失恋公務員と気弱パイロットと駆逐艦 3
私も艦に帰還後、すぐ就寝したが、状況が状況だけに気になって早く目覚めてしまった。
昨日連れてきた彼女もまたそうだったようで、医務室に行くとすでに起きていた。
「おはようございます、ご気分いかがですか?」
私はこういう時、あまり気の利いたことは言えない。
「う~ん…最悪。」
いきなり機嫌が悪い。
「足が痛みます?」
「痛いけど、我慢できないほどじゃない。」
「この地域ではもう朝ですけど、自宅の近くまで送っていきましょうか?」
職場の役場で、1人だけ急に無断欠勤となったら大騒ぎになるかもしれない。
もっとも、あのまま私が見つけなかったら、結局はそうなっていただろうが。
しかし、我々が関わったか否かではちょっと意味合いが違う。
このままでは、民間人を拉致した宇宙人ということにされてしまいかねない。今後の交渉にあたって、あまりいい状況ではない。
もっとも、山中をさまよっていた遭難者を保護、治療したわけで、決してやましいことはしていないが、この民間人が山中に入ることになったきっかけが失恋で自暴自棄になったというものだけに、あまり公表できるものではない。
このまま密かにお帰りいただき、穏便にすませるのがベストだ。
「まだ帰りたくないなぁ~」
こちら側の気持ちをさらにかき乱すことを平気でおっしゃる、この人は。
「そうはいっても、職場であなたが現れないと大騒ぎになるんじゃ…」
「どうせ今日は休みだし、私一人暮らしだから、すぐに帰らなくても怪しまれないよ。」
そうか、今日は休みなんだ。職場に現れなくて騒然という事態だけは、回避されたようだ。
ところでこの人、よく見ると可愛い顔してる。
昨日はあまりそんなことに気が回らなかったのだが、少なくとも私にとっては好みの顔だ。
だが昨日から薄々気づいていたが、なんというかこの娘、言葉表現がストレートで毒舌だ。
医師や看護婦など、他の人にはそうでもないが、私に対してはいろいろと見られた仲ということもあってか、遠慮がない。
「ちょっと宇宙人さん、外見たいけど窓が全然ないじゃない!」
やっぱり振られた理由は、この言葉遣いなんだろうな。
「宇宙船ですからね、窓が少ないんですよ。でも展望室なら窓から外が見えますよ。行きます?」
「ちゃんとそれくらい気を使いなさいよ!女の子が1人宇宙人にさらわれて寂しい思いをしてるのに、こんな殺風景な部屋じゃますます落ち込むでしょうが。」
宇宙人相手に随分強気だ。
「あの~、私にはちゃんと”ラルク”って名前があるんですよ。」
「じゃあラルクさん、展望室とやらに連れてってよ!」
さん付けしてくれるだけマシか…にしても、なんでこんな人と関わったんだろう…何も悪いことはしてないのになぁ。
ところで、この娘の名前を聞いてなかった。
聞くとあっさり教えてくれた。マツオ アカリというそうだ。
で、このアカリ殿、喜怒哀楽が激しい。
展望室の窓のところに連れて行くと、そこの眺めが気に入ったようだ。
ちょうど夜が明けて朝日が山々を照らし始めたところ、そんな風景を上空2万メートルから眺めるのはおそらく初めての経験だろう。
2万メートルと言えば、地上と宇宙の境目が見える高度。少し上を向けば濃藍色の宇宙が広がる。
「うわぁ…なんていう景色…こんなすごいの初めて見た…」
自分の気持ちに正直なんだろうなぁ、この娘。思ったことは思ったまま口に出す。ただし、遠慮のない相手にのみ。
嬉しそうに感動してる表情はやはり可愛い。
「でももっと大きい窓はないのかしら。もうちょっと眺めのいい場所はないの?」
何故か私には冷たい。
「ここよりいい場所と言えば、艦橋くらいかなあ。」
「じゃあ決まり!艦橋に連れてって!」
「いやあそこは私でも立ち入れない場所で、許可もらわないと入れないんですよ。」
「じゃあ、すぐに許可もらってくればいいじゃない!聞きもしないでダメだなんて、それでもあんた、宇宙人なの!?」
ああ、やっぱり振られた理由はこれだ。私も絶対振る自信がある。
ということで、艦橋勤務の担当者のもとに行き、ダメ元で艦長に聞いてもらうことにした。
結果は、なんとOK。この星の文官殿に艦橋を見てもらうのは、むしろお願いしたいくらいだったそうだ。
艦橋に着くと、艦長以下、交渉官など複数の文官殿がお出迎え。
着くやいなや、外の風景そっちのけでこの艦橋の中で何をしてるのかや、挙句に連合と連盟があること、この艦隊の構成や我々の目的など、この惑星の最初の接触者に向けて説明するいつものやつを30分くらい説明される羽目になった。
