姫とメイドとマスカルポーネ 4
駆逐艦を抜けて、電車というたくさんの人を運ぶ箱に乗ってたどり着いた先は、なんと「街」だった。
あの無骨な巨大な岩の塊の奥に、こんな街があったのだ。これには私もロゼも驚いた。
「ね?楽しみだと申し上げた理由が、お分りいただけたでしょう?」
にやにやしながら、パルターノ殿は私に言う。
私の目の前には、あの動く絵のテレビモニターというやつがたくさんある。そこには、あるものは流行りの服が、あるものは食べ物が描かれている。私もロゼも周りをきょろきょろと見ていた。
私にとっては、夢にまで見た街の中だ。王都ではないが、人々が行き交い、美味しそうな食べ物や、きらびやかな衣装に装飾品が売られた店が所狭しと立ち並ぶ。まさしくここは、私が一度来てみたいと思っていた場所だ。
「ひ、姫様!何でしょうか、あのお店は?」
ロゼが指差す先に、たくさんの人が集まっている店がある。ここは男の方が多いと聞くが、あそこだけ女が多い。
皆そこで座って、何かを食べているようだが、みたことのないものばかり食べている。
「パルターノ殿、なんじゃ、あの店は?」
「おお!さすがは王女様、お目が高いですね。あれはこの宇宙でも女性に一番人気の、スイーツというものが売られているお店ですよ。」
「スイーツ?」
「お菓子のようなものといえば、よろしいでしょうか。では早速、行ってみましょう。」
パルターノ殿に連れられて、私とロゼはそのお店に入る。
ガラス張りの棚の中に、ずらりと色とりどりのお菓子が並んでいる。白地に赤いイチゴという果物を載せたもの、黄色いマンゴーと呼ばれる果物の載ったものなど、目移りするものばかりだ。
だがここで白っぽいものを選ぶと、またあのマスカルポーネチーズというやつに当たってしまう。そこで私は、敢えて黒っぽいものを選んだ。一方のロゼは、サクランボの載ったケーキというものを選ぶ。
私のこのスイーツには、焦げ茶色の粉が載っている。勢いで選んでおいていうのもなんだが、これは美味いものなのか?
「ああ、これはチョコレートを粉にしたものですよ。ほろ苦さと甘みが人気の、女性好みのお菓子ですよ。」
ちなみにこのスイーツは「ティラミス」というそうだ。それにしても苦味があるのに女性に人気のお菓子だと?そんな奇妙なものがあるのか?不思議なことを言うものだ。私は恐る恐る、さじですくって食べてみた。
このティラミス、想像以上の味だ。確かに苦味があるが、甘くて濃厚な味と組み合わさって、絶妙な味を作り出している。甘さだけではくどそうな食べ物だが、この苦味がそのくどさを打ち消してくれているようだ。
「それにしても王女様、ほんとマスカルポーネに縁がありますね。」
「な、なに!?これにもマスカルポーネが使われているのか!?」
「茶色の粉末にその下にある、白に近いベージュ色のその部分が、マスカルポーネチーズですよ。」
なんと、敢えて外したつもりのマスカルポーネが、こんなところにも使われていたらしい。何という偶然だ。私がパルターノ殿と一緒に食べたもの全てにマスカルポーネが入っていることになる。ちなみに、ロゼが食べているケーキの白い部分は、マスカルポーネではなくクリームという別物だそうだ。
しかし、私はこのティラミスというスイーツが気に入ってしまった。これまで食べたことのない美味しい食べ物だし、ましてや縁の深いマスカルポーネだと言われると、ますます気に入った。王宮に帰ってからも、どうにか取り寄せていただくことにしよう。
その後私とロゼは、パルターノ殿に連れられて色々なお店を回った。その際に、パルターノ殿がちらちらと見ている黒い板のようなものが気になった。
「パルターノ殿、さっきから何をみているのだ?」
「ああ、この街の中のお店の場所を調べてるんです。」
