虜囚と中尉と人命救助 2
目が覚めると、私の横でエッケハルトさんが寝ていた。
目覚めた直後は頭がボーっとしていて、どうしてエッケハルトさんがここにいるのか分からなかった。が、しばらくして、昨夜のことを思い出した。
寝ているエッケハルトさんをジーッと見ていた。この人、喋るときはあんなに熱心に語るけれど、こうして寝ているときは可愛い顔をしている。思わずにやけてしまう。
しばらくエッケハルトさんの顔を見ていたら、彼も目を覚ました。
彼も最初は状況が飲み込めていない顔をしていたが、次第に昨夜のことを思い出したようで、顔が少し赤くなってきた。
「あ、ナターシャさん!お、おはようございます!」
「おはようございます。」
「ぐっすり寝られました!?いびきかいたり、寝言言ってうるさくなかったですか!?」
「全然静かでしたよ。久しぶりによく寝られました。ありがとうございます。」
それを聞いたエッケハルトさんは、ますます顔が赤くなってきた。なんだか見てて面白い人だ。私はムクッと起きだし、エッケハルトさんにお願いした。
「あの、エッケハルトさん。」
「は、はい!」
「…私のこと、ぎゅっと抱きしめてくださいますか?」
「はい、いいですよ!こ、こうですか?」
ベッドの上で抱きしめられる私。汗臭いけど暖かくて、何だかいい感じ。こんなに安心した朝を迎えるなんて、つい昨日までは考えられないことだった。
「あの、ナターシャさん。」
「はい。」
「やっぱり、ちょっと痩せてますね。医者からも栄養をつけるようにと言われてます。朝食を食べに行きましょうか。」
「そうですね、いただきます。」
こうして2人で、あの食堂に向かった。
私はまたあのビーフシチューを食べる。あの柔らかいお肉の味を、もう一度味わいたくなったからだ。
食事をしながら、私はエッケハルトさんに聞いてみた。
まずは、私をここまで連れてきたあの馬車のことを聞いた。もしかして、まだこの辺りにいるのではないかと気になったからだ。
だが、彼らは逃げてしまったそうだ。私を保護した直後に、別の人が馬車を見つけたので声をかけたのだが、一目散に逃げ去ったようだ。
そして私は、エッケハルトさんのことを聞いた。ここで何をされているお方なのか、私は全く知らない。
「ああ、私はこの駆逐艦1870号艦の作戦参謀の1人なんですよ。」
「サクセンサンボー?何ですか、それは。」
「この船は10隻のチーム艦隊の旗艦なんですよ。この10隻を指揮するのがこの船の艦長の役目。それを補佐するのが、我々参謀の役割なんです。」
「ええっ!?この砦、船だったんですか?」
「そうですよ。宇宙を飛ぶ船です。その中で戦闘を行う為の船で、駆逐艦と呼ばれる戦闘艦ですね。」
「駆逐艦?あの、この船って戦をするんですか?」
「ええ、宇宙で敵が現れれば、この駆逐艦1万隻をもって一斉に砲撃し、敵を排除する。そういう役目の船です。」
「ええっ!?1万隻!?」
この船だけでもかなり威圧感があったが、こんな大きなものが1万隻もあるという。もはや、私の理解を超越している。
「…やはり不思議に思うのですが、その1万隻を持ってこの星を威圧し、従わせた方が早いのではありませんか?」
「ナターシャさん、例えば強大な軍隊がやってきて、剣をちらつかせてあなたを脅し、言うことを聞かせました。あなたはその人を、心から信用できますか?」
「できませんね。隙あらば逃げ出すか、返り討ちしたくなります。」
「では、剣の代わりに珍しいものや美味しい食べ物を差し出す相手だったら、どうですか?」
「それはもちろん、信用できますよ。」
「そうなんですよ、この船がいくら強大な力を持っていても、ナターシャさんが今食べているビーフシチューには敵わないんです。我々の役目はつまり、ビーフシチューをこの星に届けるために作られた軍隊なんですよ。」
