連盟誕生 2
この当時の地球001の艦隊構成は、ウィックス級制圧艦と呼ばれる、30センチの中口径砲を数十門備えた艦艇が6000隻、そしてサンプソン級突撃砲艦と呼ばれる艦艇が4000隻の、計1万隻の艦艇からなる。
そしてこれらの艦艇に随行するのが、全長3000~4000メートルサイズの戦艦と呼ばれる艦種が30隻に、ほぼ同サイズの航宙機母艦3隻、それに全長が700~2000メートルサイズの巡航艦と呼ばれる艦艇が100隻からなる。
艦隊の陣形は、戦艦と航宙機母艦を中心に巡航艦がその周辺を囲み、さらにその周りをウィックス級が取り囲む。その後方に、サンプソン級がいる。それらが300隻単位で円陣を構成し、それらの分艦隊30隊が距離を取りながら前進するというのが、当時の地球001艦隊の基本形であった。
航宙機母艦はその内部に複座の戦闘機、現在「複座機」と呼ぶ機体を数百機格納しており、主に大気圏内戦闘に備えている。また戦艦には大口径砲20~30門に加え、先端に直径100メートル以上の戦略砲と呼ばれる超大口径砲を搭載している。これは破壊力よりも、放たれる強力なビームによって、相手の戦意を削ぐというのが狙いの砲だ。それゆえに戦略砲と呼ばれている。
このように、多艦種によって様々な戦闘形態に備えた艦隊、それが当時の地球001艦隊である。
射程1万キロ程度の中口径砲を備えたウィックス級と呼ばれる艦艇が主力なのは、当時の他の星ではこの中口径砲を備えた自衛艦隊しか存在せず、それらに対処することが第一とされた。また地球003の悲劇によって、他の星の大口径砲を搭載した艦艇への反発が大きいことから、あえてウィックス級の割合を増やしているという事情もある。
しかし、実に驚くべきことだが、地球001は当時、大口径砲を持つ敵を想定していなかった。そんな敵が現れるわけがない。なればこその、この陣形である。
その艦隊の目の前に突然、全く想定外の敵、大口径砲のみを備えたサンプソン級の8000隻の艦隊が目の前に出現する。
しかもこの艦隊は、ワープアウトしたばかりのこれらの艦隊に向けて砲撃を加えてきた。まさに奇襲である。
「全艦、砲撃を開始せよ!」
「砲撃開始!撃ちーかた始め!」
メルヒオール少将の乗る艦は、3220号艦と呼ばれていた。つまり3220番目の艦である。指揮艦としては随分と中途半端な号番だが、それは敵、すなわち地球001艦隊に指揮艦を悟られないためでもある。
その3220号艦の主砲が、ついに実戦で初めて火を噴く。
8000隻から放たれたビームは、真っ暗な外惑星系の宇宙を青色に照らす。そしてそのビームは、円陣の中心に位置する戦艦のみに集中する。突然のこの砲撃に、地球001艦隊は動揺する。
この奇襲による初弾で、まず10隻が撃沈する。バリアの展開が遅れ、1隻あたり800隻もの砲火が集中したこれら10隻は大爆発を起こし、宇宙を漂う瓦礫となり果てる。
その後、第2射、第3射が放たれ、残りの20隻の戦艦と航宙機母艦に砲火が集中する。さらに戦艦3隻、航宙機母艦1隻が大破するが、第4射を撃つ頃には、地球001艦隊はバリアを展開しつつ態勢を立て直し、攻勢に転ずる。
といっても、相対距離は30万キロ。ここで撃てるのは大口径砲か戦略砲のみ。この距離では、ウィックス級の砲は攻撃ができない。そこで後方に控えていたサンプソン級と巡航艦が前面に出て、攻撃を開始する。
戦艦も30門の大口径砲で攻撃を行うが、相手は大口径砲のサンプソン級。同じ射程距離で同じ威力の砲門同士の撃ち合いなどは、戦艦も当然、想定などしていない。この撃ち合いの中、数隻が沈むことになる。
加えて、メルヒオールの艦隊の艦艇は皆、ジグザグに動いている。30万キロという光でも1秒はかかるという距離で狙い撃ちさせなために、ランダムの動きをすることで相手の攻撃をかわし続けた。
だが、地球001はこの戦局を打開すべく、ある武装を使用する。
「戦略砲」である。
直径100メートルサイズの超大型の砲門に、エネルギーが充填され始める。射程こそおなじ30万キロだが、こちらの砲は威力が段違いだ。
