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虜囚と中尉と人命救助 1

私の名はナターシャ。今、私はある砦の中にある牢獄に閉じ込められている。


ここに閉じ込められて、もう2週間が経った。最初は恐怖と絶望に襲われて気が変になりそうだったが、今はここの暮らしに慣れてしまい、落ち着いている。


元々私は、ライベルク王国の子爵家の娘だった。ところが強大な帝国が我々の国を攻め滅ぼし、王族、貴族は全て捕らえられた。聞けば、国王陛下や貴族らはことごとく殺され、年頃の娘ばかりが生かされているという。なんでも、本国や属領地にいる皇族や帝国貴族の妾にするつもりらしい。私もその1人だ。


ただ、帝国のいやらしいところは、そのまま娘を皇族や貴族の元に連れて行くのではなく、しばらくの間こうして牢につないでおき、生き残ったものだけを妾としている。牢獄で生き残れないような軟弱な娘には用がないらしく、また従順な愛妾にするため恐怖を植え付けるという意味もあるようだ。


ここにきてからというもの、1日1回の粗末な食事が出るだけで、体を洗うことも、便の始末もできない。なにせ両手は枷がはめられており、それを短い鎖で首輪と繋がれている。おかげで、食べ物もほとんど手を使わずに食べることになる。便は垂れ流しだ。狭い牢獄で、自由に動くことなどできない。


となりの牢にも、私と同じく捕らえられた公爵の娘がいた。公爵の娘は毎日のように泣き叫び続けていたが、ある時から声が聞こえなくなった。どうやら、死んでしまったようだ。私は丈夫であったためか、こうして生き残ってしまった。だが、この先のことを考えれば、死んでしまった方が幸せだったことだろう。つくづくこの丈夫な身体を恨めしく思う。


「おい、出ろ。」


看守が檻の扉を開けて、私を呼ぶ。どうやら、ここから出られるらしい。私はゆっくり立ち上がる。


砦の外に出て、まず中庭に連れていかれた。そこで体についた汚れを落とすために、服を剥がされて上から水をかけられ、雑巾で拭き取られる。そのあとに新しい、と言っても粗末な布をまとわされ、今までよりも少しマシな食べ物を与えられる。


「よく生き残ったものだ。この砦に閉じ込められた娘で、生きているのはお前だけ、他は皆発狂して死んでしまった。まあ、この先は皇族の愛妾にでもしてもらえるよう、せいぜい愛想よく振る舞うことだな。」


ここの看守の長が私に何かを話しかけているが、私は構わず目の前の食事をもしゃもしゃと食べる。手と首が繋がれたままなのでとても食べづらいが、私は空腹の求めるままに食べ物を食べ続けた。


そのまま私は馬車に乗せられる。逃げられないように鎖で繋がれ、私はそのままどこかへ連れて行かれることになった。


もう父上も母上も、そして兄上も、すでにこの世にはいないのであろう。私だけがこんな惨めな姿で生き残っている。私も他のものと同様、殺された方がよかったかもしれない。生き残ったことを後悔するほど、ここには希望と呼べるものが全くない。


私を乗せた馬車は、ずっと森の中を走って行く。が、しばらく進んだところで急に馬車が止る。外では看守と御者が騒いでいる。いったい、何が起こったのだろうか?


私は、小さな窓から外を覗いてみる。するとそこには、驚くべき光景が見えた。


空中に、大きな灰色の砦のようなものが浮かんでいる。砦といっても、塔を横倒しにしたような姿で、見張り用の窓も空いていない不思議な砦だ。その砦は、徐々に地面に向かって降りている。


なんなのだ、あれは。悪魔の化身か、はたまた神の使いか、ここからでは全くわからない。ともかく、あの砦に驚いた看守たちが馬車を止めてしまったようだ。


空飛ぶ砦の動きが止まった。どうやらあの砦は地面に降りたようだ。だが、どうやら馬車の進もうとした先にあの砦が降りてしまったため、看守たちは前に進むのをためらっているようだ。しばらく看守達は外でもめていた。


