奴隷とフライパンと砲火 2
「ご主人、料理を作りたいんだが、食材はどこにあるか?」
いきなり目の前に彼女がいた。焦るなぁ、この娘の行動には。
なんでも、朝食を作ろうとしてくれたようだ。じっとしていられる性分ではないらしい。
よくあの檻の中でじっとしていられたものだ…いや、そのことはもう忘れてあげよう。彼女は今や自由の身だ。
とりあえず、冷蔵庫に卵とソース、野菜があるので、目玉焼きを作ってもらうことにした。
が、我々は2人、一方調理器具はというと、1人用のフライパンのみ。
鍋もないし、皿もぎりぎり2枚しかない。そもそもこのうちでご飯を食べようということをほとんどしたことがない。せいぜい休みの日の朝に、目玉焼きとサラダしか作ったことがない。
なんとか朝食はとったものの、この先これでは心もとない。せっかく料理する気のある人が我が家に来たのだから、どうにかしておいたほうが良さそうだ。
今日と明日は休みだし、彼女との生活に合わせて色々と買い出しに出かけることにした。
ところで、彼女の名前を聞いてなかった。
彼女の名前はエレン。金持ちでも、貧乏人でもない、この国ではごく普通の家庭で育った。ただし、3ヶ月前までは。
おっとりした性格なので、あまり人とも交わらず、家で料理ばかり作ってたようだ。そんな彼女を、ある日両親が連れ出してそこで…
もういい、これ以上はあまり聞きたくない話になりそうなので、話をやめてすぐに出かけることにした。
近所に大きなショッピングモールがある。まずは、食器と調理器具を買う。
皿やコップなどを買い揃えて、フライパンが売ってるコーナーの前を通った。
が、ここで彼女が足を止める。黒のメタリックな色合いのフライパンをじいっと見つめていた。
…めちゃくちゃ気に入ってるようだ。フライパンが。彼女にとって、それほど惹かれる何かがあるのだろうか?
「一つ…いや、二つ買っていこうか。」
ぱああっと彼女の顔が明るくなった。
結局、鍋を一つにフライパン2つ購入。変な買い物だ。
一度荷物を家に置いた後、今度は食材の買い出しに向かう。
売られてる食品は現地のものがほとんど。生鮮食品などは宇宙から運んでくるなど、不可能とはいえないが、輸送コストがかかりすぎる。
ただし野菜などは、すでに我々のもたらした種子が普及し始めているため、ほとんど私の惑星のと変わらなくなって来た。肉と魚介類だけはこの惑星のオリジナルだ。
…何やらエレンさん、巨大なザリガニのようなものをチョイスしようとしている。ロブスター…というより、ザリガニにしか見えないその食材。彼女いわく、料理の仕方次第では美味しいという。
この星と我々の味覚にどれくらい差はあるのか分からない。あまりないことを願う。今夜はザリガニ料理に決定だ。
食材も大量に買い込み、これまた自宅に持ち帰ると今度は冷蔵庫がパンクした。一人暮らし前提だからな、うちにあるやつは。
ということで、もう一個冷蔵庫を買うことにした。今のやつは二階に持って行って、エレンさん専用冷蔵庫にしよう。
さて、冷蔵庫も購入、夕方には運び込んでくれるそうなので、とりあえずどこかで遅い昼食をとることにした。
向かったのは、私1人なら絶対に行かない小洒落たレストラン。彼女に合わせた…と言うより、彼女の味覚傾向を調査するのにうってつけだと感じたからだ。
彼女が頼んだのは、魚介類豊富なパエリア。なるほど、こういう料理がいいのか。
私はパスタのランチセット。基本といえる料理にこそ、その店の真価が分かる…という理由で頼んだわけではなく、単に私のレパートリーが少ないだけだ。食事なんて、栄養補給の一手段に過ぎないと思ってますし。
彼女の食べっぷりを見ると、特にエビが大好きなようだ。無表情だった彼女の顔がにこやかになってる。こうして見ると、可愛いな。
さて、買い出しと食事を終えて家に着くと、早速冷蔵庫が運ばれてきた。
この冷蔵庫は700ユニバーサルドル。ちょうど、彼女と服のセットと同じ…そういう値段比較はやめよう。
そうだ、服といえば、彼女はこの服しか持ってない。下着や寝間着、いろいろ買ったほうが良さそうだ。
料理には関心がある彼女は、服飾品にはまるでご興味がないらしく、ショッピングモールにある服売り場の店員さんに勧められるがままに選んでいた。普段着が5着ほど、寝間着2着、その他下着類多数。しめて400ドル。今着てる服の倍でこれだけ買える…ああ、あそこの価格との比較はもうやめておこうというのに。
衣食住の環境整備だけで今日1日が終わってしまった。
あとは、彼女自慢のザリガニ料理を食べるイベントだけだ。
さっき店で食べてたパエリアのようなものを作っている。使っているのはもちろん、あのフライパンだ。
さて、見た目はともかく、お味の方は如何なものか…恐る恐る手を出してみたが、これが想像以上にいける!この星のザリガニ、こんなにうまいの!?
私が知っているエビの食感よりももっとぷりぷりした感じ。周りの香辛料がよりその旨味を引き立てている。料理評論家ではないが、思わず絶賛した。
こうして、夕食イベントは思わぬサプライズで幕を閉じた。
あとは風呂に入って寝るだけだ。
しかし、あの店に長いこといた影響なのか、彼女は風呂から上がったあとに、刺激的な格好で室内をお歩きになる。
多分あのお店でしつけされた結果だと思われるが、その格好で私のベッドに座ってくる。
「ご主人、私ではダメなのか?」
なんて迫ってくるものだから、とうとう私も我慢ができなくなった。
ついに、私の理性が吹き飛んでしまった…