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奴隷とフライパンと砲火 5

さて、エレンは私の妻となったものの、これまでとあまり生活に違いはなかった。


考えてみれば、すでに昼に夜に休日に、夫婦と同じような生活をしていたわけで、あらためて何かするべきことはなかった。


ところで、彼女は私のことを相変わらず「ご主人」と呼ぶ。


結婚したんだから、もう少し違った呼び方でいいと思うんだが…


「ところで、この星では結婚したら、相手のことをなんて呼ぶのが普通なの?」

「結婚相手の夫も『ご主人』と呼ぶ。」


…なんだ、呼び名も変わらないのか。


ところで、結婚式は行わなかった。彼女に呼ぶべき相手はいないし、私も煩わしいと思っていたし。


さて、ついに訓練用の駆逐艦に乗艦する日がやってきた。


この星から4億キロ離れた、ここの恒星系のアステロイドベルトが訓練の場だ。地球730からは2日ほどかかる。


訓練・演習では小惑星に簡易のエンジンを取り付けて模擬の駆逐艦、戦艦を作る。このため、模擬艦の材料が豊富な場所の近くで訓練が行われるのが普通だ。


そもそも戦艦・駆逐艦もアステロイドベルトにある豊富な小惑星を削り取って作られている。そういう意味では、模擬艦と言いつつも材料の上では本物と同じだ。


ただし模擬艦は実弾を撃ってこない。そこはシミュレータと組み合わせてあたかも撃っているような状態を仮想的に作り出す。


期間は1週間、ほぼ毎日休みなく撃って撃って撃ちまくる日々が続く。


一回の補給で撃てる時間は5時間、翌日までに補給を終えてまた撃つ。これを7日間続ける。


『砲火の7日間』と呼ばれる地獄の訓練が、始まった。


いつになくテンションが高い私をみて、ちょっと彼女は引いていた。そうだよな、こんな興奮気味の私を彼女はあまり知らない。


一方で、40人の私の生徒も、普段は熱血漢の鬼教官が、奥さんの前では優しい男に変わり果てるところを見て、内心面白がっている。


教官としての威厳が下がってしまうからなるべくなら彼女を乗せたくはなかったんだけど、こればかりは仕方がない。


さて初日、いきなり砲撃訓練が開始された。


この間、彼女は艦内の部屋で待機。


考えたらここは料理もできないし、テレビも限られたものしか受信できない。ここではあまりすることがない。ちょっとかわいそうだったかなぁ。


それ以上に、大事なことを忘れていた。


砲撃訓練をというのは、当然だが実際に主砲を撃つ。


1バルブから3バルブ砲撃までを使い、30万キロ離れたところにある、小惑星を改造して作った模擬艦の艦隊めがけて撃ちまくる。


つまり、艦内は激しい砲撃音と揺れが襲う。


それを事前に言っておくのを忘れていた。


大丈夫だろうか?心細くはないだろうか?


しかし、もう訓練は開始される。鬼教官として、ここで甘い顔はできない。


「いいか!今回の相手は石っころだが、本当の敵艦だと思って容赦するな!油断するな!一撃必中の精神で全力で叩け!!」


40人の生徒は8組に分かれて、5発おきに交代して訓練を行う。


最初の砲撃訓練、開始。


「装填開始!照準合わせっ!!撃ち方はじめ!!」


1バルブ砲撃を開始。凄まじい砲撃音と揺れが艦を襲う。


第2射、第3射と続けざまに砲撃を繰り返す。


最初の組みは、結局当てることはできなかった。


相手は石ころとはいえ、本物らしくランダムに避けるようプログラムされている。簡単には当たらない。


第2組も、第3組も不発、結局8組まで回って1発も当たっていない。


シミュレータと実弾との違いを思い知らされたようだ。「本物」にはそうそう簡単には当たらない。


「どうした!1発も当たらないのでは今日の訓練は終わらないぞ!!気合いを入れろ!!」


こんなテンションでやるからどうしたって体力勝負になる。だから、砲撃は体力が必要だ。


2巡目、3巡目と全く当たらなかったが、ついに第4巡目に当てる組が出始めた。


だんだんコツを覚えてきたようで、石ころ相手ならなんとか当てられるようになってきた。


だがバリアの展開が遅い。こちらはまさか本当に撃たれるわけにはいかないため、シミュレータを使って敵の砲撃を模擬している。


が、この敵の砲撃が防げていない。実戦なら即撃沈だ。


「どうした!!また当たったぞ!!戦場ならすでに何度も死んでいるところだぞ。」


バリア担当は必死になって操作するが、何度か着弾してしまった。


これはまだ数日はかかるな…7日間で果たしてどこまで成長してくれるのか?