面白い例えだ。こんなに大きな船であっても、ビーフシチューには到底敵わないという。しかし、言われてみればその通りだ。帝国は我が国を滅ぼすほどの軍事力でわが身に支配を図るが、結局私はビーフシチューをくれたこの船の人々になびいた。
それから私は、食事と休養、そして時々、エッケハルトさんとの夜を過ごす。2週間もすると、私は随分と元気になった。
元気になった私は、この星の情報というものを彼らに提供することになった。
この星における国々や、人々の暮らし、貴族における礼儀作法など、いろいろなことを聞かれ、それに私は答える。
ある日、私は帝国の皇帝の好みについて聞かれた。交渉開始のため、皇帝陛下に貢ぎ物をするため、情報が欲しいらしい。でも、私にとっては国を滅ぼした相手。正直言って、あまり乗り気にはなれないが、彼らは帝国との交渉に入るために知りたがっている。私は、知っている限りのことを話す。
「帝国とは、これ以上の戦闘行為を中止してもらうよう交渉中です。また、戦争によって捕らえた人々の釈放も求めています。これ以上、ナターシャさんのような人を生み出さないような星にしなきゃいけないんです。」
そう行って慰めてくれるエッケハルトさん。確かに、いまさら私の国は元には戻らない。これより先に私と同じ目にあう人をなくすことが大事だ。
しかしその夜、私はまた1人で寝るのが怖くなった。そのため、エッケハルトさんの部屋にまたお邪魔する。
「もしかしたら、今夜あたり来るかなあと思ってたよ。」
「ごめんなさい。私、家族のことを思い出して、眠れなくなって…」
「いいよ、私でよければいくらでも役に立ちますよ。にしても、ナターシャさんに帝国の話なんか交渉官のやつが聞くなんて、嫌なことを思い出して当然だ。もうちょっと配慮ってものがないとダメだろうに!全く!」
すぐに熱くなるな、この人は。
「ところでエッケハルトさんのご家族って、どんな方々なんですか?」
「えっ!?私の家族?そうねぇ、両親がいて、弟が1人。」
「へえ、地球180にいらっしゃるんですか?」
「ああ、でも弟は今、ここから1200光年離れた地球760という星に行ってるんだ。なんでも、その星には魔女というものがいて、その魔女の力を調べた結果生み出された重力子エンジンの改良技術ってのがあるので、それを手に入れるためにその星まで行ってるんだよ。」
「ま、魔女…何なのですか、それは?悪魔でも呼び出すんですか?」
「いや、空を飛んだり、ものを浮かべたりできる能力を持った人らしい。それ以外には我々と全く変わらない人達だと、弟が送ってきたメールには書いてあった。」
当たり前だけど、エッケハルトさんには家族がいるんだ。ただ、両親と兄弟はここからは遠く離れたところにいるようだ。それはそれでちょっと辛いだろう。
でもエッケハルトさん曰く、家族とメールというのを交わしているので、それほど寂しくはないそうだ。なんでも、スマホという道具を使うと遠く離れた場所の人と文字のやりとりができるらしい。便利な道具だ。
こんな感じに、私はこの星のことを話し、それを基にエッケハルトさんら地球180の人達は帝国や周辺諸国との交渉を進める。
そういう日が、1か月ほど続いたそんなある日のこと。私は久しぶりに、地上に降りた。
この1か月の間、ずっと駆逐艦内で暮らしており、日の光を直接見るのは久しぶりだ。
この間、2度ほど宇宙という場所に行った。真っ暗で、果てしなく続く漆黒の闇。そこに浮かぶ戦艦の中にある街に行き、エッケハルトさんと一緒に映画を観たり、スイーツというものを食べるなど、楽しい時間も過ごした。
ただ、宇宙船の中というのは昼と夜の区別がつかず、 時計の読み方を覚えないと今が昼か夜かが分からなくなる。最初は苦労したが、それもだんだんと慣れてきたところだった。
そんな毎日を過ごしていた私だが、今日はメルスィン王国の王都に来ている。
