連盟誕生 1
この宇宙の2つの陣営の、始まりの物語です(2話で完結)
戦争は、今も続いている。
すでに200年もの間、銀河系の片隅の直径1万4千光年の空間では、連合と連盟の二つの勢力に分かれて900近い星々が争いを続けている……
その発端となったのは、10億人もの人々を死に追いやった地球003の悲劇。そして、その悲劇の怨念が生み出した「連盟」の誕生である。
戦争の連鎖の始まり。それは、今からおよそ200年ほど前に始まった。
◇◇◇◇
当時まだ、地球は180を数えるほどしかなかった。直径10メートルを超える大口径砲を持つ艦艇は地球001にしか存在せず、多くの星々はその強大な軍事力の脅威のもと、恒星間交易を続けていた。
その180の星々の一つ、地球023の砂漠の上で、一人の男がボーッと空を眺めている。
彼の名は、メルヒオール・デ・ロイデル。32歳。地球023自警艦隊で、少将の地位にある男。
といっても、地球001以外の周辺星の艦隊は、口径30センチほどの中型砲のみを持つ艦艇で編成されており、その任務は主に海賊討伐である。彼は100隻ほどを率いる分艦隊長の一人だった。
「おい、メルヒオール。」
その男に、声を掛ける者がいる。メルヒオールという男は、めんどくさそうに顔を向ける。
「なんだ……ヘンドリックか。」
「何だじゃないぞ。何をしているんだ、こんなところで?」
「見れば分かるだろう。空を見ているんだ。」
「はあ?空なんか見て、どうするんだ。」
「ちょうどこの方角に、故郷があるからさ。」
そう言って彼は再び、空を眺める。今は真昼間、砂漠の中の、雲ひとつない青い空。その空の一点を、彼はじっと眺めている。
「故郷って言ったって、もう人の住まない星だろう?」
「ああ、そうさ。だけど、故郷は故郷だ。それを眺めて想いを馳せたって、バチは当たらないだろう。」
「いや、そうだけどよ……」
ヘンドリックという男は、このメルヒオールと同じ32歳の男で、防衛大学の同期。そして今は、メルヒオールが指揮する分艦隊の幕僚を務めている。階級は大佐。
「想いを馳せている暇があったら、故郷を住めない星にしちまった地球001の連中に、鉄槌を下す算段をしろよ。いつまでこんな砂漠のど真ん中にいるつもりなんだ!?」
「ああ、それはもう考えてある。あとはいつ、ここを出発するかだけだ。」
そう言いながら、彼は砂漠に目を向ける。そこは、赤褐色の岩肌がむき出しの大地が広がっていた。
いや、よく見ればそこには、構造物が広がっている。
この砂漠と同化させるため、赤褐色のステルス塗装を施されたその構造物。全長は300メートルほど、先端には直径10メートルほどの穴が開いた、細長い宇宙船。
明らかに戦闘艦と分かるその宇宙船が、この砂漠の上に無数に並べられている。その数、およそ8000。
そして、この2人がいるのは、そのうちの一隻。赤褐色に塗られたこの宇宙船の甲板の上である。
これは3年前、地球001から盗み出すのに成功した、ある型式の艦艇の設計図をもとに作られた戦闘艦だ。
サンクソン級突撃砲艦。のちに「駆逐艦」と呼称され、この宇宙の標準艦となる艦艇である。その船がこの砂漠の上で、ずらりと鎮座している。
そしてこれらの船は、地球003出身のこの分艦隊長に託された。いや、元「地球003」の生き残りに押し付けられた、と表現するのが正しい。
地球003の悲劇。それは地球001のある艦隊が、この星の主要都市に向けて、大口径砲による一斉砲撃を行ったことで引き起こされた悲劇である。
人口20億のこの星では当時、地球001の軍事力的圧迫に反発し、抗議活動が起きていた。その活動は次第にエスカレートし、ついに地球003の自衛艦隊の一部が、駐留する地球001の艦艇に対し攻撃を仕掛けるという事態にまで発展する。
暴走が加速する地球003に対し、秩序の回復という名目で、1万隻の艦隊が派遣される。衛星軌道上に展開した地球001艦隊。彼らの任務は、上空から大兵力による軍事的圧力をかけ、この暴動を圧殺しようというものだった。
しかし今度は、その地球001艦隊が暴走する。
きっかけは、その艦隊指揮官と幕僚らの意思疎通に、齟齬が生じた結果だった。
地球001の艦隊司令が発したのは、「威嚇砲撃を加えよ」の一言だった。だが彼の意図は、2、3発の砲撃を加えて威嚇せよという意味だったとされる。
だが、幕僚らは勘違いした。これを、都市部への一斉砲撃と解釈したのだ。
そしてその作戦は実行され、地球003の主要都市は壊滅する。
