洪水と地主の娘と技術武官 1
私は地球137の遠征艦隊に同行する技術武官で、名はグレンという。階級は中尉。年齢は26歳。
地球788と呼称されたばかりのこの惑星の調査のために、340光年離れたこの星にやってきた。
私の専門は農業。いずれ我々の食料調達のために必要となる土壌調査と、作物の選定を行うため、地上にやってきた。
…が、下には大型台風が上陸中。かなり大きいもので、風速40メートルはゆうに超えてるらしい。
すでに我々はこの星のある国と交渉を進めており、ここの政府から我々が借り受けた土地がこの真下にある。だが、この天候では降りるわけにもいかず、上空2万メートルのこの駆逐艦8090号艦で待機せざるを得ない。
「下は大荒れですね。住人は大丈夫かな…」
「うーん…あまり考えたくはないが、おそらく死人は出るだろう。なにせ文化レベル2の星だからね。我々でも近寄りがたいこの状況を、無事やり過ごせるとは思えないなあ…」
主計科の少尉と食堂で雑談していたら、そばにいたやつが急に叫び始めた。
「なんだって!?死人が出る!?そりゃ本当か!」
なんだこいつは、私の前にやってきて言う。
「俺は哨戒機パイロット、チェスターだ!地上の人間が死に瀕しているなら、今こそ我々の出番だろうが!」
急に正義感丸出しなやつが出てきた。おかげで私と主計科の少尉、そしてこのパイロットの3人で、艦長の元に行く羽目になった。
「艦長!今我々が行かねば、失われる命があるんですよ!なぜ許可して下さらないのですか!?」
こんな天候では許可できないと言う艦長を、説得というよりは恫喝している。あまりにしつこいので、危険が及びそうな時はすぐに引き返すことを条件に、離陸を許可した。
で、まるで部外者の私と主計科の少尉を連れて、チェスター大尉は哨戒機で発進する。
「あの、チェスター大尉殿?私はここで何をすれば…」
「外をしっかり見てろ!人がいたら、助けるんだ!」
いや、あなた簡単におっしゃいますが、今この地上は風速40メートル以上の暴風雨。雨も多いというし、レスキューの関して素人の3人でどうしろと言うんですか!?
などと言ったところで聞く耳を持たないチェスター大尉。不安な我々を乗せたまま、発艦する。
地上に向けて降下する。くっきりと空いた大きな台風の目に進入する。
台風の目の内側に飛び込むと、分厚い雲の壁でぐるりと取り囲まれる。我々など、この台風の前では一片の鉄くずに過ぎない。そう思わせるほどのこの巨大な雲の壁を前にして、我々は自然の力をまざまざと見せつけられた。だが我々は、今からその雲の真下に潜り込もうというのだ。
真っ暗な雲の下に徐々に近づく。徐々に近づく雲を見て、私は身震いがした。それにしてもチェスター大尉、よくこの恐ろしい雲の塊の下に飛び込む気になるものだ。
ついに雲の下に飛び込む。急に辺りが真っ暗になり、激しい風と雨が哨戒機に襲いかかる。
ザーッという雨音に、昼間とは思えないほどの暗い雨の中を飛行する哨戒機。こんなところでいくら目を凝らしても、全く見えない。
我々が借り受けた農作地のある場所に着く。ここには人口300人ほどの村があると聞いたが、そこにあるのは湖のような水面がただ広がっていただけだった。
だが、よく見ると家の屋根らしきものが見える。いくつもの屋根が濁流に流されて行く。つまり、ここは「村だった」場所。大雨による川の氾濫か何かで水没してしまったようだ。
…これは本当に死人が出ているのは間違いなさそうだ。私は寒気がした。激しく波打つ水面を私はただ見つめるしかなかった。
が、前方に島のようなものが見える。岩か何かが水面から突き出しているようだ。そこに人影のようなものが見えた。
「大尉殿、1時の方向、距離300!水面上の岩の上に人影を視認!寄せられますか!?」
「なんだって!?わかった、やってみる!」
哨戒機と言えども、この強風では安定して飛ぶことができない。ふらつきながらやっとの事でその岩に近づく。
「ダメだ、これ以上寄せられない!クソッ!なんてこった!」
大尉が叫ぶ。だが、私は持ってきたロープとウィンチを使って降りることにした。
「私がなんとか降りてみます!少尉、ウィンチの操作をお願い!」
「りょ…了解!」