この国と私のライベルク王国とは同盟関係にあった国で、私の父上もここをよく訪れていた。今回、この国との交渉に入るため、交渉官が派遣された。その交渉団に、私とエッケハルトさんが同行することとなったのだ。
小さな国だが、交易によって栄えた国であり、市場にはさまざまな品が並ぶ。特にここは香辛料と宝石が多く取引されており、あちこちから香辛料特有のツンと鼻につく匂いがする。
「あとでお土産に、お香でも買って行こうか?」
「ええ、いいですよ。」
エッケハルトさんは私に言った。そんなエッケハルトさんも嬉しそうな顔をしている。久しぶりの太陽のもとで浮かれているのは、エッケハルトさんも同じらしい。
市場を見ると、赤や茶色、緑に白の香辛料が所狭しと並んで売られている。粉上のものや、採取されたそのままの実で売られているものもある。肉の臭みを消してくれる香辛料はこの辺りでは人気の品だが、遠く南の国でしか育たない作物から作られているため、貴族でもない限りはとても手に入らない代物だ。
そういえば、駆逐艦の食堂では香辛料を使った食べ物が多い。私が最初に食べたビーフシチューにも入っているが、他にもさまざまな食べ物で香辛料がふんだんに使われている。食堂のテーブルの上にはコショウが入った容器が置かれていて、好きなだけかけられるようになっていたのには驚いた。皆、それを当たり前のように食べているが、この星ではなかなか手に入らないのが普通だ。
そんな事情があって、この国も帝国から狙われているとずっと言われている。香辛料の道を確保することは、莫大な利益を約束するからだ。帝国ならば狙って当然だろう。
だが、今は地球180との交渉で、他国に攻めることができなくなった。戦闘の中止も条件にした条約が地球180の政府と帝国の間で締結され、帝都の横に宇宙港を建設。まさにこれから宇宙との交易が始まろうとしていた。
交渉官が帰ってくるまでの間、私とエッケハルトさんは商店の立ち並ぶ路地の一角にあるお店でお茶を飲む。2人で香ばしい香りのお茶をいただきながら、街の雰囲気を感じていた。
駆逐艦の中では、艦橋でもテレビでもなぜか早口で話す人が多いが、ここは人々の会話も店の主人の客引きの声もゆったりとしており、のんびりとした時間が流れているように感じる。
そんなまったりとした雰囲気の中、エッケハルトさんのスマホが鳴り出す。駆逐艦からの連絡だったようで、エッケハルトさんはスマホに出た。
そのエッケハルトさん、みるみる表情が険しくなる。私もその表情から、何かが起きたことを悟る。
「た、大変だ、帝国がこの国の国境の街、タルソスを襲ったらしい…」
すぐに戻らないといけないと、エッケハルトさんは言う。我々はすぐに交渉官たちを呼び戻して哨戒機に乗り、直ちに駆逐艦1870号艦へ戻った。
そのまま、タルソスの街に駆逐艦で急行する。艦橋の窓から見るその街には煙が上がっており、激しい戦闘があったことが分かる。
どうやら帝国軍は、前日の夜に森の中を夜陰に乗じて進軍していたようで、地球180の人達は帝国軍の動きを察知できなかった。到着した時にはすでに戦闘は終わっており、街の中心部にある領主の館は破壊されたあとだった。
街の中も略奪、暴行が行われたようで、街中の商店の多くは酷い有り様になっていた。ここも香辛料の取引が盛んな場所だったが、その香辛料は洗いざらい奪われていた。
この街が襲われたことに気づくのが遅れたのは、この国とまだ条約を結んでいないためだ。もし条約締結後であれば、緊急通報システムと呼ばれる仕組みを設置して、攻め込まれた途端に把握することができた。その仕組みの間隙を縫って、帝国軍が略奪行為に走ったのだ。
「ああ、くそっ!どうなってやがる!帝国に奴ら、明らかに条約違反じゃねえか!」
