姫と貴族と世直し騒動 1
私の名はヘルマン・フォン・シュタインブルグ。連合側に所属する地球 591の遠征艦隊で調査官をやっている。いわゆる「文官」と呼ばれる身分だ。
先日発見された、いずれ「地球741」と命名される惑星の調査のため、駆逐艦 第2090号艦に乗艦し、この星に降下したところだ。
私は航空機操縦の心得がないので、地上への降下はパイロットにお願いする。
パイロットの名はブリッツ。階級は中尉。身分は騎士だ。
そうそう、私はこれでも貴族だ。シュタインブルグ家の次男だが、家は代々、私の惑星にある帝国の子爵家だ。
兄である長男がその子爵家の家督を譲り受け、地球591の統一政府高官として行政に関わることとなっており、次男である私は文官として惑星の外で貢献する、これが49年前に我々の惑星が「地球591」となった時以来の我がシュタインブルグ家のしきたりとなっている。私はその3代目だ。
我々の惑星の遠征艦隊が組織されて5年。初めての惑星調査・交渉の任を受けることとなった。
私がこれから向かう場所は、2000キロほどの島の中央にある大きな街。事前調査で、この街が統一語圏であることは判明している。
この星の為政者との交渉に先立ち、この街の政治形態や身分制度など社会構成を調査するというのが私の役目。要するに、誰が偉い人で、どう辿っていけばその人と話せるか?というのを調べよというのが調査目的だ。
だが、言葉以外は全く文化も異なる。ここは文化レベル2の星のようで、49年前の我々と同じだが、事前の調査結果からはまるで異なる文化形態らしいことがわかっている。
一言で言えば、地球001のある国の「おエド」のような街だ。数年前に連合側の惑星で、このおエドブームがあった。ショーグン家に努める重鎮がお忍びで街に繰り出し、悪事を働く官僚や商人をばさばさ斬り捨てるという、勧善懲悪なストーリーのアニメが流行ったのだ。
それにしても、貴族階級のものが身分を偽って街に繰り出し、正当な裁判もなく処罰に及ぶこと自体は、我々の基準からすれば悪なのだが…と言いながら見てしまうのは、やはり我々の中にある正義への憧れという奴をくすぐるのだろうか?まあいい、今はそんなアニメのことを考えている場合ではない。そういう舞台とよく似た街だ、ということだ。
取り立てて戦闘行為や動乱などは見られない、比較的治安の安定した街だと思われるが、腰に剣らしきものを身につけた人物が時々見られるらしい。治安維持が目的か?単に威厳の象徴なのか?このあたりは不明だ。
そんな街に、たった2人だけで降下し調査せよというのが地球591統一政府からの命令。
惑星調査というものがわりとブラックな仕事と言われる所以である。とにかく、どこも無茶な要求が多いらしい。
もっとも、あまり大人数で押しかけるのもそれはそれで現地住人や為政者に対して警戒心を生むきっかけとなりかねないため、少人数になるのはやむを得ないのは承知している。
さて、高度2万メートルに駆逐艦を待機させ、我々は降下開始。
「デルタ1よりスルメイカへ、これより市街地脇に着地、しかるのちに調査を開始する。」
「スルメイカよりデルタ1。了解した。携行品の最終確認を行ったのちに調査を開始せよ。健闘を祈る。」
なお「スルメイカ」というのは駆逐艦 2090号艦の勝手艦名兼コールサイン。このネーミングセンスにはついていけない。
無線機、スマホ、拳銃に携帯バリア。お互いの携行品をチェック。これから市街地に向かう。
パイロットと私の格好は軍の簡易正装。どんな格好にせよ、街では浮いてしまうのはやむなし。せめて誠意ある格好で、かつある程度動きやすい格好ということで決まった。
「ではヘルマン様、参りますか。」
身分上、彼は様付けで私のことを呼ぶ。もはや、階級制度など形骸化しかかってるのに、律儀なことだ。
「騎士殿、よろしく頼む。」
おかげで、私も彼のことをこう呼んでしまう。
ところで、文官である私はある条件下でのみ、軍隊の指揮権を有する。
その条件とは、戦乱や殺戮、災害など、多くの人命の危機が迫った場合、最大で10隻の艦艇の出動要請をかけることができる。軍はこの要請と、連合軍規第53条のいわゆる防衛規範に従って行動できる。
文民統制下の軍隊のため、政府の代理人である文官にはそんな権限も付加されているのだ。
が、ここではそんな要請は不要かなぁ。見るからに平和だ。
やはり、街並みは「おエド」そのもの。頭は男はちょんまげ、女は結髪した髪型で、着物姿に瓦葺屋根の建物が立ち並ぶ。時々「カタナ」という剣のようなものを腰につけた人も見受けられる。
さすがにここでは我々は目立ちすぎる。白地に灰色の模様が入った軍服に、頭は髷のない短髪。明らかに違う国から来たものだとわかる。国ではなく、星すら違うのだが。
