類いはわかるが、ドライバーやペンチなど、見たことのないものが多くていろいろと質問された。結局のところ、彫刻刀セットといくつかの木材を買ったのだが、随分と長い時間をここで過ごした。
せっかくだからとショッピングモール内にあるフードコートでスイーツでも食べることにした。
が、赤、青、黄色などの色とりどりなスイーツに、エーテルは警戒気味。
どうやら食べ物に見えないらしい。ここは初心者でも安心なバニラアイスにしてみた。
無難な白一色のアイスながら、やはり味が想像できないからか、恐る恐る口にした。しかし1万光年の宇宙では、スイーツは女性必須の食べ物。
彼女もその原理原則に逆らえるはずもなく、あっという間に平らげてしまった。
そうなると、さっきまで警戒していた青やら黄色やらのアイスパフェも気になったらしく、じーっとみていた。当面、戦艦上陸はできないし、とりあえず小ぶりな青いパフェを注文。
「ん~!うまいなぁ~これ。」
うまいものを食べる女性の共通言語「ん~」が、この惑星でも有効であることが確認できた。
そして、おそらく私に彼女への別の感情が芽生え始めていることも確認できた。