私にはきついこと言うくせに、艦長や文官たちの前では淑女な振る舞いに徹していた。まさか外が見たかったのできましたとは、とてもいえる雰囲気ではない。
にこやかな艦長、文官たちに見送られて、艦橋をあとにした。結局、眺めを堪能しようという当ては外れてしまった。
彼女にとっては、この艦隊がどうとか、我々がこの星と同盟を結びたがってるとか、そんなことはどうでもよくて、ただ昨日の失恋を紛らわすために眺めを堪能したかっただけなのだ。
かなりがっかりしたアカリさんに、声をかけた。
「やっぱり、展望室にしておきます?」
また何か嫌味でも言われるかと思っていたが。
「展望室の方が気楽かな…」
妙に素直だった。
さて、そろそろ帰るように即したいところなので、
「そういえば、明日は出勤じゃないの?」
と切り出した。
ところが、明日も休みらしい。週休2日だそうだ。
よくよく話を聞くと、この星は1週間が8日、週6日働いて、2日休み。1ヶ月は32日、年368日。
この星の「月」である衛星が32日周期で回ってるためにこう言う暦になっているようだ。32日の月が10回、24日の月が2回の12ヶ月で一年。
と言うことで、今日と明日がお休み。明後日に出勤すれば問題ないらしい。
じゃあ、明日の夜までには地上に帰るということで、留まることになった。一応、艦長の許可ももらったが、私としては早く返してやりたい…相手する身にもなってください。
折しもこの艦は補給のため、軌道上で待機中の戦艦に寄港することになっていた。つまり、もうすぐ宇宙に出る。
この星の人で宇宙に出た人はいるのか?と聞いてみると、この星ではまだ2人乗りの宇宙船があるくらいで、飛んだ人が数人いるくらいらしい。
じゃあ、彼女はこの星では数少ない宇宙飛行士ということになる。
そういう自覚はあるのかないのか…ともかく、駆逐艦「メンチカツ」は衛星軌道への突入準備を行なっていた。
彼女が艦橋で話してる間にも徐々に高度を上げていて、すでに高度4万メートルに達していた。
「艦長より乗員へ。これより補給のため戦艦に寄港する。到着予定は艦隊標準時で0830。なお、今回は調査途中での寄港のため、停泊時間は約12時間、2100には出航。各員、2030までには帰艦すること。以上。」
「ねえ、戦艦に寄港って、どういうこと?」
そういえば、アカリさんは戦艦というものを知らない。
「これから行くのは全長が…ええと、この艦の15倍ほどの艦ですね。」
「ええ!?これよりでっかいの?」
「もうすぐ宇宙に出るので、この窓から眺めていれば分かります。」
てことで、戦艦に寄港するまでこの展望室で外を見ていることになった。
なお、展望室ってのは当然私とアカリさんだけではなく、乗員も何人かいる。そんなところで私が彼女にべったりなので、なんだかにやにやしてこちらを伺っている。
別に変わってあげてもいいですよ。いや、ぜひ誰か変わってください。お願い。
そんな願いも空しく、私が彼女のお守り役を続けることになる。
艦内にブザーが鳴り響いた。いよいよ、軌道突入だ。
ゴォ~っというエンジン音とともに、窓の外の景色が後方に流れる。
正確には我々が前に進んでるんだが、慣性制御のおかげで加速を感じない。ゆえに後ろに景色が流れるような錯覚が起こるというわけだ。
面白い光景なので、アカリさんは大喜びだ。喜んでいる分にはかわいいんだけどねぇ。
徐々に青い惑星から離れて行くのを感じる。そしてエンジン停止。衛星軌道に乗った。
しばらく窓をのぞいていると、船が見えてきた。
これが近づいても近づいてもまだまだ大きくなる、とうとう窓の下いっぱいに広がった。
つい昨日までは、宇宙に出るなんて夢にも思わなかっただろうし、ましてやこんな巨大な宇宙戦艦に遭遇するとは思いもよらなかっただろう。さすがにビビっているようだ。
ちょっと、気分を変えさせた方がよさそうだ。
「そうだここ、中には街もあるんですよ。」
「え?街?この中に?」
「小さな街ですけど、店がいっぱいあるんですよ。いっしょに行きます?」
行った直後に気づいたが、これってデートに誘ってることになるのでは。さらっと大胆なことを提案してしまった気分だ。
「行く!見てみたい!その街!」
あっさりと承諾した。
ということで、ドック入港後、街に向かった。
通路を通り、艦内の連絡鉄道に乗車。街のある駅に到着する。
さて、ついたもののどこに行こうか?
