奴隷とフライパンと砲火 4
朝は彼女の方が早起きだ。夜の激しい運動にもかかわらず、朝食をちゃんと作ってくれる。
ただし朝食に関しては目玉焼き以外のバリエーションがないらしい。かといって、ザリガニパエリアやムニエルは重すぎるよなぁ。
そういえば、彼女このままでは昼間することがない。洗濯のやり方や掃除の仕方はおいおい教えるとしても、今日のところはどうしよう?
とりあえず、テレビの使い方だけ教えておいた。退屈しのぎにはなるだろう。
こうしてドタバタと家を出た。
さて、私の仕事は「砲撃」の指導教官。
この惑星がいずれ自前の艦隊を保有できるように、駆逐艦の製造から操艦、艦隊運用に戦略・戦術まで、ありとあらゆる技術の指導を行なっている。
その中で「砲撃」は特別だと私は思っている。
航空機、ミサイル、対空機銃など様々な兵器があるが、戦闘の99%は「砲撃」だ。
1光秒ほど離れたところの撃ち合いが主流の現代戦において、他の兵器の出番はほぼ無いと言っても過言ではない。
戦闘は、砲撃に始まり、砲撃に終わる。
どんなに優秀な指揮官がいても、命中率が低ければ戦いに勝つことはできない。
砲撃こそが、戦闘の全てだ。
と私は思っているし、そう教えている。
ここの「生徒」は、この星のいろいろな場所から集められている。私の担当は40人だ。
騎士であったり、弩のプロだったり、中には下級貴族もいる。皆、この惑星を守るためとの志を持って志願してきた、新進気鋭の若者ばかりだ。
さて、何を教えているかといえば、まず主砲の原理に扱い方、光の速さで1秒も離れたところを撃つため、見えているものは1秒前の姿であるという基本的な物理現象も、ここで教えないといけない。
まさか地上で本物を撃つわけにはいかないので、シミュレータを使った砲撃訓練も行う。
砲撃は体力だ。体育の授業もある。
ところで、砲撃は通常5人一組で行う。
装填、照準、観測、防御、そしてそれらの統括リーダー。
戦闘中は艦の操艦、および防御がほぼ一手に任される。
なにせ、照準を合わせるために艦を操作しなくてはいけないし、砲撃のタイミングでバリアを解除しなくてはいけない。
駆逐艦なら艦全体が砲身であるため、艦のあらゆる権限が砲撃課に集中せざるを得ない。
それだけに、やりがいがある担当だと思う。ここの皆も同じ思いだ。
大体半年で教育を終えて、もう半年は訓練用の艦隊で研修、一年で晴れてプロとなる。
大半が自動化されたとはいえ、まだまだ人間の感性が必要とされる砲撃。一万隻の艦隊を作り上げるために、まだまだ人を育てなくてはいけない。
普段はクールな私も、砲撃に関しては熱い。
砲撃課をバカにしたパイロットらと、一度大げんかしたことがある。それくらい、私は砲撃に命をかけている。
ところで、私は実戦経験が2度ある。
私の歳では珍しいようだが、かつて遭遇戦を2度経験した。
この時、私は照準担当、撃った弾が見事命中、敵艦を粉々にした時のことを今でも覚えている。
その時は非常に興奮したが、後で考えたら100人単位の人を殺めてしまったのだなぁと感じた。
そんな思いを2度経験したが、なればこそ我々は手を緩めてはいけない。なぜなら、油断すれば今度は我々が粉砕されてしまうからだ。
とまあ、ここでは厳しい教官をしているわけだが、家に帰ると彼女が待っている。
この週末から、早く家に帰りたくなってしまった。
彼女が気になるためだが、街でああいう事件が起こったため、気が気でない。
ということで、仕事が終わるとさっさと家路に着いた。
ところが自宅に帰ると…彼女がいない!
まさか、今更逃亡か!?
しかし、そんなつもりなら今まで何度も機会があったのに、ずっと私から離れなかった。
あるいは、もしかしてあの親がどこかに連れ出したのではあるまいか?
などと考えていると、彼女が帰ってきた。
「どうした?ご主人。」
聞けば手持ちのお金で買い物に出かけていたようだ。
なんでも、テレビを見ていたら料理番組をやっていたそうで、その料理が気になったので材料を調達に行っていたようだ。
ああ、ともかく、無事でよかった…なぜだか、彼女を抱きしめていた。
今日の料理は珍しく肉料理。テレビでやっていたというやつだ。
といっても、彼女が作ったのは粉をまぶした肉を油で揚げるというもの。
不味くはないけど、なんだかよくわからないものが出来上がった。多分、何かを勘違いしている。
今度料理の本を買ってみたほうが良さそうだ。もっとも、彼女はここの文字が読めないが、私と一緒ならなんとかなるだろう。
で、夕飯を食べてお風呂に入ると、今度はお風呂場に押しかけてきた…かなり強引だ、エレンさん。
とまあ、こんな調子で、2週間ほど過ぎた。
ここで、ちょっと困ったことが起こる。
私の担当は砲撃担当者の教育。
他の教育は地上で事足りるのに対し、砲撃だけは宇宙に出ないと実弾演習ができない。
要するに、来週からその宇宙での砲撃訓練が始まるのだ。期間は1週間。
その間、彼女をどうしようかというのが悩みの種になっている。
もう自分で買い物もできるし、料理も掃除洗濯もできるようになった。1人で暮らすことは問題ない。
だが、あの時の出来事があって以来、地上に残すのが心配で仕方がない。
なお、訓練用の駆逐艦へは誰かを連れて行くことは可能だ。
ただし、家族に限る。
使用人では、ダメなのだ。
そんなことを悩みながら、家に着いた。
今日の料理は久しぶりにザリガニパエリア。にこにこしながら調理していた彼女だが、私の難しい顔を見て心配になったようだ。
「どうした?ご主人。何かあったのか?」
「来週から、いよいよ宇宙での砲撃訓練が始まるんだ。」
「そうか、で、それがどうした?」
「そうなると君を1人、ここに残していかなければいけなくなる。だから、悩んでるんだ。」
「もう買い物もできるし、なんでもできるから心配ないぞ。」
「いや…でもなぁ…」
そこで、思いついたように言ってみた。
「ねえ、エレン?私と結婚しないか?」
突然の申し出に、彼女はびっくりした顔つきで振り向いた。
「どうした?ご主人?どこかで飲んできたのか?」
いや、まだしらふだが…ここで彼女に、家族ならば駆逐艦に同乗できることを話した。
「私は地上でも平気だ。そんな理由で妻にするなど、ご主人が不憫だ。」
半分嬉しいようだが、それでもまだ躊躇しているようだった。
回りくどい聞き方は、私はあまり得意ではない。砲撃手は目標に対して、まっすぐにしか向かえない。
「私の妻じゃ、不服か?」
「いや、むしろ嬉しい。だが、いいのか?私は奴隷だぞ?」
「関係ない。じゃあ、決まりだな。」
そのまま、役場に行き、婚姻の手続きをした。
こうして彼女、エレンは、私の妻となった。