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姫とメイドとマスカルポーネ 2

翌朝…のはずだが、窓がなく私には今が昼なのか夜なのかわからない。ただ、パルターノ殿が私の部屋にきて、朝であることを知らせてくれた。


朝食に私はパンケーキとサラダを食べた。パルターノ殿によると、このサラダにもマスカルポーネが使われているんだそうだ。


それはともかく、私はいよいよ王宮に帰ることになった。昨日私が乗った、哨戒機と呼ばれる乗り物に、私は乗りこむ。


「そんなに深刻にならなくてもいいですよ。私もご一緒いたしますから。」


パルターノ殿はそういうが、私は憂鬱だ。昨日パルターノ殿が言った通り、おそらく父上は怒り絶頂であろう。下手をすれば、勘当されるかもしれぬ。そう思うと、私はとても落ち着いてはいられない。


哨戒機で外に飛び出す。外はすっかり明るく、いつもなら私の上にあるはずの雲が下に広がっているのが見える。なんだか変な感じだ。私は地上に向かうこの哨戒機の窓から、ボーっと外を見ていた。


昨日は暗くてよく見えなかった駆逐艦が、日に照らされてよく見える。こうしてみると、灰色の大きな船だと分かる。それにしても、おそらく王宮よりも大きい。こんなにも大きな船だったのか?


ところで、今この哨戒機には私とパルターノ殿、そして哨戒機を操るパイロットの他に、交渉官と広報官と呼ばれる人も乗り込んできた。もし私の父上と会うことが叶えば、交渉につなげたいと考えて彼らはついてきたようだ。


王宮が見えてきた。ぐるりと高い塀に囲まれ、私がいつも外を眺めているテラスも見える。


その王宮の中庭に向かって降りて行く哨戒機。ゆっくりと王宮の庭に舞い降りる。空から降りてきたこの奇妙なものを見て、近衛兵達が慌てる様子がここからも見える。


中庭に降りた哨戒機の周りを、ぐるりと近衛兵達が囲んだ。あるものは槍を向け、あるものは剣を構え、こちらの様子を戦々恐々とした面持ちで睨んでいるのが分かる。


この包囲を解くために、まず私が降りることにした。パルターノ殿が心配して私に言った。


「大丈夫ですか?万が一にも彼らがいきなり斬りつけてきたりしないとは限らないですよ?」

「大丈夫じゃ。ここは私の住む王宮であり、彼らも私を見ればすぐに剣を納めるはずだ。案ずるな。」


哨戒機のハッチが開く。それを見た近衛兵達は、開いたハッチに向けて槍を向ける。私は外に出て、彼らに向けて叫んだ。


「愚か者!私は第3王女、ロレーヌである!ただいま、林の奥から帰ってきたところだ!誰か、直ちに父上に知らせよ!」


私の顔を見た近衛兵達は武器を納め、一斉に中庭に整列をした。


しばらくすると、侍従長とメイド達、そして父上が現れた。


「ロレーヌ!どこに行っておったか!」


声の調子から、これまでになくお怒りであることがわかった。ここまで父上を怒らせたことがない私は、どう声をかけていいかわからず黙り込んでしまった。


「申し訳ありませんでした!」


後ろから声がする。振り向くと、パルターノ殿だった。直立し、右手を額に斜めに当てて、父上の方を向いている。


「…誰じゃ、お主は?」

「は!私は地球(アース)093第1遠征艦隊、4654号艦所属の武官、パルターノと申します。昨夜に林の中で遭難されていた王女様を保護、脚の怪我を治療し、本日ようやくお連れいたしました!」

「…よう分からぬが、つまりお主はこのロレーヌを助けたのではないか。なぜ、謝る必要があるのか?」

「本来ならばもっと早くにお連れするべきところ、陛下にはご心配をおかけすることになってしまいました。王女様へのお怒りの一端は、我らにも向けられるものと存じます。どうか、王女様をお許しいただきますよう、お願い申し上げます。」

「い、いや、父上!私がこの王宮の外を見たいと、浅はかな考えから馬車を飛び出したのです。非は私にございます!彼らは林をさまよう私を救出してくれたのです!彼らには(とが)はありません!どうか父上、ご配慮願います!」