が、何を思ったのか、看守は私を外に連れ出した。


馬車と私をつなぐ鎖を外す看守。いったい何をするのかと思ったら、私にあの砦の近くに行って、様子を見て来いという。


ただし、私の手枷と首輪が繋がれたまま。もしそのまま逃げ出せばいずれ野垂れ死ぬことになるから、戻るしかないと看守は私に念を押してきた。つまり、逃げられないぞと言っている。


だったら自分で観に行けばいいのに。そう思ったが、私が逆らえるわけがない。私はあの砦に向かって歩いていく。


林の木々の間を、私はふらつきながら歩く。このまま逃げ出してもいいが、その場合は野垂れ死ぬまでただ苦しむだけだ。それに私もあの砦の正体が気になる。逃げ出せば野垂れ死に、あの砦の連中に捕まっても、看守の元に戻っても、結局私には悲惨な運命しかない。ならば、あの気になる砦をじっくり見ることにしよう。そう思い、私は砦に引き寄せられるように歩いていった。


砦の麓に着く。この空飛ぶ砦は、不思議なことに上部がとても大きく、地面にはほんのわずか接しているだけで突っ立っている。今にも倒れそうだが、微動だにしない。不思議な砦だ。


私は木に隠れながら、さらに近づいた。すると砦の麓には何人かの人がいるのが見えてきた。


何者だろうか、悪魔でも天使でもなさそうだ。見たところごく普通の人に見える。


しばらく林の木陰から様子を伺っていたが、突然、後ろから声をかけられる。


「ちょ…ちょっとあんた!」


振り向くと、男の人が立っていた。姿格好は、あの砦の麓にいる人たちと同じ。つまり、あの砦の人のようだ。


ああ、とうとう私は見つかってしまった。せっかく生き延びたというのに、今度はこの得体の知れない人達に捕まるのか。私は焦る。


が、逃げるほどの体力もない私は、その場で座り込んでしまった。


「大丈夫か!?ちょっと待て、今すぐ助けてやるから!」


助ける、思いもよらない言葉がその男から飛び出した。その男は、懐から何やら取り出して、それに向かって話し始めた。


「エッケハルトです!林の中で鎖につながれ、衰弱した女性を発見!直ちに救護班の出動を要請します!」


しばらくすると、あの砦から数人が私のところに駆け寄ってきた。


「エッケハルト中尉!要救護者はどこだ!?」

「大尉殿!こっちです!」


このエッケハルトという人が手を振る。すると、わらわらと男達が数人、こちらに向かって駆け寄ってきた。


「おい、あんた。我々の言葉は分かるか?」

「あ…はい、分かります。」

「よかった、通じる。ここは統一語圏だったようだ。」


私は5人の男に囲まれた。が、彼らは私に付けられたこの首輪と手枷をどうやって外すかを話していた。


「首の方は革でできてるから、ナイフで切れば良さそうだが、手がな…」

「大尉殿、拳銃で撃ち抜けばよろしいのでは?」

「音と衝撃で、この人が驚かないか?」

「この際はやむを得んでしょう。早くやっちゃいましょう。」


そういうとエッケハルトという人は、腰から何かを取り出した。


「すいません、今からその手についてるものを破壊します。大きな音が3回ほどしますが、ご容赦ください。では!」


そういうとエッケハルトさんは、まず私の手と首の間についている鎖に、その腰から取り出したものを当てる。


「行くぞー!」


掛け声とともに、周りの人は皆、私の後ろ側に回り込んだ。その直後、バンッという音とともに、青白い光が光った。


すると、金属の鎖はあっという間に溶けて吹き飛ぶ。エッケハルトさんはそのまま今度は、私の右手についた枷の鍵部分に、青白い光を出すあれを当てる。


右手の枷を青白い光で壊したのち、続いて左手についた枷も壊した。首輪は革製だったので、他の人が持ってきたナイフで切り落とされる。