「店の位置など、そんなものでわかるのか?」
「ええ、マップが付いててですね…」
その板を見せてもらったが、なにやら地図が描かれている。地図上の点を指で突くと、店の絵が出てくる。
下には何か書かれた文字が見えるが、私には読めない。でもこの板、その文字を読み上げてくれる。なんという便利な道具だ。
「なんという道具なのだ、これは。テレビモニターの小さいやつのようだが、指に反応しているぞ。」
「ああ、これはスマートフォンという道具ですよ。調べ物をしたり、音楽を聴いたり、映画を観たりできるんですよ。」
「映画とはなんじゃ?それに、音楽が聴けるとは、この小さな板の中に音楽隊でも入っているのか?」
「ははは、まさか。音楽はこういう風に聴けるんですよ。」
そういうとパルターノ殿はそのスマートフォンという道具に何かを施す。すると突然、音が鳴り出した。
私の知る音楽とは随分違うが、確かに音楽が流れてきた。また、パルターノ殿は映画というやつも見せてくれた。テレビモニターのような絵が映るが、中で人が何かの物語を演じているようだ。
「これは便利な道具だ。ぜひ私も欲しい。どこで手に入るのか?」
「ああ、それならこの先のお店で手に入りますよ。付いてきてください。」
私とロゼは、パルターノ殿に連れられてその店に行く。
そこには、たくさんのスマートフォンが置かれている。パルターノ殿の持つ黒いものだけでなく、白や赤といった色とりどりのスマートフォンが置かれている。
先程のスイーツもそうだが、ここはとても色鮮やかな商品が多い。見るだけでも楽しくなる。
「この赤いのが良い。どうやったらこれを手に入れられるのだ?」
「私が買いますよ。軍より、王女様とロゼさんのためにいくらかお金をもらっているんです。これくらいのものなら大丈夫ですよ。」
「そうか、ならばありがたくいただくとしよう。」
こうして私はスマートフォンというものを手に入れた。このスマートフォンを持って、街の真ん中にある広場にてパルターノ殿から使い方を習ったのだが、たくさんの使い方があってなかなか覚えられない。
「うーん、スマートフォンというのは奥が深いな。いったい、どれだけのことができるのやら…」
「別にいっぺんに覚えなくてもよろしいですよ。使っていくうちに覚えるものです。」
「そうか、しかしなあ…そうだ!」
私は、ロゼの方を見る。
「そなたも、このスマートフォンというものを手に入れよ!」
「は?姫様、私などには…」
「器用なそなたのこと、こういう道具はすぐに使いこなすであろう。使い方を覚えて、私の指南役となれ。」
「しかし姫様…」
「それにさっきから私とパルターノ殿しか会話しておらぬぞ?ロゼもパルターノ殿と話す良い機会ではないか。早速、ロゼのスマートフォンを手に入れるぞ!」
さっきの店に戻って、もう一台のスマートフォンを買う。ロゼは、白いのを選んだ。
「そうですよ、そこをスライドしてタップすると、こういう画面が出て来て。」
「あ、はい、パルターノ様、やってみます。ええと…」
2人で互いのスマートフォンをにらめっこしながら、ロゼのやつはスマートフォンの使い方を教わっている。こうしてみるとこの2人、何故だかとてもしっくりくる間柄だ。まるでずっと以前から巡り合っていたような、そんな雰囲気を感じる。
「ところで王女様にロゼさん。映画に行きませんか?」
「なんじゃ、映画ならこのスマートフォンとやらに入っているのではないか?」
「いえ、ここにはもっと大きな画面で見られるところがあるんですよ。」
そうパルターノ殿が言うので、映画館と呼ばれる場所へ連れて行ってもらう。
たくさんの椅子と、大きな垂れ幕のようなものがある場所に入る。何が始まるのかと思いきや、その場は急に暗くなり、目の前に突如、広大な林が現れた。
なんだ、何が始まるのか?