街の様子を見て憤慨するエッケハルトさん。私も同じような光景を目にしたことがあるから、彼の気持ちがよくわかる。もっとも、私の場合はすぐに別の場所に連れていかれてしまい…
そうだ。ここの領主は公爵家。当然、娘の1人や2人はいるはず。おまけに配下の子爵、男爵などの屋敷もあるというから、その家の娘達も拉致されてるに違いない。
私は、エッケハルトさんにそのことを話す。王族、貴族らの娘を戦利品としてさらっていくのは帝国の戦における常道。今回も誰かがさらわれているに違いない。
すでにここを襲った軍勢の位置は把握されている。森の中の道を進軍中とのこと。そこで、駆逐艦1870号艦は、その軍勢のいる場所に急行する。
「タルソスの街を襲った!?何という言いがかりか、我々は盗賊集団が現れたと聞いて、あの街を救出するため精鋭部隊を派遣したまでのこと!我々によって、すでに盗賊は追い払われたのだ。これがなんの問題があるのか?」
軍勢を率いる将軍に会見を申し込み、抗議した結果がこの返答だ。しらじらしいにもほどがある。
「何言ってやがる!街の商店はことごとく略奪され、貴族達の姿もない!どう見ても、略奪目的の行軍だろうが!」
エッケハルトさんは詰め寄る。だがこの将軍、略奪は先に入った盗賊のせいで、貴族達の行方は知らないと言う。
エッケハルトさんの追求をのらりくらりとかわすこの将軍。そこへ街の外れの森の中から、貴族らと思われる惨殺死体が発見された。
だが、この事実を突きつけてもこの将軍は動じない。あくまで、盗賊の仕業と言い張るのだ。死人に口なし、死体だけでは証拠にならない。
もっとも、街一つを破壊できるほどの大掛かりな盗賊がいれば、この帝国軍同様に地球180の艦艇が見つけているはず。そんなものがいないのは明白だ。
「おい!惨殺死体の中には、娘達がいないということだが、どこかに隠しているのではないか?」
「何をおっしゃるか。伝統を重んじる帝国軍が、そのような野蛮なことをするはずがなかろう。」
「こことタルソスの街の間には、大きな砦がある。あそこに捕らえた貴族の娘らを幽閉しているのだろう!」
「これはこれは、想像力のたくましい中尉殿だ。ですがそのようなことを帝国軍がしたと言う証拠でもあるのか!?」
この言葉に、エッケハルトさんの後ろで控えていた私は反応してしまう。
「以前、ライベルク王国を攻め落とした際にも、帝国の皇族、貴族の愛妾にするために、多くの貴族の娘を砦の檻に閉じ込めていたわ。今度だってもちろん、どこかの砦に娘たちを捕らえているに違いありません!」
と私は言った。が、娘の言動に動じるほど、この将軍は甘くはない。
「おっと、この女、何を言いだすかと思えば、中尉殿の話を真に受けて、一緒に私を愚弄なさるか!?」
「私は帝国軍によって砦に2週間も閉じ込められたのちに、彼らに救い出された、そのライベルク王国貴族の生き残りなのよ!」
その言葉に、同席していた交渉官が振り向く。こと軍務のことならば武官の領域だが、捕虜の扱いに関しては文官の領域でもある。この時点で、文官達も看過できない事態となった。
「今の話は本当か?もしそんなことが事実ならば、明確な条約違反だぞ!」
「いや、ライベルク王国のことは条約締結前の出来事、あなた方には関わりのないことで…」
「だが、同様のことがタルソスの街でも行われたとなれば、これは大いに問題だ!」
交渉官が出た途端、この将軍は急に慌て始める。文民統制下の軍隊における文官の権限は大きい。条約停止も可能なその彼らが動けば、厄介なことになることはこの将軍もご存知らしい。
「いや、そもそも帝国軍は娘をとらえてそんなひどいことをすることはない!ライベルク王国の生き残りと言うが、そもそもその女が帝国の虜囚だったと言う証拠はあるのか!?中尉殿の言い出した言葉を取り繕うための思いつきではないのか!?」
追い詰められた将軍は、とうとうこんなことを言い出す。私はエッケハルトさんに目配せをする。