私は2週間ぶりに、手が自由に使えるようになった。これから何をされるのか分からないが、とにかく今は少し自由になったことがありがたい。


だが、この後私はこの人達の相手をさせられるんだろう。それくらいの報酬がなければ、私のような何も持たない者を助ける意味がない。そのあとに私は殺されてしまうのだろうか?それとも、貴族の愛妾にでもされてしまうのだろうか?どちらにせよ、あの砦に連れ込まれるのは間違いなさそうだ。


案の定、私はあの砦に連れて行かれることになった。ああ、結局私はまた囚われの身に逆戻りだ。


でもその砦まで、私は担架と呼ばれる2人がかりで運ぶものに寝かされて連れて行かれた。さらに上からふかふかの布を被せてもらう。虜囚相手に、ここの砦は随分と待遇がいい。


私は彼らに連れて行かれて、そのまま砦の中に入った。中は不思議なほど明るい。天井にところどころ明るく光っているものが付いてて、これが日の届かない砦の中を明るく照らしているようだ。


勝手に開け閉めする不思議な扉のついたその部屋に入ると、エッケハルトさんがその扉の横にある何かを触っている。すると扉が閉じて、部屋全体が何か動いたように感じる。すぐに扉が開き、再び部屋を出た。


が、部屋を出るとさっきとは違うところにいる。同じ扉から出入りしてるのに、いったいどうなっているのか?


そのまま今度は少し広い部屋に着いた。そこで私はベッドのようなところに座らされる。で、そのまま私を運んだ男達は出て行き、今度は白い服を着た女の人が2人入ってきた。


「服を着替えます。それを脱いでもらえますか?」


私は言われるがままに服を脱ぐ。脱ぐと言っても、この服は着るというより被せているというだけの布切れだ。さらっと外れて、私は真っ裸になった。


すると女の人が別の服を着せてくれた。患者衣という、柔らかい布でできた服を着せられた。


今度は男の人が現れる。白い服を着た人で、2人の女達に何か指図して動かしている。ということは、どうやらこの男は看守か?


ところがこの看守、一度私の服をはがし上半身を裸にして、耳から伸びる奇妙なものを当ててきた。何をするのかと思いきや、そのまま服をかぶせ、今度は首輪と手枷の跡を丹念に調べていた。手首は傷だらけになっていたので、女達がこの白服の看守の指示でその手首に透明な液体を塗りつけて、綺麗に拭き取ってくれた上に何か白い布のようなものを巻いてくれた。


「うむ、身体に異常はなさそうだ。ただ、かなり栄養状態が悪いね。食堂で栄養のあるものを食べさせてもらいなさい。」


看守がそう言うと、私は特に拘束具をつけられることもなく、そのまま隣の部屋に連れ出された。


そこには、さっき私の手枷を壊してくれたエッケハルトさんがいた。


「診断の結果、特に異常はないとのことで、入院はありません。ただ、栄養状態が悪く疲労が溜まってるようなので、ちゃんと食べることと、休養を取るように…」


女の人がエッケハルトさんに何か話している。話が終わり、エッケハルトさんは私に話しかけてきた。


「では、私が食堂に案内します。歩けますか?それともこの車椅子を使います?」


横にある車輪のついた椅子を指差すエッケハルトさん。そんなものに乗せてもらえるとは、この砦、ちょっと虜囚への待遇が良すぎではないか?でも私は自分で歩きたいと伝える。


エッケハルトさんについて歩く。またあの勝手に開く扉の部屋に入り、別の場所に行く。何だろうか、あの部屋は。乗るたびに別の場所に出る。まるで魔法の部屋だ。


そういえば、さっきからここの砦の人たちは、不思議なものばかり使っている。魔法の部屋だけでなく、さっきの白服の看守も私を調べながら横にある奇妙な仕掛けを操っていたし、エッケハルトさんも私の手枷を見たことのない道具で壊していた。だいたいこの砦自体も宙に浮いていた。いったい、この人達はどこの国から来たのだろう?