すると父上は、私に向かって言う。


「あー分かった分かった!もう良い!娘も無事に帰ったのだし、それ以上なにも申さぬ!それよりもだ。」


突然現れた見知らぬ男と、私がそれぞれ謝罪をしたものだから、父上も怒りが収まったようだった。その父上は、パルターノ殿に向かって話す。


「お主はいったい、どこからきた?近衛からの話によると、お主らは空から降りてきたと申しておるし、少なくともこの王国の者ではないのであろう。いったい何者だ?何のために来た?まさか、ただ我が娘を返すためにここに来たわけではあるまい。」


近衛兵が王の周りを取り囲み、パルターノ殿に警戒の目を向ける。やはり、彼を怪しい人物と見たようだ。私は父上に向かって叫ぶ。


「ち、父上!彼はその…」

「ロレーヌは黙っておれ!」


私の言葉を遮る父上。その時、パルターノ殿は応える。


「私は宇宙から参りました。目的は、あなた方との同盟と交易です。そして、我々軍人の使命はこの地上の人々を守ること。陛下の周りにいらっしゃる近衛兵の方々と、同じ志を持つものと思っていただければ幸いです。」

「ほう…だが、その言葉だけでは信用できぬ。何をもってお主らを信じればよいのか?」

「まずは王女様をお返しいたします。我々があなたの娘である王女様を盾にして、なんらかの要求を突きつけに来たわけではありません。これで、我々のことを信じていただくわけには参りませんか?」

「うむ、分かった。ならば、娘を頂こうか。」


そういうと、パルターノ殿は私に向かって話す。


「というわけで王女様、父上の元にお帰りください。どうか、お元気で。」


そう言って私に前に歩くよう促すパルターノ殿。ここは彼らのため、父上の元に歩くことにした。


私は父上のところに着く。


「ロレーヌ、お主が居なくなってと聞いて心配したのだぞ?あまり勝手なことをするでない!」

「ち、父上!」


思わず涙が出てしまった。私を思い、優しく接して下さる父上。これが私にとってのいつもの父上だ。その父上に、私は申し上げる。


「父上、パルターノ殿は信じられる方です。もしあの方がよこしまなお方であったなら、私は今ここに帰ることはなかったでしょう。あの方を信じてあげてください。」

「ロレーヌの言にも一理ある。だが、私は一国を預かる身。情に流され道を誤るわけにはいかぬのだ。ここは下がっておれ。」


私は王宮の中に連れていかれる。パルターノ殿が心配だが、もう私としてはなすすべがない。


部屋に戻り、私はいつものテラスから中庭を見る。父上の近衛兵達、それにパルターノ殿が対峙して何かを話している。しばらくこの両者は何かを話しているようだった。


そのうち、哨戒機の中から交渉官と広報官が出てきた。この2人は父上と共に王宮内に入ってくる。パルターノ殿は外で待っているようだった。


いったい、どういう話し合いがなされたのだろうか?交渉官と広報官は父上にどんな話をするのだろうか?私には全く分からない。ただ、この両者の話し合いは上手くいくような気がした。


そこから全く動きがないので、私は部屋に戻り、物語などを読んで過ごす。いつもの退屈な日常に逆戻りだ。だが、しばらくして突然父上が部屋に現れて、私に向かっておっしゃった。


「ロレーヌよ。お主と共にやってきたあの地球(アース)093から来た者たちだが、彼らとの同盟に向けて、我々は動くことにしたぞ!」

「えっ!?ほ、本当ですか?父上。」

「本当だ。彼らとは付き合わざるを得ない事態になった。これはこの王国だけの話ではない。我々の住んでいる大陸や海を越えた国々とも連携せねばならない時代がやってきたようだ。この王国は、その先駆けとなって彼らと共に歩むことにした。」


いったい父上は、この短時間で何を見たのだろうか?あまりの考えの変わりように、私は驚いた。


「そこでだ、ロレーヌ。」

「はい、父上。」

「そなたにやってもらいたいことがある。」

「はい、仰せのままに。」

「あのパルターノという男と共に、宇宙へ行って参れ。」

「…は?」

「お前はすでに駆逐艦という船に乗ったのであろう?ならば、その先にある宇宙という場所を、私の名代(みょうだい)として体験してくるのだ。」

「しかし、父上…」

「どうせ外の世界を見たかったのであろう?本望ではないか!」

「は、はい、父上の仰せのままに。」


なんと、私はまたあの駆逐艦に乗ることになった。ただし、今度は見張り役としてメイドが一人ついてくる。


しかし、外の世界へ行きたいと思ってはいたが、宇宙とは王都を通り越して空のずっと上。そこまで外の世界へ行きたいとは思っていなかったのだが、父上の仰せの通り行くことにする。