見ればそこには剣を持つ多くの兵士が立っている。皆、神妙な面持ちで何かが来るのを待っている。
そこに黒い闇が押し寄せる。奥からは、見たこともない醜い姿のケダモノのような兵士が攻めてきた。
そしてどこかの国の軍勢は、そのケダモノらの軍勢にあっさりと破れる…
そんな衝撃的な場面から始まるこの映画、そこに人間の希望である勇者と賢者、それに剣闘士が現れて、これらに元凶である魔王を討伐に行くという物語であった。
私の近衛兵にしてやりたいほど見てくれもよい強い剣士が登場し、数々の難敵どもを撃ち破る。最後には信じられないほど強い魔王が現れるが、勇者らの奮闘によって倒され、この世に平和が訪れる…
勇者がとどめをさし世界に光が戻った場面で、私とロゼは涙が出てしまった。ああ、何という強い戦士だ。あのようなものをぜひ我が王国軍に加えてやりたい。持っているポップコーンというお菓子をぽりぽりと食べながら、そう私は思った。
「なあ、パルターノ殿。この宇宙には、あのような魔王や勇者などというものがおるのか?」
「ははは、まさか。あんな恐ろしい魔王や強い勇者はいませんよ。魔物ならいる星はあるようですけど、滅多にみられるものじゃないですし、あれほど強いものではありません。どのみち、我々の持つ武器にはかないませんから。」
あっさりと否定されてしまった…なんだ、あのような者共はおらんのか。残念だ。
それから3人で食事を食べる。私はパスタを食べたのだが、またしてもマスカルポーネの入った…もう良い、言わずとも分かる。
その後、パルターノ殿に呼び出しがあった。あのスマートフォンとやらで誰かと会話をしている。なんだ、このスマートフォンにはそんな機能もあるのか。
その後、パルターノ殿に連れられていった先は、大きな宮殿のような場所だった。ホテルという場所らしいが、そこには正装姿の男らが数人、出迎えてくれた。彼らは交渉官達らしい。
ここまでずっと私は王宮にいる時と同じワンピースドレス姿で過ごしていたが、どちらかといえばこの街では浮いた存在だった。ここで初めてこの姿にふさわしい場所に来た気がする。そこでは交渉官達に父上へのとりなしをお願いされ、美味しいワインをいただき、そしてたくさんの土産をもらった。
その後ようやく駆逐艦に戻った。電車ではなく、交渉官の手配してくれた哨戒機にて駆逐艦まで連れていってもらう。あの混みいった電車というものに乗らずに帰ることができたのはありがたい。
駆逐艦に戻ると、我々の時間では夜になっていた。確かに疲れからか眠くなってきた。風呂に入って、さっさと寝ることにする。
ロゼと一緒に風呂に入ったが、その風呂の中でロゼは突然、私に話があると言ってきた。
「あの、姫様。その…お話がございます。」
「なんじゃ、突然。」
「あの、私、パルターノ様のことをですね…好きに待ってしまったようでして、その…」
これを聞いた私は眠気がいっぺんに冷めた。ロゼは話を続ける。
「先の戦でのあの砲撃音と、時々聞こえたあの耳障りな音に私はすっかり怯えてしまいました。まさかあのような戦に巻き込まれるなど、考えてもいなかったので、姫様のことも忘れてすっかり恐れをなしてすくんでしまいました。」
「うむ、そうじゃな。私もあの戦は恐ろしかった。一つ間違えれば、あっという間に焼き尽くされそうな、そんな戦だったからな。」
「そんな恐れる私を優しく慰めてくださったパルターノ様に、すっかり私は虜になってしまいまして…」
「そういえば、そなたはあの戦の最中に、ずっとパルターノ殿にしがみついておったな。」
「はい。ですがパルターノ様は私のようなものにしがみつかれても気にすることなく、私を受け入れてくださったのです。だから私、あのあとパルターノ様のところに行ったのです。」
「それで、あの時パルターノ殿に部屋に来ておったのか。」
「はい、お礼にと参ったのですが、部屋で話すうちに、ついパルターノ様と一緒にベッドの上に座って話し込んでしまってですね。とうとうパルターノ様が私を押し倒しになられて…」
「なるほど、そこで男女の行為に及んだというわけか。」
「も、申し訳ございません。」
「何を謝ることがあろうか。パルターノ殿もそなたも双方が望んだことであろう。誰にはばかることがあろうか。でも、あの時からそなたがどことなく変わったのは、そういうわけなのだな。」