帝国のものではないだろう。帝国にこんな砦があるなどと言う話は聞いたことがない。第一、帝国ならば私のようなものをこんなに丁寧に扱うことはしない。いったい彼らは、何者なのか?


そんなことを考えていたら、広い部屋の前に着いた。


そこはたくさんの机が並べられた場所で、何人かの人が何かを食べている。ここがあの看守の言っていた「食堂」というところのようだ。


「じゃあ、料理を選んでください。と言っても、少し身体が弱っているようなので、消化の良いスープのようなものが良さそうですね。ちょっと待ってください。」


エッケハルトさんはぶつぶつと言いながら、絵の描かれた看板に手を伸ばす。


何をするのかと思ったら、なんとその絵が動き始めた。手に合わせてするすると横に動いている。


「この辺りのスープはいかがです?これにパンも一緒に食べるといいですよ。」

「…あ、はい、ではこれでお願いします。」


私は茶色っぽいものを選ぶ。するとエッケハルトさんは、私を椅子に座らせてくれて、その食べ物を取りに行った。


わざわざこの虜囚のところまで料理を運んでくれるエッケハルトさん。しかもこの料理、見るからに美味しそうで豪華だ。さっきから思うのだが、この砦の虜囚の待遇は、いったいどうなっているのか?


私にそれほどの価値があるとは見えないが、こんな待遇の見返りにいったい何を要求されるのだろうか。一晩中、ここにいる男たちの相手でもさせられるのだろうか?後のことを考えたらちょっと怖くなる。でも今は目の前にあるこの食事を食べたい。あとのことは考えないようにしよう。


スプーンですくって一口いただく。暖かくて、美味しくて、食べたことのない料理だった。牛の肉が入っているようだが、とても柔らかい。エッケハルトさんによれば、これはビーフシチューという食べ物だそうだ。


パンも白くて柔らかくて、ほんのり甘みがある。バターをつけるとさらに美味しい。この食事、まだ私が貴族だった時に食べていた食事より、ずっと良いものだ。


なぜこんなに良いものを、こんな虜囚相手に出すのだろう?ますますあとのことが気になったので、私はエッケハルトさんに聞いてみた。


「あの、エッケハルトさん…じゃない、様?」

「はい、"さん"でいいですよ。何でしょう?」

「では、エッケハルトさん。私はこのあと、どうなるんでしょうか?」

「うーん、そうですね。それを考えるために、あなたのことを聞かせて欲しいのですが。」

「はい、私の名はナターシャ。ライベルク王国の貴族で、戦に敗れ、国は滅んで捕らえられて、帝国のどこかの貴族の愛妾となるため、運ばれる途中だったんです。」

「ええっ!?き、貴族の方だったんですか?それに愛妾って…でも、さっき見つけた時は、まるで奴隷か囚人かのようなすごい格好でしたよ!?ちょ、ちょっと詳しく聞かせてもらえます?」


そこで私は、戦に敗れてからこの2週間過ごした牢獄のことを話す。私がいた砦では、生き残ったのは私だけだったこと、そして恐らくは、私の一族は皆殺しされたであろうことも話した。


「じゃあ、あなたはもうひとりぼっちということですか?帰る場所はないんですか?」

「はい、帝国によって、我々の住む場所にはすでに新しい領主が置かれているはずです。私が戻れば再び捕らえられるだけでしょう。」

「そ、そうですか…では、ここにいるしかないですね…」


私の話を聞いて、エッケハルトさんは考え込んでしまう。が、突然いきり立ったように話し始める。


「でも、なんだってその帝国って国は王や貴族をみんな殺しちゃうんですか?それに若い娘だけ生かしておいてこんな仕打ちをするなんて…捕虜の生命や人権に関する規約に違反してるじゃないですか!」