バリアを展開し防御に徹しつつ、充填を続ける地球001の戦艦一隻が、砲撃が手薄になった一瞬の隙をついてその超大口径砲を放つ。
段違いの威力を持つビームの筋が、一瞬にしてメルヒオール艦隊の左翼側を直撃する。回避運動を行うも、10隻以上が瞬時に消える。
再び、充填を始める地球001の戦艦。この時点で残っている15隻の大型艦が皆、一斉に充填を開始する。
それを見たメルヒオール少将は、ヘンドリック大佐に問う。
「……戦艦の主砲装填時間は、記録したか?」
「はっ!およそ30秒!」
「そうか、ならば……」
そしてメルヒオール少将は各艦に、あらかじめ用意された作戦書の開示を指示した。
それから、30秒後。
半数にまで減った地球001艦隊の戦艦の主砲の装填が完了する。
そしてまさに、一発逆転を狙って、その開口部をメルヒオール艦隊に向ける。
そして、まさに砲撃するその瞬間。主砲先端部のバリアシステムが解除され、砲撃を加えようとした、その時。
メルヒオール少将の右手が、振り下ろされる。
約8000隻の艦艇から、一斉にこの15隻に向かってビーム砲火が放たれる。
バリアを解除した上に、エネルギーを充填し切った戦艦に、数百隻づつの砲火が浴びせられる。そして直撃を受けた戦艦は、爆破、四散する。
1隻あたり、軍民合わせて2万人が乗る戦艦が15隻、このわずか一瞬で全て失われた。
これを受け、地球001艦隊の戦意は、一気に喪失する。そしてついに、地球001艦隊は潰走に転じた。
数の上では、未だ地球001の方が上だ。だが、補給の要でもある戦艦を全て失った。遠征し、この星にたどり着いた地球001にとって、補給の術を失ったことは大きな痛手だ。
後退に際し、地球001艦隊は殿として、ある艦艇を前面に出す。それは、メルヒオール艦隊と同じ、サンプソン級突撃砲艦だ。
数の上では5000隻。メルヒオール艦隊に劣る艦艇だが、あの艦隊に対抗するには、同じ艦種しかないと判断したようだ。ワームホール帯に向かって潰走する巡航艦やウィックス級があちら側に抜けるまで、この5000隻の艦艇は応戦を続ける。
ただし、その5000隻は次々に撃破されていく。ランダムに回避運動を続けるメルヒオール艦隊の艦艇に対し、地球001の艦艇は狙いを定める際に停止する。その停止した瞬間を、狙い撃ちされる。この撤退支援の間に、500隻以上が失われた。
そして30分後、ようやく撤退を見届けた地球001のサンプソン級4500隻は、後退を開始した。やがて、この宙域から地球001艦隊は姿を消す。
これが地球023の、いや、故郷を追われた地球003の人々の初勝利である。
この戦いで地球001が喪失した艦艇は、戦艦30隻、航宙機母艦2隻、巡航艦7隻、そしてサンプソン級500隻に、ウィックス級300隻。
数の上では、9000隻以上が残っている。が、いくら数が多くても、戦いを継続できる状況ではない。地球001の完全敗北である。
だが、勝利したメルヒオール艦隊には、不満の声が吹き荒れていた。
「なぜです!なぜ、追撃しないのですか!」
3220号艦の艦橋内で、提督相手に怒声を浴びせるのは、あのヘンドリック大佐だ。
というのもこの提督、赤緑星雲方面に潰走した地球001艦隊を追わず、小惑星帯まで後退するよう命令を下したからだ。背中を向けて逃げる敵艦隊を前に後退を指示する指揮官。この機会に一隻でも多く叩いておくべきというのが、多くの兵士達の望みだ。ところがこの指揮官は飄々とした態度で、後退を指示する。その不満を、同期で同僚の大佐が代表してぶちまけてきた。
「とにかく、我々も2時間ほどの艦隊戦でエネルギーの補充が必要だ。一旦、小惑星帯まで後退する。そこで補給艦と接触、全艦の補給を行う。」
「いや、まだ3時間は戦える!敵は今、背中を見せて逃げているところだ!これを見逃す手はないだろう!」
怒り心頭でとうとう冷静さを失い、普段使いの口調に戻ったヘンドリック大佐に、メルヒオール少将は応える。
「なあ、ヘンドリックよ。」
「なんだ!」
「誰が奴らを、逃すといった?」
「はあ!?現に逃したじゃないか!何を言っているんだ!」
「そんなことはない。補給を完了し次第、直ちに追撃に入る。」
