至近戦と下っ端参謀と目眩し 2
打開策もないまま、いたずらに時間だけが過ぎていく。相変わらず参謀の老人どもはどうするかどうするかでもめている。
そうこうしている間にも、味方の艦で撃沈される艦が出始めた。そろそろ味方に疲労が溜まり始めているのがわかる。
これは敵も同じだろう。あちらも随分と沈んでるようだ。
さりとてお互い引くわけにはいかない。戦略上の勝利条件もなく、ただ意地の張り合いのような戦闘を終わらせたいと感じているのは敵も同じだろう。
敵に呼びかけてタイミングを合わせて双方撤退するという案もあったが、困ったことにこういう時の呼びかけに使われる通信チャンネルでの敵からの応答がない。
戦闘継続以外の策を見出せないまま、つまらぬ議論だけが続いている。
そんな間にも、味方も敵も損耗している。このままでは「双方敗北」という状況になりかねない。
にもかかわらず作戦会議の行方は、まるで町内会で行うイベントの内容でも話し合ってるように緊張感のない無駄な話が続いている。
以前の戦闘ではこんなことがあっただの、こんな作戦が成功を収めただの、一見作戦会議の体をなしているようで、まるでこの場で実効性のない知識をひけらかすだけの無駄な議論が続く。
なお私は先ほどの陣形の提案で失敗したというレッテルを貼られたため、発言しづらい雰囲気になっていた。こいつらの今の議論よりは、ずっとマシなことを提案したと思ってるし、あの時はこいつらも賛成していたじゃないか。責任逃れのため、こちらの責任で片付けたい思惑が垣間見える。
とまあ、いたずらに時間だけが過ぎていく議論。そんな空気を吹き飛ばす出来事が起きた。
この戦艦の艦橋横の第75ブロックに着弾、ブロック内の約50人の乗員が死亡した。
着弾時の艦橋はかなり混乱状態だった。爆音とものすごい揺れ、灯りが一時消えて騒然となった。
てっきり私は艦橋に着弾したものだと思い込み、これで私の人生も終わったと覚悟した。だが幸いすぐに復旧し、機能を取り戻した。
ほんのちょっとずれていたら、おそらく覚悟など決める間も無くあの世行きだったのではないか。
そう思ったのは、この下らない作戦会議に参加する面々も同じだったようだ。
自身の身の上が危ないと感じて初めて真剣に考える。
司令も、その1人だったようだ。
「一刻の猶予もない。敵艦隊の撃滅ではなく、この戦線からの離脱のみを考えよう。」
この一言で、これまでの空気は変わった。
が、すぐにアイデアが出るわけでもなく、静まり返ってしまった。
戦線離脱。至近距離であることを考えると、ワープでもしない限り不可能ではないか?
いや、そういえばもともと我々がこの空域にワープして来たのだった。ということは、すぐそばにワームホール帯がある。
だがワープするためには砲撃を停止し、エンジン出力を上げないといけない。最低でも10秒ほどかかる。このわずかな時間的余裕をどう作り上げるか?
また、艦隊をワームホール帯に寄せないといけない。さてどうするか…
待てよ?そういえば敵が最初に仕掛けた策、あれを使えば…
「意見具申!」
私は叫んだ。
「ワープで離脱します!」
司令横の参謀の1人が発言した。
「馬鹿かお前は!どうやってワームホール帯に取り付く!?第一、ワープ時の無防備な時間、艦隊は狙い撃ちにされてしまう。どうやってワープするつもりだ!」
「ミサイルを使います。」
「ミサイル!?」
私の提案した作戦はこうだ。
まず、今の鶴翼陣形を再び魚鱗陣に戻す。
我々の左翼側にワームホール帯があるため、全体を左側に動かしていく。
この時あたかも敵艦隊右翼を突破するような素振りをみせるため、右翼側に攻撃を集中しつつ艦隊を集結させる。すると敵も呼応して陣形を変えて来るはずだ。
そこで、各艦にあるミサイルをありったけ打ち出す。この際、エンジンは点火せず、射出用のレールガンのみで放出し、艦隊前方30~40キロ付近に配置。
その後、砲撃か自爆スイッチを使ってミサイルを一斉に爆破。最初に敵が放ったミサイルから推測すると、15秒程度の目眩しが可能と思われる。
その爆炎に紛れて、ワームホール帯に突入。戦線離脱を図る。
これが、目眩し作戦の概要だ。
「よし!それで行こう!」
まだぶつぶつ言ってる参謀もいたが、司令の意は決した。
「目眩し作戦」発動である。
各艦に、まず陣形の再編を伝達。攻撃目標は、敵艦隊右翼に集中せよ、という命令も付加された。
早速陣形を変えると、思惑通り敵も陣形を一つに集め始めた。
どの艦も、もうあまりバリアの残存もないと思われる。時間がない。
ようやくワームホール帯の前に艦隊を集結できた。
さていよいよ「目眩し」の開始である。
各艦からは、砲撃の合間に次々とミサイルが打ち出された。
各艦には大体30本ほどのミサイルが格納されてるので、我ら全てで3000本近くになる。
そして司令の合図で、一斉に爆破!