虜囚相手に突然、命やら権利やらを唱え始めるエッケハルトさん。


「でも戦に敗れたのだから、やむを得ないでしょう。私も悔しいですが、これも世の習い、当然のことではありませんか?」

「いや、人の命は大切なものです!負けた相手だからといって、好きにしていいわけじゃない!そうでしょう!ナターシャさん!」


なんだか興奮気味だ。急に同意を求められたが、私は何と返事をすればいいのか分からない。


「…ああ、いかんですね、ちょっと興奮してしまいました。食事を続けてください、ナターシャさん。」


急に我にかえったようで、椅子に座るエッケハルトさん。


「ですがナターシャさん、我々はなんとしてもあなたの命と生活をお守りします!だから、しっかり食べて、元気になって下さい!その先のことはまた考えましょう!」


いちいち興奮気味に話す人だ。でも、虜囚相手に心強いことを言ってくれるこのエッケハルトさんという人物。私はこの人が気に入ってしまった。


食事が終わると、私は艦橋という場所に行った。


そこには、この砦で一番偉い艦長と呼ばれる人がいるのだという。その艦長に、エッケハルトさんは私のことなどを熱っぽく話している。


「…ナターシャさんの部屋の件は了解した。主計科で鍵をもらい、彼女を案内せよ。ただ、この近くの砦を探索しろというのはさすがに無理だ。いくらナターシャさんのような人がいるかもしれないと言っても、それだけでは踏み込めない。越権行為になってしまう。」

「しかし艦長!こうしてる間にも誰かが死んでいたり、苦しんでいるかもしれないんですよ!?いいんですかそれで!?」

「気持ちはわかるが、私に権限では許可できない!この件は、却下だ!」


妙に落ち込んだ様子で歩くエッケハルトさん。艦長という人に叱咤された様子だ。


「ああ、もっと早くこの星に来ていたら、何人かの人々を、いやそれどころか一つの国を守れたかもしれないのに…」


悔やむエッケハルトさんに、私は聞いた。


「あの、エッケハルトさん。いろいろとお聞きしたいことがあるのですが。」

「あ、はい、何でしょう?」

「先程からずっと思うのですが、あなた方はいったいどこからいらしたのですか?不思議な道具に、空飛ぶ砦、それに貴族だった私でさえ知らない食事、おまけに私のような虜囚相手に命を守るなどと言ってくださるその心。何もかもが我々とは違っているのですが、いったいどこの国からいらしたのですか?」

「ああ、そうでした。我々のことを何も話してませんでしたね。いいですよ、鍵をもらってから、お部屋で話しましょう。一緒に来てください。」


さっきの食堂に戻ってきた。その横にある小さな窓が開いており、そこでエッケハルトさんは誰かを呼び出していた。


奥から人が出てきて、エッケハルトさん何かを手渡す。どこかの鍵のようだ。


今度はずらりと扉の並んだ通路に連れていかれた。ある扉の前で止まって、鍵を使って開ける。そしてその部屋に入った。


ああ、私の新しい牢獄となる場所か。しかし、牢獄にしてはベッドがあって机があって、とても清潔な場所だ。


しかもエッケハルトさんは、私にこの部屋の鍵を渡してきた。虜囚に鍵を渡すなど、聞いたことがない。しかもこの部屋は内側から鍵をかけられる。自由に出入りできて、自分で鍵がかけられる。なんという牢獄だ。


部屋に入り、エッケハルトさんはなにやら懐をから取り出す。さっき林の中で誰かを呼び出すのに使っていた、あの黒っぽい板のようなものだ。それを壁にある大きな四角い黒い板と黒い縄のようなものでつないだ。