「追撃って……悠長に補給なんぞしている間に、敵はどこに逃げるか分からないぞ!」
「いや、分かっている。地球071だ。」
「地球071って……ここから110光年離れたところにある星か!?」
「ああ、間違いない。ここから一番近い地球はあそこだからな。」
「し、しかし、なんだって地球071に向かうなどと……」
「簡単だ。奴らは戦艦を失った。ということは、どこで補給を受けることになる?」
「あ……」
「そう。この近傍の星に立ち寄り、そこで補給を受けるしかない。だから地球071に向かう。補給手段を失った、遠征した艦隊ゆえの行動だ。」
「だ、だが、どのみち奴らは先行している。補給を完了して追いかけたんじゃあ、奴らは地球071にたどり着いてしまうのではないか?」
「いや、そんなことはない。我々が先に到達する。」
「……どういうことだ?」
「そうか、お前は知らないのか。つい2ヶ月ほど前に、地球071までの『近道』が発見された、と。」
「ち、近道……?」
「ここは地球001にとって敵地の宙域だ。我々、地球023、いや地球003の庭なんだぜ?奴らが知らない道など、いくらでも知っているよ。」
それを聞いたヘンドリック大佐は起立し、軍帽を直して敬礼する。それをめんどくさそうに返礼して応える、メルヒオール少将。
それから、3日後。
補給を終えたメルヒオール艦隊は、その近道を使って地球001艦隊の前に現れる。地球071を目前にして補給皆無のこの艦隊は、この戦闘でそのほとんどが失われたという……
この大勝利は瞬く間に宇宙中に伝わり、地球023のみならず、地球001の武力的圧力の前に我慢を強いられていた他の地球のいくつかが、歓喜に包まれた。
そしてこの勝利を導いたメルヒオール提督は、奇跡の提督として崇められることになる。
そんな戦いから、3ヶ月が経った。
赤褐色の砂漠のど真ん中に停泊するサンプソン級の甲板の上で、空を眺める男がいる。
ボーッと眺める彼の傍に置かれたスマホからは、あるニュースが伝えられていた。
『……よって本日、我々、地球023は、銀河系における地球001からの支配からの解放を進めるべく、「銀河解放連盟」の樹立を宣言する!我らに集い、地球001を打倒するために戦い……』
およそ艦艇に似つかわしくないビーチチェアにパラソルを広げて惰眠を貪るこの提督の元に、もう一人の男が現れる。
「おい、英雄!」
この投げやりな言葉を聞いて、めんどくさそうに振り返るメルヒオール提督。
「……なんだ、今は休暇中だぞ。非常事態でも発生したのか?」
「いや、平和そのものだ。ああ、平和かどうかは知らんが、少なくともこの星の周辺には、敵はいない。」
「だろうな。あれからさらに1000隻もの艦艇が増えた。地球023の連中も、ようやく重い腰を上げてやる気になったようだからな。」
「ああ、そうだよ。俺たち地球003の生き残りがなしえた勝利に乗っかって、急にやる気になりやがった。いまから地球023の連中も、サンプソン級艦隊を編成してやり合うつもりらしいぜ。」
「そうか。だがちょっと、やる気になりすぎている気がするな……」
少し不安げな表情で、ヘンドリック大佐に応えるメルヒオール中将。新たな政治体制の樹立の宣言を伝えるスマホをちらりと見ると、再びこの中将閣下はチェアの上に寝転がる……
◇◇◇◇
銀河解放連盟、通称「連盟」と呼ばれる組織は、こうして誕生する。
それから180余りの地球の内、多くの星々が地球023の呼びかけに応じて、連盟に加盟する。
だが一方で、中立を宣言する地球が続出。その星々に対し、サンプソン級艦隊を派遣し、武力による圧力で加盟を迫る地球023。その結果、さらに数億人の人命が失われることとなる。
これを受けて地球001は、宇宙統一連合、通称「連合」と呼ばれる組織を設立する。
それから、200年以上が経った。
銀河系の片隅の直径1万4千光年の空間には、900ほどの地球が発見され、それらは今も2つの勢力に分かれて争い続けている。
この世界は200年前、砂漠の真ん中で日向ぼっこをしていたメルヒオール提督の望んだ世界であったかどうかは、定かではない。