魔女と木彫りとパイロット 1
私の名はハンス。地球163 第ニ遠征艦隊 第30小隊 9804号艦所属の3人のパイロットの1人だ。階級は中尉。
第二遠征艦隊は総数1万隻のごく標準の宇宙艦隊。通常の宇宙艦隊は、320~350隻の駆逐艦に一隻の戦艦からなる小隊、これを3つ合わせた1000隻の中隊、その中隊を10個合わせた艦隊という構成からなる。
駆逐艦は200~400メートルの大きさで、艦首に直径10メートルの主砲を搭載。一隻あたりの人員は最大200人まで登場可能だが、通常は100人。
駆逐艦には名前はなく、艦隊内の所属順の番号で呼ばれる。私の艦は9804番目の駆逐艦、だから9804号艦。
なお、これでは味気ないというのでどの駆逐艦でも艦内では勝手に自分の艦に名前をつけている。ちなみに我が艦の勝手艦名は「ラーデベルガー」。かっこいい名だが、要するに艦長の好きなお酒の名前だそうだ。どこの艦隊でも、なぜか飲食物の名前がよく使われるらしい。
一方で小隊ごとに存在する戦艦は、2500~4000メートルもの巨艦。戦闘任務以外に、300隻あまりの駆逐艦の収容・補給・修理を行う。
戦艦内には数百メートル程度の「街」が作られるのが普通で、この街が長旅、長期赴任の駆逐艦乗員らの精神的な支えとなっている。乗員数は1万人以上。
なお戦艦には正式名があり、我が小隊所属の戦艦は「エルデ」という、地球163で2番目の高さの山の名前がつけられている。
ところで、駆逐艦には通常、複座の戦闘機か6人乗りの哨戒機からなる2機の航空機が搭載されている。2機とも複座機であることもあるし、哨戒機と複座機の1機づつという組み合わせになることもある。
私はこの複座機のパイロットをしている。
で、我が30小隊の任務は、この度発見されたばかりのこの惑星の調査。小隊の艦艇総数330隻。高度40000メートルにて待機し、航空機にて地上に降下し、まずは地質、植生、住環境などの基礎調査を行うのが今回の任務。
私の任務は、とある小さな集落の環境調査。夜間に単身にて降下し調査せよとのこと。見知らぬ土地で単身行動。ちょっと無茶な任務だ。
未知の惑星探査というのはわりとブラックな仕事だ。大体、言葉が通じる相手かどうかも分からず、仮に言葉が通じても文化の違いがあって四苦八苦する羽目になる。
そんなところに一人で行けという。複座機なんだから、もう一人くらいつけてほしいものだ。
腑に落ちない任務に不満を抱きつつも乗機。離陸準備に入る。
「デルタ2よりラーデベルガー、離陸準備よし、発艦許可願います。」
「ラーデベルガーよりデルタ2。進路クリア、ロック解除、発艦せよ。」
発艦に合図とともに駆逐艦から射出。10メートルほど艦から離れたところでメインエンジン噴射。後方の二基の重力子エンジンが放つ青い光が駆逐艦側面の格納庫ハッチを薄く照らす。
駆逐艦を離れて10分ほど、調査地点は艦隊集結地点から10キロメートルとさほど離れていなかったため、目的の集落上空に到着。
現地は夜の11時ごろ、既に就寝中・・・かと思いきや、上空から見るとその集落の中心が異様に明るい。祭りでもしてるんだろうか?
ともかく、ほどよい平地を見つけホバリング。そして、着地。
周囲を警戒しつつ、機体側面より出てくるハシゴを伝って地上に降り立ち、その集落に向かった。
基礎調査で最も重要なのは「言語」の把握。簡単に言えば、統一語圏か否かを調べること。言葉が通じる地域から接触が始めるため、まずはその惑星の統一語圏を把握することが調査の第一目的となる。
で、可能ならばそのまま住人との接触し、その組織の長とのコンタクトを図れと言われてるが・・・そういう役目は”文官”と呼ばれる交渉人・政治家の方々に任せ、”武官”である私はせいぜい会話を盗み聞きして統一語かどうかを把握できれば御の字・・・と、この時は考えていた。
それにしても、ここはまだ動力のない農業革命後の文化レベルの場所。明かりも未発達で、普通ならとっくに就寝しているはずの時間。こんな夜中に一体何をしているのか。
警戒しつつ集落内に侵入。広場が見えてきた。中には数十人以上の人が集まっている。
これで話し声でも聞こえたなら任務完了なんだが。
と思った次の瞬間、大声が聞こえた。
「皆よく聞け!」
言葉がわかる。「統一語」だ。
つまり、この集落が統一語圏であることが判明。これは大きな成果、もはや任務完了である。
このまま機体に戻り帰ればよかったのだが、その先を聞いてしまったのがいけなかった。いや、むしろそれがよかったのだが。
「これより我が村の住人をたぶらかし恐怖に陥れた、この魔女の処刑を行う!」
異端狩り、異民族狩り、魔術師狩りというのは文明が未発達なところでよく行われることがあると聞くが、まさにその現場に居合わせてしまったようだ。
それにしても処刑とはなんとも物騒な・・・いったい、どんな人が殺されようとしているのか。
興味本位とは不謹慎だが、このときはそういう心境でつい広場の奥、まさに殺されようとしている”魔女”の姿を見てみたいと思ってしまった。
そこで目にしたのは、二十歳前後くらいの1人の女性の姿だった。
魔女というからにはもっと仰々しい格好をしているかと思ったが、なんとも普通の姿。
その女性はY字の木製の磔台に両手と胴体を縛り付けられている。
足元には薪のようなものが並べられている。これはもしかして、火刑か?
変な薬でも飲まされたのか、折檻されたのか、うつろな表情でぐったりしたその女性の横で、いかにも神経質そうな男が「罪状」を読み上げている。
それにしても、私はこのとき、何とも言い難い違和感を覚えた。
本当にあの娘は、魔女なのか?
他の住人をたぶらかすほどの魔女が、こうもあっさり捕まってあっさり殺されるものだろうか?
魔女とは真逆のイメージのあまりにも弱々しくみえる女性だったことが、かえって私の「正義感」というやつをむらむらと呼び起してしまった。
さて、連合側の軍隊には、連合軍規という法律がある。
その軍規によれば、”武官”は原則、惑星表面における武器使用、危害、殺生行為は禁止。しかし例外として「防御・救命のため」の武器の使用は認められている。この武器使用について規定された条文が連合軍規53条と呼ばれるものだ。
その中に「民間人の生命に著しい危険が及んだ場合」という規定がある。
一見法に則った裁判であり、真ん中にいるこの村の長らしき人物も立ち会いのもと行われた公開処刑。如何に蛮習とはいえ、これに違を唱えることは明白な軍規違反である。
が、この時はなぜか正義感というやつが、冷静な判断力を奪ってしまったようだ。
「ちょっと、待った!」
気がつくと私は、その処刑台の前に飛び出していた。