哨戒機のハッチを開く。凄まじい風と雨だ。私は意を決して、ハッチから飛び出す。
一瞬、身体がふわっと浮き上がる。ロープに先のついた私を、まるで吹流しのように舞い上げる強風。身体中を強い雨が叩きつける。
思わず自ら飛び出してしまったが、身の危険を感じた。だが、今さら引き返せない。私はなんとか体勢を整えて岩にたどり着く。
そこには確かに人がいた。どこからか流されてたどり着いたのか、岩の端にしがみついている。私はこの人を抱き寄せて、ワイヤーで固定してロープを引いて合図する。
すぐにウィンチが巻き上げられる。哨戒機に向かって引き上げられる2人。さっきより重さが増えたせいか、それともたまたまこの時風が弱まったのか、特に煽られることなく哨戒機にたどり着く。
「よし、引き上げたな!一旦上昇する!」
チェスター大尉がそう言って、機体を上昇させる。私はハッチを閉じ、引き上げた人を降ろす。
助けた時から薄々感じていたが、この人は女性だ。20歳前後のキモノを着たこの女性、気を失っており、全身雨にさらされ続けてとても冷たい。
タオルで包んで水分を吸い取るが、服に染み込んだ水は除去しきれない。無線で医師に応急処置を尋ねると、濡れた服を脱がして別の服を着せるよう言われる。
いや、男ばかりのこの機内で女の人の服を脱がせるとか…などと躊躇している暇はない。低体温症で命の危険もあるという。私は直ちに医師の処置に従う。
全身を脱がせ、大きいタオルで拭き取った後、機内に置いてあった防寒着を着せる。少尉と悪戦苦闘しつつも、なんとか着替えを終える。
ああ、こんなことなら女性士官を連れて来ればよかった…今さら言っても仕方がない。
ともかく、急いで艦内に戻る必要がある。哨戒機は直ちに上昇する。
途中、外を見回したが、あの岩以外は水面で覆われていて何も見えない。どうやらこの辺りでは彼女以外の人物は見当たらない。どう見ても、生存者1名。それ以外の人々は、どこかに逃げ延びたか、それともあの水面の下か…
機内の暖房を目一杯かけたまま、我々は駆逐艦に戻る。
哨戒機が格納庫に入り、格納庫内の圧力が上がって扉を開けられるようになると、すぐに医療班が入ってきた。彼女は担架で運ばれていった。
「おい!グレン中尉だったか、お手柄だ!やっぱり飛び出していって正解だっただろう!」
「は、はあ…」
「まだいるかもしれない!もう一度飛ぶぞ!」
「ええっ!?まだ行くんですか!?」
「当たり前だ!あそこには300人いると聞いたぞ。たった1人しか見つけちゃいない。これで諦められるかよ!」
そう意気がるチェスター大尉だったが、あの強風下を飛んで、哨戒機の羽根の一部が破損して、さらに現場の映像を見た艦長がこれ以上の救助活動は危険と判断し、離陸許可は下りなかった。
私はびしょ濡れになった軍服を着替えた後、医務室に向かう。一応、助け出した本人だし、どうなったかくらいは聞いておいた方が良さそうだ。
医務室に着き、医師に彼女の状態を確認した。多少擦り傷などは見られるものの体温も回復し、今は落ち着いていると言われた。
医師からは面会するよう言われ、彼女のいるベッドに行く。と言っても、まだ彼女は気を失ったまま。ただ寝顔を見るだけになりそうだ。
入院用のパジャマに着替えさせられていた彼女は、ベッドの上で寝ている。よく見ると、可愛い顔をしている。でもいくら非常事態とはいえ、さっき彼女の服を脱がせ、中身を見ちゃったんだよな…思い出すと少し恥ずかしくなってきた。
などと考えていたら、彼女が動いた。目を薄っすらと開けている。どうやら気づいたようだ。
「う…ううん…」
私は看護婦さんに連絡しようと、その場を離れようとする。が、彼女が私の服の裾を掴んだ。
「あの、ここはいったいどこです?」
すっかり意識が戻ったようだ。私は応える。
「ああ、ここは駆逐艦内です。あなたを暴風雨の中から救い出して、ここに連れてきたんですよ。」
すると彼女は私にさらに尋ねてくる。
「おとんとおかんは、どこにいるんですか!?」
「おとん?おかん?」
なんのことだと思ったが、もしかしてお父さん、お母さんのことを言ってるのか?私は応えた。
「あの場所はもう冠水していて、見つけたのはあなた1人でした。他の人がどこにいるかまでは…」