それを見たエッケハルトさん。少しためらいながらも、スマホを取り出す。
「これがその証拠ですよ、将軍殿。我々が保護した時の、彼女の姿です。」
私が避難民として認定されるために、保護された直後に何枚かの写真を撮られた。私は早く消してほしい写真だが、軍の規約で一定期間保存されている。その写真を、交渉官とこの将軍に見せた。
「手枷には、帝国の紋章もある。彼女が我が艦にて診察を受けた際の記録も残っている。あの時彼女はかなり衰弱しており、ひどい待遇を受けたことはすぐに分かった。本当に今回も同様のことを行なっていないと言えるのか!?」
この写真は、特に交渉官にとってはかなり衝撃的だったようだ。地球180ほどの文明となると、女性のこのような扱いは非人道的で許し難い行為に感じるらしい。そこで交渉官は、将軍に砦の探索をさせるよう詰め寄る。条約の破棄までちらつかされて、将軍は渋々了承する。
で、エッケハルトさんは哨戒機に乗り、直ちにその砦に乗り込む。砦にいた門番も看守は何事かと驚くが、エッケハルトさんの気迫に負けて手が出せない。
牢のある場所に行くと、娘達が叫び声が聞こえた。全部で4人。事情を知らない看守は、この娘がタルソスの街にいた貴族の娘だとあっさり暴露した。
娘らに直接確認すると、それぞれがタルソスに街の名と自分の身分を答える。昨夜の未明に帝国軍の急襲に会い、そのまま連れ去られこの砦に連れ込まれたと語る。
これで、帝国軍の略奪行為が立証された。
牢から出される彼女達。だが彼女らは、看守達を指図し恫喝するエッケハルトさんのその気迫に、今度はエッケハルトさんの虜囚にされるのかと怯えているようだった。
「大丈夫よ、私もあの人に助けられたから。もう心配しなくてもいいのよ。」
経験者である私の一言に安堵したのか、彼女らは私に泣きついてきた。私は彼女達を抱き寄せる。
こうして、タルソスの街の人命救助劇は幕を閉じた。無論、私同様に彼女らは家族を失ったのだけれど、最悪の事態はなんとか回避されたのだ。
でもやはりその夜は、また1人では寝られなくなった。あの写真を見たこと、そして砦での彼女達の姿を見て、あの日のことを思い出してしまった。眠れない私は、またしてもエッケハルトさんの部屋に行く。
「やあ、そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ。」
暖かく迎えるエッケハルトさん。もうこの部屋に来るのは何度目だろうか?
ベッドに入り、エッケハルトさんと抱き合う。そこで私はエッケハルトさんに言った。
「あの…エッケハルトさん。」
「なに?どうした?」
「こんなことを言うのはエッケハルトさんにお願いするのはあつかましいと思うのですが、私…家族が欲しくなっちゃってですね…」
「そうなの。じゃあ、2人で作ろうか、家族。」
「私から頼んでおいて言うのもなんですが、よろしいですか?私のような者で。」
「なにをおっしゃいますよ、お嬢様。ナターシャさんこそいいのですか?貴族の令嬢ともあろうお方が、こんなガサツな男を選んでしまわれて。」
「ガサツだからいいんです。私は静かすぎるのは嫌だから、これくらいがちょうどいいんですよ。」
なんて言ったものだから、このあとエッケハルトさんにめちゃくちゃにされた。ともかく、こうしてこの日の夜、私とエッケハルトさんは夫婦となった。
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あのとき保護されたタルソスの街の娘達だが、同じ境遇にさらされた私がいると言う理由で、駆逐艦1870号艦に乗ることとなった。
公爵、子爵が1人づつ、男爵が2人だったが、4人とも家族を失い、呆然としていた。なんとか命は助かったものの、この先どうすればいいか、途方にくれていた。
