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洪水と地主の娘と技術武官 3

あの夜以来、私はおリンさんと一緒に暮らすようになった。


農場開拓は着々と進んでおり、3ヶ月で第5区画まで完成した。早ければ、あとひと月で最初の収穫の時を迎える。


その収穫間近なイモ類と小麦畑で、事件が起きた。


事の発端は、第1区画での侵入者を知らせる警報だった。防犯カメラに映っていたのは5人組の男たち。畑の境界線を越えて、釜を持って小麦畑に進んでいる。


まずい、あれはどう見ても窃盗団だ。私は警備員への発報ボタンに手をかける。


「待ってください!あっしが見てきやす。やばそうな連中だったらすぐに知らせるんで、ちょっとの間待っててください。」


村人の1人が私にそう言ったので、一旦警報を止める。なるべくなら現地住人との間にことを荒だてたくはないし、ここは村人に任せて連絡を待つことにした。


ところが、いくら待っても連絡がない。監視カメラにも何も映ってはいない。いったいどうしたというのだろうか?


私はドローンを飛ばす。警報があった場所を中心に巡回させると、6人の人物が映された。


先頭を行くのは、さっき出て行ったあの村人だ。たくさんの小麦の束を抱えた5人組を先導している。


監視カメラの死角から5人組を逃がそうとしているようだった。私は直ちに警備員への発報ボタンを押す。


すぐに警備員が現場に到着し、6人は捕まる。私と他の村人、それにおリンさんは警備所に向かう。


そこには捕まった6人がいた。さっきまで私と会話していた、あの村人もいる。


「容疑者を確認願います。後ほど、当局が身柄を引き取りに来る予定です。」


警備員の1人が私に言った。


すると、突然あの村人が叫ぶ。


「おい!おめえら!俺たちは騙されてるんだ!」


何やら意味不明なことを言い出す。


「何言ってやがる、この盗人が!」

「おらは何もしちゃいねえ!このグレンってやつに騙されたんだよ!俺たちはただこいつに頼まれて、作物を運んでいただけなんだ!」

「なんだって、そりゃほんとか!?」


急に話の流れが変わってきた。まずい気がする。


「何言ってるんだ!あんたが自分で見回りに行くと言ったから私は…」

「嘘つけ!おらたちの村をこんなに変えてしまって、地主の娘と結託して、最後には全部奪うつもりなんだろう!」


他の村人たちの表情が変わってきた。彼らの心に疑心暗鬼が起こっている。そこにおリンさんが叫ぶ。


「何言ってるの!この人がそんなことするわけがないじゃない!」

「この男と一緒の地主の娘が、何言いやがるんだ!おめえだって信用できるかよ!」

「仮にあなたがいうように、もしこの男が村人を貶め、村を奪うつもりだったら、なぜあの洪水の後に神社に逃げ延びた村人を助けたりするの?私を助けたりするのよ?あのままこの人達が何もしなかったら、私達は死に絶え、簡単に村が手に入ったのよ!村を助けるつもりだったから、私達は救われ、こうして生き残った村人達は前よりも豊かで安心した暮らしをしてるんじゃない!どうしてこの人がわざわざ今ここであなたを騙す必要があるっていうのよ!」


おリンさんの反論に、あの村人は言葉を失った。他の村人の1人が、ぼそっとつぶやくように言う。


「…そうだよな。いくらなんでも、騙すにしてはちょっと変だよなぁ。地主様がその気なら、わざわざ盗人として捕まえるよりも、もっと早くわしらを始末できるはずだもんな。家も建ててもらって、食べ物や着る物も頂いて、さらに子供らに学問まで教えてくれている。そこまで手間をかけて騙す奴がいるのかねえ。」


他の村人もこの村人に賛同する形で、この騒ぎは一段落した。


夜道を歩く私とおリンさん。私はおリンさんに言った。


「今日もおリンさんに助けられましたね。危うく村人と険悪な仲になるところでした。」

「いえ、私は何もしてませんよ。ただあなたが普段している行いが、村人達を味方にしてくれただけです。」


そう言うおリンさんは、なんだかいつもより綺麗に見えた。もう3ヶ月ほど一緒に暮らしているのに、今日ほどおリンさんが愛おしく思えた時はなかった。


「あの、おリンさん!」

「はい。」

「ええとですね、そろそろ一緒になりませんか?」

「はい?」

「…ですから、結婚いたしませんか?」

「それは、夫婦になれとおっしゃってます?」

「そういうことになります。」

「…一つお聞きしてよろしいですか?」

「何でしょう。」

「…お酒、飲んでませんよね?」


あの時の夜のことを思い出したのだろう。私はきっぱりと言う。


「飲んでません!しらふです!今申し上げたことは、明日もちゃんと覚えてます!ですから…」

「はい、ならばそのお申し出、お受けいたします。」


この瞬間、私とおリンさんは、夫婦になった。


--------


一年半が経ち、農場は順調に機能していた。今日もまた、作物が収穫される。


「第3区画24ブロックのトウモロコシの収穫を行う。収穫機がすでに動いてますが、昼頃には輸送道路に収穫物が搬入されます。皆さんは、輸送トラックへの搬入を支援してください。」

「はいよ、地主様。」


村人に加えて、このあたりの領内の人々を加えた30人に私は指示を出す。週に2回はどこかで収穫が行われる。


第7区画は温室のため、冬でも収穫作業は続く。この村の人以外にも雇うのは、我々の農業技術を習得してもらい、他の地域に広げてもらう狙いがあるためだ。


すでに領内の一部田畑には我々の技術が入り込んでいる。すぐ横の田畑に比べて10倍以上も収量を誇る生産技術。慢性的に食料不足が続くこの領内にとって、この画期的な農業技術はすぐにでも受け入れられそうだ。作物の収穫が行われる。


近所の宇宙港では、多くの物とたくさんの人が動く。その中に、我々の農産物も含まれる。


現在、宇宙に展開されている地球(アース)137の駐留艦隊の食糧として、我々の農産物が供給されている。地上に作られた牧場でも、我々に作物を飼料にして家畜が飼育されており、これらも宇宙艦隊を支える重要な食糧として供給されている。


この土地は、5年間は独占的に我々の艦隊向けに使われる契約だが、5年後には自由化される。この場所の所有権はおリンさんであり、そのときどうするかは彼女が決めることになる。


そんな彼女はつい先日、男の子を産んだ。


我々夫婦に子供ができたのだ。まだ表情もない時期だが、だんだんと可愛くなるものだと村人からは言われる。


ちょうど今、私はその子を抱っこしている。私の手の中で大あくびをして寝る我が子。着替えを終えたおリンさんが、私から長男を受け取る。


ところで、あの嵐に一緒に飛び込んだチェスター大尉だが、宇宙港では教官をしてるそうだ。つい先日、この星で出会った娘さんと夫婦になったと聞いた。


このまま私は、この星に根付くことになりそうだ。この子が大人になる頃には、ここも大きく変わっていることだろう。我が子と村の変貌ぶりを見ながら、私はこの先暮らすことになりそうだ。

(第31話 完)

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