そういうと彼女は突然泣きだす。
「うう…そんな…おとん、おかん…」
急に泣き声がしたので、医師と看護婦が現れた。私はその場から追い出される。
「馬鹿!こういう時は上手くはぐらかしておくもんだ!馬鹿正直にしゃべってどうする!?」
医師からは怒られる。いや、そうは言ってもねえ…私はそういう配慮は、大の苦手だ。
結局、私は医務室の外に追い出された。ここまで彼女の泣き声が響く。せっかく助かった命だというのに、ああも嘆かれては助けた甲斐がなかったのではあるまいか?そんな想いが頭をよぎる。
そういうわけで、私は食堂に向かう。そこでパイロットのチェスター大尉に会う。
「おう!さっきはご苦労だったな!…どうした、浮かない顔して。」
「ああ、大尉殿。実は今、医務室に行ってですね…」
私はさっきも出来事を話す。それを聞いた大尉はこう応える。
「そうか…でもまあ、事実はいずれ分かるんだから、隠しても仕方がない。それにまだ彼女の両親が死んだとは限らないし、気に病むことはあるまいて。」
そういうチェスター大尉。そうは言っても、私はさっきの彼女の泣き声がまだ耳に響いている。あれで気にするなと言われても、無理な話だ。
「それにしても、この台風め、忌々しい!この艦の主砲で吹き飛ばせないのか!?」
いや、大尉、そんなことはできませんよ。我々は大気圏中で砲撃は不可能。それに、昔それをやった結果、かえって暴風が大きくなったという報告もあるようです。自然の脅威に対しては、何もしないのがベターなんですよ。
私は、軽く食事を済ませて自室に戻る。部屋でダラダラしていたら、医務室から呼び出しがくる。
私は再び医務室に向かう。着くや否や、医師が私に告げる。
「あの人が、あんたに会いたいそうだ。」
ええー…また泣かれるの…医者の一言に、私はちょっと怯んだ。
彼女のベッドに向かう。そこには先ほどより落ち着いて座るあの人がいた。
「…さきほどは取り乱して申し訳ありませんでした。」
彼女は口を開く。
「ああ、いえ…私も配慮なくしゃべってしまって…」
「私の名はリンと申します。おリンとお呼びください。」
「あ、はい、おリンさんですね。」
「ところで…さっきからとても気になってるんですが、いったいここはどこですか?あなたはいったい、どこのお方なのですか?」
「はい、我々は地球137という星から来たものです。私は技術武官で、農業に関する調査のため、あなたの村に行くために来たんです。」
「あーす137?ぎじゅつぶかん?よくわかりませんが、もしかして、私の村の新たな領主様がくると言われてましたが、あなた方のことでしたか。」
そういうとおリンさんは急にベッドの上で正座して、私に向かって土下座をする。
「命を助けていただいた上に、ご領主様とは知らず数々のご無礼、なにとぞお許しください。」
「あ、いや、いいですよ!全然気にしてませんから!それよりも、早く体を治してください!」
おリンさんによれば、つい3日前に突然お城からおリンさんの家に書状が届いたそうだ。新たな領主がくるので、彼らに従いこの辺りの畑を開墾せよ、と。
我々とこちらの政府間で、この土地の借用を合意しているが、それを単に新しい領主がくるとだけ伝えたらしい。そんな状態なので、我々が何者かを全く知らない様子だった。
そこで、おリンさんに我々の話をする。我々が遠く宇宙からやって来たこと、食料確保のため、こちらの為政者から土地を借り受けることになったこと、そして、私がその支援に来たことを話す。
医務室にちょうど小さなモニターがあったので、これを使って宇宙だの星だのといった説明をする。おリンさんは、この星が丸いということは知っていた。だが、当然この星の姿など知るわけもなく、宇宙に浮かぶ自分の星の映像をじっと眺めていた。
「…つまり、ご領主様は遠い星空の向こうから参られたお方なのですね。」
「はい。あの…私が領主というわけではないので、もう少し気楽にお話ししていただいていいですよ。」
あまり様付けで呼ばれるのは慣れていないので、正直、気恥ずかしい。
ところで、私はおリンさんのことをよく知らない。さきほどおリンさんの家に書状が届いたと言っていたが、いったいどういう境遇の人なのか尋ねてみた。