虜囚をつながないで、自分の持ち物をつなぐとか、ますますおかしな砦だ。そう思いながら見ていると、その壁の黒い板が光った。


なんだろうか、小さな絵がたくさん並んでいる。突然その板一面がぱっと変わり、今度は丸くて大きな青い球が映った。


「あの、エッケハルトさん?なんですか、これは。」

「ああ、これはあなた方の星ですよ。」

「星?私達の?」

「そうですよ、宇宙から見ると、地面はこういう風に見えるんですよ。」


なんと、私たちが今いる場所がこの青い球なのだという。


今度はその青い球がずっと小さくなった。そして太陽のような明るい球や、ほかの色の球が出てきては小さくなる。そして、真っ暗になった。


「宇宙という場所は、こんな感じに真っ暗な場所なんです。あなた方の星は、この真っ暗な場所にぽつんと浮かぶ島のような存在何ですよ。」

「じゃ、じゃあ、帝国や他の国々は…」

「このぽつんと浮かぶ青い地球の上の、そのまた狭い陸地の上にあるんです。でも、宇宙から見ればこんなちっぽけな場所を取りあってるだけなんですよ。」


そして、この広大な宇宙には、地球と呼ばれる丸くて青い星が790もあるという。この星はちょうどその790番目になる。


エッケハルトさんは180番目の星、地球(アース)180から来たそうだ。ここからは270光年離れているそうだが、どれくらい遠いのか、私にはさっぱりわからない。


彼らがここに来た目的も聞かされた。なんでも、この宇宙は連合と連盟という2つの陣営に分かれていて、もう160年以上も争い続けている。お互いに自身の勢力を拡大するために、まだ見つかっていない星を探し出してはその星を味方に引き入れているのだという。


「…では、エッケハルトさん達はこの星に攻め入り、我々の星を手に入れるため、こうして砦を送り込んできたのか?」

「まさか!その逆ですよ!我々はこの星との間に同盟を結び、交易を行う。共存共栄こそが我々の狙いなのです!昔、それを怠ったから、我々はこうして二つの陣営に分かれて戦う羽目になったのですよ。」

「でも、それじゃ時間がかかるのではありませんか?ここにはたくさんの国があって、その全てと同盟を結ぶなど、とても無理なのではないですか?」

「いや、我々は長いことそうしてきたんですよ。大丈夫です。何とかなりますって。」


やけに自信満々だ。このエッケハルトという人、何かにつけて信念を持って熱く語ってくる。そういうところがとても心強く感じる。


「ところで、エッケハルトさん。私はどうなるんです?」

「ええとですねぇ…どうしましょうね?今は避難民ということで預かってますが、いずれ落ち着いてきたら地上に降りていただくとしても、今はまずいでしょうね。」

「えっ!?私は虜囚ではないのですか?」

「えっ!?りょ、虜囚!?そんなことはないですよ!なんで我々があなたを捕らえなきゃいけないんですか!」

「いや、そうでなければ、タダで食べ物を食べさせてくれる道理がないでしょう?」

「道理ならありますよ!我々は軍隊です!軍隊は民間人の生命を生活を守る義務があります!だから、あなたを助けて、自立できるまで全力で支えるんです!」

「あ、いや、軍隊というのは普通他国の民を殺戮するのが普通では…」

「それはこの星の軍隊の話でしょう!?我々は違うんです!この地上の人々の命と生活を守るため、我々は命を懸けるよう訓練されてるんですよ!」


私の命を救うために自分たちがいるんだと、すごい剣幕で言われてしまった。ともかく、私はここでは虜囚ではないらしい。


「ですが、なおのこと私はこのままでいいんでしょうか?掃除や洗濯、それ以外にも何かお役に立てなければ、私がここにいる道理というものがありません。」

「大丈夫ですよ。あなたはこの星の住人で、しかも貴族だったお方だ。我々はこの星の風習や地名、それに国の状況などを知りません。あなたには、それを我々に教えるという大事な仕事がありますよ。」