てっきり「怪しいやつ!番所まで来てもらおうか!」なんて奴が現れてしょっ引かれるかと思っていた。むしろそこから話のきっかけを得て調査に入ろうと思っていたのだが、意外とそういう役人が現れない。
場違いな雰囲気でうろついて、さすがに精神的に参り始めたその時、初めて声をかけられた。
「旅のお方!こちらでお休みされていきませんか~」
どうやら「茶店」というところの看板娘のようだ。あのアニメの知識がこんなところで役に立つとは。今夜あたりに配信動画サービスでもう一度見てみるかな。
さて、せっかくお呼ばれしたのに行かないのは申し訳ない。
だが、この星の通貨を我々は持っていない。代わりに「金塊チップ」と呼ばれる小さな純金製のチップをいくらか持ち歩いている。重さは10グラム。1枚で大体500ユニバーサルドルくらいの価値だ。
「すいません、我々お金がないので、こんなのしかないんですが、使えますか?」
「あ、都の外で使われてる小判ですね?ちょっとお待ちくださいね。」
そういうと、彼女は店の奥にいった。
「ご主人、この小判の値定めお願いします。」
「おお、おキヨさm…さん、その小判を頂けますか?」
この店のご主人のようだ。我々の姿格好に驚いたのか?何か言い直していたようだが。
「うむ、見たことのない小判ですな、大きさと重さからして、だいたい3000文ほど。お茶と団子を合わせて…250人分になりますかな。」
さすがに250人分の団子はいらない、って、ここの店の団子ってどういうもの?
「お茶と団子が一人前で12文ですから、お二人で24文。お釣りは…2976文、ですね。」
そんなお金、もらってもしょうがないなあ…
「あ、いや、お釣りはいりません。その代わりに知りたいことがありまして。」
「何でしょう?」
「この街の偉い方がどなたでとか、街の運営の仕組み、といったものなんですが、分かります?」
「あ、もしや何処かの国の密偵さんですか?かっこいいですねっ!」
いや、こんな分かりやすい密偵はいないだろう…まあ、理解してもらえるかどうかは置いておき、我々のことを少し話した。
「…ということは、あなた方は遠くの星からやってきて、私たちと交易がしたい。それで太閤様とつながりを持ちたい。ということですね?」
今の言葉で察するに、この国のトップはタイコウ様というらしい。ショーグン様ではないのか。
「でも、タイコウ様は他の国との交易を厳しく制限していらっしゃいますから、うまくいきますかね?」
鎖国もしてるんだ、この街。
「でもどうやって他の星からくるんですか?」
「空を飛んでくるんです。そういう乗り物がありまして。」
「まあ、お空を飛ぶんですか!?それはまた面白そう!」
「慣れるとあんまり楽しいものじゃないですよ。上から見てもこんなようなものですし。」
そういってスマホのホログラフィーで、この惑星の3D画像を見せた。
「わっ!何ですこれ!それにこの青い球は何ですか?」
「まずこの青いものは、あなた方の星です。我々も似たような青い星から来ました。こんな星が、この空の上には700以上もあるんです。」
「700も!そんなにたくさん!?ではみなさんで交易されてるんですか?」
「実は大きく二つの勢力に別れてまして、その勢力の中では盛んに交易をしてます。」
「じゃあ、その2つの勢力はお互いどうなってるんです?」
「常にいがみ合ってますね…自分の勢力を増やすため、こうしてまだ交易をしていない星を見つけては自勢力に取り込もうとしてるんですよ。」
なんだか、こちらの方がいろいろ質問を受けている。
「あなた方の事ばかり聞いててはいけませんね。私たちの事もお話しいたします。」
そういって、この看板娘さんは話し始めた。
この街は「サカエ」という名のこの国の都で、上には「テンシ」様がおられるが実質の支配者は「タイコウ」様という、テンシ様の行政代理人だという。
この街の奥にある大きな館にテンシ様が、その横にそびえる大きな城にそのタイコウ様がいらっしゃるそうだ。
この島の各地域には「ダイミョウ」という地方自治の長がいて、このタイコウ様に忠誠を誓い上納金・米を収める事で、地方の行政一切を任されているという。
この店の団子を食べながら、彼女の話を聞いていた。ここのお茶はちょっと苦くて苦手だが、団子の方は甘過ぎない上品な味付けで美味い。
彼女の名前も聞いた。キヨというそうだ。皆はおキヨさんと呼んでるとのこと。
このおキヨさんに、さらに聞いてみた。
「そのタイコウ様につながりを持ちたい時は、誰に頼めばいいんですか?」
「まずはタイコウ様の重鎮に近いダイミョウ、ハタモトの取り込みを図って貢ぎ物を贈り、タイコウ様への御目通りをお願いし、順々に上につないでもらうという他ないですかね?」
なんとも面倒な仕組みだ。何ヶ月かかるのか?