目の前は光の玉が連なった巨大な光の壁ができていた。
もはや全く敵艦隊がみえない。
砲撃を停止し、全艦一斉に後退。ワープした。
その後、我々は別の空域にワープアウトしたため、敵艦隊がどうなったかはわからない。多分、我々同様にその空域を離れたことだろう。
ともかく、2時間ほどの至近距離での撃ち合いは、これで終わった。
1000隻いた我々の分艦隊は、この戦闘で130隻ほど失った。損耗率 13%。また戦艦3隻にも複数の直撃弾の跡があり、全部で2万人あまりの死者となった。
被害としてはあまりに大きい。だが、今回は敵艦隊もおそらく同じ程度の損害だと推測される。勝者のない戦いだった。
地球295に帰還したのち、防衛艦隊に合流。艦隊司令部に今回の先頭の一部始終が報告された。
この報告で特に注目されたのは、最後の離脱前の「目眩し」。
全く新しい戦術に、艦隊司令部は詳細の報告を求めてきた。特に、この戦術の考案者について聞かれたそうだ。
私はこの場におらず、分艦隊司令と参謀の一部が参加。ある参謀がまるで自分のアイデア化のように語ろうとしたところ、分艦隊司令が一言、私の名を挙げてくれたそうだ。
「あの作戦会議において、私を含め他の参謀も打開案を出せませんでした。彼のみが有効な戦術を提案していたものと記憶しています。」
そう言って、作戦会議の録音記録を提出した。
のちに私も艦隊司令部に呼び出され質疑を受けた。
私はこの時、最初の敵艦隊の放ったミサイル群による一時的な視野喪失を体験したことから思いついた作戦だと回答した。あれがなければ、私もこのような考えには至らなかった。
最終的に、艦隊司令部が下したのは
私に対する勲章授与。
そして「目眩し」専用兵器の開発。
この二つの決定である。
実は艦隊戦において、戦線離脱の手段というのが長年研究されていたらしい。
撤退や無意味な戦闘の回避は、多くの人命の損耗を防ぐことがわかっていたものの、有効な方法が見いだせていなかった。
それがこの戦闘で図らずも編み出された。
そういうわけで、私は地球295艦隊司令部を通り越して、宇宙連合本部より勲一等を授与された。
名誉なことではあるが、私のこの勲章には2万人の人命がかかっていることを、私自身忘れてはならないと言い聞かせた。
そして、その目眩し兵器の開発にも意見役として参加することとなった。
ミサイルでは15秒程度の目眩ししかできないが、これを40秒まで伸ばし、かつ電波撹乱もできればかなり生還率が上がると述べた。
こうして、目眩し兵器が完成。
ミサイル射出用のレールガンで打ち出し、艦の30キロ前方で40〜50秒の閃光と妨害電波を発生させるというもの。
私の名を取り「ノラン型閃光弾」と名付けられた。
この先、この兵器がどれくらいの人命を救うことができるだろうか?
無益な人命の損耗防止に貢献すること。これが、あの戦闘で亡くなった2万人への手向けとなるものと、私は信じている。
(第5話 完)