「いや、そんなことを話すくらいで、大事な仕事といえるのですか?」

「我々には大事な情報ですよ、それは。今日の食べ物より数百倍くらいの価値ある情報です。だから、今は体力の回復に努めてください。」


私に価値がある、そういわれたのは初めてだ。思わず私はジーンと来てしまった。


その後女の方が来て、お風呂やトイレの使い方を教えてくれた。ここで過ごすための最低限の知識を教わり、今日という日が暮れた。


私は柔らかいベッドで寝る。こんな布団で寝られるのは本当に久しぶりだ。私は生きている。そう実感した。


が、眠りに入るとすぐに、私は鎖につながれて牢の中に閉じ込められ、そこで横になっている夢を見てしまう。はっとして目が覚めると、そこは柔らかなベッドの上だった。


そんな夢を見たので、とてもじゃないが1人では不安だ。またあの夢を見るかもしれない。私は思わずエッケハルトさんの部屋に向かった。


呼び鈴を鳴らすと、エッケハルトさんが出てきた。


「あれ?ナターシャさん。どうしたんですか?」

「あの、エッケハルトさん。中に入ってもいいですか?」

「いいですよ、どうかしたんです?」


エッケハルトさんの部屋に入った私は、思い切って言う。


「あのですね…今夜はここで寝かせてもらうわけには参りませんか?」

「ええっ!?私と!?あの、それはちょっとまずいのでは…」

「1人で寝ていたら、昨日までのことが夢に出てきて眠れないのです。エッケハルトさんと一緒なら、あの夢を見なくても済むような気がして、その…」

「…私もしかしたら、いびきや寝言がうるさいかもしれませんよ?」

「いや、その方がありがたいです。静かだとかえってあの砦のことを思い出してしまうから…」

「…わかりました。ええっと、こちらへどうぞ…」


そういって私はエッケハルトさんの布団に入り、横に寝た。


が、今度は布団に入ったら入ったでなんだか落ち着かない。考えてみれば、横に大人の男の人が寝ているのだ。冷静に考えれば、落ち着くはずもない。私はちらっと、エッケハルトさんの方を見る。


すると、エッケハルトさんもこちらを見た。やはり彼も落ち着かないらしい。


「そういえば、エッケハルトさんって、奥さまや恋人はいらっしゃるんですか?」

「いや、私は軍隊一筋で、そういう人とは全く縁がなくてですね。」

「そ、そうですか。では女の方と一緒に寝たというのは…」

「小さいころに母親と寝たのが、最後でしょうか?」


そんなつまらない会話をしていたら、だんだんとお互い盛り上がってしまう。


「落ち着きませんね。」

「…はい、落ち着きません。」

「あの、エッケハルトさん。私のこと、その、どう思いますか?」

「ええ?どうというのは…」

「いえ、女として見ていただけてるのかなあと思って…」

「…そうですね、綺麗な方だなあとと思ってますよ。いや、本当に。」

「…じゃあ、優しくしてくださるなら、私のこともっと触れて頂いてもよろしいですよ。」

「ええっ!?あ、あの、でも…」

「なんだかこのままではお互い落ち着きませんし、エッケハルトさんならば、いいかなあと。」

「そうですか?じゃ…じゃあ、遠慮なく…」


そう言うと、エッケハルトさんは私の服に手をかける。そしてそのまま、私とエッケハルトさんは、男女の契りを交わすこととなってしまった。


どうせあのまま馬車で輸送されていたら、今ごろは見ず知らずの皇族か貴族の相手をさせられていたかもしれない。でも、私を助けてくれたエッケハルトさんがお相手ならば、私はむしろ本望だ。


そのあとは急に心が落ち着いて、あの悪夢も見ることなく眠ることができた。なぜだろうか?不安なことがあっても、この人と一緒なら大丈夫だと、そう感じた。

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