そういえば例のアニメの元となった地球001のショーグン様というのは、交易を要求した黒い軍艦の来訪がきっかけで開国に応じたと言われている。
我々の船は灰色だが、似たようなことができないものか?10隻の艦に出動要請をかけて上空に並べれば、あるいは…
いやいや、人命の危機が迫った状態でもなくそんなことはできない。権力乱用だ。ここは交渉官の腕で少しでも早くタイコウ様に謁見できるよう期待するしかない。
「でも、さっきのような珍しいものをお贈りになれば、案外早くタイコウ様に繋げていただけるかもしれませんね。私がタイコウ様なら、こういうの欲しいですし。」
「なるほど、珍しいものか…ちょっとこれを今すぐ渡すことはできませんけど、他にもいろいろな珍しいものあります。明日にでもお持ちするので、一度見てはいただけませんか?」
「わぁ!見たいです!是非いらしてください!」
ということで明日もここに来ることとなった。
さてこの店を離れて複座機に戻ろうとした時、騎士殿が耳打ちしてきた。
「何やらこの周辺に、見張りが数人います。」
手元の端末にある赤外線センサーが、壁向こうや塀の向こうの人影を鮮明に捉えていた。
そこで、店から少し離れたところの壁際の見張りに声をかけてみた。
「先ほどから我々をみていらっしゃるようだが、どのようなご用件ですか?」
まさか自分の位置がばれているとは思わなかったようで、腰のものに手をかけて警戒しながら出てきた。
「あ、いや、あなたをどうこうするつもりはありません。何をしていたのかを知りたいだけです。それに、我々を監視していたのなら、むしろあなた方のところへ赴くつもりですし。」
そう話すとこの見張りが、ちょっと驚くことを教えてくれた。
あのおキヨさんは、あの店の看板娘などではなく、とあるダイミョウ家の2番目の娘だそうだ。
あの店もこのダイミョウ家がお忍び用に作った店。店主もダイミョウ家から雇われた町人だという。
そうか、あの娘さん、姫君様なんだ。どおりで政治形態のことに詳しいわけだ。町娘でタイコウ様の取り入り方なんて、ああもさらさら答えられるものではないだろう。
で、この見張り役は我々ではなく、おキヨさんを見張っていたのだという。なるほど、それなら合点がいく。
なんでもダイミョウ家の2番目の娘というのは嫁ぎ先がなく、ブシ以外の大きな商売人などに嫁ぐかもしれないことがあるようなので、こうして街中で世間を知る機会を作っているそうだ。
そういえば、あのアニメでもお茶屋の看板娘が、実はお忍びの姫君だったという設定があった。だがあちらはダイミョウに内緒で飛び出して活躍するという話だったはずでは…まさかお家公認でお忍びをやるとは思ってもいなかった。
それにしても名家の生まれで2番目というにはやはり不憫なものなのか?私も貴族の次男ということで、惑星の外で活躍しシュタインブルグ家に尽くすよう父より言われて調査官をやっているが、要するに体よく追い出されたわけだ。
ということで、見張り役には明日持ち込むものを事前に見てもらい、その上でおキヨさんと接触することになった。こういう地味な役割の人たちを信用を得ておくと、何かと都合がいい。
こうして我々の最初の調査が完了。接触した相手はダイミョウ家の次女。得られた情報は多数。まずまずの結果だ。