風呂場で彼女らと話す。聞かれたのは当然、私のことだ。
「ナターシャさんは、この先どうなされるんですか?」
男爵の娘の1人に聞かれた。
「私はね、家族を作ることにしたの。」
「ええっ!?家族を作る!?それはどういうことですか?」
「…エッケハルトさんと、一緒になるんですよ。」
「あの…エッケハルトさんって、もしかしてあのときすごい剣幕で砦に殴り込んできた、あの人ですよね?」
「そうよ。昨日の夜に、そういうことになったの。」
「でも、この船の人たちって、大丈夫なんですか?ここの軍隊は帝国すらかなわないほどの武器を持ってるんでしょう?ならば、帝国の野獣どものように、力を誇示して私達を威圧してくるんじゃないですか?」
「そんなことないわよ。彼は言ったの。この巨大な船よりも、ビーフシチューの方が強いって。」
「えっ!?び、ビーフシチュー!?なんですか、それは。」
「食堂に行けばあるわよ。このあと教えてあげる。」
いったい、何を言っているのかわからない彼女らは、きょとんとしていた。このあとビーフシチューを食べながら、武器よりも食料の強さを私は彼女たちに語った。
ところで、私とエッケハルトさんの関係は、艦内ではかなり有名だったようだ。私が何の配慮もなくエッケハルトさんの部屋に出入りしていたため、すでに周りの人達にはあの部屋で何が行われているかが分かっていたようだ。
そんなわけで、この4人の娘達が来た時には、その世話役を申し出るものが多数出た。つまり、みんな下心丸出しというわけだ。で、艦長の厳選なる抽選の結果、4人の独身男性が割り当てられる。
結果的にこの幸運な男性達は、それぞれ彼女らの心を射止めることができたようだ。1か月ほどすると、各々が私のように「家族」作りを約束したようだ。
さて、タルソスの街襲撃事件だが、地球180と帝国との間では大きな騒ぎになっていた。
地球180の政府は、この非人道的な襲撃事件に抗議する。だが帝国は内政干渉だと言い、この抗議を受け入れようとしない。
帝国からすれば、たかが貴族の娘4人のことでいちいち謝罪などしてられないという思いだったようだが、地球180の人々はそうは考えない。人権保護こそ条約の最も重要な柱、それが反故にされたことは、連合側としても看過できない事態だった。
そこで、連合の名で帝国との条約の無期限停止を通達、完成したばかりの帝都横の宇宙港は閉鎖され、帝国との全ての交易が停止された。
その交易物資は周辺国に回され、結果的に周辺国が一気に潤う。おまけに帝国軍の再侵攻を警戒して、1000隻近い艦艇が国境沿いの街に分散配備される事態となった。
こうして地球180政府と帝国の間で、意地の張り合いのようなことが行われたが、1ヶ月ほどすると帝国の方が根を上げて、皇帝陛下の名で正式に謝罪することとなった。そこで条約の再発行と、条約遵守の徹底が地球180との間で約束された。
この一件をもって、ようやくこの星にも平和が訪れた。
で、そんな事件から8ヶ月が経過した。私は、タルソスの街の横にできた宇宙港の街に住んでいる。
夫のエッケハルトは、作戦参謀の傍ら、この街にできた教練所で講師をしている。私は今、その夫の帰りを待っている。
あのとき出会った4人も、ここでそれぞれの夫と一緒に暮らしていて、時々5人でショッピングモールのカフェで会合をする。同じ境遇を経験したもの同士、今でもこの4人とは仲良しだ。
そんな私とエッケハルトとの間には、もう1人家族が増えることになっている。2人で家族を作ろうと言った日の晩に、どうやら授かってしまったようだ。来月には出産予定。産婦人科によると、男の子だそうだ。
私にとっては、思い出したくもない砦での2週間の出来事。でも、あそこで生き残ったからこそ得た私と4人の今の生活。だから、過去を振り返らず、今より先を見つめて生きようと、私はそう思っている。
(第33話 完)