20億いた人口の3分の1はこの時点で失われ、その後、砲撃による放射エネルギーによって引き起こされた異常気象により、さらに人口は激減。
この事態を受けて、地球001は動く。まずこの艦隊司令と幕僚らを公開処刑にし、地球003の救済に動く。といっても、すでに手のつけられないほど気候が変動した地球003に対し、打つ手は残されていない。そこで地球001は、この星の住人の移住を決定する。
移住先は、この地球003からほど近い地球023が選ばれた。軍民合わせて数十万隻を投入し、大勢の人々を移住させる。だが、移住できた人々は10億人ほど。半数の人々の命が失われていた。
その時、メルヒオールは隣の星系に出向いており、この悲劇には巻き込まれずに済んだ。だが、彼の家族は一人として生き残らなかった。
それからおよそ10年が経ち、彼らに匹敵する武力を手に入れた。その武力が今、目の前にある。
だが、この艦艇がここに集結して早三ヶ月。一向に動こうとしない分艦隊長に、幕僚であり同僚であるヘンドリック大佐が、溜まりに溜まった苛立ちを、この指揮官にぶつけるためやってきたところだった。
「いつって……ではいつ、出発するつもりなんだ!?」
「決まっている、奴らが現れてからだ。」
「奴ら?」
「地球001の連中さ。」
それを聞いたヘンドリック大佐は、メルヒオール少将の横に腰掛ける。
「おい、地球001の連中なんて、来るのかよ?」
「来る。間違いなくやってくる。だからこうして待っているんだ。」
「いや、何でそんなことわかるんだよ?」
「俺が情報を奴らに流したからさ。」
「情報って、どんな情報だ?」
「この地球023に、反乱の兆しありってな。」
それを聞いたヘンドリック大佐の顔がみるみる青ざめる。
「お、おい!それはいくら何でもまずいんじゃないか!?」
「なぜだ?」
「いや、ここには8000隻の反乱用の艦艇があるんだぞ!?なぜわざわざそんな情報をバラす必要があるんだ!?」
「いいじゃないか、正直で。」
「馬鹿かお前は!?そんなところで正直さを誇ってどうするつもりだ!?」
「少なくとも、嘘ではない。となれば彼らは、大艦隊で押し寄せてくる。1万隻もの大艦隊でな。」
「お、おい、1万隻って……こっちはたったの8000隻だぞ!」
「ああ、だが俺は、負ける気がしない。」
この自信満々な小艦隊長を前に、焦りを隠せない幕僚。
そんな二人のもとに、士官が一人、走ってくる。
「伝令!提督、パトロール艦から入電です!至急、提督に知らせるように、と!」
「そうか……で、何と送ってきた?」
「はっ!それが……平文で、『犬が10匹、交差点に現れた。家に向かっている。』とだけ書かれてます。これは一体、どういう意味なのか……」
「そうか、分かった。」
それを聞いたこの少将閣下は立ち上がる。そして軍帽を被り、歩き始める。
「お、おい、何のことだ?」
「『犬』とは地球001、『10匹』とは、艦艇1万隻のこと。『交差点』とは赤緑星雲、つまりこの星のすぐ隣の星系の暗喩であり、そして『家』とはこの地球023のことだ。」
「なんだって!?それはつまり地球001の1万隻もの大艦隊が、こっちに向かってるってことじゃないか!」
「ああ、そうだ。」
「そうだ、じゃねえよ!とんでもない事態だぞ!お前、この星を地球003にするつもりか!?」
早足で甲板の上を歩くメルヒオール少将の後ろで、ヘンドリック大佐がその暗号の意味を尋ねている。その意味を知るや、ますますこの幕僚の顔は青ざめるばかりだ。何もせずのほほんと空を眺めていた男を諫めにきたつもりが、とんでもない事態に置かれていることを悟り、急変した事態に頭がついていかないようだ。
だが、そんな幕僚の不安など気にも留めず、かれはハッチを開き、艦内に入る。そして艦橋に入ると一言発する。
「出撃、準備!」
それまで静かだった艦橋内は、急に慌ただしくなる。
「機関始動、両舷微速上昇!」
「各艦に伝達せよ!全艦発進!目標、外惑星系ワームホール帯!」
艦長と提督が入れ替わりに命令を下す。ただでさえ発進で慌ただしいのに、艦隊への指示まで飛び交うこの艦艇内はしかし、混乱することなくそれぞれの任務を無難にこなす。
「メルヒオールよ……あ、いや、提督!地球001艦隊を、赤緑星雲で捉えるつもりですか!?」
「いや、そんなところに出て行ったら、何のためにこの砂漠に艦隊を隠していたのか分からなくなる。」
「では、どうするおつもりで?」
「ワームホール帯手前、30万キロで停止する。やつらがワープアウトした瞬間を、迎え撃つ。」
それを聞いたヘンドリック大佐は、彼の言葉の意味を理解する。だが、メルヒオール少将はさらに付け加える。
