失恋公務員と気弱パイロットと駆逐艦 2
まさか、幽霊にでも出くわしたのか!?
私の体内の血液がさーっと引いていくのを感じた。
だが、幽霊でないことはすぐにわかった。
「だ…誰!!」
幽霊なら喋らないはずだ、多分。
ということは、図らずもこの星の住人とファーストコンタクトしてしまったようだ。
しかしこんな時間のこんな山奥に、なぜ人が?
「あ…ええっと、すいません、お騒がせして。」
「…あんた、もしかして宇宙人!?」
「はあ。確かに宇宙人ですね。」
「ええ!?じゃあ、私を拉致しにきたの?」
宇宙人イコール人さらいをするいう信仰が、この星ではあるようだ。
「いや、そんなことはしませんて。私の任務は地質調査です。」
「こんな山奥で!?こんなところ調べても、何にもないじゃないの!」
確かに、何もなさそうですけど、本当にないかどうかを確かめるのが調査ってもんです。
ところで、暗くてよくわからなかったが、この声は間違いなく女性だ。
「ところで、あなたはこんな夜中に山奥にいるんですか?」
すると急に声の主は急に泣きはじめた。
なんだ!?変なこと言ったか?私。
「…ふられたの。」
「…はい?」
「振られたの!!」
この星の「振られた」の意味がわからない。我々の星では失恋したという意味だが、この状況に合わない。
「ええと、振られたという意味がよくわかりませんが…」
「男に見放されたってこと!なんでそんなこと言わせるのよ!」
ああ、やっぱり言葉通りだったんだ。
「振られると、どうしてこんなところにいることになるんです?」
「ああん?」
きっと睨みつけてるんだろうな、この口調。なんか怖いな、この人。
こんな性格だから振られたのじゃあ…と言うのは置いておき、厄介なものに出くわしたものだ、早くここから離れたい…
「夕食を彼と一緒に食べてたら、別れ話を切り出されて、それでかーっとなって外に飛び出したの。もう死んでやるって山の中を歩き回ってたら、急にあんたが降りてきたってわけ。」
なるほど、ようやく状況がつながった。
「お気持ちはわかりますけど、早く帰った方がいいですよ?」
「帰れとかいって、そうやって私を拉致するつもりでしょう。」
「いやいや、我々は勝手に現地住人を連れて行くことはダメなんですよ。」
そんなこと言ってたら、また泣き出した。
「もう帰りたくない~いっそのこと宇宙にでも連れてって~」
拉致して欲しいのか欲しくないのか、よくわからない人だ。いずれにせよ、かなり精神状態が不安定なのは確かだ。
よく見ると、彼女の足が傷だらけだ。かなり長いことさまよってたようで、靴もぼろぼろのようだ。
「あの~、その足の怪我、応急処置しておきます?」
どうやら興奮状態で、足を怪我していることに気づいていなかったようだ。
この一言でちょっと冷静になったのか、軽く頷いた。
ということで、コクピットへ救急箱を取りに行った。
「…なんでこんなことになったんだろ…私、もうだめだ…」
「まあまあ、そう悲観的にならないで。これでも飲んでください。」
機内にあったエナジードリンクを渡した。体を消耗している恐れもあったので、飲ませておいた方が良さそうだ。
「何これ?ちょっと刺激的な味で、なんかいい。」
「体が疲れた時などに飲むやつです。あまりたくさん飲むのは良くないようですが、こういう時はいいらしいですよ。」
このエナジードリンクが、ちょっと彼女を安心させたようだ。
ただ、足の怪我はやはり救急箱にある薬くらいではどうにもならないようだ。艦に戻れば、医務室で治してもらえるのだが。
とりあえず彼女に聞いてみた。自宅付近に送ってもいいし、治療を受けるため艦に行ってもいいし。いきなり医務室に連れて行くというと拉致だなんだと騒ぎかねない。
「いいよ、私、拉致されるわ。あんた良さそうな宇宙人だし、どうせ死ぬつもりだったし。」
「いや、拉致じゃないですよって、あくまでも治療であって、治ったらちゃんと送り届けますから。」
まあ未知の宇宙人に出会った信用しろというのも難しい。でも、ちょっとはこっちにも気を使ってほしい。ともかく、一旦駆逐艦に戻ることとなった。
結局、何も得るものもなく、彼女を後席に乗せて離陸することになった。
だが、艦長に受け入れ許可をもらう必要がある。でないと、本当の拉致になってしまう。
「ブーメラン2よりメンチカツ、調査地点で民間人確保、足を負傷、艦内での治療を要請する。許可をこう。」
「メンチカツよりブーメラン2、艦長に確認する。待機せよ。」
「メンチカツ?ブーメラン?何それ?」
やっぱり変だよな、このコールサイン。
「いやあ、この飛行機と私の船の呼び名です。あまり気にしないでください。」
「ところで私、民間人だけど、一応公務員だよ。」
「えっ?公務員?」
「そっ。公務員。」
公務員でも、軍属でなければ民間人には違いないが、少し事情が変わる。
我々風に言えば「文官」ということになるわけだ。
となると、普通の人より、扱いが慎重にならざるをえない。
聞けば、このふもとの小さな町の役場に勤めてるらしい。
担当は土木・建築課。勤めてまだ2年目の若いお役人だそうだ。
「文官」のわりに個人的な感情で自暴自棄になりすぎた感じもするが…
そうこうしているうちに、無線で受け入れ許可が下りたことが知らされた。
直ちに離陸、ゆっくり高度200メートまで上昇したのちエンジン噴射。
こういう飛び方をする飛行機はこの星にはないらしく、彼女は珍しがっていた様子だ。
そのまま高度2万メートルにいる駆逐艦「メンチカツ」に着艦。
着くと医療班が担架を持って待機していたが、自分で歩けるからとそのまま医務室まで自力で歩いて行った。
とりあえず、医務室で治療を受けている最中、私は艦長のもとに行った。
艦長に一部始終を話す。怪我よりも、精神面の心配が大きいこと、おまけに公務員だと言っていたことを知らせる。
「うーん、災難だったな。しかし公務員か。」
「はい、本人はそう申しております。」
「今後の接触・交渉にあたっては申し分ない相手だが、早めに返さないといろいろと厄介だな。」
なんとか穏便に帰還させる方法を考える必要がある。
が、医務室での治療中、彼女は寝てしまったようだ。
ベッドに横になってもらったところ、そのまま寝落ち。
真夜中に山奥を走ってたため疲れたはずで、さすがに治療終了まで気力が続かなかったようだ。
このまま病室のベッドで就寝ということになった。明日の朝に帰すしかなさそうだ。