とまあ、訓練中はこんな調子。テンションも高くのりのりだったのだが。


いざ仕事が終わると、エレンのことが気になる。


なんの予告もなしに砲撃音が鳴り響く部屋に取り残してしまったから、今頃は怯えてるんじゃないだろうか?


すぐさま部屋に戻った。


だが、彼女はわりと普通で、まるで何事もなかったかのように黙々と部屋の掃除をしていた。


砲撃の音には最初驚いたが、だんだん慣れてしまったのだという。


やはり精神力強いな、この妻。ぜひ砲撃手として育てたいものだ。


さて、この艦は補給のため戦艦に寄港する。


通常の艦隊では大体300隻の駆逐艦に対して戦艦一隻だが、訓練用では30隻に一隻の割合となっている。


理由は単純、連日主砲をビーム源がなくなるまで撃ち尽くすので、毎日補給をしなくてはいけない。


翌朝まで寄港し補給、朝になったら全艦出航し訓練…という毎日だ。


そういうわけで、夕方は戦艦内の街に繰り出すことができる。私もエレンを連れて街に行った。


見知らぬ小さな街にちょっと戸惑っていた彼女だが、気になるレストランを見つけてたら途端に元気になった。


相変わらず、海産物が好きだ。ここにはあのザリガニを使った料理があり、パエリアとは違うジャンルの料理を知ることができた。


ちょっと高いが、私の故郷の星の大型エビの料理もあることが発覚。これはエレンにも食べさせないといけない。


とまあ、気づけばエレン中心の生活。彼女なしではいられない体になってしまったようだ。


駆逐艦の中だろうが、相変わらず夜の相手は大変だ。しかし砲撃手は体力が勝負。負けるわけにはいかない。


こんな感じで1週間を過ごして、地上に降りた。


次の実弾演習は2ヶ月後。生徒は半年間で3回の集中訓練を経て、一人前になっていく。


また地上で座学とシミュレータによる訓練、体力強化を繰り返す。宇宙に行く前と後では、砲撃に対する感性というか心構えというか、そういうものが随分と変わるのが分かる。やはり本物に触れることの意義は大きい。


しかし同時に、私のイメージも変わってしまった。鬼教官も無口な奥さんの前ではめろめろだということが生徒に知れ渡ってしまった。しかも、夜に何が行われていたかも、大体知っているようだ。


幸いにして、彼女が奴隷市場にいたことを知るものはいない。その過去だけは、私も忘れたいくらいだ。


ところで、あの奴隷市場で売られてる娘達は、どうなるんだろうか?


気になって調べてみると、ほとんどは私と同じ、駐留艦隊の人間が買っているようだ。


で、同じように使用人として雇ったことにして自宅に住まわせているようだ。


ただ、結婚まで至った例は少なく、あくまでも使用人という関係までというのが多いようだ。


そんなこと、どうやって調べたのかわからないが、そういう調査結果がネット上に上がっていた。


そう考えると彼女は幸せな方なんだろうか。危うく売れ残って「処分」されるところだったらしいが、今はピカピカのフライパンと魚介類に囲まれて嬉しそうな顔をする変な奥さんとして平和な日々を送っている。


さて、ここでこの物語はおしまい。落ちはない。が、その後の話を少し。


最初の実弾訓練から2ヶ月後、また実弾訓練のため宇宙に出ることになった。


が、この時は前回と違い彼女を地上に置いていった。


その後、あの親が現れなかったため警戒心が緩んだということもあるが、それ以上に連れていけない理由ができた。


それは、子供が出来てしまった。


現在妊娠3ヶ月目。まあ、あれだけ毎日私の「砲火」を浴びせていたら、こうなるわな。


ただそれはそれで心配なので、使用人を1人雇うことにした。


彼女より少し年下の女性で、毎日5時間ほど料理以外の家事をやってもらうことにした。


ただこの使用人さん、えらいおしゃべりで明るくてエレンとは対照的。性格が違いすぎて返ってストレスにならないか心配だったが、意外と仲がいい。料理に関してどちらも海産物好きという共通点があるのがその要因らしい。


こんな感じで我が家は平和そのものだ。


ところで、彼女の両親はどうなっているのか。あれ以来あの親も現れず。今は行きているのか死んでいるのかも分からず。調べようと思えば調べられるが、別に知りたくもない。


来年あたりには、私は多分子育てに追われてるんだろう。父親になるという実感はないが、少なくとも、自分の子供を売り飛ばすような最低な親には、なりたくない。


砲撃という、大量の命を奪う兵器に関わる立場で命を語るのはおかしなものだが、私は妻と子供の命を守っていこうと思う毎日を過ごしている。

(第4話 完)

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