「これは奇襲攻撃だが、すぐにやつらは態勢を立て直すだろう。だから、初弾の攻撃目標は絞ることにする。」
「どういうことだ……ですか!?」
「奴らは地球001からここまでの4500光年もの距離を遠征してきた。となれば、弱点は自ずときまっている。その弱点を突く。」
「弱点……?」
「直前で指示を出す。まずは一刻も早くワームホール帯へ向かい、布陣を完成させる。話はそれからだ。」
そう言い残すと、この提督は艦橋を出て、どこかへ行ってしまう。
「話はそれからって……何を考えているんだ?相手は1万隻だぞ。」
危機感のない提督の背中を見て、ぼやく幕僚。宇宙最強と言われる地球001を前に、不安は募るばかりだった。
それから6時間後。ワームホール帯を目の前にして、ヘンドリック大佐は艦内を走り回っていた。
もう作戦宙域目前だというのに、提督がいない。一体どこに行ってしまったのやら……焦る彼は、まだ見ていない艦首方向に向かって走る。
部屋に展望室、倉庫まで探したが見当たらない。どこかの通路でボーッと突っ立っているのだろうか?あてどなく探すヘンドリック大佐の目に、通路の壁に手を当てて突っ立っているメルヒオール提督の姿が飛び込んできた。
「おい!メルヒオール!」
血相を変えて走り寄ってくる幕僚の顔を見て、この提督はめんどくさそうに顔を向ける。息を切らせながら、ヘンドリック大佐は彼に怒鳴りつける。
「おい……もう作戦宙域だぞ……何をこんなところで……突っ立っているんだ!」
ぜぇぜぇと息を切らせながらも、顔を真っ赤にしてムキになるこの幕僚に、応える提督。
「おい、ヘンドリック。」
「なんだ!」
「この壁の向こうに、何があると思う?」
「はあ!?それはお前……主砲だろう。」
ここは艦の中程のところ。この向こうには、大口径砲と呼ばれる砲身がある。だが、なぜ今、そんなことを言い出すのかと、怪訝な顔をするこの幕僚。
「そうだ。主砲だ。我々はついに、あの地球001と渡り合える力を手に入れた。それがこの壁の、すぐ向こうにある。」
「ああ、だがそれがどうした?」
「奴らに、故郷での借りを返す。」
そういうとこの提督は軍帽を被り直し、ヘンドリック大佐に向かって立つ。そして敬礼し、彼に一言告げる。
「大佐、これより先は地球001艦隊を『敵艦隊』と呼称する。我が艦隊は現時刻をもって、作戦行動を開始!全艦に伝達、艦内哨戒、第一配備!砲撃準備!」
「はっ!」
返礼し、向きを変えて艦橋に急ぐヘンドリック大佐。その後を早足で追うメルヒオール少将。
サンクソン級と呼ばれる、大口径砲を抱えた全長300メートルほどの艦艇8000隻を率いて、この提督は、まさに地球001という強敵に立ち向かおうとしていた。
これは、当時の常識では考えられない暴挙だ。いく度か地球001に立ち向かうが、勝ったという星の話はひとつもない。ようやく相手の持つ最強の兵器を手に入れたとはいえ、数で劣る艦隊で果たして勝ち目などあるのか?
加えてこのメルヒオールという男、彼は戦闘の際に、なかなか胸の内を語らないことで有名だ。
これまで彼は、数々の海賊討伐戦で名を馳せ、30代で少将にまで上り詰めた異才の男である。だが彼は戦闘の直前で突然、指示を出すという癖がある。その度に部下はバタバタと対応に迫られる。
彼がここまでギリギリに作戦指示を出すのには、理由がある。
それは、こちらの動きに気づかれないためだという。
あらかじめ作戦内容を知られた上での行動は、相手に読まれやすい。それならばまず味方にも伏せておき、動きを読まれないようにする……たったそれだけの理由だが、それ以上に彼の性格にも理由があるようだ。
放っておけば何時間もボーッと空を眺めていられるような男。妄想癖を拗らせたようなこの提督は、しかし的確なタイミングと方法を部下に伝え、その度に勝利を重ねてきた。
だが今度の相手は、この宇宙における最強の戦闘集団だ。
そんな相手に、どうやって勝つというのか?
ワームホール帯の手前で横一線に布陣するこの赤褐色の8000隻もの艦艇は、提督の次の指示を待つ。
そしてついに、地球001艦隊が出現する。
「レーダーに感!ワームホール帯付近にて、船影が次々に出現!」
「光学観測!灰色の艦艇、敵艦隊です!」
続々とワープアウトする地球001艦隊。あっという間に、1万隻がワープアウトする。それを見たメルヒオール少将は号令を出す。
「全艦、砲撃戦用意!目標、敵艦隊、戦艦群!」
そしてこの宇宙で最初となる、大口径砲同士の戦いが始まった。