私はてっきりあの哨戒機に乗って、駆逐艦へ行くものだと思っていたが、なんと駆逐艦がここにやってくるそうだ。父上の希望で、宇宙を飛ぶ船というものを見たいと所望されたとのこと。


すでにパルターノ殿の哨戒機は船に戻ったようで、これからその駆逐艦が来ることになっている。王都の広場に降りてくるので、私はそこで駆逐艦に乗り込み、宇宙という場所へ行くと聞かされる。


私の専属メイドのロゼが、私と同行することになった。服などを詰めた大きな鞄を持ち、私のところで船が来るのを待っている。


「姫様、この先の旅路ではこのロゼがお供いたします。何なりとお申し付けくださいませ。」

「うむ、頼りにしておるぞ、ロゼ。」

「ところで姫様。これより向かう駆逐艦という船は、いったいどのようなものでしょうか?」

「うーん、そうじゃな。私が見たのは、灰色の大きな空に浮かぶ城のようなものだったぞ。」

「そ、空に浮かぶ城…でございますか?」


ロゼは不安そうだ。無理もない。空を飛んで来るというだけでも驚きなのに、城のようだと言われるとなお不気味だ。


しばらくすると、空に灰色のものが現れた。あれは駆逐艦だ。徐々にこちらに向かって降りてくる。


私とロゼは、馬車に乗るため王宮の門の前に立っていた。徐々に広場に近づく駆逐艦。どんどん近づくその姿に、周りの人々は騒ぎ始めている。


やがて、駆逐艦は広場の真上にて止まった。そこでゆっくりと降りている。私は馬車に乗り込み、その駆逐艦に向かう。


広場に着いた。そこで馬が言うことを聞かなくなったため、そこから先に進もうとしない。私は馬車を降りて歩くことにする。


そういえば、私が王都のこの広場に来るのは初めてだ。周りには石造りの店が立ち並び、美味しそうなものが売られている。昨日までの私は、ここにきたかったのだ。


ただ、今は突然降りてきたこの駆逐艦を見て、王都の人々は騒然としている。真上には、王宮をも超える大きさの灰色の巨大な城のようなものが、グオングオンという低い音を出して広場に鎮座する。この物体を見て、平然としていられる者は私くらいだ。


広場の前に立ち、私を迎える近衛兵の顔にも、不安の表情がうかがえる。


「あの…姫様。あれにお乗りになるのですか?」


近衛兵の1人が私に尋ねてくる。


「案ずるな、彼らは何もせぬ。私を乗せたらすぐに出発するはずだ。王都の人々にもそう伝えよ。」


そう言って私は広場の中央の、駆逐艦が自然と接しているところへ向かう。後ろから、荷物を持ったロゼがついてくる。


「ひ、姫様。本当に、あれに乗るのでございますか?」


だんだんと不安顔になるロゼ。人々はもちろん、馬でさえ怖がって近寄ろうとしないこの空から舞い降りた船に、私だけが平然として向かっている。


「大丈夫だ。すでに私は一度あれに乗っている。美味い食べ物や、柔らかなベッドもある船だ。ロゼも入ってみれば分かる。」


駆逐艦の麓を見ると、人が2人立っている。1人はやや歳を重ねた人物で、もう1人はパルターノ殿だ。


「ようこそ当艦へお越しくださいました、王女様。私は艦長のジョヴァンニと申します。」


この人がこの船で一番偉い人のようだ。私も挨拶をする。


「リレハン王国の第3王女、ロレーヌだ。よろしくお願い申し上げる。」


スカートの裾をつまんで会釈をする。艦長殿は直立して右手を額のところに斜めに当てる、パルターノ殿もしていたあの独特の作法をする。これは、彼らにとっての礼儀作法なのだろう。