するとおリンさんの家は、この村の地主だとわかった。おリンさんはその家の一人娘で、両親とともに暮らしていたそうだ。
地主と言っても、村のほぼ全ての農地がおリンさんの家の所有だったそうで、おリンさんの家は事実上村長だったらしい。それでお城の使いもおリンさんの家に書状を届けたようだ。
実はこの村、しょっちゅう洪水が発生する場所だそうだ。だが今回のはかなり大規模で、普段は浸水することのない小高い場所に建つおリンさんの家まで水が押し寄せてきたそうだ。
そこでおリンさん達は避難をしようとしたらしいが、すでに家の前は濁流と化しており、動くに動けない。雨風は激しく、水かさも増し、ついにおリンさんの家にいた両親と使用人達は皆流されてしまった。おリンさんも濁流にのまれる。
そこで気づいたら、この明るい場所にいたというわけだ。見たこともない服に、不思議な物が並ぶこの場所。てっきりおリンさんは死んで、極楽にでも来たのだと思ったらしい。
だが、どう見てもここは極楽や天国とは程遠い場所。むしろ破壊力抜群の戦闘艦、言うなれば「地獄の使者」か。
思ったより元気になったため、医師からは退院を言い渡される。
が、下界はまだ嵐の真っ只中、ピークは越えたらしいが、雨は続いている。第一、さきほどの話によればおリンさんの家は消失しているようだ。そこで艦長に頼んで、おリンさんの部屋を借りる許可をもらう。
部屋におリンさんを連れて行く。部屋の照明やテレビの使い方を一通り教える。おリンさんにとっては不思議な空間のようで、照明1つにも興味津々の様子だ。
「ところでおリンさん、食事は食べられますか?」
「えっ!?食事ですか?そういえば私、ずっとなにも食べていませんね…」
「では、食堂に参りましょうか。」
「何でしょうか?食堂って。」
「行けばわかりますよ。」
私はおリンさんを連れて食堂に向かう。さきほどはおリンさんが取り乱したショックであまり食べていないので、私も物足りない。おリンさんと一緒に食べ直すことにする。
いつものように、パネル上から料理を選ぶ。指でささっとスライドして料理を選ぶのだが、おリンさんはその様子を唖然とした顔で覗きみる。
「…あー、こうやって料理を選ぶんです。指でこう動かすとページがめくれるので、まず自分の食べたいものを選んでですね…」
と言っても、種類が多過ぎて選ぶのが大変そうだ。おリンさんの料理は、私が横から操作して選んでもらった。
なお、おリンさんが選んだのは海鮮丼。普段食べているものに一番近そうなのがこれだったらしい。
が、その海鮮丼を目の前にして驚いていた。まさかエビや魚が乗っているとは思わなかったようだ。選ぶ時に写真が表示されており、エビや魚が映っていたはずだが、どこ見てたんだろうか?
しかし、味はとても気に入ったようで、美味しそうに食べていた。
「お、美味しいです!これとても高いお料理ですよね!?いいのですか?私のようなものがいただいても。」
「ああ、大丈夫ですよ。ここにあるってことは、たいして高い料理ではありませんから。」
美味しい食べ物は、人を幸せにする。これは宇宙のどこに行っても通用する法則だ。おリンさんも例外なくこの法則に従い、笑顔になった。
食堂のモニターには外の様子が映されている。まだ分厚い雲が居座っており、地上には行けそうにない。おリンさんの村には300人ほどが住んでるらしいが、果たしてこの嵐の下で、何人生き残っていることやら…
今日はどうにも動けない。おリンさんとは、明日の朝に一緒に地上に降りることにする。念のため私の部屋の場所を教えておき、今日は部屋に戻ることにした。
さて翌日、この場所で朝7時ごろに、私はおリンさんの部屋に行く。
「あ、おはようございます。」
おリンさんが出てきた。もうすでに目が覚めていたようで、昨日ある女性士官からもらった服を着ていた。
昨日救出した時は、髪を結って着物を着ていたが、今はごく普通のシャツにデニム姿。だが、頭だけは同じ。何だかちょっと違和感がある。
朝食をとるため、食堂に向かう。ちょうどそこにパイロットのチェスター大尉もいた。
「あ、チェスター大尉殿、ちょうどよかった、頼みたいことがありまして。」
「ああ、なんだ!?」
何だかぶっきらぼうだ。いつもこの調子なのだろうか?