「何か行ってみたいお店、あります?」
「まずは何か食べたい!」
そういえば、朝からまともなものを全然食べてなかった。うっかりしてました。
とはいえ、私がよく行く食堂はあまり女の子を連れて行くような雰囲気の場所ではないしなあ…どこに行こうか?
ポケットからスマホを取り出して、探してみることにした。
「何それ?」
ああそうか、この星はまだこういう端末がないのか。
「いろいろ調べ物ができる道具です。ちょっと待ってくださいね。」
2人で見るためには、ホログラムモードがいいかな?端のアイコンをタップして、3D表示に切り替えた。
画面の上にホーム画面の立体画像が飛び出してきた。
「えっ!?何か飛び出してきた。どうなってるの?これ。」
「まあ、見てて下さい。」
私にとっては普通なんだけど、彼女には珍しいようだ。
空中にアイコンが並ぶ。ブラウザを指でタップして、この艦内の検索サイトに接続。
女性に人気の食べ物屋で検索してみた。
候補が画像とともに出てくる。
「どんな感じの料理がいいですか?」
言葉は同じでも、文字は異なるようで、ここに書かれてるものは読めないが、画像なら大体どんなものかわかる。
お店のおすすめの料理が立体画像で出てくるので、これを指でくるくると回して眺める。
この便利な端末が気になるようだけど、人間にとっては最新技術よりも空腹をどうにかする方が有線される。料理の画像を見せられればなおさらだ。
一つ目の画像の店がすぐそこだったので、そこに向かうことにした。
それほど混んでなかったので、注文した料理はすぐに出てきた。
彼女が頼んだのは、パスタとローストビーフ、サラダのセット。なんとなくうまそうだからという理由で選んだそうだが、食文化の違いは大丈夫だろうか?まあ、くるやいなや、うまそうに食べてるので問題はなさそうだ。
私はカレー定食なんて無難なものを注文。こういう店はあまり慣れてない上に、実は二つ隣のテーブルに我が艦の女性士官の方々がいて、こちらをちらちら見ながら何やら談笑のご様子。気づかないふりをしてるが、何を言われてるのか、やはり気になる。
腹ごしらえが終わったら、今度は服が見たいという。古今東西、いや宇宙1万4千光年、女性というものの関心事は、まず食べ物に装飾品なんだろうか?
検索してもいいけど、こういうのはウィンドウショッピングの方が楽しめるってことで、街をうろうろすることにした。
「そういえば、足を怪我してるけど、歩いてて痛くない?」
「痛いことは痛いけど、それより私、いまこの服しか持ってないの。さすがに2日続けて同じ服はまずいでしょ?」
もう服を買う気満々だ。
結局、2軒まわって3着買わされた。
まあ、それでこの笑顔が買えたなら、安いものか。
そのほかショッピングモールに行ったり、スイーツを満喫したり、映画やゲーセンも行った。
まあ、彼女の予定では今頃地上でもこういうことをしてるはずだったんだろうか。
そんな私は図らずも彼氏の代理を務めたが、充分満喫できたんだろうか?
しかし、彼女とは明日でお別れ。
朝から結構きついことを言われ続けてるけど、離れてしまうと思うとなんだか寂しいものだ。
こうして、10時間ほど街を満喫したのち、艦に戻った。