「パルターノ殿、また世話になる。」

「王女様、よろしくお願い致します。では艦内へご案内致します。」


ロゼから鞄を受け取り、パルターノ殿は駆逐艦の中に入って行く。


ロゼが面白いくらいにきょろきょろしている。明るく照らされた室内、勝手に開け閉めする扉、エレベーターという上下に動く小部屋など、王宮付きのメイドでさえ見たこともないものばかり。私とて、昨日見たばかりで慣れているわけではないのだが、メイドの前ではしゃぐわけにはいかない。平然とした顔でパルターノ殿について行く。


まず、部屋に案内された。私とロゼの部屋は隣同士、8つ向こうにパルターノ殿の部屋がある。


「私が部屋にいるときは、ここが緑色に変わるのですぐに分かります。何か困ったことがあったら、この部屋まで来ていただければ私が対応します。」


部屋に荷物を置いた後は、いよいよ食堂だ。


「あの…姫様、なにやら嬉しそうですが、食堂というところはそんなに良いところなのですか?」


ロゼにすら分かるくらい、私は浮かれていたようだ。


「ロゼもおそらく気にいるぞ。あのような食事を味わえる場所など、王宮にすらない。」

「ええっ!?王宮の食事より凄いものが出てくるのですか!?いくらなんでも信じられません。」


ロゼは懐疑的だが、口で言っても分かるまい。一度見て食べてみれば分かる。


食堂の入り口にあるあの動く絵を見て、昨日の私のようにロゼは驚愕している。あそこから選ばなくてはならないが、ロゼは選ぶことができるか?


と思ったら、ロゼは何も選ばず私についてくる。私はロゼに言った。


「なんじゃ?そなた、何も食べぬのか?」

「主人である姫様より先に召し上がるわけには参りません。私は後ほどいただきます。」

「ここでは主従関係なく、一緒に食べるのが習わしであるぞ。何か選んで参れ。」

「いや、しかし…」

「郷に入らば郷に従えというではないか。ここの習わしに合わせよ。」

「は、はい!仰せのままに!」


ロゼもここの仕組みに興味津々だったようで、流れる料理の絵を選びながら、目を輝かせている。私に永らく仕えているメイドだが、こういう側面があることを知った。誠に面白いものだ。


私はコロッケという食べ物と、生ハムサラダを食べる。コロッケの表面のキツネ色のサクサクとした衣と呼ばれる部分の食感がたまらない。サラダも濃厚な味で、なかなかの美味だ。


「ん!?この白いのは、もしかしてまたマスカルポーネというやつか!?」

「よく分かりましたね。なお、そのコロッケにも使われてますよ、マスカルポーネチーズ。」


そういえば、このコロッケの中身からもあのまったりとした濃厚な味がする。つくづく私は、マスカルポーネというチーズに縁があるようだ。


その日は、風呂というものにも入る。ある女性士官に連れられて、風呂場へ来た。身体を清め、湯船で温める場所だそうだ。


王宮にも似たようなものはあるが、お湯の量が多い。おまけに、シャワーというお湯を吹き出す仕組みまである。さらにシャンプーというものは髪の毛の汚れを簡単に洗い流し綺麗にしてくれる。


ロゼも一緒に入る。そういえば、私は長いことロゼの全裸姿を見たことがなかった。いつもロゼは私の背中を洗ってくれるのだが、そのときは衣服を着たままだ。私の前で裸を晒すのが初めてのロゼ、何やら恥ずかしそうだ。


「なんじゃ、ロゼ。いつもは私の裸を見ているくせに、自身の肌は見せられぬと申すか?」

「わ!ひ、姫様、何を!?」


私は恥ずかしそうにするロゼの肩を掴み手前に引いた。背筋が伸び、ロゼの小さな胸が見えた。


「おお!なかなか可愛らしい身体ではないか?」

「ひ、姫様…お許しを!」

「ならぬ!そなたの身体、じっくりと見させてもらうぞ!」

「い、いえ、私はそれほど綺麗な身体ではございません。お恥ずかしゅうございます。あわわわ…」


顔を真っ赤にして恥ずかしがるロゼ。なかなかからかい甲斐があるメイドだ。こんなに面白いやつだったとは知らなんだ。


風呂から出て、すっかりうんざり顔のロゼ。ちょっとやりすぎたようだ。明日からは少し控えめにするか。


すでに日は暮れたようだ。明日はいよいよ宇宙に出ることになっている。初めて行く宇宙、いったいどのようなところだろうか、楽しみである。

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