「…いやあの、この後、地上に行きたくてですね。彼女も連れて行って欲しいんです。」
「誰だ、こいつは。」
「…昨日助けた、おリンさんという方ですが。」
「ええっ!?あ、いや、失礼した!なんだ、てっきりこの艦の女性士官かと思ったから…」
確かにこの格好では、艦内の誰かかと思うだろう。
「こちらは朝食を食べ次第、いつでも出られます。艦長にも許可をもらいました。もう地上はすっかり晴れているそうです。」
「そうか。だがあの冠水状態では、一晩で水が引くかねえ。」
「そうですけど、それを確かめるのも我々の仕事でしょう。」
「…そうだったな、高台かどこかに生存者がいるかもしれねえ。とにかく、行ってみるか。」
ちなみにおリンさんの今日の朝食は、カレーライスだった。思いのほか辛い味に戸惑いながらも、その味が気に入ったようで、すぐに平らげてしまう。
朝食が終わると、我々は早速地上に向かう。チェスター大尉と私におリンさん以外には、レーダー担当の技術武官がついた。
地上を見ると、まだ水は引いてはいない。辺り一面、まるで大きな池のようになっている。
ところどころ、遺体が浮いている。やはり亡くなった人はたくさんいるようだ。この辺りには高台と呼べる場所がほとんどなく、辺り一面真っ平らな場所だ。そこを川が何本か流れれている。
だがよく見ると、大きな岩のような小高い丘が見える。だがこの丘、ちょうど川に挟まれた場所にあって、村から避難した人々はとてもたどり着けそうにない。おまけにこの丘は断崖絶壁。簡単には登れない。
この岩でできた丘が、上流からきた川を2つに分けている。上から見ると、その分かれ目で曲げられた川が今回の決壊場所だと分かる。
そういえばおリンさんが、ここはよく洪水になると言っていた。どう見ても、この岩の丘が邪魔だな。こいつのある場所で決壊を繰り返しているのだろう。
なるほど、ここの政府が我々用の農地として、人里を指定してくるなんておかしいと思った。通常我々のような宇宙からきたものが借用できる場所というのは、とても農地に使えない山奥などを指定してくることが多く、すでに農地である場所を貸してくれることは滅多にない。なればこそ我々は山地や砂漠でも農場に変える技術を持っているのだが、今回はいきなり平地。一見するといい条件の土地だが、しょっちゅう氾濫する場所だから敢えてここを指定してきたようだ。
ただ、我々としても山を切り開くよりも、平地の治水工事の方が簡単だ。それはおいおいやるとして、問題は今この水浸しの状況をどうするかだ。
生存者がいないか、探してみることにする。よく見ると神社の鳥居のようなものがある場所が一段高くなっている。あそこに誰か居そうだ。
行ってみると、そこには30人ほどの人々がいた。皆、空からやってきたこの不思議なものを見上げている。
我々がそこに着陸すると、1人が我々のところにやってきた。
「おい!あんたらいったい誰だ!?」
「我々は地球137のもので、こちらの村に土地を借りて、農業をすることになっているんですよ。」
と言っても、ここの人々がそんなことを知るはずがない。おリンさんが生き残った村人の前に立ち、新しい領主の説明をする。
「はあ!?そんな話、聞いちゃいねえぞ!何言ってやがる!」
いくらこの村の実力者でもあった大地主の娘とはいえ、両親もなく、書状もないのでは信用されない。
おまけに、おリンさんの身柄引き取りも拒否される。自分たちの生活で手一杯と言うのがその理由だが、やはり地主という存在は、村人にとっては煙たい存在でしかないのだろう。その娘を支えていこうなどとは思わないらしい。
少なくとも、ここにはおリンさんの両親も、屋敷にいた使用人の姿もない。今のところ、彼女は一人きりだ。
「いずれにせよ、ここの住人になんらかの救助物資を送ってもらわないといけませんね。」
「…あ、はい、そうですね…でも、ここの村人たちを助けることってできるんですか?」