「は、はい。ですが私は姫様専属のメイド。それが無断で他の男性と行為に及ぶなど、決して許されるものではありません。」
「そうだな。ならば、王女としてロゼに命ずる。」
「…はい。」
「風呂から出たのち、すぐにパルターノ殿の部屋に行け。」
「…はい?」
「あの男、なかなか度胸もあり、知恵も備えておる。王国には是非とも引き入れたい逸材だ。なれば、その男をどうにかして我が王国に迎え入れたい。ロゼよ、なんとしてでもパルターノ殿をものにするのだ。」
「ひ、姫様~!」
ロゼは私に抱きついてきた。私はそんなロゼを抱き寄せる。
「やれやれ、抱きつくのはパルターノ殿だけで良いのに、私にまで抱きつくとは、そなたは本当に抱擁好きなのだな。」
この旅でたくさんのことを知った。スマートフォンや料理、音楽、映画。だが、一番の収穫は、ロゼの幸せを見つけられたことだろう。
--------
あの日から、8か月が経った。
ロゼはめでたくパルターノ殿と結ばれた。私の進言で、パルターノ殿には我がリレハン王国の騎士の称号が与えられた。騎士殿の妻として、そして我がメイドとして、ロゼは今日も働いている。
私は地上に戻るとすぐに、嫁ぎ先が決まった。相手はリレハン王国の筆頭貴族であるオルレアン公爵家の嫡男、ハンス殿だ。王国内のこの実力者との関係を深めるために、私は公爵家の夫人となった。
相手も分からぬまま、結婚の日を迎える。結婚の儀式の中で、初めて私はハンス殿を見た。が、これがなかなかの美男子で、しかも優しいお方だった。幸いなことに、私とハンス殿はすぐに打ち解ける。
このハンス殿、街に出かけるのが大好きで、私を伴って王都の街によく出かけた。あの戦艦の街も良いところであったが、この王都の街も味があってなかなかいいところだ。
「なあ、ハンス殿。」
「なんでしょう、ロレーヌさん?」
「マスカルポーネというチーズをご存知か?」
「はい?ま、マスカルポーネ?」
さすがのハンス殿もご存知なかった。そこでロゼに頼んで、パルターノ殿よりあのティラミスを手に入れてもらうようお願いした。
「こ、このようなものがあったとは…やはり宇宙というところは深いですなぁ。」
「であろう?私も縁あって出会った食べ物であるが、なかなかのものであろう?」
以来、我が夫もマスカルポーネの虜になってしまった。
ところで、パルターノ殿の住まいは、我が公爵家のすぐ横にある小さな家を割り当てられた。小さいと言っても、8つの部屋を持つ屋敷。騎士にふさわしい邸宅だ。おかげで、ロゼをいつでも私のそばに呼び寄せることができる。
ところで、この王都のそばに宇宙港が作られた。元々は山であったところを切り開き、そこに大きな宇宙船が停泊できるドックがいくつも作られた。
そのすぐ横には街が併設され、我々夫婦もよくその街に出入りするようになった。
ここは宇宙から来た珍しいものが手に入る街だ。家電にスマートフォン、それに様々な食べ物がある。
だが、私がこの街で最初に買ったものは、お風呂だった。ここのインテリア業者というところに頼んで、大きなお風呂とシャワーを我が公爵家に作ったのだ。
無論、夫のハンス殿とも一緒に入るためでもあるが、ロゼとも時々一緒に入る。
「なんじゃロゼ、最近ここが大きくなってはおらぬか?」
「きゃあっ!ひ、姫様、あまりそこをお触れになりませぬようお願いいたします!」
「これこれ、私はもはや王女ではない、公爵夫人だ。姫様ではないぞ~!」
「きゃあ~!お、奥様?お許しを~!」
これではまるで私がロゼをいじめているようにも見えるが、本人もまんざらではなさそうで、自分から一緒に入りたがることが多い。可愛いメイドだ。
そんなロゼも、来年の春には母親になる。まだ我が家で働けるが、そろそろお産のために休暇をやらねばならない。しばらくすると、お風呂での悪ふざけもできなくなってしまうのは寂しい。
元は私のわがままから始まったあの駆逐艦とパルターノ殿との出会い。その後訪れたあの駆逐艦で、私はマスカルポーネチーズを知り、ロゼは夫と出会った。戦や政略結婚という運命を乗り越えて、それぞれが今、幸せを手に入れている。
(第32話 完)