「食べ物に簡易住宅ならすぐに用意できますよ。今はここの支配人と呼べる人は、地主の娘であるあなたと言うことになりますから、あなたの要請があれば、我々はいつでも行動致します。」
「はい、ならば是非お願いします。」
両親を失った上に、村人からは冷遇されるおリンさん。やはりちょっと落ち込んでるようだ。
そんな村人でも、なんとか助けたいというおリンさん。一応、今はおリンさんがこの村の支配人に一番近い存在、その彼女が村人への救助要請に賛同した。ならば、これを受けて我々は動く必要がある。
「あの、チェスター大尉殿、駆逐艦8090号艦に救援要請をお願いします。内容は『約30名の村人を発見、支配者代理人であるこの村の地主の娘、おリンさんより救助要請あり。食糧と簡易住居の投入が必要』とでも打電してください。」
「了解、って、あの娘さん、ここの実力者の娘だったのか!?」
驚くチェスター大尉。それはそれとして、我々は生き残った者の生存を保証せねばならない。
要請を出すと、駆逐艦はすぐにやって来た。しかもチーム艦隊10隻全てがきたため、この神社にいる村人約30人は騒然となる。
300メートル級9隻、私の乗るリーダー艦の駆逐艦8090号艦だけは長くて、400メートル級だ。宇宙船など知らない人々の前にそんな大きなものが突然空に現れれば、そりゃあ驚くだろう。
私は村人に向かって叫ぶ。
「地主の娘、おリンさんの要請により、これから皆さんに食料の提供を行います。」
わざわざおリンさんの名前を出す必要はないのだが、さっきの村人の彼女に対する冷たい態度に少し腹が立っていたので、ここはあえて強調した。それを聞いた村人達は、ぽかんとした顔で聞いている。
さすがにこの場には駆逐艦を着陸することはできない。そこで哨戒機を使って、非常食料の搬入をすることになった。チェスター大尉の機体も使用するため、一旦チェスター大尉は駆逐艦に戻る。
しばらくすると、数機の哨戒機が降りてきた。機体に吊り下げた荷物をまず地上に降ろし、続いて中から4人降りてくる。これを数回繰り返す。
降りてきた乗員は直ちに設営に入る。炊き出し用の鍋が出され、中に水を注ぐ。水はといえば、周りにいっぱいあるので、それを汲み出して…げげっ!?冠水してる水を料理に使うの!?もちろん、ウィルスサイズのものも取り除く強力な濾過器を通しており、水自体は綺麗なのだが、気分的にちょっと嫌だなあ。
着々と食事の準備が整い、駆逐艦到着から30分ほどで料理の提供が始まった。一人一人にラーメンとお茶が振舞われる。村人は恐る恐る手に取っていたが、やがてその暖かい食べ物を受け入れていた。
さて、次は住む場所だ。仮設住宅を建てようにも、ここはそれほど広くはない。今は社を借りてそこに避難いるようなので、水が引くまでその場所をそのまま使うことになった。届けられた毛布を社に運び込む。仮設住宅は、水が引いたのちに設置することにした。
村人との折衝は私が行った。毛布の使い方なども私が説明する。だが、食べ物と住む場所の心配がなくなった途端、村人は口々に私に聞いてくる。
「わしらの村は、どうなるんですか?田畑が流されて、家もなくなってしもうた。この先、わしらどないするんですか…」
いくら洪水の多い村とはいえ、ここまで徹底的に破壊されたのは初めてだという。全てを失い、村人も10分の1まで減少した。
田畑の方は我々が新たなものを作り上げる。家もどうにかするし、その農場で村人を雇うことにする。この近くに宇宙港もできる予定だし、衣食住には困らない。そういう話はしたが、まだ実感がない。不安を抱えたままだ。
こうしているうちにも、生存者の捜索が行われた。だが、この神社以外には避難できる場所は見当たらなかった。日が暮れて、結局その日は捜索を打ち切ることになった。
我々とおリンさんは、上空の駆逐艦に引き揚げる。そのおリンさんは、哨戒機の窓越しに外を眺めている。おそらく両親のことを考えているのだろう。両親が行方不明のまま、地主の娘として振る舞わざるを得ないおリンさん。その横顔を見て、私は出来るだけ支えていこうと心に決めた。